26 遊び
アタシは戻って身体を拭き、乾いた服に着替えた。すぐに絵に取り掛かろう。
「リュー、ありがとね。」
「うふふ。どういたしまして。」
リューははにかんだように笑って、アタシに言った。
「楽しかった?」
リューが訊いた。
「うん。そういえば、あいつらにはなんて言ったんだ?アタシが帰る間際にさ。」
アタシは訊いた。リューはちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「ん…。またライちゃんは来るよ、って言ったの。嫌じゃなかったら、またあの子達に会いに行ってあげて欲しい。」
「いいよ。だってあそこはとても楽しかったからさ。」
リューはアタシの答えを聞くと、嬉しそうに笑った。
リューに彼女のキャンパスを渡し、アタシは画架とキャンパス、道具箱を用意して、絵に取り掛かった。
リューはパシャパシャと泳ぎ、アタシのあげた道具箱を持ってきて、絵に取り掛かった。
アタシがあげたものを大切にしていてくれて、とても嬉しい。
そういえば、なんでこんな辺境の港街でこの国一番、いいや、この大陸一番のコンテストが行われるのだろうか。もともとこの街では芸術が発達しているが、理由はそれだけじゃないはずだ。
まあいいか。
アタシは背景を描き終わったので、リューをスケッチすることにした。
今回の主役はリュー。
だから、とても綺麗に描きたい。
しっかりと特徴を捉えて…っと。
彼女が自分の髪の毛を耳に掛け、さかさかと筆をキャンパスの上で滑らせている。
ときどきはたりと落ちてくる髪を、耳に掛ける彼女の姿は可憐で艶やかだ。
リューはどうなのかわからないが、アタシは油絵を描くときに薄く塗り重ねていく手法をとっているから、とても時間がかかる。しかしその代償に、とても繊細で、色鮮やかになる。色鮮やかになる、と言っても、アタシがそう感じるだけで、自己満足するだけなのだが。
リューは真剣な眼差しで一心不乱に絵を描いている。
アタシもさらさらと鉛筆が進み、寝転がっているリューのスケッチを描いた。
リューはゴロンと絵の横に寝っころがり、岩陰にキャンパスを立てかけた。今日はもう終わりみたいだ。
リューがふいに、気づいたようにこっちを向いたので、アタシはキャンパスの陰に隠れた。アタシがリューをこの絵の主役にしていると気付かれぬように、だ。
「ライちゃん。遊ぼ!」
飽きてしまったのか、乾かすためなのか。リューはアタシの近くに泳ぎ寄って言った。
アタシもリューと遊びたいが、動いているリューをスケッチもしたい。
「リュー、アタシ絵をもうちょっとしたいからさ。」
「うん。わかった。ライちゃん、頑張ってね!」
一緒に遊べなくてごめん、独りで遊んでいてくれないか、と言いかけたときちょうどに、リューが言った。リューは満面の笑みを浮かべていた。
「リュー、アタシのこと見てなくていいんだよ?」
アタシは言った。リューはさっきからずっとアタシのことを見ている。なんというか、終わるのを待っているみたい。邪魔、とかじゃないんだけれど…。
「ううん。いいの。」
リューはにこにこと笑顔だった。
アタシは遊んでいて欲しいな、なんてわがままだが、でもこれはこれでよかった。
たぶん、リューじゃない奴、たとえばディーンなんかがアタシの作業を見ていたら耐えられないだろう。アイツは嫌いだ。
たぶん、ルカ以上に…。
「ライちゃん、私独りで遊んでるね。終わったら呼んで。」
リューはそう言って、海に戻り、潜らずにアタシの見える範囲内で遊び出した。
アタシはしめた、と思って少し笑い、リューが創り出していく彼女の姿をスケッチし始めた。
水から跳ねる、肌の白いリューは煌く水飛沫をあげて輝いているようで、とても美しい。
リューはまたとない姿を次々と創りだしてゆくから、手が追い付かなかったが、彼女を見ていると、とても楽しい。もっとゆっくりと描きたいが、それも言っていられない。
リューはパシャパシャと煌く無数の水の星を生み出していく。
そのうちリューは、どのくらいまで高く跳ねられるか、なんていうような遊びを始めた。
ぐうっと勢いをつけて、リューは水から跳ね上がる。
リューの身体が空に舞い上がった。軽々と跳ね上がった彼女の身体が、水を蹴るヒレの強さを物語っている。
バシャンと大きな水柱が立ち、彼女の華奢な身体が水面に打ち付けられた。痛そうな音だが、リューはキラキラした瞳で舞い上がった水飛沫を見ていた。
しばらくして、キャンパスに取り掛かった頃、リューはアタシを呼んだ。
「ライちゃん!見てて!」
リューはそういうと水から跳ね上がり、さっきよりは低いが、水飛沫をあげた。
「ね、水飛沫、あんなに高くまで飛んだよ!」
水飛沫は重力に逆らおうともせずに、降り注ぐ流星のように水面に降った。
どうやら、水飛沫を高く飛ばす遊びみたい。
「すごいなあ。アタシはそんなに高く飛ばせないよ。」
アタシはキャンパスに描いていたリューの肖像の下書きを一旦中断して、一部始終を見届けた。
リューは満足げに、えへへ、すごいでしょと言い、胸を張った。リューのそんなところが好きだ。
「そういえばリュー、絵、描き終わったの?」
「まだだけれど…。まだまだ時間あるでしょ?」
「う…ん?」
アタシは言葉に詰まった。
待てよ、コンテストの日は、確か海の月の一日目。あと十二日で太陽の月はお終いだ。一週間前と言ったら…!
「まずいぞリュー。あと五日くらいで終わるか?」
「え…?」
リューは目を逸らして、
「ギリギリ、かも。」
うん。アタシもリューも、遊びすぎた。
あとがきです。
この世界では一年が420日で、一ヶ月35日(一週間7日で5週)でぴったり十二ヶ月で割り切れます。それはいいとして、太陽の月が七月(乾季)、海の月は八月(乾季)となってます。




