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Good Lack Coffee―――With coffee and luck!

 「Good Lack Coffee―――With coffee and luck!」


―――――――――――――――――――――――――――――


登場人物

黒田 トウジ……編集者

夢野 リエコ……喫茶店マスター

大宮 アカネ……喫茶店店員、高校生

愁崎 タカアキ…編集者

沢見 オサム……作家

久野瀬 スズ……作家


MCA……ラジオ番組の司会

MCB……ラジオ番組の司会

NC……ニュース番組のキャスター


―――――――――――――――――――――――――――――

 「Good Lack Coffee―――With coffee and luck!」


ラジオ番組が聞こえてくる。


MCAジャンクロール、最後まで聞いてくれてありがとう。

MCBそれじゃあ、また来週!

AとBラジオはAM1156、いいごろラジオがお送りいたしました。

NCお昼のニュースです。


SE:ドアベルの音

効果音をきっかけに舞台に明かりがつく。


喫茶店「グットラックコーヒー」

きれいな内装でアンティークな雰囲気の漂う店だ。

中央のテーブルにはラジカセが置いてあり、少し古いカウンターには、それっぽいレコードプレーヤーが飾られている。


店の入り口から、夢野 リエコが入ってくる。

彼女の手には「CLOSE」の看板と竹箒


NC先週発生した調理飯店の火災事故について続報が入りました。

消防署の発表によると事故当時、調理場に―――――

(は管理者はおらず、無人だったとのことです。このことについて被害者団は更なる責任追及を請求するもようです。)

夢野ラジオをきるさてさて、今日もお仕事お仕事


夢野は竹箒をしまう。

看板はカウンターの上へ。


……。

しばらく客はこない。


夢野……うーん、暇度、70%です〜


夢野がカウンターの下からレコードを取り出す。

セットして、流れ出す音楽。

夢野はカウンターにもどり、文庫本を読み出す


夢野 ~♪(鼻歌でその曲に合わせている。)


SE:ドアベルの音

店の入り口から、黒田が入ってくる。

あまりいい身なりではないが手には大きめのノートパソコン用のかばんとA4サイズの大きいサイズの茶封筒を持っている。

怪我をしているらしく左手には包帯が巻かれている。


黒田 (店内を見回してから夢野に気がつき)あのー、お店もう開いてますか?

夢野あ、はいー。開いていますよ。

(黒田の方へ行き)いらっしゃいませー、ようこそグットラックコーヒーへ。お席は日の当たるほうと、日のあたらないほうどちらがいいですか?

黒田じゃあ、日のあたら……ってなんです、いきなり?

夢野席の位置ですよ。お客さんパソコン持っているみたいですからどっちがいいのかなぁと。

黒田ああ、そういうことですか。

夢野そういうことです、どちらがよろしいですか?

黒田じゃあ日が適当にあたらないところで

夢野わかりました、ご案内します。


夢野、黒田をカウンター近くの席に案内する。

黒田は案内された席につき、パソコンを用意する。

その間に夢野はメニューを持ってくる。


夢野メニューをどうぞ。

黒田(メニューを受け取り)どうも。

夢野ご注文はすぐにいたしますか?

黒田そうだなぁ、コーヒーをひと…(メニューを見てやや間)…ってあの。

夢野どうしました?

黒田コーヒー100円ってなっているんですけど、これって本当に100円なんですか?

夢野そうですよ。いまや喫茶店のコーヒーは缶コーヒーやコンビニのコーヒーに押されていますからね、その対抗策です。

黒田だ、大丈夫なんですか?

夢野実は結構厳しくって……。

黒田……。

夢野……。

黒田と、とりあえずコーヒー一杯ください。

夢野はい! かしこまりました。あ、お代わりは有料のですので注意してくださいね。


夢野、カウンターにもどりフライパンを温めはじめる。


黒田……な、何をやっているんですか?

夢野久しぶりに本気をだして、生豆からバイセンしようかと

黒田そ、そうですか

夢野どういうコーヒーにしますか? 初夏の薫りたつ爽やかコーヒーから濃厚どろりなでろんでろんのコーヒーまで作れますよ。

黒田お、お勧めで

夢野そうですか。それじゃあ……オードソックスに、高級なブルーマウンテンをちょいちょいと


夢野コップを使ってフライパンに少しだけ豆を入れる


黒田あの?

夢野なんですか?

黒田そんなに少なくて大丈夫なんですか?

夢野大丈夫、こんなもんですよ

黒田こ、こんなもんって……それにさっき高級だとかなんとか言ってたんですが

夢野大丈夫、大丈夫。

黒田そう、ですか?


しばらくするとフライパンから豆の炒られるいい音が聞こえてくる。


黒田お、いいにおいですね。

夢野(勢いよく)そうなんです、やっぱりコーヒー豆はこうバイセンしている瞬間が一番いいんですよ!

そもそもバイセンには8通りの炒り方があってですね、短い時間からライトロースト、シナモンロースト、ミディアムロースト、ハイロースト、

シティロースト、フルシティロースト、フレンチロースト、イタリアローストとあるんですが、

そのなかでもシティとフルシティはブルーマウンテンの自家バイセン家からも人気のあるバイセン方法でして―――――――――

(酸味と苦味のバランスがよくて、味も濃くがあるすばらしいバイセンなのですが、1パチと2パチの間というきわどいタイミングを見計らう感性が必要でちょっとでも気を抜いちゃうと行き過ぎてフレンチになったり、あわてるとハイローストになったりして、これがまた難しいというか難しいんですが、でもですね、豆の音に耳を傾ければおのずと豆も答えてくれて、そうすれば意外とうまくいくんですよ!)

黒田落ちついて、フライパンが危ない

夢野あっ! いやー、すみません。コーヒーの話になるとつい熱心になっちゃって。

黒田あはは……。

夢野さてと、もうちょっとかなぁ、バイセンバイセンシティーロースト。


ある程度したら夢野はフライパンから豆を取り出し、うちわで扇ぎ始める。


黒田……今度は何をしているんですか?

