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しかし、闇雲に穴をつついても獣は追い出せない。
それどころか、手でも噛まれれば大怪我を負う。
結果、王家側は各所に堅牢な陣地を造り、少しずつエズモ族の行動範囲を圧迫していく消極的対抗手段を取らざるを得なかった。
ガシュラにはそういう慎重な部分もあるよね、とラヴィは頷き、一人納得する。
ずる賢く、気が許せない。
だから、私も一族のために失敗は絶対に出来ないのだ。
前方をフラフラと糸の切れた凧のように左右に行ったり来たりする無害で頼りない少年王子をしっかり見張らなくては。
しかし、形だけとはいえ、こんな何の役にも立たないボンクラ(失礼)を会議に参加させるとは…。
まあ、それも「俺は兄弟にはとても公正で優しいのだよ」というアピールなのか?
ラヴィにすれば、ちゃんちゃら可笑しい。
ガシュラが王家を牛耳っているのは誰の眼にも明らかじゃないか。
いっそ王座を奪い、新王を名乗ればシンプルで分かりやすいものを。
顔はやたらと怖いのに、やり方がみみっちいんだよ!
などと頭の中だけでラヴィが息巻いているうちに、少年王子の足が会議の間へと入った。
「やあ、メルドラ」と爽やかな声がかかる。
第4王子カサンドラだ。
20代後半、眉目秀麗なカサンドラを見て、ラヴィはうっとりする。
ああ、あんな怖い顔の第1王子じゃなく、こういうイケメンの側近になりたかった。
「おや!? ラヴィ、眼鏡を外すと君はとても美しいね!」
「わあ! カサンドラ様、ありがとうございます!!」
「もっと君と早く逢っていれば迷わず第1夫人に迎えたものを! 今すぐ第2夫人になってくれたまえ!」
「はい!!」
「さあ、寝室へ!」
「ああ、嫌ですわ! もう、そんな積極的に! あーーーん!!」
「ニャーオ」
そう、ニャーオ。
え…ニャーオ?
ラヴィは妄想から我に返った。
カサンドラの側に立つメルドラが、いつもの猫の笑顔でこちらを見つめている。
そして、お決まりの「ニャーオ」だ。
ニャーオって何なのさ!?
本当の猫じゃあるまいし!
あの笑い方、ムカつく!
「元気かい、メルドラ」
カサンドラが訊いた。
彼は何かと奇行の多い、この弟を気にかける。
母親は違うが、馬が合う?
カサンドラの顔に浮かぶのは明白な好感。
単純にガシュラ一派に対抗するため、全く役立たずでもメルドラを味方に引き入れておきたいだけかもしれない。
第1王子たちに抗える程の兵力を持たないとはいえ、やはり何だかんだ言っても張り合える対抗馬はカサンドラしか居ない。
ガシュラ一派vsカサンドラ一派。
この図式が妥当だろう。
ただ「vs」と言ったって、せいぜい会議で牽制する程度で、ガシュラの顔色を窺わなくてはならない点ではカサンドラもメルドラも立場は変わりはしない。
メルドラに至っては母と妹まで警護という名目で軟禁され、人質となっているのだ。
この王子に人質!?
要らねえだろ!!
ラヴィは思う。