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人魚の水しぶき  作者: 枷羽
2/38

2 才能

「ねーねー。ライちゃん。」

 リューはアタシの脚をつんつん突っつきながら言った。人魚には、脚がないから、珍しいのだろうか。

 ちょっとくすぐったいが彼女にならいくらでも触らせてやろう。


「なんだ?」

「ライちゃん画家さんだから絵を描いているんでしょ?」

「うん、まあ…。」

 ちょっと返事に困る。売れないうえに才能がない気がしたから、アタシは画家を名乗って良かったのだろうか。


「あの、その…。」

 彼女はもじもじして言う。戸惑っているその姿も可憐だった。


「なんだ?もしかして、絵を描いてみたいのか?」

「うん!」

 パッと輝く顔。表情が大袈裟で、ころころ変わる。おもしろい。

 もしかして、油断させて海の中に引きずり込むのか?いやいや、会ったばかりでおかしいが、彼女はそんなことしないはずだ。


「これ使えよ。」

 そう言ってアタシは画材と真っ白いキャンパスを渡した。


「やりたいように描いてごらん。」


「ライちゃん、私描き方、わからない。これ、何?」

 そう言って彼女は絵筆を指差した。

 

ええぇ。


 まあそうか。水中世界に絵を描く文化がなくても不思議ではない。


 リューに道具の使い方を教える。彼女はすぐに飲み込み、描き始めた。鱗が乾かないようにね、と日陰に移動して。

 ペチャペチャと、リューが絵の具を塗る音が入り江に木霊(こだま)する。まるでアタシの子ども時代、まだ自分の「世界」を純粋に楽しく描いていた頃を見ているようだ。

 砂浜に寝転んだまま、彼女の「世界」が紙の上に乗っていくのを眺める。彼女は海に住んでいるからなのか、青い色が好きなようで、キャンパスのほとんどが青かった。

 

「なあ、リュー。」

「んー?なあに?」

 彼女はアタシが話しかけると一旦作業をやめ、こちらを見た。


「人魚ってさ、地上でも息できるんだな。」

「んー。まあね。ユリューマトって魚がいるんだけど、あんな感じだと思うよ。」

「ふうん。」

 彼女は再びキャンパスに目を落とした。アタシはユリューマトって魚は知らないが、実質人魚って不死身なのかも。


 ゆっくりと時間は過ぎてゆく。ちょっと暑いのでアタシも日陰に移動して、空を見上げることにした。

 嗚呼。

こんなに穏やかな気持ちで、空を見上げたのっていつぶりだろう。画家を名乗る前だっけ。アイツのことなんか考えずに、何にも考えずに。


 ………



「ライちゃん!ねえライちゃん起きてよ!」

 彼女の声で目覚めた。眠ってしまっていたようだ。入り江にはすでに西日がさしていた。


「良かった。ね、見て!できたよ!」

 リューの言葉にあった不自然さは、彼女の絵に圧倒され消えてしまった。


「すごい…。」

 もうその一言に尽きた。ずっと眺めていたいくらいの、絵。

 普通は絵の具のチューブからだされたまま使わず、混ぜることで色々な色味を出すのに―。


キャンパスの世界は原色がほとんどを占めているにもかかわらず、すべてが調和され、彼女の「世界」がありありと見えてくる。


 これが、天才。


 これが、才能。


 ―彼女こそが本当の芸術家(てんさい)


 昔アタシが言われた、絵が好きで、もっと上手くなりたいと努力してもらった「天才」と言う言葉は。アタシやアイツのための言葉じゃない。


 リューのための言葉だ。


 アイツの、他人(アタシ)を蹴落として作った才能じゃない。

 アタシの、天才にはなれぬとはわかっていても、重ねた努力で作った才能じゃない。


 純粋な、彼女(リュー)のちから。

 

「えへ。ありがとう。」

 リューは照れて頬を赤くした。俯き加減で顔を赤くしている彼女は、可憐だった。

 つられてアタシも笑顔になった。嫉妬なんて(くら)い感情を出すことさえできぬほど、彼女の絵は、素晴らしかった。

 そして同時に、アイツのことなんて、アタシの才能のことなんて。そんなことに悩んでいるアタシが馬鹿らしくなった。


「ハハッ。やっぱリュー、アンタすごいよ。」

「ふふふっ。ありがとう。」

 彼女は絵を褒めているものだと思っているようだが―。


「ねえ、ライちゃん。」

緊張の入り混じった声でリューはアタシを呼んだ。


「んー?」

 アタシは画材やキャンパスを片付けながら返事をした。

 良いものを見せてもらったお礼に、リュー専用の絵の具を買ってあげよう。

もしかしたら、あのキャンパス()をコンテストに出せるかもしれない。完成できるかもしれない。


「あのね。あの、私とお友達になってくれる?」


「え?」

 あまりの突然さに、驚いた。

そんなの―。

そんなの、決まってるじゃないか。


「あ、あの、い、嫌だったらいいの。」

 リューはちょっと涙の混じった声になって言った。

 西日が彼女の瞳に朱の光を落とす。

 今まで見たことがないような美しい宝石が、そこにあった。


「ううん。こっちもアンタと友達になりたかったさ。よろしくね。」


 西日が水平線についた。その瞬間、あたりが光に包まれる。眩しくて、目が眩む。

 なんて言えばいいのだろう。オレンジ色、ではない。

 言葉では表せぬほど。

 見たことがないくらい、美しくて。

 緋くて()朱くて()紅くて()赤い()、色だった。


 逆光で彼女の顔は見えづらかったが―。


「うん。よろしくね。ライちゃん!」


 笑顔で、返してくれたことだけがわかった。


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