夢野バイセンしたコーヒーを冷ましているんですよ、ほっとくと熱のせいで空気を吸ってドンドン苦くなってしまいますから。

黒田なるほど

夢野もう少し待ってくださいね。

黒田分かりました。

夢野(うちわで扇いでいる)

黒田そういえば、ブルーマウンテンってどういうコーヒーなんですか?

缶コーヒー似たような名前聞いたりしますけど、よくわからなくて。

夢野そうですねぇ、ブルーマウンテンというのはジャマイカのブルーマウンテン山脈高度800m以上で栽培されている豆なんですよ。

地元のほうで厳しい審査を抜け、日本に向けて出荷するそうなのですが、その総出荷量は全収穫の約80%以上という豆自体は現地より日本のほうが手に入りやすいというちょっぴり変わった豆なんです。

黒田へぇ、ちなみにいくらぐらいするんですか?

夢野高級なものは100gで二千円程度ですね。

黒田……聞いちゃいけない気がしますが、コーヒー一杯って何グラムぐらい豆を使うんですか?

夢野えっと10gぐらいですね。

黒田……ってことは一杯の原価は二百円。


夢野なんか目を合わせない。


黒田……えーと。

夢野あはは、だめ、かも知れませんね。

黒田ええぇー。


なにかパソコンから警告音がする。


黒田パソコンをみながらん? ああ充電なくなりそうになってるや。

すみません……えっと電源かしてもらっていいですか?

夢野電源ですか? すみません、うち店内に電源がないんですよ

黒田う、まじですか

夢野はい、まじです

黒田……まいったなぁ。

夢野あの、急ぎのご用なんですか?

黒田あ、いえ、そんな急ぎというわけじゃないんですが……

夢野そうですか?


そういってじっと黒田を見る夢野

黒田は若干たじろく


夢野じーっ

黒田な、なんですか?

夢野あ、いえ、お構いなく―――うん、困った感じの度数80%ってところですか

黒田へ?

夢野お客さん、嘘はいけませんよ。使えなかったら困る、そうちゃんと言ってくれればなんとかしますよ。

黒田あ、あの?

夢野ちょっと待ってくださいね。


夢野そういって店の奥に引っ込んでいく。


黒田な、なんだ……。


黒田、夢野が去っていたほうを覗いてみる。

なんかいろんなものが落ちる音がする。


黒田お、おいおい……。


SE:ドアベルの音

店の入り口から大宮アカネが入ってくる。


大宮リエコさんお店のクローズの看板取れてる――――。(黒田に気がついて)って、お客さん!?

黒田う、うん。お客さんですけど

大宮……じーっ。


大宮なんかにらむように黒田を見つめる

黒田、たじたじ。


大宮……そんなことするタイプには見えないけどな

黒田へ? そんなタイプって何?

大宮あ、いやいやいやいや、こっちの話、こっちの話。

(左手を見て)ところで気になるんだけど、その包帯は?

黒田あ、ちょっとヤケドで……。これが何か?

大宮いやいや、気にしないで〜。

黒田そ、そう……?

大宮そうそう! ああ、リエコさんどこかな。店開けっ放しにしてまったく―――。

黒田リエコさん……? ああ、さっきの変わった店員さんのこと?

大宮そうそうそうそう! どこいっちゃったのかなぁ。

黒田彼女ならなんか店の奥に行っちゃったけど。

大宮な、なんでまた……。


店奥からなにかものが落ちてくる音がする。


大宮……(ため息)うあぁ。あれだけ店奥にはいくなって言ったのに。


大宮店の奥に駆け込んでいく。


黒田ちょ、ちょっと……。


がすぐに戻ってくる。


大宮ああ、そうそう。

黒田うわ!?

大宮リエコさんは店員じゃなくて、この店のマスターだから。それじゃすぐ戻ってくるから。いい! そこ動かないでね!

黒田動かないでねって……。


店の奥から声が聞こえてくる。

黒田耳を済ませてみる。


大宮リエコさん、お客さ―――って、何持ってるの!

夢野延長ケーブルですけど?

大宮なんで延長ケーブルなんか持ってるのか聞いてるです!

夢野それはお客さんに頼まれたから。

大宮お、お客さんに頼まれたからって……ここは喫茶店ですよ? コーヒー出さずに延長ケーブルだしてどうするんですか。

夢野いいじゃない、いいじゃない。

大宮いいじゃない、じゃないです。最近は調理場からの出火って結構問題になっているんですからね。

夢野そうなんですか?

大宮そうなんです! だから、調理場からはなるべく目を離さないでください。

夢野でも、そうすると、お客さんの頼みを叶えられませんよ?

大宮はぁぁ、まったく……ええい!

夢野あ、アカネちゃん。


店の奥からどたどたと足音が聞こえてくる。

大宮が業務用のドラム式の延長コードを担いでくる。


大宮延長ケーブル一丁お待ち! ぜぃぜぃ……。

黒田ど、どうも……。


次いで、店の奥から夢野も出てくる。


夢野アカネちゃん、そんなにあわてなくても大丈夫ですよ。

大宮でも!

夢野大丈夫、大丈夫。

大宮……うぅ、リエコさんがそういうなら。

黒田あの、この延長ケーブルは?

夢野店奥のコンセントにつないでおきましたので、どうぞお使いください。

黒田そんなにしてもらって……。いいんですか?

夢野ここまでしたんですから逆に使ってもらわないとこっちが損です。

黒田でも……。

大宮いいの、いいの。リエコさんって一度OKといったらなかなか変えないから。

黒田そうですか。


黒田ワープロの電源コードを延長ケーブルに差し込む。


黒田それにしてもすごいですね。僕が困っているのを見抜いてしまうんですから。

夢野そうですか?

黒田そうですよ

大宮リエコさんって時々自覚なしにすごいことやるからね……。

あたしの時もそうだったし……あの時リエコさんがいなかったらどうなっていたことか。

夢野そんな、私はちょっと手を引いたり、背中を押してあげただけですよ。

大宮それができる人って、少ないんですよ。

黒田……そうですねぇ。

夢野お客さん?

黒田あ、いえ、なんでもありません。えっと……それよりもコーヒーどうなりました?

