表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

05:内乱の片隅で

「あんにゃろう、今すぐ仕返しに行ってやる…………!」

「おちつけ、イザーク!」

「うるせえ離せよリオ! こんなことされて黙ってるわけにはいかねえ! これはメンツの問題だ!」

「いいから落ち着けこの馬鹿リーダー!」


 男たちにお金を奪われた話をすると、イザークはまず根城を守れなかった私たちを一発殴って、それから怒って今すぐにでも男たちのいる場所へと走りだそうとした。それをリオが慌てて抑える。

 小さな子たちは隅ですんすん泣いており、集まった年かさの子供たちもみなくらい顔をしている。

 男どもに奪われたのは、やっとため始めたお金である。そもそも、それぞれの日々の食い扶持を稼ぐだけで手いっぱいだった彼らに、少し余裕ができた時貯金の有用性を説いたのは私だった。誰かが動けなくなった時、何かがあった時、多少なりともお金があれば少しの間ならしのげるから、と。

といっても、大してたまったわけではなかったが、あの男たちにはそれなりにうまみがあると踏んだらしい。


「仕返しなんかしたって、さすがに大人たちには敵わないだろ。それよりも、ある程度はくれてやった方が平和だ」

「だが、俺たちが必死に手に入れた稼ぎだぞ! しかも、半分は真っ当な方法でだ!」

「だからといって! それでみんなが死んじゃったら意味がないだろ!」

「そうだけども!」


 言い合いをする二人。それにうなずいたり、首を振ったり、顔を青くしたりする面々。

 そんな中で、私はぽつりと口をはさんだ。


「……仕返しには、賛成よ」

「な、エリザ……?」


 まさか私が口を挟むとは思わなかったのか、それともその内容が意外だったのか、喧嘩がぴたりと止まって、そこにいた全員の顔がこちらに向く。

 心の中がどす黒く染まっているような気がしている。でもそれをいさめる気も起きなかった。だから、正直な気持ちを言葉に乗せた。


「だって、許せないじゃない。リーダーの言う通りよ。これは、私たちの稼ぎで、私たちが生きていくために必要なものだもの。それを奪われたら、最後には死んじゃうわ」

「エリザ……」

「よく言ったエリザ! よしじゃあ、今すぐに殴り込みに、」

「――だけど!」


 気色を浮かべるリーダーに、難しい顔をするリオ。今すぐ走り出しそうになるリーダーに、私は、言葉をつづけた。


「今、このまま殴り込みに行ったって、負けるのは目に見えているわ。リオの言う通り、みんなが死んじゃったら意味がない。でも抵抗しないのはもっとダメ。……私たちは、子供だわ。みんな子供だから、非力だわ。万全な状態の大人に真正面から立ち向かったって、勝てやしない」


 しん、とする根城。私は、勢いのままに笑って見せた。


「だから、非力な子供は、非力な子供なりに、戦うべきだと、思う」


 その笑みは、我ながら凶悪だったと、思う。


「知恵を集めるの。罠を張るの。根城は私たちの領域だし、スラムは私たちの庭。卑怯でも何でもいい、誘い込んで、罠にかけて、やっつけてしまえばいいんだわ。――やつらは、またため込んだころに来るといった。準備する時間はちゃんとある。次に彼らがここに来た時が、私たちの復讐の時よ!」


 一拍の静寂ののち。

 『クヴィーク』の根城の中で、歓声が上がったのだった。




 そう決まってからは、まず、みんなで情報を集めた。もともと底辺を生きる子供たちの集まりだ。いろんなところに潜り込めるし、それなりに情報を耳にすることだって多い。今までは明確な目的もなく聞き流していたそれを、改めて意識して聞けばいいだけだった。

 最近、帝都は全体的に景気が悪くなっており、どことなくピリピリしている。自然、大人たちの稼ぎは低くなり、私たちのような新たな収入源を物色しだしているようだった。あの男たちも同じクチであるらしい。

……ということは、きっと彼らをただ撃退しても、きっとまた別の大人が私たちを食いものにしようとしてくる。


「ただ仕返しして撃退するだけじゃ、だめ。より強い大人の傘下について守ってもらうか、手出しするなとまわりに知らしめるか、どちらかよ」


 そう言った私に、リーダーほとんどの子供たちは後者を選んだ。どちらかといえば慎重派のリオですら渋い顔をしながらも止めなかったのは、よほど大人たちに悪い印象があるらしい。


 方針が決まった次は、行動の仕方を変えた。今まではなんとなく群れているという感じだったのを、はっきりとルールを決めたのだ。

 ルールの必要性を主張したのは私だが、内容自体はリーダーとリオが決めた。必ず、3人以上で行動すること、秘密の合言葉を決めること、いろんな合図を決めることなど。

 そのルールは思った以上に『クヴィーク』の仲間たちに浸透して、使われるようになった。もともと娯楽なんて少ない上に、遊ぶ暇もなかったような私たちである。秘密の合言葉や合図を使って行動して、大人たちを出し抜くというのは思った以上に楽しい遊びとなったのだ。


