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メイド喫茶と間違えて執事喫茶に入ってしまいました

 これを人生最大の危機と言うのだろうか。

 盛大にやらかしてしまった。今まで隠れオタクとして上手くやってきたつもりだった。いや、実際上手くやってきた。高校では成績優秀な優等生として振舞い、生徒会にも入った。勿論生徒会のメンツは僕の部屋に美少女フィギアが並んでいる事など知らない。


「ご主人様、ご注文はお決まりですか?」


「はぅぁ! ま、まだおきまりではなかと!」


「左様ですか。ではお決まりになられましたらお呼びください。失礼します」


 眼鏡をかけた長身の男、もっというとかなりイケメンでモテそうな男が注文を聞きに来た。つい焦って変な声で変な日本語を喋ってしまったが、イケメン眼鏡は僕の事を鼻で笑う事もせず去っていく。


 ここは喫茶店、もっと言うとコスプレ喫茶という奴だ。店員が何かしらのコスプレをし、客へと非日常を提供する事を目的とした店。僕は今日、確かにコスプレ喫茶に行こうとして家を出た。意気揚々と駅前へと向かい、目的の店を見つけて入店した。

 

 だが……僕は痛恨のミスをしてしまった。僕が行きたかったのはメイド喫茶。可愛らしいメイドさんが接客してくれる喫茶店に行きたかったのだ。だがしかし……ここは……


「お嬢様、お口の周りにクリームが……動かないで下さいね」


「はぁぅぅぅ、昌きゅん……」


 目の前で繰り広げられる執事とお嬢様のやり取り。そう、ここはメイド喫茶では無く執事喫茶。実はメイド喫茶は道を挟んで向かい側だったのだ。

 つい頭を抱えて自分の間抜けっぷりを責める。馬鹿だ、本当に馬鹿だ。メイド喫茶と執事喫茶を間違えるなんて……。確かにややこしいかもしれない。こんな近くに対極とも言える喫茶店が向かい合わせに存在していたら。しかしそれでも少し確認すれば分かる事なんだ。だって、この店の客は皆女性客。大して向こうのメイド喫茶には男性客が多めに入っている。


 そんな中、僕は先程から冷や汗が止まらない。周りの女性客から僕はどんな目で見られているのだろうか。もしかしてBLの毛があるのでは……と脳内で妄想変換されているのでは……。いや、それならまだいい。もしここでシャメでも撮られてネット上に拡散されたら……僕の人生が終わる。もう圧倒的に終わる。これでも無いかというくらいに終わる。


「失礼します、ご主人様」


 顔を真っ青にする僕へと一人の執事が話しかけてきた。美麗な顔立ちで、髪型はポニーテール。もう女性にしか見えない執事。しかしこれでも男なんだ……神様はなんて理不尽なんだろう。酷い、酷すぎる。もう恨むしかない。ワラ人形に神様と書いて打つしか……


「あの……もしかして、間違えて入店されました?」


 その時、綺麗すぎるポニーテール執事は僕へとそう耳打ちしてくる。

 なんてこった! 神様ありがとう! 

 この執事さんは気づいてくれてたんだ! いや、そりゃ気づくか。こんな顔真っ青にしながら俯いてる男が一人で居たら……。


 僕はコクコク頷きながら、その執事へと「そうなんです……」と小声で伝える。すると執事はニッコリと微笑みつつ


「グッジョブ……」


 と、サムズアップして去っていく。


 って、うおおぃ! 助けてくれるんじゃないの?! この異空間で迷子の僕を助けてくれるんじゃないの?!


 希望が絶望に変わった瞬間だった。ポニーテール執事さんは僕を異空間から逃がしてくれると思ったのに……なんか意味不明なサムズアップだけして去りやがった。

 

 もう神など居ない。未来は自分で切り開かねばならない。というかコーヒーだけ注文してさっさと出ればいいんだ。

 そう決心しつつ、勇気を振り絞って執事さんを呼ぶ僕。すると今度は金髪の……ちょっとヤンチャそうな執事さんが来た。


「……ぁんだよ」


 ってー! さっきまでの執事さんと違って態度悪っ!

 なんなんだ、その接客は! もっとちゃんとしなさい!


 しかしそんな事を言える筈もなく、僕は「ホットコーヒー……一つ」と注文。


「……で?」


 え? で……って?


「……ホットコーヒーがどうしたんだよ。俺にどうしてほしいんだよ、ご主人様よぉ」


 え、えー!?