夢野え? あ…(カウンターの豆を確認して)…あ~!


夢野しおしおと倒れていく。


黒田どうしました!?

夢野バ、バイセンがぁ……豆が冷め損ねて真っ黒に。


黒田・大宮、唖然


夢野シティローストがぁ、高級ブルーマウンテンがぁ

大宮ブ、ブルーマウンテン!?


大宮カウンターの豆を確認する。


大宮う、そんな馬鹿な……。全部イタリアロースト通り越して炭みたいな色になってる。

黒田そうですか? 結構大丈夫そうな匂いですけど……、駄目なんですか?

夢野(すくっと起き上がり)イタリアローストとはバイセンの中で一番時間を掛けたバイセンで、とっても深い苦味が特徴なんです。

でも、ブルーマウンテンでやるにはちょっと……なんですよ(しおしおと倒れていく。)

大宮というか、通り越しているしね。ブルーマウンテンはもともと酸味と苦味のバランスがいいことが特徴だからちょっとアウトかな。

黒田…(少し考える間)…それでいいです、淹れてもらえますか?

大宮いいの? さっきも行ったとおり結構いや、くっそ苦いわよ。

黒田お願いします。

大宮はぁぁ、お代わりは有料だからね。


大宮倒れている夢野を起こす。


大宮ほらリエコさん、起きてください。

夢野でもですねぇ……。うぅ、シティロースト

大宮注文はブルーマウンテンのイタリアロースト……っぽいものです。


夢野すくっと起き上がり、黒田を見る。


夢野いいんですか?

黒田いいんです。

夢野本当にいいんですか?

黒田本当にいいんです。

夢野本当の本当にいいんですか?

黒田本当の本当に……ってだんだん不安になりますから、早く淹れてくださいよ。

大宮ほらリエコさん自分でバイセンした豆なんだから自分でひいてください。

夢野アカネちゃんまで……濃厚どろりででろんでろんになっても知りませんからね。

黒田(失笑気味に)わかりました。

夢野アカネちゃん、何かレコードかけて。

大宮はいはい。


大宮カウンターからレコード盤を取り出し、レコードにかける。

古臭いが曲が流れる。


夢野豆をすり鉢にいれ粉砕し始める。


黒田ずいぶんと和風なんですね……。

夢野結構苦くなってしまいましたからね、若干粗があるぐらいの砕き方がいいんですよ。

黒田そうなんですか。ああ、だからなんかコーヒー屋で見かけるような器具は使わないんですね。

夢野コーヒー屋さんで見かける器具ですか?

黒田ほら、あの上の方にハンドルがついて、中に豆を入れて粉にするやつ。

夢野ああ、コーヒーミルですか。

大宮リエコさんは粗挽き、中挽き、細挽き、極細挽き、全部すり鉢でできるから、置いてないんですよね。

夢野そんなことありません、うちの店にもコーヒーミルぐらいありますよ。

大宮え? 初めて聞きましたよそんなこと。

夢野……店の奥の物置のどっかにですけど。

大宮それは無いも同じじゃないですか!

夢野で、でもどっかには必ず――――。

大宮あのですね……マスターなんですら、もう少し管理をしっかりしてください。

夢野はーい。……っと、粗挽きですから粉砕はこのあたりですね。


夢野はすり鉢からポットの上に用意したコーヒーフィルターに粉を入れていく。

大体入れ終わり、すり鉢を片付ける。


夢野はぁぁ!(コーヒーフィルターに指を突っ込み念じるように)……ラメーン。


黒田、ずっこける。


黒田な、なんですかそれは。

夢野コーヒーをおいしくするおまじないですよ。

黒田お、おいしくなるんですか、そんなことで。

大宮それが本当になっちゃうのが、リエコさんの怖いところよ。

黒田う、うーん。

夢野(やかんを取り出しお湯を注ぎながら)ちょっと入れて~30秒蒸らして~♪


黒田、席に戻りパソコンをいじる。

音楽が突然とまる。


大宮あ。

黒田どうかしました?

大宮いえ…(レコードのところに向かい)…レコードの針が飛んだだけね。

夢野(慎重にお湯を入れながら)アカネちゃん、取り替えておいてくださいね。

大宮分かりました。えっと……針は店奥だったっけ。


大宮店の奥に引っ込んでいく。


黒田そういえばあのレコード、電源はどこから引っ張っているんですか? 確か店には電源コンセントがないと……。

夢野店奥から延長コードです。

黒田そ、そうですか……。

夢野そういうお客さんこそ、先ほどからパソコンで何をやっているんですか?

黒田え、ああ。これはちょっと……仕事でして。

夢野お仕事ですか、うーんそこの茶封筒といい作家さんか編集さんですか?

黒田よく分かりましたね、そうなんですよ山原水さんげんすい社っていう小さな出版社で……勤めて―――。

夢野山原水社ですか! もしかして「銀河鉄道と終わり来る夏の夜」とか「デイドリームペーパーバックライター」を出しているあの山原水社ですか!

黒田おわ!? は、はい……そうですが。


夢野、カウンターから黒田が来るまで読んでいた本を取り出す。

黒田のところのまで行き、本を突き出す。


夢野サインください!

黒田あ、あのですね……違うんですよ。

夢野はい? 何が違うんですか?

黒田僕は編集なんで……。


SE:ドアベルの音

愁崎が入ってくる。


愁崎その言葉を待っていたぞォ!

黒田しゅ、愁崎先輩!?


沢見も愁崎のあとを追うように入ってくる。


沢見おい、愁崎なにやってんだよ、さっきから張り込むとか突撃するとか!

夢野いらっしゃいませ、お二人様ですか?

愁崎うむ、水出しコーヒーを二つたのむ。

夢野かしこまりましたー

沢見なに穏やかにスルーしてるんじゃぁ!


沢見が愁崎に殴りかかる(というか強烈なツッコミ)

しかし愁崎は簡単にそれをよけ、反撃する。


愁崎主に腰周りがアマイィ!

