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1.歪な関係


「奈波、足」


目の前の女性に、沙也加は冷たく言葉を吐き捨てる。

膝をついて沙也加の足に触れる彼女は春山奈波。沙也加の担当編集者だ。

締切をすぐに忘れる沙也加に頭を悩ませていた編集長が、奈波を沙也加宅に寝泊まりさせることにした。

それから沙也加の"お遊び"は始まった。


「先生、締め切りが」

「いいから、足」


ふらり、と足を揺らす沙也加。

奈波は生唾を飲むと、足先に唇をつけ、舐めた。

沙也加はそれは楽しそうに奈波の後頭部を見つた後、指の爪にペディキュアを塗り始める。

本日の沙也加は小説を書く気はなさそうだった。


「今日は何色を?」

「赤。奈波、好きでしょ?」

「……私は薄紅色が好きだっていつも言ってるじゃない。頭悪いの?」


ちく、と奈波が毒づくが、当人はさして気にしていない様子。

もっと言えば、いつものことだとばかりの態度。

奈波は華奢な脚を指先でなぞり、白く柔らかな肌に頬を添える。

このお人形こそ、私の担当作家"瀧見エマ"。

そんなお人形は、恍惚の表情を浮かべる奈波を一蹴して、散らばっている原稿用紙をぺらぺらとつまらなそうに眺めていた。


「つまらない言い回し」


自分の書いた文章へのダメ出し。

これが始まると沙也加は止まらない。すべてに目を通しひたすらダメ出しを始める。

締切を守らない原因の一つだ。


「並びが違う。ぶれてる。はしたない」


しまった、と慌てた奈波は、沙也加から用紙を半ば無理やり奪い去り


「先生、もうその辺にしましょう」


とぎこちなく笑う。

ふん、と不満そうにため息をついた沙也加はそっぽを向く。


「そういえば、月はいつまでいるの?」


ふと、沙也加がひときわ背が高い背中に問いかけた。


「……護衛が必要なくなるまでですかね」


低く、大人しい声。残念ながら疲労が声に出ているが、腰にはしっかり拳銃が装備してあった。

つまり、彼女は警官だ。


「私の家に警官はいらないんだけど」

「と言われましても。Sの正体が分からない以上、私も配属されるのは妥当かと」

「ちぃ」


そう。月葉が沙也加宅にやってきたのは、沙也加宅に届いた一通の手紙がきっかけである。

差出人は「S」という謎の人物から。

その手紙の中には「瀧見エマ、楽しいゲームの始まりだ」と書かれたカード。

そしてそのカードの端には、血痕がついていたのだ。

沙也加自身そのカードにひどく興奮し楽しそうだとはしゃいだが、奈波の冷静な判断により葉が派遣された。


奈波が転がり込み、葉が派遣され、奇妙な三人共同生活が始まったのはつい三か月前のこと。

普段からお気に入りだった奈波を傍に置く一方、葉は常に隅に隅に追いやられている。

二か月前までは何もなければ邸宅の外の玄関で警備させるほど遠くに隔離していた。

やっと邸宅内に入って警備することが許されたと思えば"警官はいらない"発言だ。

葉にとっては居心地の悪い環境だろう。

もちろん、沙也加にとっても居心地のいい環境ではないはずだ。沙也加は警官が苦手なのだから。


「月。二時間ほど部屋の外にいて」

「はい」


艶かしい瞳が奈波を捕らえる。その瞳が合図だ。

奥の寝室に足をもつらせながら向かい、ベッドになだれ込む。

むっちりと肉付きがよく胸があり、しかし腰は引き締まっている女に抱きつく華奢で小さな娘は子供のように無邪気に笑っていた。


「ほんと、ころころ表情変わるね」

「そう?カメレオンになれそう?」

「それはやめてほしい。私、爬虫類苦手なの」

「変なの。奈波ってば、いつも蛇みたいにしつこいのに」


意地悪く笑う沙也加の唇を塞いで、奈波は今日も蛇になる。


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