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「兄上の眼を欺くには、まずはいくらかの兵が必要でした。それで傭兵を使って砂賊を叩くという作戦を」
「………」
「兄上は私を潰すために、この策に乗ってきた。まあ、そうなるように仕向けたのですが。上手くいきましたね」
「………」
「集めた傭兵を砂賊に襲わせます。そして、それを丸ごとこちらの兵として使う。兄上が思いもよらない、突如出現する軍勢です。予め示し合わせて動いたので、傭兵たちをほとんど無傷でこちらに編入できました」
「ま…待て…」
「はい?」
「示し合わすだと? お前が傭兵たちの作戦を…砂賊に伝えたというのか?」
ガシュラが激しく首を横に振る。
「ありえん!! お前には、この女を」
ガシュラが床に寝そべるラヴィを指した。
「見張りにつけていた…」
ガシュラがハッとなる。
ラヴィをにらんだ。
「まさか、この女が裏切って…」
ラヴィが一気に青ざめる。
裏切ってない!!
私は何も知らない!!
メルドラと砂賊が繋がっていたなんて、全く知らない!!
メルドラがエルフィンの腰を右手で抱きしめたまま、床に寝たラヴィに左手を差し出した。
反射的にラヴィがメルドラの手を掴む。
メルドラがラヴィを引き上げ、立たせた。
エルフィンが値踏みするような眼でラヴィを見つめる。
「ラヴィは何も知りません」とメルドラ。
「彼女は兄上の言いつけ通り、僕をちゃんと見張っていた」
「それなら!!」
ガシュラが叫ぶ。
「砂賊とお前は連絡が取れないはず! お前の部屋は隠しカメラと盗聴器で常に監視していた。王宮内から外部への通信は全て傍受できる。こちら側の作戦を洩らすことは不可能だ」
「確かに兄上の私への監視は、とても厳しかった。しかし、私は砂賊と常に連絡を取り合っていたのです」
「………」
「笛ですよ」
「………」
「レーベを使ってお互いに会話できるのです。笛の音で」
「な…ふ、笛だと…」
「ええ」
メルドラが頷く。
「覚えていませんか? 8年前」
そう言った表情は、イタズラを仕掛ける子供のようだ。
「?」
「僕とチャミが砂漠で地下洞窟に落ちてしまった事件」
「………」
ガシュラの顔は曇ったままだ。
愚弟と決めつけていたメルドラのかつての窮地など、記憶にないのか?
「あのとき、僕と妹は」
メルドラがエルフィンを見つめる。
エルフィンは潤んだ熱い瞳で、その視線に応えた。
「エズモ族のエルフィンに助けられた」
「私は、ひと目でメルドラが運命の人だと分かったわ」
エルフィンが嬉しそうに言う。
「星たちが以前から教えてくれてたのよ」
「遭難している時は怖かった砂漠も、エズモ族の住み処ではまるで違ったものになった。厳しい環境に生きる彼らは、とても力強く美しかった」
「………」
「エズモ族から僕たちの発見報告を受けた父上は、すぐに王宮に帰るよう仰られたけれど、僕とチャミはわがままを言って3ヶ月ほど彼らの洞窟でホームステイしたのです。父上は最初は怒っておられた。でも、見聞を広めたいという僕たちの気持ちに押し切られ、最後は認めてくださった」
「………」
「本当に楽しい3ヶ月でした。兄上は僕に興味が無いから、覚えていないみたいですね」
ガシュラの顔がビクビクと震えた。
「カサンドラ兄上は?」
メルドラが訊いた。
「もちろん、覚えている」
カサンドラが頷く。
「あの時は私も内心、心配で堪らなかった。あの頃はエズモ族と王族の関係が良好だったとはいえ」
「ありがとう、カサンドラ兄上。心配をかけて、ごめんね」
メルドラがニコリと笑った。
「まったく」とカサンドラも笑う。