沢見(殴れらる)ぐはぁ! (よろめいて)なぜだ、なぜ僕はこいつに勝てないんだ……。

夢野それではこちらへどうぞ。

沢見あなたも、さらりとにスルーしないでくださいよ。

黒田……愁崎先輩、なんでこの店に。

愁崎いやなに、ジョバンニとの打ち合わせでな。

黒田ジョバンニ……?

沢見ダァァ、愁崎! その呼び方は人前でしないでくれと何度、何度行ったら分かるんだぁ!

愁崎なに? 二人っきりのあま~い時間ならいいってのか?

沢見お前と僕がいつそんな仲になった……いい加減にしろよ。

愁崎つれないなぁ。同じ屋根の下、一蓮托生で生きてるじゃないかい。

沢見……あのな、それ翻訳すると、お前が僕の部屋に勝手に転がり込んできて、編集として作家の僕をいじめ抜いてるだけだろ。

愁崎うむ、そうともいう。

沢見そうともいうじゃねぇ!


夢野もしも~し。

愁崎ああ、マスター。適当に日の当たる席を頼む。

夢野かしこまりました。


夢野の案内で入り口に近い席に愁崎と沢見は座る。

黒田も席に戻る。


夢野すぐに水出しコーヒーをお持ちしますので少々お待ちくださいね。


夢野カウンターへ移動し、作りおきしてあった水出しコーヒーをコップに注ぐ。


愁崎(黒田に向かって)お前もこっちに来いよ。そーんな日のあたらない場所なんていると髪の毛かびるぞ。

黒田いいんですよ……それに僕は―――。

愁崎あのな、そんな後ろ向きのくせになんで編集をやってるなんて言ったんだ

黒田それは……。

愁崎あれはお前のミスじゃないんだぞ。むしろお前は――――。

黒田いや、僕のミスでしたよ。

愁崎そうかいそうかい、まだそう言うかい。ならこの話はここまで。まっ、帰ってくるならいつでも待ってるぜ。

黒田……。

沢見愁崎あの人が「デイドリームペーパーバックライター」の……。

愁崎ああ。


二人して席から黒田を見る。

黒田はひたすらパソコンを打っている。

その間に夢野は愁崎を沢見のテーブルにコーヒーを運ぶ。


夢野お待たせしました、水出しコーヒーです。

どうぞ、ごゆっくり。


店奥から大宮が戻ってくる。


大宮リエコさん、針あったよ――――(愁崎を見て)……おい、あんたなぜここにいる。

愁崎お、アカネちゃんじゃんか、今日も可愛いねぇ

大宮ぐ!……その軽薄な態度がこうムカッとくるって言わなかった。

愁崎……うーむ。超まじめに言ったつもりなんだが。

沢見それ、どうみてもまじめに見ないな。

大宮そうよ! それにこの店は―――。

夢野アカネちゃん。お客さんなんだからそういう態度をとってはだめですよ。

大宮でも……。

夢野大丈夫、大丈夫。

大宮うぅん……グゥゥ、今日はリエコさんに免じて許してあげるわ。

愁崎許すもなにもまだ俺はなんもしてないぞ。

大宮い・ち・い・ち!揚げ足とるな!


大宮と愁崎がにらみ合う。

沢見はため息をつきながらそれを見物している。

夢野がコーヒーを黒田のところに運んでくる。


夢野おまたせしました、ブルーマウンテンのイタリアロースト……っぽいものです。

黒田ありがとうございます……。あの。

夢野なんですか?

黒田あの二人って知り合いなんですか?

夢野そうですよ。アカネちゃんもあれでなかなか愁崎さんにホの字で。

大宮(夢野に)誰がこんな性格の男好きにならなくちゃいけないんですか!

夢野でも性格を見てるってことは、もう外見はオッケーってことじゃ―――。

大宮ちょ、ちょっと待ってよ。

愁崎いやー、俺ってモテるなぁ。(声をシリアスっぽくしたりして)アカネ愛してるよ

大宮う、うう……。

愁崎シリアスのままさあ、俺の胸に飛び込んでおいで。

大宮うわあああ、リエコさんの馬鹿――――ッ!!。


大宮逃げ出すようにその場から去っていく。


愁崎(声を戻して)おいおい、なかなか直球な愛情表現じゃないか

沢見消える魔球並に変化球だと思うぞ。

愁崎さてと、これぐらいのハンデでオッケイだな、それじゃ二人きりの鬼ごっこを始めようかアカネチャーン。


愁崎大宮が逃げた方向へ走り去っていく。


沢見……。

黒田……。

沢見すみません、あの馬鹿やろうが。

黒田先輩は相変わらずなんですね……えっと、あなたは確か―――。

沢見沢見です。愁崎の馬鹿に担当してもらって物書きをやってます。

黒田あなたがあの沢見さんですか? かねがね先輩から噂は聞いてました。

沢見ど、どんな噂ですか?

黒田そうですね。たしかギャルゲー?を体現したすごいやつだとか。

沢見あ、あいつめ……! どんな紹介だよ。

黒田ま、まあ信じてるわけじゃないですし。

沢見信じられたら困りますよ! 

黒田気まぐれな人ですからね、先輩は。

沢見あー、それは違いますよ。あいつはちゃんと人や状況を把握していますよ。

そして評価を冷静に下した結果、あんなことやっているんですよ。あれは人の面をした悪魔です。

黒田いや、さすがにそれは言いすぎじゃ……。

沢見さてと……ちょっくら用事ができました。あの馬鹿をとっちめてきます。誰がギャルゲー男だ!


沢見、愁崎たちを追いかける。


黒田ちょ、ちょっと? ああ、行っちゃった。

夢野行っちゃいましたね。

黒田僕が言うのも何ですが、大丈夫ですかね。

夢野大丈夫ですよ。そうですね、しいて言うならあの子にとって、丁度いい香辛料ってところでしょうか。

黒田香辛料?

夢野はい。彼女にはもう歩き出せるだけの足場は90%出来ていますしね。

黒田なんだかよくわからないですが、そうなんですか。

夢野そうなんですよ。

黒田うーん……とりあえず、コーヒーいただきますね。


黒田、コーヒーに口をつける。


黒田うっ……苦い。

夢野イタリアローストよりも濃くなってしまいましたからね。

黒田そうですね……。

夢野そういえば、まだこの店の話をしていませんでしたね。

黒田この店の話、ですか?

