14話 呪い
昼休みになるとすぐに、坂下さんが私の机に寄って来た。
「明日土曜だろ? もちろん神崎さんをデートに誘うよな?」
「……」
「何だよ……お前どれだけのチャンスか分かってんの?」
「私はまだ迷っているのです」
「何を?」
「私のような人間が神崎さんと付き合うといった事が許されるのでしょうか。神崎さんにはもっと相応しい人がいる筈です」
「……お前なあ。怒るぞ?」
坂下さんは呆れ顔で私の左腕を小突いて来た。
「そういう細かい事は考えなくていいだろ。相応しいかどうかは神崎さんが決めるんだから」
「……しかし、一時の迷いという言葉もありますし」
「あーもう……うだうだと。お前が神崎さんに相応しい男じゃないなら、なればいい話だろ?」
「私のこの性分は変える事はできませんし、私自身あまり変えたくありません」
「じゃあもうそのままでいいから誘ってみろって」
「カラオケには誘ってみようと思います」
神崎さんを好きになってしまっていいのか、私にはまだ分からない。
その答えは、もっと神崎さんと交流を深めれば見えて来る。
……私にはそんな気がした。
もし断られたら、きっぱり諦めればいい。
「おお。やっとその気になったか」
一瞬、坂下さんの表情が曇った様に感じられた。
やはり坂下さんはまだ神崎さんへの未練を捨てきれず、私と神崎さんが進展する事に複雑な想いを抱えているのかもしれない。
「とにかく、自然な形で褒めるのが一番だからな」
「参考になります」
「あとはプレゼントかな。神崎さんはブドウ好きらしいしブドウ菓子でも持って行けよ」
「はい」
「お前どんな曲歌うの?」
「色々ですね」
「神崎さんはアニメあまり見ないらしいし、アニソンとかは歌うなよ」
「気を付けます。しかし……随分と神崎さんに詳しいですね」
「当たり前だろ。好きだったからな。今はもう吹っ切れたけど」
「……」
それは本当ですか、と言いかけて私は言葉を飲み込んだ。
「じゃあ俺学食行くから。ちゃんと誘わないとキレるからな」
「大丈夫です」
「まあ頑張れ」
最期にそう言い残すと、坂下さんは早歩きで教室を出て行った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
そして、放課後がやって来た。
私は推理小説を机に広げて神崎さんが来るのを待っていたが、全く集中できなかった。
手から汗が湧き出て来るし、胸も高鳴っている。
私は緊張してしまっているようだ。
そして、ついに教室の引き戸が開いた。神崎さんだ。
私は慌てて本を閉じ、汗ばんだ手をズボンで拭った。
「神崎さん」
「何?」
「明日私とカラオケに行きませんか?」
「いいよ」
「ありがとうございます」
「時間とかはどうする?」
「明日の2時からレッドテネシーでどうですか?」
「分かった。楽しみにしてるから」
「私も楽しみです」
どうやら上手く行ったようだ。
一安心する私を、神崎さんがじっと見つめていた。
「海老村君カラオケ行ったりするんだ」
「普段は一人で行っています」
「そうなんだ。あんまりカラオケ好きそうに見えないからちょっと意外」
「坂下さんにもそう言われました」
「坂下君と仲いいの?」
「まあ、そこそこといった感じです」
「そう。良かったね友達が出来て」
神崎さんのその言葉には少しだけトゲを感じたが、私は気のせいにすることにした。
「そういえばさ、あの店呪われてるって噂あるよね」
「小耳にはさんだ事があります。確か一番奥の部屋ですよね」
「海老村君はそういう話信じるの?」
「いえ」
「じゃあ一番奥の部屋にしよっか。呪われたら不幸になれるかも知れないし」
「はい」
「海老村君まで不幸になっちゃったらごめんね」
「いえ、私は信じないので大丈夫です」
「そっか」
末恐ろしい事を言いながらも、神崎さんは楽し気だ。
しかし……
「やはり神崎さんは不幸になりたいですか」
「……うん。でもそんなに気を遣わなくていいから。結局は私の問題だから。海老村君が助けになってくれてるのは本当だけど」
「はい」
「じゃあ、家庭教師が来るしそろそろ帰るね。明日楽しみにしてるから」
「さようなら」
「じゃあね」
明日が楽しみな反面、私は少し気落ちしたまま家路についた。
……あんなに楽しそうに呪いの話をするとは。
神崎さんはやはりどうしても不幸になりたいのだろうか。
なんとか神崎さんの不幸願望を止める事は出来ないのだろうか。
重く沈んだ心に、期待と不安が渦巻いていた。
結局私はその日、一睡もできなかった。