 何言ってんのコイツ! ホットコーヒーを注文したんだよ! それ以外に何があるんだよ!


「で、ですから……ホットコーヒーを一つ……注文で……」


「注文? おい、ご主人様……いつからそんなエラくなったんだぁ? あぁ? それが人に物を頼む態度か?」


 えぇぇぇ!

 こんな執事居る?! というか要る?! 即クビだろ、こんな店員!

 

 その時、僕が頭の上にハテナマークを浮かべながら困っていると、知らない女性が相席してきた。かなり勝手に。


「洋介くん、ホットコーヒー二つー、私とこの子の分ね」


 にゃんだと!

 というか貴方誰! 何勝手に相席してんの!


「ッチ……おい、お嬢様よぉ……いい度胸してんじゃねえか。俺にホットコーヒー二つも持って来いってか? 明日筋肉痛になったらどうしてくれんだ?!」


 お前……どんだけひ弱なんだよ!

 犬の散歩したらハンマー投げのハンマーにされるんじゃないか?!


「いいから早く持ってきて。洋介君の筋肉なんて一ミリもどうでもいいから」

 

 この人も酷い!

 そこはもうちょっと気遣ってあげなよ! 気遣う意味も分からんけど!


「……ッチ、しゃあねえな……ちょっと待ってろ」


 ぁ、持ってきてくれるんだ。筋肉痛大丈夫かな……。


 そんな事を心配してる僕へと、微笑ましい物を見る目を向けてくる女性。

 なんか凄くいい笑顔だ。というか美人だ。滅茶苦茶美人のお姉さんだ。


「君、このお店初めて? 珍しいね、男の子が一人で来るなんて。高校生?」


「えっ、ぁ、はい。そうッス……」


 コクコク頷きながら答える僕に対して、女性は「ふむふむ」と微笑んでくる。

 なんだ、この人。なんでこんな僕に構ってくれるんだ? 

 

「ごめんね、実はさっきから様子見てて……。もしかして、向かいのメイド喫茶と間違えて入っちゃったとか? いやいや、そんな間抜けな事しないよねーっ」


 うぅぅぅ!

 間抜けでごめんなさい! まさにその通りですよ! 間違えて入っちゃったんですよ!


「で? なんでこのお店に来たの? もしかして……BL……」


「ち、チガイマス! えっと、その……本当はメイド喫茶に行きたかったんですけど……間違えて……。ごめんなさい、マヌケで……」


 俯き加減に答える僕。そして固まる空気。

 ヤバイ、冷や汗が止まらん。滅茶苦茶気まずい。あぁ、筋肉痛のお兄さん! 早くコーヒー持ってきて……!


 僕はチラっと女性の顔を確認する。

 一体どんな風に笑いを堪えているのかと。しかし……


「……ご、ごめん……本当に間違える人居るとは思わなくて……」


 物凄い真っ青な顔して僕へと頭を下げてきた。

 マジか、この人……結構いい人かも……。


「お詫びと言っちゃなんだけど……ここの会計は私が持つから……」


「え? いや、そんなの良いですから! 悪いですから!」


「いや、ホントにゴメン……というかメイド喫茶かぁ……私も行ってみようかなぁ……」


 何言ってんのこの人。

 その時、先程の筋肉痛お兄さんがホットコーヒーを持ってきた。

 むむ、ちゃんとお盆に乗せて片手で持ってきてるじゃないか。筋力はそこそこあるようだ。いや、まあ……当たり前なんだけども。


「ほらよ。ありがたく飲めよ」


 そのまま意外と丁寧な動きでホットコーヒーをテーブルの上へ置く筋肉痛お兄さん。

 そのまま去り際……


「……追加注文、してもいいんだぞ……。べ、べつにお前らの腹の心配なんてしてないけどな!」


 なんなんだ、一体。あのお兄さん、さっきから何言ってるの。


 そのままお姉さんと共にホットコーヒーをブラックのまま飲み始める。むむ、結構美味しいかも。インスタントじゃないな。ちゃんと豆から挽いてるっぽい。


「洋介君の事、不思議そうに見てるね。あれね、ツンデレキャラで押してるんだって」


「……ツン……デレ?」


 え、あれが?!