夢野はい、この店は、グッドラックコーヒーはですね、いろんな辛いことを抱えた人たちが集まる場所なんですよ。

黒田……どういうことですか?

夢野ええ。

黒田愁崎先輩たちが辛いことを抱えているようには見えませんけど……。

夢野それはどうでしょう、たとえばある人。あ、名前は伏せますね。

その人は、ある日突然に大切な人が亡くなってしまいました、それも不条理な方法で。

一時期は自分一人になっても頑張っていこうと、その人は歩み続けました。

でも……時間がたつにつれ、背負ってしまったものの重さに負けていってしまったのです。

黒田……その人はどうなったんですか?

夢野この店で働き、今はしっかり歩もうとしていますよ。

今度はきっと一人じゃなく、周りの人とともに。

黒田そう、ですか……。

夢野そうなんです。

黒田……難しいですね。

年を取れば取るだけ、一緒に歩いてくれる人なんていなくなっていきます。

その人はきっと恵まれているんですね。

夢野そんなことはありません。

きっかけやことの運びなんて些細なことで変動します。

それこそコーヒーに浮いたミルクがいつまでもそこにとどまれないのと同じですよ。

黒田……そんなことは―――――。

夢野そんなことなんです。

黒田違う!


……。


夢野あなたは―――。

黒田……。

夢野あなたは、何故そう思うのですか?


……。

黒田、落ち着く。


黒田僕は……そうですね。

……。ひとつ、大きなミスをしてしまったんですよ。

夢野ミス、ですか

黒田はい……僕はあいつの原稿を、燃やしたんですよ。

うちの山原水社は一週間前火災で半焼してしまったんです。

火災自体は隣の調理飯店の火の不始末が原因でした。

でも、そんなこと問題じゃないんです!

僕は逃げ出すときに、あいつの、あいつが無茶をして書いた原稿をおいてきてしまった!

本当に駄目な編集ですよ……。

夢野でも、コピーとかはあったんですよね

黒田まあ、あったにはあったんですけどね、両方もろとも内容が分かる状態では残っていませんでした。

逃げ出すときに、あの瞬間に気がついていれば……それを、わが身大事さに……!

そして、そのあとには執拗なまで責任追及をされました、もちろん僕は悪者です。かばってくれるのは愁崎先輩ぐらい。

なんでしょうね……子供のころはあれだけなりたかった大人がこんなにもつらいものだなんて思いもしなかった……。

夢野……。

黒田……苦しみや悲しみばかりが社会ってやつなんでしょうか?

僕はもう周りの人とともに歩く力なんてありませんよ……。


(間)


夢野コーヒーの味は、人生の味って知ってます?

黒田え?

夢野コーヒーの苦味は、人生の苦渋。コーヒーの酸味は、人生の哀歌。

コーヒーの味は人生の味。不思議なことに苦味と酸味は合わさると美味しいうま味が生まれるのです。

コーヒーを飲むということは、苦渋を飲むこと。コーヒーを楽しむことは、哀歌を歌うこと。

わかりますか? コーヒーとはまさに社会で生きる人生そのものなんですよ。

黒田苦しみと悲しみばかりだからですか?

夢野違いますよ、苦しみと悲しみが合わさってできる、うま味を見つけるのが社会ですよ。

黒田そういうものなんでしょうかね?

夢野そういうものなんですよ。

黒田でもコーヒーが余りに苦かったらどうするんですか?

夢野それは簡単ですよ(夢野、ミルクと砂糖を取り出し黒田のカップに注ぐ)ほら、こうして注げば、苦味も酸味も和らぎます。

黒田周りには力になってくれる人がいるって意味ですか?でも僕は――――。

夢野大丈夫ですよ。あなたには力があります、ただ後ろを振り向いたまま清算が終わっていないだけ。

その間にほかの人たちにおいていかれたことに孤独を感じているだけです。

黒田なんで……あなたは分かるんですか?

夢野なんででしょうね?

黒田あなたと会話してるとなんだかいろいろと分かってくる気がしますよ。

夢野そうですか? 私が言えることはあなたのそばには力になってくれる人がいることぐらい。たとえば愁崎さん、そしてもう一人―――。


SE:ドアベルの音

久野瀬が入ってくる。


久野瀬トウジさん! いったいこんなところで何をしているんですか!

黒田久野瀬!? 先生……。なんで……。

久野瀬事情はあらかた愁崎さんから聞いてます。

あたしの原稿が燃えてしまったんでしょう。

黒田本当に……すみません。謝っても謝りきれることじゃないですけれど……。

久野瀬謝らないでください、あなたは悪くない。

黒田そんなことはない! それは先輩がそう言っているだけで――――。

久野瀬なんで悪くもないのに自分が悪いというんですか!

黒田……事実だからですよ。先生……早く戻って休んでください、あなたは病人でしょう。

久野瀬そんなこと関係ない! 今はなんでトウジさんが編集をやめるのかって訊ねているんです!

黒田だから、それは……。 僕が先生の原稿を……。

久野瀬原稿の500枚や600枚すぐに書き直せま―(咳き込む)―っ!

黒田ああ、もう言っているそばから。


黒田、久野瀬に近づき介抱する。


黒田大丈夫ですか?

久野瀬(咳き込んでいる)

黒田まったく……(夢野に)すみません、席借りますね。

夢野分かりました。それじゃあ、私はお水を用意しますね。


黒田、久野瀬を席に座らせる。


黒田先生、薬は持ってきてますよね。

久野瀬(咳き込みながら首を横に振る)

黒田まったく……薬嫌いもいい加減にしてください。薬は仕事場ですか?

久野瀬 (うなずく)

黒田(夢野に)すみませんが、見てもらっていていいですか?

夢野はい、いいですよ。

黒田すみません。ちょっと彼女の薬取ってきますので。


黒田、走って出て行く。

夢野コップに水をいれ、久野瀬のところまで持っていく。


夢野どうぞ。

久野瀬(咳き込みながら)ありがとう。

夢野大丈夫ですか?

