燃焼性ハニーキャンディ
課題をなんとかやりきった時には、もう日が登り始めていた。そうだ、新しい朝が来たのだ。希望の朝だ。今日から香織と一緒に登校する。さあ皆の衆、喜びに胸を開け、大空仰げ。
香織と談笑しながら歩いていると、いつの間にか高校に到着していた。もう着いちゃったか。夕方には会えるし、なんなら学校でも会おうと思えば会えるから寂しくはないけど。
「香織、今日一緒に帰る?」
「うん!一年生の下駄箱で待ち合わせしよう!」
校門で香織と別れ、階段を上り、自分の教室へ。
扉を開くと、俺の席に茶髪ボブの女子が座っていた。確か、新しいクラスメイトだよな。こんなに可愛い子が同級生に居たとは、知らなかった。それにしても、何故俺の席を不法占拠しているんだ?
首を傾げていると、俺に気づいたその女子が元気よく挨拶してきた。
「おはよう、れーちゃん!ほんっとーに久しぶりだね!折角会えたのに、昨日は挨拶できなくてごめんね!」
れーちゃん?俺のあだ名か?うーん、こんな可愛い女の子の知り合い、居ないと思うんだけど。
「分からないよね......。私だよ、高橋紗奈!幼稚園で一緒だった、さーちゃん!」
さーちゃんだって?......ヤバイ、全く分からない。残念ながら俺には幼稚園の頃の記憶は残っていないんだ。しかし、この子は覚えているようだ。それできっと昔は、この子と俺は仲が良かったのだろう。
......そう思うと、誰だよお前とか言って傷つけるのも悪いな。よし、一旦誤魔化しとこう。もしかしたら後で思い出すかもしれない。それに、演技力には自信があるんだ。
「アア、サーチャンッ!ウワー久しぶりだネッ!」
前言撤回。俺、演技下手だった。海賊の船長が飼ってるタイプの、ウザいオウムみたいになってしまった。口癖がクァー!!なヤツ。
しかしマズイな。確実に俺が覚えてないってバレてしまった。
「あはは、ビックリした?私、昔は暗くて引っ込み思案だったでしょ?でも、あの時れーちゃんが、ああ言ってくれたおかげで私、変われたんだ♡」
ってあら?意外なことに気付かれなかった。まあ、ポーカーフェイスだけは得意だからな。ただ俺がビックリしただけのように聞こえたようだ。セーフッ!
そんなことより、どうやら俺はこの子の人生に大きな影響を与えたらしいことが判明した。
というか何言ったんだ過去の俺!若干言い淀んでたし、なぜか目がトロけてるし!うーん、でも直接は聞けない。この子との大事な思い出を覚えてないことがバレてしまう。
仕方ない、それっぽいことを言って、この場を勢いで乗り切ろう。演技力はないが、やる気はある。
そもそも、演技力は一夜にしてならず!
努力と経験がモノを言うのだ!
そう、今こそ我が成長の時!
全力で行かせてもらうっ!
「ハハハ、本当に変わったナッ!カワイイヨッ!」
クァー!!
「えっ!?かわいい......かわいいかぁ、えへへ♡ねえ、私のことどう思ってる......?」
「ハハハ、ズットそばに居たいヨッ!」
クァー!!
「えっ!?......本当?嘘じゃ無いよねっ?」
「ハハハ、本当サッ!」
クァー!!
「えへへ、嬉しいっ......」
「ハハハ、俺モ嬉しいヨッ!」
クァー!!......ってあれ?
「それじゃ、よろしくね、ダーリンっ♡......うああ、まだちょっと恥ずかしいな......」
紗奈は耳まで真っ赤にして、はにかんで言った。
わーお、速報!俺氏、嫁できた!マジで言ってる?
そしていきなりダーリンって呼ぶとは......どういうことだ?
「ダーリンは私に『大きくなったらさーちゃんと結婚したい』って言ってくれたけど、『お嫁さんには甘やかして欲しい』とも言ってたよね。昔は恥ずかしくて駄目だったけど、今の私なら出来るよっ......♡」
丁度俺が知りたかった昔の話を紗奈がしてくれた。うわ、昔の俺、結構恥ずかしいこと言ってる!園児時代の俺、結婚の約束するタイプの子だったのか!その手のドラマチックなイベントとは縁がないと思ってたのに。
それに、甘やかされたい側だったというのも驚き。今は香織をバリバリ甘やかしたいから違和感あるな!
その場のノリで返答していたらなんだか大変なことになってしまった。だが、紗奈の好意を無下にするわけにはいかないし、何より初めて彼女が出来たんだから、結果オーライ。これで俺もリア充だっ!
にしても、去年俺が同じ高校にいるって気づかなかったんだな。まあ俺も名前すら分からない女子はいるし、全然あり得る話か。
「今日から一緒に帰ろうね、ダーリンっ♡」
「分かった。あ、妹も一緒だけど、いいか?」
「あ、妹ちゃんいたんだ〜。いいよ!私の未来の妹でもあるからね!」
言い方が俺とマジで結婚する気だな。高校生カップルって一ヶ月とかですぐ別れるらしいが、今のところそう簡単に別れたりしそうにないな。
そんなこんなで、今日の授業が終わった。紗奈と一緒に1年生の下駄箱に香織を迎えに行こうとする途中、紗奈が俺の手を掴んで恋人つなぎをしてきた。積極的だ。
1年生の下駄箱が見えた。香織が鞄をゆらゆらしながら待っていた。
「あ、居た。あの子が俺の妹だよ」
「あの長ーい黒髪の子だよね?うわあ、めっちゃ可愛いじゃん!甘やかしたい!」
「おお、分かってるな。実際甘やかしてんだよ」
「いいな〜!ああ、あの子が私の妹だなんてっ!嬉しいっ!」
紗奈の喜びようがすごい。いい理解者を得たものだ。感慨にふけっていると、香織と目が合った。にっこり笑ってこちらに手を振っている。手を振り返して、近くに行く。
「お兄ちゃん、待ってたよ!ところで、その人は?」
「あ、香織。こちら、紗奈だ」
「お兄ちゃんの彼女の紗奈だよ!結婚を前提にお付き合いしてるの!ね、ダーリン?」
紗奈がそう言った瞬間、香織の顔から笑顔が消えた。