3. イマジネーションのため
沙也加は時々暴力的になる。だが、それは意志を持って暴力を振るおうとしているわけではない。
パン、と頭の中で何かがはじけ飛び、正気でいられなくなるそうだ。
それは家であろうが外であろが、場所も人も関係なく無差別に起こる。
シャワーから出る水がばちゃばちゃと地面を殴る。
水が叩きつけられてかわいそう、と思う人もいれば、水で地面が殴られてかわいそうと思う人もいる。
見方によってすべてはがらりと変わる。そのことを沙也加は身をもって熟知していた。
「……みんな、Sに会わずして最初から悪者扱い。会ってみなければわからないのに」
肌を伝う水滴はゆっくりと下へ下へと流れ、地面についた。
きゅ、と蛇口をひねりシャワーの水を止めると、濡れた髪をそろえながら風呂場から出る。
鏡に映った沙也加は、自分のことを「もやしみたい」と笑った。
「沙也加?まだシャワー?」
「……いまあがったところ」
「扉、開けてもいい?」
「……奈波。扉の前で座ってごらん」
数秒沈黙が続いた後、扉の向こうでぺたんと座り込む音が微かに聞こえた。
奈波は扉に耳をあて「はい、どうしました」と囁く。
沙也加も同じように扉にぺたりとくっつきながら座り、扉越しに奈波に問う。
「こわかったろう?」
「……ええ、こわかった」
「ごめん。だけどどうして避けようとしなかったの?」
「殴られてもいいと思ったので。そのまま手を引いてキスでもしてしまおうかとも思ったかな」
「あはは、さすが私の担当。肝が据わってる」
「月さんが止めなければ、いつものように殴られていたし。イレギュラー登場で私の顔に傷がつく数も減るかな……なんてね」
奈波はふふっと笑いながら言った。
そう。葉が来るまでは止める人がおらず決まって手をあげられていたのだ。
二人にとって葉という存在はイレギュラーであり、二人の間に邪魔がはいったと考えても強ち間違いではない。
二人を知るものは、二人について口を揃えていう。
歪な関係だ、と。
「執筆、ネタ切れだったの忘れてた」
「……じゃあ、ごはん、食べる?」
「……そのごはん、美味しい?」
「とっても。……だって沙也加、私の体好きでしょ?」
隔てられていた扉がゆっくりと開く。
奈波がするりと這うように隙間から隔たりを超えると、沙也加の上に覆いかぶさりちゅっと口づけを落とす。
「おなかいっぱいなるかな」
「試してから考えるの」
ちゅ、と口づけを落としたが最後、二人の間から会話が消えた。
沙也加にとって奈波は、イマジネーションを膨らませるための道具でしかないのだ。
奈波もそれを、よく熟知している。
絡み合う肌と肌、熱を持った舌が太ももを這う。
沙也加がぐにゃりと身体を逸らすと、奈波は追うように沙也加にしがみつく。
「ああ……そう。いい色が見えてくる」
「もっと、味わってよく見てください」
深い口づけに沙也加は脳髄まで溺れていく。
歪な関係。それはどこまでも深く、終わりなく歪み続ける。