久野瀬いつもの……ことですので。

夢野そうですか。そうだ、のど飴持ってきますね。

久野瀬あ……結構です。

夢野お構いなく、それじゃちょっと待っててくださいね。


夢野店のカウンターの下からのど飴を取り出す。


夢野龍角散バリバリの、とってもノドに効くのど飴です。

(久野瀬に渡して)どうぞ

久野瀬(受け取って)ありがとう……。(一粒なめて)ああ、なんかすっとする。効きますねこの飴


SE:ドアベルの音。

大宮が戻ってくる。


大宮まったく……とんだ災難だったわよ……。

夢野ああ、アカネちゃん、おかえりなさい。

大宮ただいまリエコさ――(久野瀬を見て)……お、お客さん変わってない?

夢野変わりましたね。

大宮変わったって……ま、まさか。

久野瀬トオジさんなら、私の薬を取りに行っただけで……。

大宮トオジさんって……ああ、さっきの包帯の人の名前か。

久野瀬包帯……? あの、包帯って……?

大宮ああ、あの人の左腕にグルグルまかれてるじゃん、……見てない?

久野瀬すぐに、せき込んで、しまって……。

夢野なるほど、なるほど。

大宮リエコさん?

夢野(久野瀬に)やっぱり、あなたはあの人に必要な人なんですね。

久野瀬え、……あの?

夢野そして、あなたも……大丈夫ですよ、無理はなされなくても。あなたは甘えても大丈夫。

久野瀬あなたは……。

夢野あなたが悪いというわけじゃない、でもあなたが頑張るとあの人もその三倍はがんばってしまう。

久野瀬……。

夢野そして、あの人が三倍頑張るとあなたもそのさらに三倍頑張ってしまう。

大宮なにそれ……リエコさん。

夢野お互いが頑張りすぎてしまう法則です。

大宮うーん、それのどこが悪いの? それってえっと、なんていうか互いが互いを高めあってるし、良いことなんじゃないの

夢野そうですねアカネちゃん。アカネちゃんは全力で走り続けたらどうなりますか?

大宮そりゃ、疲れるますよ。今ももうへとへと。

夢野でしょ、お二人とも全力で走りっぱなしなんですよ。

ですから、どこかで休まないと。

久野瀬そう……でしょうか……。

夢野そうですよ、それに全力で走り続けている時、もし転んでしまったらどうなりますか?

大宮大怪我。

夢野そうですね、分相応以上に頑張りすぎるほど転んだ時大変なことになってしまうんですよ。

互いの道が変わってしまい、すれ違いう、もしかしたら無くなってしまったりするかもしれません。

久野瀬私は……トオジさんを苦しめていた……?

夢野苦しめてなんていませんよ、ただ自分に精一杯だっただけです。

久野瀬そうだったんですね……。(静かな間)マスター、コーヒー一杯もらえますか?

夢野かしこまりました。どういうコーヒーが良いですか? 初夏の香りたつさわやかなコーヒーから濃厚どろりででろんでろんなものまでありますけど。

久野瀬マスターが面白いと思ったコーヒーで。

夢野面白いと思ったものですか、そうですね。それじゃあこの間通信販売で見つけたあの豆にしましょう。

大宮リエコさんいつの間に通販なんて……。

夢野私だってスマートフォンでインターネットぐらいできますよ。

大宮う、ううん、リエコさんってそういうの苦手そうだからちょっと意外だっただけ。

夢野……苦手ですよ、でも通販限定で面白い名前のブレンドがあるってコーヒー仲間のジョニーナがいうから。

大宮だ、誰ですかジョニーナって……それでどういう名前のなんですか? リエコさんのことだから店奥に置きっぱなしっぽいし、探してきますよ。

夢野アマゾンの大嵐です!

大宮はっ? あ、アマ?

夢野アマゾンの大嵐です!

大宮な、なんて名前……。

久野瀬(思わず噴出して)ぷっ……面白い名前ですね。

夢野そうでしょう? 思わず買ってみたんですが、これがまたいい味なんですよ。

アカネちゃん、お願いしますね?

大宮はいはい。


大宮店奥に入っていく。

すぐに見つけたのか確認の声が聞こえてくる。


大宮リエコさんー! あったよー! 箱ごともってくるー?

夢野(店奥へ)お願いしますー。


大宮、豆が入ったタッパーを持ってくる。


大宮はい、お待ちどう様

夢野ありがとうございます。それじゃ、淹れますね。


タッパーからコーヒーフィルターにコーヒー粉を入れる。

そして、フィルターの中に指を入れ、念じる。


夢野はぁぁ!(コーヒーフィルターに指を突っ込み念じるように)……ラメーン。


久野瀬ずっこける。


久野瀬変なことするんですね。

夢野こうするとコーヒーはとても美味しくなるんですよ。

久野瀬それは……知りませんでした。

大宮もっともリエコさん限定の方法だけどね。

夢野何を言っているんですか。アカネちゃんのは念じ方が足りないとなんども言っているじゃないですか。

大宮念じ方って……この間は眉間にしわがよるぐらいやりましたよ。(久野瀬に)ほら見てくださいよ、ここ。

久野瀬うっすらと後がありますね……。

大宮でしょ。

夢野そうですね。それじゃあ、後は愛、でしょうか?


扉が突然開く

そして、愁崎が現れる。

夢野は気にせずゆっくりお湯を入れている。


愁崎その言葉を待っていたぞォ!

大宮あんたはお呼びじゃない!

愁崎またまたー。そんなつれないことを。

一緒に朝まで愛について語りつくそうじゃないか。

大宮寄るな! 来るな! その顔で私に言い寄るなぁ!

愁崎シリアスに照れなくても良いんだよ、アカネ

大宮う、うぐぐぐ……。

愁崎まだシリアスにさあ、アカネ。

大宮うわあああああ、世界の馬鹿野郎―――ッ!


大宮また逃げ出す。


夢野あらあら、また行ってしまいましたね。

久野瀬あの、いいんですか?

