11話 お見舞い
月曜日。神崎さんは学校に来なかった。
担任の教師によると通学路で階段を踏み外して怪我したそうだ。
幸い打撲のみで済んだようだが、大事を取って入院する事にしたらしい。
神崎さんがいない学校は途方もなく退屈だった。
まるで胸にぽっかり穴があいたような、そんな気分にさせられた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
神崎さんが入院した次の日は祝日だった。
私は神崎さんのお見舞いに行く事にした。
電車に揺られて急行駅で降り、駅のすぐ傍の大きな病院に行った。
受付を済ませて暫く待ってから神崎さんの病室へと向かう。
「来てくれたんだ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。骨折とかはしてないから。でも足が腫れちゃって」
「痛くは無いのですか?」
「もう痛くないよ。明日には退院できるって」
「それは良かったです」
上体だけ起こして私を見上げる神崎さんの表情は、眉根を寄せて少し困り顔になっていたが、口元は満足げに緩んでいた。
不幸になりたい神崎さんは、怪我した事を喜んでいるのかも知れない。
もしそうだとしたら、それは堪らなく悲しい事に感じられた。
「……神崎さん」
「私、不幸だね」
「はい。神崎さんは十分過ぎる程不幸だと思います」
「うん」
「その……わざと怪我した訳ではありませんよね?」
「違うよ」
「そうですか」
本当だろうか。
もしかしたら、神崎さんは嘘をついているのかもしれない。
神崎さんは軽く微笑んで私を見上げていた。
やがて、神崎さんは私から目を逸らすようにゆっくりと俯く。
「……来てくれてありがとね」
「いえ」
「私ちょっと寂しかったの。お見舞いに来てくれたの、親以外は海老村君だけだったから」
「意外ですね。神崎さんは友人が多いと思っていましたが」
「表面上の関係でしかないのかもね」
「……」
「でも海老村君はちゃんとした友達だと思ってるから」
「それは良かったです」
友達だと思ってるから……その言葉が私の頭の中で軽く反響した。
嬉しい反面少し寂しい。
やはり神崎さんは、私を恋人として見ることは出来ないのだろうか。
私は複雑な気持ちを誤魔化すように、鞄に手を入れた。
「お見舞いの品にぶどうグミを持って来ました」
「ありがとう。私ぶどう好きなんだ」
「ぶどうは私も好きです」
「甘酸っぱくて美味しいよね」
「はい」
「海老村君が来てくれて、本当に良かった」
神崎さんはいつに無く機嫌が良さそうに口元を綻ばせている。
しかし……
「神崎さん。ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「私は神崎さんの不幸に水を差すような事をしてしまいました」
「謝らないで。海老村君はいいから」
「……はい」
「海老村君は何で来てくれたの?」
「友人として心配だったからです」
「私のパジャマ姿でオカズのレパートリーを増やす為じゃなくて?」
「心外ですね。私もそこまで節操無しではありませんよ」
「冗談だって」
神崎さんは小さく笑っていた。
しかし、私はそれ以降神崎さんを直視出来なくなってしまった。
「そろそろ帰ります。お大事に」
「……じゃあね」
私は神崎さんに何とか微笑み返すと、家路についた。