 ただのひ弱な不良かと……


「普段は普通の人だよ。いつもは厨房に居るし。でもオーナーさんに引っ張り出されたらしいんだけどね……接客がヒタクソだから、いっその事ツンデレで行けって」


「な、成程……」


 今すぐ全国のツンデレに謝ってほしい。

 あれがツンデレ? 違う……全く違う! 僕は今までアニメや漫画でありとあらゆるツンデレキャラを見てきた。ツンデレとはただ単にツンツン、デレデレすればいいという物では無い。ツンツンする時にも、デレの要素を混ぜ込む必要があるのだ。例えば某バトル物のツンデレヒロインならば、主人公の事を心配しつつも、素直にそれを表に出せず……


『な、何してんのよ! さっさと立ちなさい! このパンダ!』


 と、心配で心配で仕方ない表情をしつつツンツンするのがイイ。勿論人に寄るが。僕より上級ならば、圧倒的な罵倒で萌えるという人もいるが……それはさておき、先程の不良はただの不良だ。あれがツンデレなんて僕は認めない。


「どうしたの? なんか考え事?」


「えっ? ぁ、いえ……ツンデレではないなーって……」


 僕がうっかり口を滑らせた瞬間、店の空気が一瞬凍り付いた。

 あれ?! なんでこんな空気に……。というか、皆僕の話に聞き耳立ててたの?!


「だ、ダメだよ君! そんな事言っちゃ……取り消して! 今すぐ!」


「え?」


 お姉さんが焦りながら僕へと撤回を求めてくる。一体どうしたと言うのだ。なんでそんな事……


「……無理だ……やっぱり俺には無理なんだ……」


 静まり返った店内。その中で、先程の筋肉痛お兄さんがトボトボと置くへと引っ込んでいく。

 えっ……もしかして、僕のせい……?

 

「洋介君……ああ見えてかなりピュアだから……」


 いや貴方、そのピュアな洋介さんに結構酷い事言ってましたよね。

 

「ご主人様、失礼致します」


 その時、長身メガネ執事が僕の元に!

 ひぃ! 叱られる! 店員を傷つけたからボッコボコにされてしまう!


「ご主人様はツンデレに詳しいのですか? あそこまで熱弁なさるなら、お詳しいのでしょうね」


 いや、熱弁してない。

 ただ違うなーって言っただけで……


「別に嫌味を言っているわけでも、説教しているわけでもありません。ただ……私共に協力して頂きたいのです」


 えっ、ヤダ……


「そう仰られずに。というわけで行きましょう。さあ行きましょう」


 えっ! ちょっと待って! どこにひっぱっていく気?!




 ※




 何故……こんな事に……。

 僕は今、人生初の燕尾服に身を包んでいる。あのポニーテール執事さんや、長身メガネ執事に着せられてしまったのだ。

 そっと鏡を覗き込む。でも結構似合っている? 似合ってるかも……? ポニーテール執事さんに髪型も弄ってもらって……ワックスとドライヤーテクで中々いい感じのユルフワヘアーになっている。しかもちょっとメイクもされてしまった。あのポニーテール執事……男のくせにメイクとか……いや、今の時代そんなに珍しくないかもしれない。


 僕が長身メガネ執事に連れ込まれたのは更衣室。そこから出ると、外には長身メガネ執事が。


「おや、中々髪型も決まっていますね。これで貴方は何処からどう見ても執事です」


「はぁ……どうも……」


「さて、それでは……貴方にはツンデレ執事として、少し勤務していただきましょうか」


 あぁ、そういう話になってくるのね。

 でもなんかワクワクしてる自分が居る。こういう仕事、結構憧れてたし……。


「おっと、申し遅れました。私、花京院(かきょういん) 央昌(かねまさ)と申します」


 そのまま名刺を受け取る。執事長の後に、オーナーの文字が。この人がこの執事喫茶の代表なのか。


「えっと……僕は天川(あまのがわ) 織彦(おりひこ)っていいます……」


 現在高校二年、名刺は持ってないとも付け加える。


「ふむ。素敵な名前ですね。では織彦さん、飲食店のバイトの経験は?」


「一か月くらいなら……知り合いの所を手伝った事はありますけど……」


「素晴らしい。もしかして伝票を打つ事も可能ですか?」


 出来る、と頷く僕。するとメガネ執事は僕の手を掴み


「是非……このまま私の店で……」


「ぁっ、いや……それは……おいおい……」


 答えを渋りながら答えると、メガネ執事……いや、央昌さんは僕へとこう告げてくる。


「しかし……最初は単なる嫌がらせでしたが、こうなってくると本気で雇いたくなりますね」


 おい、嫌がらせだったんかい


「ではそうですね、採用試験として……織彦さんのツンデレテクニックを見せて頂けますか?」


 無茶ブリきたー!