夢野いいんです、あと5%ってところですから

久野瀬5%?

愁崎さてと、俺もアカネちゃんの愛に応えるためにストトトトっと走るかね。

GO!俺!真っ赤な未来はすぐそこさ!


愁崎再び駆け出していく。


久野瀬トウジさんのことを聞いて以来、久しぶりに会いましたけど相変わらず……ですね。

夢野いえ、あの人はいつでも変わっているんですよ。

久野瀬それって……。

夢野それは、秘密です。――――では、コーヒーも淹れ終わりましたし、どうぞ。


夢野がコーヒーを出す。

久野瀬、それを受け取り、砂糖をいれ一口。


久野瀬美味しいですね。

夢野ありがとうございます。ちょっと淹れる前に蒸らすのがコツなんですよ。

久野瀬へぇ。


久野瀬、もう一口。


(間)


夢野それで――――答えはでましたか?

久野瀬そう、ですね。


久野瀬、コーヒーを飲み干す。


久野瀬待ってみようと思います。あの人がちゃんと答えを出すまで。

夢野そうですか。

久野瀬変だと思わないんですか? 支えて上げるとか、隣にいてあげるとか言うのが普通だと思うのですが……。

夢野変じゃありませんよ、それでいいんだと思います。

久野瀬そう、ですか。(間)そう、ですね。


久野瀬、席を立つ。


久野瀬なんだかすっきりしました。

ありがとうございます。


SE:ドアベル

黒田が帰ってくる。


黒田先生、薬持ってきましたよ。

久野瀬ありがとう、でも今は大丈夫です。

黒田薬嫌いも大概にしてくださいって言ったばかりじゃないですか。

久野瀬そうじゃなくて、今は調子がいいんですよ。

黒田本当……ですか?

久野瀬はい。

黒田ならいいですけど……。

久野瀬あ、お会計は……。

黒田帰るんですか?

久野瀬……はい、あなたが答えを出すまで待ってみようと思います。

黒田……そうですか。あ、会計は僕が持っておきますよ。

久野瀬え、でも。

黒田大丈夫ですよ、ここ普通に安いですから。

久野瀬そうですか……ならお願いします。(出て行く前に)……失礼します。


久野瀬、店を出て行く。


黒田……彼女と何を話したんですか?

夢野とりとめのないことですよ。

黒田そうですか……。ありがとうございます。

夢野どうしてお礼をいうんですか? 私は何もしていませんよ。

黒田あなたからしたらそうなのかも知れません。でもあれだけ体調のよさそうな彼女は久しぶりに見ましたよ。

夢野喘息のようでしたが、ストレスが原因なんですか?

黒田はい、親の反対を押し切って小説家になった人ですが、内側外側さまざまなところでストレスに浸り続けてた結果だそうです。

一週間前に原稿をもらったときなんてかなり酷くて、ホント無理をしていたのはあきらかだったんです……。

夢野そして火事、ですか。

黒田はい、原稿が燃えてしまったことを、僕は彼女には言えませんでした。

これ以上彼女に心労を重ねさせて、喘息を悪化させてしまったらそれこそ編集失格です。

……いや、いっそ失格のほうがいいのかもしれませんが。

夢野私にはあなたの選ぶ道を決定できる力はありません。

でもあなたがまだ全部話してくれていない、そうですね80%ぐらいしか話していないことは分かりますよ。

黒田……ホント、なんでも見通しているんですね。

夢野違いますよ。ただ、その原稿の中身とその左腕、あなたは何も言っていないじゃないですか。

黒田さっきの話の続きですよ。(原稿用紙を示しながら)こいつと、(腕を示しながら)これは。

夢野やっぱりそうでしたか、その腕は火事のときに。そしてその封筒には原稿―――あなたが言っていた燃えてしまったという原稿が入っているんですね。


黒田 封筒を開く

中からは出てくる燃えかけた原稿用紙の束。


黒田これだけはなんとか守りたかったんですよ。

何とか、僕の手で復元したいんですよ……。編集としてでしょうかね。いや、彼女の文章の一ファンとしてでしょうか。

夢野それが、あなたが立ち止まっている理由ですか。

黒田どうでしょうね……。たぶん、僕はこの原稿を復元したところでもう編集には――――。

夢野戻れますよ。

黒田何を根拠に。僕は逃げ出したんですよ……。

夢野でも、戻りにいったのでしょう。火事の中、原稿を取りに。


(間)


黒田……ハハ、あなたには敵わないや。なんで分かったんです?

夢野簡単ですよ。わが身大事に真っ先に逃げ出した人が怪我を負うわけないじゃないですか。

黒田確かに道理ですね。

夢野あなたは一度立ち止まってしまったら、その道を進むという苦しみ、その場所から離れなければならない悲しみを知ってしまった。

黒田社会の苦しみ、そして悲しみですか。

夢野ええ、だから動けない。けれどもいつまでもその場所に居続けると道がカビて、腐っていくことだって。あなたは分かっているのでしょう?

黒田……本当に進めなくなるかもしれない、というわけですか。

夢野そうです。ならば道が腐る前に早いところ用事を済ませて進んだほうが得策ですよ。

黒田そうなのかも……しれませんが。

夢野大丈夫、大丈夫。

黒田ひとつ、いいですか?

夢野なんでしょう?

黒田あなたは「デイドリームペーパーバックライター」が続いて欲しいですか?

夢野もちろんですよ。私はファンですから。

黒田そうでしたね。


黒田、パソコンを片付け始める。


夢野お会計ですか?

黒田はい。100、あ、いえ200円でいいんですよね。

夢野あ、いえ―(飲み残しの水出しコーヒーをみながら)―できればあちらの方々の分も。

黒田分かりました。400円ですね(料金を支払う)

夢野はい。領収書はどうしますか。

黒田そうですね、変な言い方ですけど、記念にもらっていきます。

夢野分かりました。


カウンターから領収書を取り出し書き込む。

その間に黒田は片づけを済ませている。


夢野(領収書を書き込み)どうぞ

黒田どうも。―――それでは、また。


黒田店を出て行こうとするがふと思い出したように立ち止まる。


黒田忘れてた。僕のコーヒーまだ残っているんだっけ。


黒田、自分のコーヒーを飲み干す。


黒田ごちそうさま、美味しかったです。

夢野お客さん――――With coffee and luck! あなたにコーヒーとそして幸運を。――――グットラック!


