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13話 木曜日

 次の日の昼休み。

 坂下さんは昨日と同じように私の机の前に立っていた。


「デートに誘ってみろよ。行けるって」


「しかし……まだ少し早いのではないでしょうか?」


「早いって事ないだろ。一回デートしたんだろ?」


「それはそうですが」


「羨ましいなあ。……絶対いけるだろそれ」


 不幸になりたい神崎さんと、オカズのレパートリーを増やしたい私。

 神崎さんと私の利害関係の事を、坂下さんは知らない。


「デートといったらカラオケだな。 ……まあお前が行くわけないか」


「月に一回くらいは行きますね」


「意外だな。そういうキャラには見えないが。誰と行くんだ?」


「一人で行きます」


「……ふーん。でもそれなら都合がいいぜ。神崎さんもカラオケ好きみたいだし」


「そうなんですか」


「カラオケに誘ってみろよ!」


「考えておきます」


 神崎さんがカラオケ好きだったとは。

 これはいい情報を聞いた。


 しかし、一方で神崎さんを自分からデートに誘うのは気が引けた。

 もし断られたら、気まずくなって神崎さんが会ってくれなくなるかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だ。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 放課後、人気のない教室に入って来たのは神崎さんでは無かった。

 神崎さんと同じグループの女子、皆川さんだ。


「海老村君」


「何でしょうか」


「奈月と放課後に会ってるって本当?」


「はい事実です。私はほぼ毎日神崎さんと会っています」


「何で?」


 皆川さんは軽く腕組みして、私の机の前に立っている。

 そして見下すような冷たい目で私を睨んでいる。

 始めて神崎さんと対面した時と状況が似ているかも知れない。


 しかし、皆川さんの声はあの時の神崎さんよりずっと冷たい響きが籠っているように感じられた。


「何でって聞いてるんだけど」


「答える義務はないと思いますが」


「奈月を脅してるの?」


「いえ」


「あんたが何考えてるか分かんないんだけど。奈月とあんたが釣り合うと本気で思ってるの? だとしたら高望みもいいとこね」


「…………」


「あんたみたいな変態根暗が奈月に関わるとか、迷惑だと思わないの?」


「そうですね。迷惑かも知れません」


「じゃあ二度と奈月に関わらないで」


「あなたに強要する権利はありません」


「何それ?」


 皆川さんに対して、私は少し怒りを感じつつあった。

 軽く眉根を寄せ、皆川さんのそばかす面を見上げる。


「皆川さんは神崎さんの何なのですか?」


「何であんたに言わなくちゃいけないの?」


「皆川さんと神崎さんの関係は知りませんが、友人だったらお見舞いくらい行ってあげてください」


「……まさかあんた奈月のお見舞いに行ったの?」


「行きましたよ。私は」


「気持ち悪い。自分の立場分かってないの?」


「確かに私は神崎さんと釣り合わないかも知れません。しかし、入院したらお見舞いに行くくらいの事はします」


「何それ」


 皆川さんは口を小さく結びつけ、悔しそうな、寂しそうな目で私を睨みつけていたが、やがて背中を向けて苛立たし気に教室を出て行った。



 暫くして、入れ替わるように神崎さんが教室に入って来る。


「さっき恵美と話してたみたいだけど、変な事言われなかった?」


「皆川さんの事ですか?」


「うん」


「別に何もありませんでした」


「そっか。なら良かった」


「神崎さんは皆川さんと仲がいいのですか?」


「うん。まあね」


「皆川さんは、神崎さんが不幸になりたがっている事も知っているのですか?」


「……うん。海老村君と恵美にしか言ってないけどね」


 もしかしたら皆川さんが神崎さんのお見舞いに行かなかったのは、不幸になりたい神崎さんを思っての事だったのかもしれない。


 そうだとしたら、私は皆川さんに不遜な態度を取ってしまったのかも知れない。


「ごめんね。恵美に海老村君と会ってる事話しちゃった」


「気にしなくていいです。私も坂下さんに話していますし」


「坂下君に変な事言わないでよ」


「大丈夫です」


「じゃあそろそろ私行くね。いつものトンネルで待ってるから」


「はい」


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 小さなトンネルを、神崎さんの後に続いて、薄目のままざらついた壁を伝って進んで行く。

 ぼやけた視界の中、神崎さんの黒い輪郭だけが薄っすらと浮かんで揺れている。


 一歩一歩、出口の光が強くなっていくのがもどかしかった。




「今日も駄目だったね」


「あの……」


「何?」


「私と神崎さんは釣り合わないのでしょうか?」


「私はそんな事無いと思うけど」


「そうですか」


「じゃあね」


「さようなら」


 やはり、私は神崎さんが好きなのかもしれない。

 住宅街へと小さく消えていく神崎さんの背中を見送りながら、私はそう思った。


 しかし……私が神崎さんを好きになって……もし万が一神崎さんも私を好きになって、相思相愛になってしまったら、不幸になりたい神崎さんはどう思うのだろう。

 私は本当に神崎さんを好きになってしまっていいのだろうか。

 私は一体、どうすればいいのだろう。


 答えが出ないまま、神崎さんの姿は公民館の影に隠れて見えなくなってしまった。

 それから私はトンネルへと踵を返し、家路についた。


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