24 痣
「ラーイちゃーん!」
入り江に入った瞬間、リューがアタシを呼んだ。リューはどうやってアタシがきたことを知るのだろうか?
何も悩みがなさそうな、そんな元気のいい声だった。アタシはその声と昨日のレドライトの話が相反していて、なんだか居心地が悪くて、小さく返事をしただけだった。
キャンパスと道具箱と、着替えを砂浜に置いて、リューに歩み寄った。リューは砂浜に上がり、アタシを待っていてくれた。
リューに海の中に連れて行ってもらうことが、なんだか楽しめないような気がして、意図なく大きな溜息が出た。
「ライちゃん、元気ない?」
その蒼い瞳に見つめられて、やっぱり昨日のレドライトの話が心に引っかかって、悲しくなった。でも、アタシは泣き出したいのを堪えて、無理矢理笑顔を作った。
「ん…。昨日雷すごかっただろ?…アタシ、雷苦手だからさ。」
嘘だ。
雷なんて怖くない。怖いのは、リューに忘れられてしまうこと。アタシが先に死んでしまうこと。…リューと同じ時間を過ごせないこと。
「ふふっ。ライちゃん、意外だね。ライちゃんに怖いものなんて無さそうなのに。」
「…まあね。」
リューは可憐に笑って言った。その笑顔にどきっとして、そして胸の奥が痛んだ。
アタシの怖いものなんて沢山ある。
「ライちゃん、行こ!」
リューはアタシにヤアコ貝の真珠を渡して、笑顔で言った。徹夜明けのアタシには、その笑顔は眩しい。
「ん。わかった。そうだリュー、これいるか?」
「なにこれ?すごいキレイ!」
青い、馬の形をした飴細工をリューに渡した。さっき朝市で買ってきたものだった。
「これ、何?」
「舐めてみなよ。美味しいからさ。」
アタシはお揃いの馬の形をした赤色の飴細工を口に放り込んで言った。クラッカーやパンみたいにぱさぱさしないし、綺麗だから、リューも気にいるだろう。
「でも、もったないなあ。」
リューはうっとりとした瞳で飴を見ていた。青い飴は朝日を受けて煌めいていた。アタシはあまり収集物に飴を加えるのはおすすめしないが。リューの鱗の輝きには負けるが、青い飴は綺麗だった。
リューは見るのに飽きたのか―。いやそれはないか、ひょいとアタシの真似をして口の中に放り込んだ。
「ん!おいしい!甘い…!」
ほっぺたに手を当ててふにゃっとした笑顔でリューは言った。これが本当の「ほっぺたが落ちそうなほどおいしい」状況なのだろう。
彼女のふやけた笑顔につられてアタシも笑顔になった。
アタシはちまちまと減っていく飴が焦ったくなって、ガリガリと音を立てて飴を噛み砕いた。リューはびっくりした顔でアタシを見たが同じように、しかしゆっくりと噛み砕いた。
ふっとリューが下を向き、白くて細い首筋が見えた。彼女の真っ白いキャンパスのような美しい背中が露わになった。
「あれ、リュー。ここどうしたんだ?」
「え?何かついてる?」
リューの白い背中に、青さを通り過ぎてどす黒いようになってしまった大きな痣があった。
「どこ?どこ?指差して。」
なんだか白い背中に指差すのは躊躇われたが、ここまで青黒くなってしまったら痛いだろう。アタシはリューの背中にそっと触れた。
「え?そ、そこなの?」
リューは、自分で痣を触ろうとした。
「痛っ!」
リューは自分の痣を強く触ってしまったようで、大きな悲鳴を上げた。
「リュー、大丈夫か?」
「ん…。大丈夫。どこでぶつけたんだろ?私、寝相が悪いからかな?」
えへへ、と笑ってリューは言った。その瞳の奥には微かに期待と恐怖が浮かんでいた気がした。
「…気を付けなよ。リュー、何かあったらすぐ相談するんだよ。」
アタシはリューの頭を撫でた。何かリューが隠している気がして、でもグサッと言うのは、きっと彼女が自分を責めてしまうことになるだろうから、さり気なくリューに言った。
問題は―。アタシも隠したことはあるからわかるけれど、問題は一人で抱え込んではいけないんだ。
それはどこまで独りで、独りを望んだのは自分なのに、誰も助けてくれないのが辛くて悲しくて、でもどこまでも独りの苦しい世界。
だから、独りで抱え込んじゃ、駄目。
キレイごとだと思うけれど、それぐらい苦しくて辛いことは独りで抱えてはいけない。
キレイごとでいい、それで悩んでいる人を救えるなら。
アタシも今色々と悩んでいるから、矛盾しているようだけど…。
「うん…。ライちゃん、ありがとう。」
リューは悲しそうな嬉しいような、不思議で美しい笑顔をアタシに向けた。
………
「リュー、準備できたよ。またよろしくね。」
アタシはにこっと笑って言った。リューのほっぺたが微かに赤くなった気がした。
「うん!」
リューはパッと笑顔になって言った。
仮描き本が水の中だとふやけて破れてしまうことが残念だが、わがままは言えない。リューに頼んで行っているのだから。
あとで開いたスケッチブックに、リューのスケッチをいっぱい描こう。
さぷんと優しい音を立てて、リューは海の中に入った。リューは絹地のような水面に包まれ、気持ちよさそうにパシャッと一際大きな水飛沫を上げた。
水飛沫はキラキラと煌めいて―。
さらさらと微風に吹かれた布のような、優しい波が足に触れた。昨日の雨のせいなのか、いつもより水温が低い気がした。いい感じに目が覚めて、しっかりと蒼い世界が目に焼き付けられるはず。
アタシはリューの手を握って、導かれるままに海に入って行った。
リューは嬉しそうにパシャパシャと小さく水飛沫を上げている。
「ふあっ!」
砂に足を取られ、転びかけて、リューの手をグッと握り締めた。力を込めすぎてしまったのか、リューは少し眉根を寄せた。
「リュー、ごめん。」
「うふふ。大丈夫。」
リューははにかんだように微笑んだ。
あとがきです。
なんだかんだで文芸色が強い気がする!
何故に?