黒田が夢野に会釈をして店から出て行く。

夢野出て行くのを確認し、食器を片付けていく。

ややあって、大宮が戻ってくる。


大宮はぁぁ、ただいまーリエコさん。

夢野おかえりなさい、愁崎とはどうでした?

大宮……相互和解ということで手を打たされました。なんだかやりこまれた気がしてならないですが。

夢野そうですか。

大宮そっちはどうだったんですか? あのトウジさんって人大丈夫なんですか?

夢野大丈夫ですよ、ちゃんとコーヒーも飲んでいきましたしね。

大宮嘘ッ!? あの苦そうなコーヒーを飲んでいくとは……リエコさんどんなことをしたんですか?

夢野いつもどおりですよ、ミルクと砂糖を少々って感じです。

大宮なるほど。

夢野それじゃ今日はこのあたりでお店を閉めておきましょうか?

大宮分かりました、それじゃ日計やっておきますね。


大宮、カウンターに回り、ファイルを取り出す。


大宮本日の売り上げは?

夢野ブルーマウンテンのイタリアローストっぽいものが一杯、水出しコーヒーが二杯、アマゾンの大地が一杯です。

大宮しめて400円なり。

夢野そして、歩き出した人が一人です。


夢野、カウンターからレコード盤を取り出す。

大宮がそれを見てレコードに針を戻す。

レコード盤がセットされ音楽が流れ出す。

夢野カウンターから看板をもっていき、店の外に掛けにいく。


明かりが落ちる。

音楽がフェードアウトする。


(間)


ラジオが流れてくる。


MCAジャンクロール、最後まで聞いてくれてありがとう。

MCBそれじゃあ、また来週!

AとBラジオはAM1156、いいごろラジオがお送りいたしました。


SE:時報


NCお昼のニュースです。


明かりがつく。

喫茶店「グットラックコーヒー」

店内で夢野が文庫本を読んでいる。



NC本日、「デイドリームペーパーバックライター」の続刊が発売されました。

各書店は平日というのに関わらず、多くの客で賑わいを見せています。


SE:ドアベルの音。

黒田が入ってくる。

やけどは治ったらしく、包帯はしていない。



NC「デイドリームペーパーバックライター」の出版社、山原水社は一ヶ月前に発生した調理飯店の火災事故の被害を受けた会社の一つで――――。

(このたびの出版は燃えてしまった原稿を復元しての出版とのことです)

夢野ラジオをきっていらっしゃいませ、お久しぶりです。

黒田クローズの看板まだ出てたけど、大丈夫ですか?

夢野大丈夫ですよ。

黒田そうですか、じゃあ、少しあったかい席でお願いします。

夢野かしこまりました。


夢野、黒田を中央の席に案内する。


夢野ご注文はどうしますか?

黒田水出しコーヒー一杯お願いします。

夢野はい。すぐにお持ちしますね


夢野、カウンターへ回る。

作りおきの水出しコーヒーをコップに注ぎ、戻ってくる。


夢野どうぞ。

黒田どうも。ああ、そうそう。

夢野どうしました?

黒田今日、やっと久野瀬先生の続刊が発売されたんですよ。

夢野「デイドリームペーパーバックライター」ですか! おめでとうございます。

黒田はい、おかげさまです。それで(かばんから本を取り出し)これ、よければ貰ってください。

夢野それは、もしかして。

黒田「デイドリームペーパーバックライター」の続刊です。おまけに久野瀬先生のサイン付き。

夢野本当ですか!

黒田本当です。

夢野本当に貰っていいんですか!

黒田本当に貰ってください。

夢野本当の本当にいいんですよね!

黒田本当の本当にいいんです。あなたのおかげで発売出来たんですし、貰ってください。


黒田、本を差し出す。

夢野受け取る。


夢野ありがとうございます!

黒田こちらこそ、ありがとうございます。


SE:ドアベルの音

大宮が入ってくる。


大宮リエコさん、おはよう――(黒田を見て)――あれ、お久しぶりです。

黒田お久しぶり。愁崎先輩とは相変わらずなのかな?

大宮あははは……あまり聞かないでください。

夢野アカネちゃん! 聞いてください、見てください「デイドリームペーパーバックライター」の続刊ですよ!

大宮へ? ああ、今日が発売だったけ?

夢野お客さんが持ってきてくれたんですよ、それにホラ裏側! サインですよサイン!

大宮リエコさんはしゃぎすぎ。うれしいのは分かりますけどね。

夢野もううれしいってものじゃないですよ。額にいれて飾りたいぐらいです。

黒田飾るのはいいですけど、出来れば先に読んでくださいよ。

夢野もちろん読みますよ、読みすぎて裏表紙が取れたら額にいれて飾らせてもらいます。

黒田たはは……そうしておいてください。

大宮あ、そうだ。お客さんがいるなら看板はずさないと。


大宮看板を取りにいく。


大宮これでよしっと。それじゃあたしは店奥で豆の整理してますね。

夢野はい。よろしくお願いします。


大宮店奥に入っていく。


夢野本当にありがとうございます。あとでお店が終わったらしっかり読ませてもらいます。

黒田はい。

夢野あ、そうだ。お礼というわけじゃないですけど、何か一曲リクエストありますか?

黒田リクエストですか?

夢野はい、なんでもいいですよ。レコード盤ならいっぱいありますから。

黒田む、そうですね……じゃあ、コーヒーが楽しく飲める曲をお願いします。

夢野分かりました。


黒田、ちょくちょくコーヒーを飲み始める。

夢野、カウンターからレコードを取り出し、レコードプレイヤーにかける。


夢野(針を入れる前に)そういえば、コーヒーはおいしく飲めるようになりましたか?

黒田ええ。おかげさまで。

夢野そうですか――――。


夢野レコードプレイヤーに針を入れる。

音楽が流れてくる。



幕。

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