 いきなり出来るわけないやん! そんな初めてあう女の人に対して!


「おや、洋介君にあんな大きな口を叩いておいて……それは少々どうかと思いますが」


「っぐ……わ、わかりました、やればいいんでしょ……! 言っときますけど……別に洋介さんに申し訳ないとか……思って無いんですからっ!」


 いや、何言ってんの俺。

 

「素晴らしいっ! 既にツンデレキャラになり切ってますね。その調子でお願いしますよ。この店にはツンデレキャラが不足してましてね。今だったら……このくらいで雇わせて頂きます」


 電卓を叩き見せてくる央昌さん。マジか、時給……この値段だったらマジでバイトしたい。

 なんか凄いやる気が……!


「ではお願いしますよ。何か困った事があれば、私か今ホールに居るあの執事……ポニーテールの執事に聞いてください」


「わかりましたっ!」





 ※





 さて、なんだかまんまと央昌さんの策略に嵌ってしまった感はあるが仕方ない。

 見せてやろうじゃないか。僕が青春の全てを捧げてきた美少女アニメやゲームで培った知識達を!


「お、似合ってるじゃーん。執事っぽいよ、君」


 すると先程いきなり僕の席に相席してきた女性が話しかけてきた。

 ここぞと僕は……


「う、うるさい……きやすく話しかけないでっ……」


 ってー! しまった! 今気づいたけど僕が持ってるツンデレの知識って美少女だけやん!

 男のツンデレなんて見た事ない! 本当に今更だけど!


「お、おぉー……もしかしてツンデレキャラ? 可愛いよっ!」


 可愛い……そういわれて喜ぶ男は少ないだろう。でも……なんかこのお姉さんに言われると心の底が暖かく……


 その時、来客を知らせるカウベルが鳴り響いた。そして颯爽と動くポニーテール執事。

 おお、反応が早い。


「お帰りなさいませ、お嬢様方。お席は窓側でよろしかったですか?」


「は、はひ……」


「ではご案内致します。ぁ、動かないで下さい」


 ポニーテール執事は、女性客の髪についていたホコリを取り、そのまま何事も無かったかのように案内を始める。その動きに女性客はメロメロだ! 成程……あれを出来る男って言うんだな……。


「あの子、もうこの店では人気NO,2だよ。凄いねぇ」


「えっ、あれで二番目なんですか? 一番って……」


どんだけ凄い奴なんだ。

きっと僕なんて足元にも及ばない奴に違いない。


「まあ君も頑張りなよ。ぁ、でも今日だけなの?」


「ま、まあ……なんか試験みたいです。それに受かれば採用とかなんとか……」


「成程。まあ頑張りたまえ、少年。採用してもらったら一緒にメイド喫茶いってあげるからさ」


 マジっすか。なんか更にやる気が出てきた。

 なんかそれってデートっぽい……と、その時再びカウベルが。

 ポニーテール執事は先程のお嬢様方の対応に忙しい! そしてメガネ執事は……黙って僕の様子を見ている! 行くしかない!


 ピカピカに磨かれたフローリングを、革靴でコツコツ、と音を立てながら歩む。

 その音を聞く度に、自分が執事になったという実感が沸いてくる。僕は執事……今、僕は執事なんだ。


 しかしただの執事じゃ駄目なんだ。僕は……ツンデレ執事……!


「……遅かったじゃないですか……何してたんですか、お嬢様方」


 新たに来店した女性客二人へと言い放つ僕。その瞬間、店内の雰囲気が変わった。誰もが僕を注目している気がする。いささか自意識過剰かもしれないけど、なんか凄い視線を感じる……。


「え? え、えっと……」


 混乱するお嬢様。もしかしたら初めてこの店に来たのかもしれない。

 ならば……そこまでツンツンしても不快感を与えるだけだ。ここは……


「……空いてる席に案内しますけど……べ、別に……お嬢様方のために取っておいたわけじゃないんですから……っ」


 くわーっ! やっぱりなんか美少女寄りになってね?!

 大丈夫か?! これ大丈夫か?!


