1話 噂
「海老村君」
「何でしょうか?」
「海老村君が私をオカズにしているって噂は本当なの?」
放課後の教室に残っているのは、私と神崎さんだけだった。
神崎さんは軽く腕組みをしながら、少し吊り上がった目で席に座る私を見下ろしている。
腕組みで強調された大きな胸が、私の目を喜ばせる。
「答えてよ」
「答えられません」
「何で?」
「答えてしまうと、セクハラになってしまう恐れがあります」
「いいから答えて。今すぐ」
「はい。私は神崎さんをほぼ毎日オカズにしています」
「……最悪」
神崎さんは、呆れたように大きく息を吐いた。
「海老村君は私の事が好きなの?」
「私はあなたに恋愛感情を抱いたことはありません」
「意味わかんない。なら何で私をオカズにしたの?」
「親しくもない女性に言うのは憚られるのですが」
「気にしなくていいから。言って」
「あなたの容姿が私の性欲の捌け口として大変優れていた。私が神崎さんをオナニーのオカズに選択した理由はそれだけです」
「……最低」
「先ほど『気にしなくていい』と言ったではないですか?」
「それとこれとは話が別でしょ。ほんと最低。男ってみんなそうなの?」
「早まった一般化は感心しませんが、少なくとも私はそういう男です」
「なんで偉そうにしてるの? 謝ってよ」
「はい。私は修学旅行の折、同室の坂下さんに夜のオカズを尋ねられた際、『神崎さんをオカズにしている』という事実を打ち明けてしまいました。結果として、坂下さんを発信源としてクラス中に『私が神崎さんをオカズにした』事実が知れ渡ってしまい、神崎さんに多大な心的ストレスを与える事となってしまいました。謹んでお詫び致します」
「それも最低だけど、私をオカズにした事も謝って」
「お断りします」
「何で?」
「思想及び良心の自由は日本国憲法で保証されています。私がオナニーをする際に誰の姿を心に描こうともそれは自由です」
「下らない屁理屈は止めて。人を勝手にオカズにするとか最低って言ってるの。そのくらいの事も分からないの?」
「法的に何か問題でも?」
「何で開き直るの? ……クラス中に変な噂が流れる原因作ったのは海老村君だよね?」
「はい。その点は申し訳ございませんでした」
「そう思ってるなら私をオカズにした事も謝ってよ」
「致しかねます」
「……もしかしてまた私をオカズにする気?」
「それは言えません」
「……最低」
神崎さんはそう言い捨てると、夕日で紅く染まる教室を出て行く。その横顔は何故か笑っていた。
彼女は私を嘲っているのだろうか。
それとも怒りのあまり笑うしかなくなったのだろうか。
どういう訳か、私にはその笑みが自嘲的な笑みに感じられた。
それから私は暫く読書してから家路についた。
そして神崎さんをオカズにオナニーをして一日を終えた。