12話 協力者
お見舞いに行った次の日。
神崎さんは何事も無かったかのように学校に来ていた。
そして昼休み。
楽しそうに他の女子と話す神崎さんへと目をやり、軽く息を吐く。
そんな私に声を掛けて来たのは「私が神崎さんをオカズにしている」という噂を流した元凶……坊主頭の坂下さんだった。
「おい海老村。ちょっと話そうぜ」
「何でしょうか」
「……俺、神崎さんに告白したんだ」
「そうですか」
「でも駄目だったよ。完全にフラれた」
「……いつ告白したのですか?」
「神崎さんが入院してる時に、お見舞いに行くついでにな」
人が入院している時に告白するというのは、少しデリカシーに欠けるのではないだろうか。
私もデリカシーが無いタイプだという自覚があるので、人の事は言えないかも知れないが。
「あーもう燃え尽きた! 完全諦め付いたぜ」
「はあ」
「海老村も神崎さんの事狙ってるんだろ?」
「…………」
「この前二人で話してただろ? どういう関係なんだ?」
「まあ友人といった感じですかね」
「神崎さんと友人? 十分すごいじゃねえか」
「神崎さんは男性の友人はあまりいないのですか?」
「多分お前だけだぞ。行けるんじゃねえか?」
「はあ」
「よっしゃ。俺が応援してやるよ。お前の事」
どういう心理なのだろう。
自分がフラれてすぐ、想い人に他の男をくっつけようとするのは。
……もしかしたら坂下さんは「好きな人に何でもいいから影響を与えたい」というストーカー的な執着心を抱いてしまう性分なのかも知れない。
今回の件も、クラス中に妙な噂をばら撒いた件も、そういった性分が発露した結果だと考えたら合点が行く。
そうだとしたら、ヤケにサッパリして見える坂下さんは、実は未練タラタラなのかも知れない。
「どうした? 神崎さんと付き合いたくないのか?」
「……分かりません」
「諦めんなよお前。行けるって」
「まだ自分の気持ちは分かりませんが、神崎さんに私の事を好きになって欲しいとは思っています」
「なら十分だ。これから俺が色々教えてやるからよ」
「お願いします」
「まかせとけ!」
「勝手に神崎さんに妙な事を言うのは止めてくださいね」
「もちろんだ」
坂下さんは、正直知ってあまり信用できない。
彼が余計な事をして神崎さんに嫌われてしまう恐れもある。
しかし、神崎さんに好かれる為にも第三者の意見は重要なのも確かだ。
神崎さんの他に友人と呼べる間柄の存在が居ない私にとって、坂下さんと近付いておくのはメリットが大きいと言える。
私は坂下さんにこれまでの神崎さんとの交流を、神崎さんの不幸願望の部分等はぼかしながらも伝えておいた。
「デートまでしてんのかよ。行けるだろやっぱ。絶対脈ありだってそれ」
「そうでしょうか」
「お前鈍感すぎなんだよ。とっとと告っちまえよ」
「でも私が神崎さんの事が好きかは、まだ分からないんです」
「あの神崎さんだぞ? 分からないって何だよ……」
「ただ性欲の対象にしたいだけなのかも知れません」
「知らねえけど、毎日オナニーのオカズにしてるなら好きって事じゃねえの? 普通毎日オカズとか有り得ねえし」
「そうなんでしょうか」
「とにかくお前行けるって。俺の分も頑張ってくれよ」
「でも私は、あまり焦りたくないんです」
「何言ってんだよ。神崎さん程の美人だぞ? いつ横から取られてもおかしくないだろ!」
「その時は大人しく引き下がります」
「……お前なあ」
そこでチャイムが鳴り響き、お開きとなった。
「とにかく応援してるから、頑張れよ」
「はい」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
そして放課後。
私が読書して待っていると、いつものように神崎さんが教室に入って来た。
「坂下君と話してたね」
「はい」
「どんな話してたの?」
「神崎さんの話をしていました」
「オカズがどうとかの話?」
「そういう話ではありません」
「ふーん」
「神崎さんは、坂下さんが嫌いなのですか?」
「普通嫌うでしょ」
「私はあまり嫌いではありませんが」
「そう」
「大丈夫です。神崎さんの不幸願望の話はしていませんから」
「ならいいけど」
気のせいか、いつもより神崎さんの目が冷たい。
少し機嫌を損ねてしまったかも知れない。
ここは一度引いておこう。
「すみませんが、今日は用事があるのでトンネルには行けません」
「分かった。じゃあ私もう帰るね。さよなら」
「さようなら」
神崎さんは帰り際に少しだけ微笑んでくれた。
今日は少し好感度が下がってしまったかも知れない。
しかし、焦る必要はない。
神崎さんの微笑みを見ていると、不思議とそんな気がして来た。