「う、うん、ありがと……」


 しかし分かりやすいツンデレキャラっぷりが、逆に主旨を理解しやすかったようだ。

 お嬢様方は少し照れ笑いをしつつ、席へと案内する僕へと付いてくる。

 

 そのまま席へと案内すると、椅子を引き座りやすいように……

 これで合ってるのか?! ツンデレキャラなら、勝手に座れやゴルァ! という方がいいんだろうか。


 いや、しかしこのお嬢様方は恐らく初めての来店だ。しかもツンデレという言葉自体の理解度は低いだろう。恐らくこういうキャラが居る、程度の認識だ。なら僕はひたすら、そのキャラを演じればいい。


 所作は丁寧に……不快感を与えるのではなく、面白おかしくツンデレキャラを感じてもらえるように……


「……ほら、メニュー……。どれにするの? 早く選んで頂戴! べ、べつにどれ食べても美味しいけど?」


「あ、えっと……あとで注文で……」


「あっそう。なら注文が決まった頃にまた来るわ。でも勘違いしないで頂戴! 別に……お嬢様方の為にくるわけじゃ……ないんだからっ!」


 そのままその場を去る僕。

 言われなくても分かっている。僕自身が良く分かっている。


 僕……モロ美少女キャラのツンデレになってるぅー! なんか言葉使いが、モロ嫌味な悪役令嬢で、でも実は優しい女の子っていうキャラになってるぅー!


 だ、駄目だ! もう駄目だ! 今すぐ穴掘って入りたい!

 異世界に通じる穴があるなら今すぐ飛び込みたい!


 赤面しながらホールからキッチンの方へと逃げる僕。

 すると央昌さんが軽く拍手しながら僕を称えてきた。凄い笑顔で。


「素晴らしい……やはり私の目に狂いは無かったようです」


 いや、貴方……最初は嫌がらせのつもりだったって言うたやん。


「あのお客様が当店に初めてのご来店と見抜き、分かりやすいツンデレキャラにシフトしたのですね。その心遣いには感服せざるを得ません。少しオネエっぽい口調が気になりましたが……あれはあれで中々良いでしょう。十分な素質です。接客も堂々としていて、違和感などまるでありませんでした。洋介君などもはや貴方の足元にも及びません。いやはや、本当に素晴らしい」


「ベタ褒めしてもらって申し訳ないんですが……結構、コレキツイっす! 自分との戦いが! もうなんか凄いアレで!」


「語彙力が死んでいますよ。まあそれは作者のせいにしておいて、ともかくホールをご覧なさい。お嬢様方は既に貴方の事が気になって仕方ない雰囲気です」


 っぐ! やっぱり! なんか視線をグングン感じると思ったら……。

 しかしこのままでは身が持たぬ! このままツンデレキャラを演じ続けていたら……滅んでしまう! もう僕の精神が灰と化してしまう!


「まあ水でも飲んで落ち着いてください。どんな仕事にも言える事ですが、演じるでは意味が無いのです。いい仕事とは、地味で堅実な作業の積み重ねです。貴方は今、その第一歩を踏み出したばかり。今貴方が感じているその感情を大切にしてください。幸いにも、ここは些細な失敗なら許される職場です。失敗を恐れるなとは言いませんが、臆病になっていても始まりませんよ」


「べ、べつに……怖がってるわけじゃ無いんだから……っ!」


「……素晴らしい……まさにツンデレ……ツンツン、デレデレするために生まれてきた逸材……!」


 いや、そんな限定的な存在に生まれてきた覚えはない。

 しかし央昌さんの言う通りだ。もう賽は投げられた。僕は……ここでツンデレとして生きていく!


 その時、先程僕が対応したお嬢様方がメニューを手放し、目をキョロキョロさせた! 行かねば!


「さあ、お行きなさい、時の申し子よ! ツンツン、デレデレに愛された奇跡の存在よ!」


「絶対適当に言ってるだろ! アンタ!」




 ※




 央昌さんからのエール? を受け、先程僕が対応したお嬢様方の元へ。

 僕を見つけると笑顔を浮かべ、そして小声で「すみません」と訴えてくる。やはり注文は決まったようだ。


「……何にするの……ちゃんと選んだの?」


「ぁ、はい、えっと……ホットココア一つと、アップルティー一つ……あと“執事の甘いロマンのマロングラッセ”二つ……」


 マロングラッセになんて名前つけてやがる……。

 そのまま伝票を打ちながら、チラっとそこに張り付けられたメモを見ると……


『執事の甘い系の料理には顎クイ必須』


 ってー! おい! なにこの無茶ブリメモ! 

