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3人は部屋の奥の扉に進んだ。
油断なく扉を開けると、そこは寝室だった。
2人の女が寄り添い合って、ベッドの陰で震えている。
1人は30代で、見る者がハッとするほどの美しさだった。
王族を示す、一見地味ではあるが、一流職人による複雑な意匠を施した衣服を身にまとっている。
その女の両腕に抱かれ、守られているのは10代半ばの少女。
こちらも美しく、歳上の女とよく似た顔立ちであるところから、すぐに親子だと推測できた。
突然の攻撃の混乱と2階のサイボーグたちと侵入者の激しい戦闘で、2人はすっかり怯えてしまっているようだ。
銃を持った男女2人を見て、ますます不安がる彼女たちの前に、モッキュが進み出た。
「こんにちは!」
モッキュが右手を元気よく挙げる。
「ボクはモッキュ! よろしくね」
急に現れたかわいらしい生物に、女たちの眼はパチパチとなった。
瞬く間に恐怖心が薄らぐ。
「あ、あなた方は…?」
歳上の女が恐る恐る訊いた。
エルフィンが前に1歩、踏み出す。
少女の顔を見つめた。
そして。
「ニャーオ」
エルフィンが鳴いた。
ジローとモッキュ、そして母親の眼が点になる。
少女だけが、何かの記憶を探るように眉間にしわを寄せた。
その表情がパッと明るくなる。
「ニャーオ!!」
少女が大きな声で鳴いた。
エルフィンと少女が満面の笑みになる。
「盛り上がってるところ、悪いけど」
ジローが言った。
「今はここから逃げるのが先だぜ」
ガシュラの顔をひと眼見たラヴィは、何かとんでもないことが起きたと瞬時に理解した。
今すぐ、問答無用で撃ち殺されるのでは?
自らの顔に恐怖心が出ないよう、必死に心を落ち着かせる。
「砂賊がクォールを襲撃した」
ガシュラの声は地獄の底から実況中継されているかと思える低さだ。
怒りのあまり、唇の端が微妙に震えている。
砂賊がクォールを襲撃…。
ラヴィの頭の中で、思考が目まぐるしく回転した。
軍事施設に対する、いつもの散発的な攻撃だろうか?
「奴らはメリステアとチャミを拐った」
あー。
メリステア様とチャミ様をねー。
なるほどー。
………。
な、何ですとっ!?
いつもは感情を押し殺すラヴィも、さすがに眼を大きく見開いた。
メルドラの母と妹が砂賊に拐われた!?
今まで王家が砂賊に捕らわれた事例は1度もない。
全ての王族は首都最大の防御を誇る王宮に住むのだから、それは当たり前と言えた。
ガシュラがメルドラに意地悪するために…否、首根っこを押さえる人質とするために母娘をクォールの別荘に移し軟禁状態にしたことが、かえって仇になった形だ。
砂賊は2人を捕らえて、どうするつもりか?
王家への脅し?
いやいや、ガシュラはメリステアとチャミを助けなどしない。
むしろ2人を砂賊に殺させ、その非道さを民衆にアピールするだろう。
砂賊の狙いが王家の牽制なら、何の効果も発揮しない。
「メルドラには報せるな」
はあ!?
お前、何言ってんの!?
肉親が拐われたのに、報せるなって!?
「メルドラは全ての傭兵を失った。全滅だぞ、全滅! 俺の兵を500ずつ…合計1000も道連れにしおって!!」
ガシュラが机に大きな拳を叩きつけた。
常と違い、ラヴィはガシュラの明らかな激昂にも怯えなかった。
普段は絶対に表情に出さない怒りが、その両眼に僅かに浮かび上がった。
胸中では猛烈な憎しみが爆発している。
このクソ野郎っ!!
たとえ血が繋がらなくとも、父親が愛した女と、その娘だろう!!
その生命を何とも思わず、自分の権力の心配ばかりしやがって!!
こいつは最低のクズ野郎だ!!
自身に向けられた非難めいた視線に気づいたのか、ガシュラがラヴィをにらみ返した。
頭の隅に追いやられた理性を大慌てで呼び戻し、ラヴィは瞬時に表情を消した。
ガシュラの眼差しが、ラヴィの全身をじっとりとねめつける。
ジロシロ見てんじゃねえぞ、このクソがっ!!




