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2.あるべき警官の姿

事が終わり満足した沙也加はベッドに沈み、すやすやと猫のようにまあるくなって寝息を立てている。

沙也加はよく眠る。放っておけば半日以上は夢の中だ。

寝起きは悪いし活動開始までの"やる気ゲージ"がなかなかたまらないなんとも燃費の悪いタイプだが、一度集中し始めると半日、いや長ければ一日中休まず執筆している。

周りの声も聞こえないため、強制的に食事をとらせるときは体に触れて声をかけないと気づかない。

その声かけ役は担当編集者の奈波だ。


奈波はすやすやと心地よさそうに眠る沙也加の傍に腰掛け、よく手入れされた眠り姫の髪を撫でている。


「……今日もおやすみの日ですか?先生」


返事はない。あるのはすー、すー、という寝息のみ。

顔を上げ、警官を視界にいれると不思議そうに小首を傾げて彼女は問うた。


「月さんは、先生に毛嫌いされても悲しい顔一つしませんよね」

「はい。慣れていますので」

「警官は正義の味方でしょう?なのに毛嫌いされることに慣れているんですか?」

「現実は、助けを求める全員の正義の味方にはなれませんから」


奈波はハッとした。

つまり、助けを求めてくる人に手を差し伸べることができない事案も多くあり、その人たちからしたら警官は"どうせ助けてくれない職業の人"として認定されてしまうのだ。

そしてその認定が覆ることは、相当のことがない限りないのだろう。


彼女は、それでも国民の味方でいようともがいている。


「……立派ですね」

「どうも」


眠り姫はごろりと寝返りを打ち奈波の腰に手を回す。

ちょうどいい場所に抱き枕があった、とばかりにぎゅうと腰に抱きつく沙也加に、さすがの奈波も苦笑いだ。

奈波にとって彼女が眠っている状況はあまりよいことではない。

そろそろ執筆をはじめてくれないと、締切に間に合わないのだ。


「先生」

「無理やり起こすと逆に書かないと思いますよ」

「月さんの言う通りなんですけどね……締切が。ああっ、もう最悪だなぁ!」


りーん。家のベルが鳴った。来客の予定はなかったはずだ。

葉は長い廊下をコツコツと歩き階段を下ると、重い扉を開ける。

だが、見渡しても人の姿は見当たらない。


「……これは」


ただ足元に真っ白な封筒が一通落ちていた。いや、置かれていた。

手に取った手紙の裏には「S」の文字。


「S……またか」


葉の顔色が曇る。再び周りを見渡すが、人の気配はなかった。

だがベルが鳴ったということは、”S“もしくは”S“と通じている誰かがついさっきまでここにいたということだ。

扉を閉め、鍵をかける。葉は、敷地内に侵入を許してしまった自分が不甲斐ないと悔し気に唇を噛みしめた。


ゆっくりとした足取りで二人のいる部屋へ戻ると、眠たげに目をこする沙也加がいた。時刻は夕方六時を回っている。もう夕食時だ。


「ごはんは食べますか?」

「うーん……まだいらない……。それより何持ってるの?」

「これは……」


押し黙っていると、眠たげにしていた沙也加の目つきが鋭くなった。

ピリッとした空気が部屋を包み込み、ベッドから降りた沙也加は葉のもとへ歩み寄り、手紙を奪い去る。


「……S、ね。私がはしゃぐから隠そうとでもしたの?」

「……はい」

「ふざけないで!私には知る権利がある!」

「ごもっともです」

「これだから警官は嫌い」


踵を返すと、沙也加はベッドに座っている奈波の傍まで戻り隣に腰掛け、手紙を開けた。

中には以前同様一枚のカード。それと、映画のチケットが一枚。


「明日君の最寄り駅にある映画館で映画を観るよ。観る映画は「少女旋律血痕」。

 君も観たかったミステリー映画だろう?チケットを入れておいたよ。

 まさかここまでしてあげたのに観に来ないなんて、怖気づいてるのかな?私をみつけてごらん、エマ」


「少女旋律血痕……!旋律と戦慄、血痕と結婚がかかった超大作……!

 ふっ。怖気づく?この瀧見エマが怖気づくわけないじゃない!」

「沙也加、ダメ」

「うるさい!チケットがあるのに行かない理由なんてない!」

「沙也加、お願いだから行かないで。危ない」

「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!!ただの担当編集者のくせに首を突っ込むな!!」


沙也加は時々、人殺しの目つきになる。声を荒げ、思ってもいない暴言を吐く。それは決まって自分の思い通りにならないときだ。

奈波は息を飲み、葉へ視線を向ける。葉は沙也加に歩み寄ると、奈波を殴ろうとした細い腕を掴んだ。


「行っていいですよ。ただし私も同行します。だから落ち着いてください」

「……。わかった」


怒りで震えていた腕から力が抜けるのを確認し、葉は手を離す。

深呼吸を数度繰り返す沙也加は、すっと立ち上がると奈波に軽く口づけを落として部屋を出た。

葉は慌てて追いかけ廊下を歩く後姿に「どちらへ」と声をかける。


「シャワー。頭冷やしてくる」


振り返った沙也加は困ったように笑っていた。

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