 えっ、これって……どのタイミングで顎クイするの?! 料理運んだ時?! それとも注文受けた時?!


 いや、普通に考えて料理運んだ時だろ。そうだよな? そうなんだよな?!


 その時、僕が困った事に気付いたのか……ポニーテール執事が颯爽と現れた!

 おお! なんかオーラを感じる! 出来る男のオーラを!


「どうした? 何か分からないのか? 新人執事」


 これ見よがしにそう言い放つポニーテール執事。

 そのやり取りにお嬢様方は既にメロメロ状態に! こ、こいつ……やりやがる……。


 僕は声にはださず、ハンディの横に張り付けてあるメモを指さし……


【注意!:ハンディとは、ファミレスとかで注文を受ける店員さんが持ってる機械のアレです。正式名称はハンディターミナル、と言います】


 ポニーテール執事は僕が困っている事が何なのか理解したのか、そっと耳元で……


「それ……あとで……」


 と囁いてくる。

 ってー! ぐわぁぁぁ! 耳が! 耳がこそばゆい! というか凄い可愛い声……なんか女の子みたいな……。


「失礼致しました、お嬢様方。ご注文を繰り返させて頂きます、ホットココア、アップルティー、それぞれ一つずつ……」


 やっぱり男の声だ。でも耳元で囁かれた時、なんか凄い……可愛い声だったような気がする。

 なんなんだ、この人。よくわからん。


「執事の甘いロマンのマロングラッセ二つ……以上でよろしいでしょうか」


「は、はひ……」


「では暫くお待ちください。行くぞ、新人」


 そのままキッチンの方へと連れられて行く僕。

 そしてホールから出て、お嬢様方から見れない位置まで来ると……ポニーテール執事は僕へと振り向きつつ


「ごめんねー、央昌さんってば……何も説明してないよね?」


 あれ? 女の子の声……ヤヴァイ、なんか混乱してきた。


「あ、あの……貴方様は……男性ですか? 女性ですか?」


「私? 私は一応女だけど……」


 ぎゃぁー! 女の子?! でもさっき男の声だしてたやん! どういう事?!


「ボイストレーニングしてるから。私は真田(さなだ) (あきら)、よろしくね」


「ぁ、天川 織彦です……よろしくおねがいします……」


 なんという事だ……なんか女の人と分かったら、ドキドキが止まらなくなってきた!

 っく、僕だって健康な男子……こんな綺麗な人が僕の耳元で囁いてくれたなんて……凄い体験してしまった……。


「それで、さっきの顎クイの事なんだけど……まず一口目は執事がアーンしてあげるの」


「……今、なんと?」


「だから、一口目は執事が“アーン”してあげるの」


 アーンって……あのアーン?


「そう、そのアーン。でも君、ツンデレキャラだよね。ツンデレでアーンするのって難しいかな……まあ、その後、お嬢様が一口目を食べおえたら……こうやって……」


 その時、真田さんが僕の顎を人差し指で軽く上げてきた!

 うふぅ! というか真田さん背たけえ! 僕が168cm……でも真田さんは明らかに180はありそうな……


「執事の甘いロマン……感じたか? みたいな事を言うの。分かった?」


 バっ! と真田さんから一歩離れ、呼吸を整える僕。

 色々と心臓に悪い、色々と。


「ごめんごめん、驚かせちゃったね。どう? ツンデレキャラで出来そう?」


「ぜ、善処します……」


「それは良かった。じゃあお願いね。今日のお嬢様方、みんな君に大注目してるから。頑張ってね」


 大注目って……! 初バイトなのに!

 うぅ、何故にこんな事に……全て央昌さんのせいだ。

 

 そのまま昌さんはホールへと戻り、僕も戻ろうとしたその時、キッチンから


「おい、坊主。執事の甘いロマンのマロングラッセとアップルティー上がったぞ」


「え? はやっ! わ、わかりました……」


 というかキッチンの人……なんかサングラスしてるんですけど! 超怖いんですけど!

 ぁ、洋介さんも居た。なんか僕を凄い涙目で見つめてきてる。


「坊主、洋介の事は気にすんな。元々アイツは女性恐怖症で、この店で接客なんて無理なんだ」


「そ、そうだったんですか……」


 女性恐怖症って……。結構洋介さん、イケメンなのに……。


「でも央昌……オーナーが人員不足だからって洋介を引っ張りだしてな。NO,1の執事が生徒会で忙しいらしくてな」


 生徒会……?

 僕も生徒会だけども……何処の学校も生徒会が忙しいのは変わらないのか。

 拓也君も副会長として忙しそうだったし……。


「じゃあ頑張れよ、坊主。あとでまかないやるからな」


「ぁ、ありがとうございます……」


 そのまま専用のサーバーでホットココアを作り、ホールへと戻る。

 さて、アーンした後に顎クイ……さらにツンデレ仕様にしなければならない。

 そんな高等テクニック出来るのだろうか。この僕に。いや、出来るに決まってる。僕は……僕を信じる!


「……待たせたわね、ご注文の“執事の甘いロマンのマロングラッセ”よ。それとホットココアとアップルティ……べ、別に……あんた達のために持ってきたんじゃないんだからっ」


 ここまでは順調……か?

 相変わらず口調がオネエっぽいが、今更気にした所で始まらない。

 次の難関は……


「ぁ、ありがとうございます……」


 お嬢様方はモジモジしながら何かを待っている。恐らくメニューにも書いてあるんだろう、何かしらの執事からのアクションがあると。


『いい仕事とは、地味で堅実な作業の積み重ねですよ』


 その時、何故か央昌さんの言葉が頭を過ぎる。

 地味で堅実な作業……それが……僕にできる最大のアクション!


 僕はそっとスプーンを手に取り、そっと丁寧にマロングラッセを一口すくう。

 

「……えっ? ぁ、あの……」


 混乱するお嬢様。やはりメニューには「アーン」してもらえるとは書いてないんだ。

 しかしここで無言でアーンしても、お嬢様は頭にハテナマークを思い浮かべながらハムスターのようにモグモグするだけだろう。ここは……


「何……いつまでもモジモジしてんのよ、さっさと食べなさい! ほら! アーン……」


「ぁ、あーん……」


 パクっと口にスプーンを頬張るお嬢様。

 ヤバイ……思考停止する! この後どうするんだっけ?! ぁ、顎クイだ!


 お嬢様の口からスプーンを抜き取り、そのまま僕は顔を寄せながら顎クイを……


 と、その時僕の足に絡まる何か! えっ、何? 何かモフっとしたものが足に……


「ワフッ……」


 犬……!? というか柴犬! なんで犬がこんな所に!

 というかヤヴァイ! 足がもつれて……お嬢様の方に倒れ……


「ひゃっ……」


 店内に響く大きな音。具体的に言えば僕がお嬢様の方へと転び、椅子事倒してしまった。

 

 そして僕は今、目の前に広がる光景が目に焼き付いて離れない。

 二次元でしか不可能だと思われていた現象が今、僕が体現しているからだ。


 僕は今……いわゆる“床ドン”をお嬢様に繰り出していた。

 両手をお嬢様の顔の両側につき、そのまま見下ろす形で見つめ合っている。


 現実でこんな事が起きるなんて……有り得ないと思っていた。所詮幻想が生み出した空想的産物。でも今正に、僕がそれをしてしまっている。


 お嬢様の目から視線が外せない。

 この後どうすればいいのか。どうすれば……


「ぁ、ぁの……」


 お嬢様の声で時が動き始める。

 ヤバイ……ヤバイヤバイ! 思い切り押し倒してしまった!

 

「お嬢様! 頭は?! 打ってない?! 何処か怪我は?!」


 そのまま我を忘れてお嬢様を急いで立ち上がらせ、怪我の有無の確認を。

 もし後頭部とか打ってたらマジでシャレにならん!


「だ、大丈夫……私柔道やってたから……頭打ってない……」


「ほ、ホントですか?! ホントに?!」


 ホントホント、と頷くお嬢様。

 見たところ怪我はしてなさそうだ。いや、でも見た目だけじゃ分からんし……


「だ、ダメです……今すぐ病院で精密検査を! 何かあったらどうするんですか!」


「え、えぇ?! 大丈夫だってば……」


「駄目です……! お嬢様に何かあったら……僕……」


 バイトをクビになるどころか、下手したら傷害で捕まるなんて事に!

 もしそうなったら学校も停学……いや、退学?! どうしよう……DOUSHIYOU!


 あぁ、いかん……なんか自分の行く末が不安すぎて涙が……

 

「ツンデレ……きゅんきゅん……」


 その時、目の前のお嬢様がそんな事を言い出した。

 そのまま椅子に座り直すと、マロングラッセを一口スプーンですくい、僕へと差し出してくる。


「あーん……」


「え、ぁ、はい……あーん……」


 そのままパクリ……とマロングラッセを食べる僕。

 甘い……でもどこかサッパリ……


 そのままお嬢様は僕の手を取り引き寄せ、そのまま……顔を近づけて……


「失礼します。お嬢様、執事への過剰な行為は禁止されております」


 その時、間に入ってくる央昌さん!

 途端に僕とお嬢様は離れ、目を逸らしつつ距離を取る。


「お嬢様、失礼致しました。ご洋服のクリーニングを……」


「えっ?! そ、そんなの全然……」


 そのまま央昌さんはお嬢様への事後処理に……。

 僕がその様子を呆然と見つめていると、ホールの奥から昌さんが手招きしてきた。どうやら来いと言っているらしい。

 僕はその場を央昌さんに任せ、昌さんの元へと。

 なんだか僕がやっちゃった事なのに申し訳ない。いや、元はと言えばあの犬が……というか何でこんな所に犬が……。


「大丈夫? 怪我は?」


 昌さんはこんな僕を心配してくれる。

 心配されるべきは僕じゃない……あのお嬢様の方が……


「まあ、たぶん大丈夫でしょ。柔道やってるんなら受け身だって取れるだろうし」


「え、えぇ……でも床フローリングですよ? それにあんな急に押し倒されたら受け身も何も……」


「大丈夫。作者が身をもって証明してるから」


 いや……何があったんだ……。


「それより……あんな状況でもツンデレのデレを忘れないなんて……素晴らしいね、君。間違いなく採用されるんじゃない?」


「え?」


 いや、ちょっと待て……デレって何?

 僕はそんな事……


『だ、ダメです……今すぐ病院で精密検査を! 何かあったらどうするんですか!』


『え、えぇ?! 大丈夫だってば……』


『駄目です……! お嬢様に何かあったら……僕……』


 って、ギャー!! ホントだ! これ間違いなくデレだ!

 僕が美少女だったらヤバいくらい萌える! 普段ツンツンしてる子がこんな対応取ってきたら!


 でも幸いな事に僕は男だ! 大丈夫……女性はこんなんでキュンキュンしない!


「さっき……キスされそうになったでしょ。気を付けた方がいいよ……あのお嬢様、目が☆になってたし」


「そ、そんなわけ……昌さんはどうなんですか? あの状況でキュンキュンしますか?」


「んー……相手によるかなぁ……央昌さんにやられても、ただブチきれるだけだろうし……」


 ですよね! 大丈夫……大丈夫です!


「でもね、織彦君。世の中には……色々な人が居るんだよ……」


 そのままポン……と肩を叩いて昌さんはホールへと戻る。

 そして昌さんと入れ違いになるように央昌さんが。

 

「央昌さん……! お嬢様は……大丈夫でしたか?」


「えぇ、お怪我はされてないようですよ。とりあえずお代は頂かないという事で決着は付きました」


 ぎゃー! メッチャ迷惑かけてる! 俺!


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


「いえいえ、先程も言ったでしょう? この職場は多少の失敗は取り返しが付くんです。それにさっきのはヴェル様が絡んできたからですし……」


 ヴェル……様? あの柴犬の事か?

 凄い名前つけるな。


「さて……本日はもう上がって下さい。シフトなどはおいおい決めて行きましょう」


「……! という事は……僕は……合格ですか?」


「勿論です。これからよろしくお願いしますね」


「はい!」



 そのまま僕はこの……執事喫茶「レインセル」の新たなバイトとして加わる事になった。

 

 最初は間違えて入店しただけなのに……どうにも……人生は良く分からない。


 でもまあ……こういう人生も、悪くない。そう思える一日だった。



 そしてその一週間後、僕はあの相席してきたお姉さんと共にメイド喫茶へと赴いた。

 そのまま一日デートを慣行するのだが……もう既に文字数は一万三千字になろうとしているので、また別の話で……


 

 

to be continued

 


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― 新着の感想 ―
[一言] さすがLika様の短編面白かったです。 ところで…「大丈夫。作者が身をもって証明してるから」何があったんだぁLika様ぁ~(笑) 続きが気になります。 一層のこと長編にしてみたらどうですか?…
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