 それと並行して、根城やその周辺に、罠を張るようになった。さすがに普段から大人が罠にはまってしまうとあの男たちにもばれてしまう。できるだけ油断をさせなければならないから、と必要な時にこっそり使用できるような仕組みで作成。

 これには、意外なことに年少組がとても活躍した。子供ならではの自由な発想と無邪気な残酷さとで罠を次々と仕掛けて、実験台になった年かさの子供たちが涙目になっていた。あのイェニーでさえ、やる気に満ちた顔で作成をしていたのだから、スラムの子供は強いしえげつない。


「――来たよ!」

「よし、作戦1だ、みんな位置につけ!」


 男たちをそれとなく見張っていた子供から連絡がきたのは、数か月後。気が付けば9歳の誕生日をとっくに超えてしまっていた時だった。

 大まか作戦は、簡単なものである。根城に誘い込んで罠を仕掛けてやっつける。うまく罠にはめられるように、誘導役として囮をそれぞれの作戦で数名ずつ。年かさの男の子たちは、罠にはめた後に男たちをぼこぼこして捕まえる役目だ。

 小さな子供たちは隠れて避難するか、こっそり仕掛けを発動させる役割を担った。


 私たちがそんなことをしているとも知らず、男たちは前と同じように私たちの根城の扉を蹴り開けて、どかどかと中に侵入してきた。


「オラオラァ、来てやったぜ!」

「上納金を納める時間だ、全部出せ!」


 きゃああ、と囮として残っていた子供たちが逃げるふりをして誘導する。それを追いかける男が三人と、その場所で根城の中を物色する男が四人。

 物色をしていた一人が、ちょうど調理中(に見える)鍋に手を伸ばしたところで、罠を発動させる。


「あっつぅっ!」


 仕掛けを使って、鍋をひっくり返したのだ。中に入っているのは、食べれない物ばかりだから、食べ物を無駄にしたわけではない。が、熱々のスープ状の中身を手や足にかけられた男はたまったものではない。

 同時に、囮を追いかけていた男たちが足を引っかける罠にかかって転んで声を上げた。

 合わせて、別の子供が根城の入り口をふさぐ。


「なんだぁ?」

「チッ、ガキどもが姑息な真似をしやがって! 気をつけろ、トラップを仕掛けてやがるぞ」

「この野郎、捕まえて痛い目見させてやる!」


 激昂した男たちは、物色をやめて囮を追いかけてきた。ちなみにやけどをした男は置いて行かれて戦力は少し下がっているし、逃げる囮は最初の男たちが転んだ時に交代しており、元気いっぱいに逃げ回っている。

 根城の奥へと逃げる子共達を追いかけて、男どもはどかどかと走り回った。

 そして途中でそれぞれ、落とし穴や天井から降ってくる壊れた陶器の破片や、顔にたたきつけられる出っ張り棒やらで一人ずつ脱落していく。それに煽られてさらに怒りで我を忘れていく男たち。……脱落した男は置いて行かれていたので、丁寧に年かさの子たちがぼこぼこに気絶させて縄で縛りあげていった。


 次々に囮がバトンタッチしていき、男が最後の一人となったころには、私の番が回ってきていた。思ったよりも順調に作戦が成功して嬉しい。

 開けた場所で、にやにやしながら、怒り狂う男に大げさなしぐさで「あっかんべー」とする。男は当たり前だが顔を真っ赤にさせて私に殴りかかってきた。


「このガキっ、っぐあ!?」


 私に手が届きそうになったその瞬間に、男は後ろからリーダーであるイザークに吹っ飛ばされた。


「ガキだからって、甘く見るんじゃねえよ!」


 吼えるイザークに続いて、リオやほかの少年たちも殴りこんでくる。

 最終的にはぼろぼろになってぐったりした男(死んではいない)をぐるぐるに縛り上げて、それから歓声が上がった。


「ざまあみろ!」

「あとは身ぐるみ剥いで、騎士団の詰め所の前に置き去りにするだけだな」


 みんなでハイタッチしながら喜びを分かち合う。私も、嬉しくってみんなとはしゃぎまわった。成功したのだ! ちなみに剥いだ身ぐるみはみんなの臨時収入になる予定である。本当に身ぐるみを剥ぐつもりなので慈悲はない。素っ裸で騎士団に捕まってしまえばいい!


 だなんて油断したのが悪かったのか。


「だ、だれか! 一人逃げた!」


 だなんて根城の入り口の近くから声が聞こえて、同時に私の後ろがバタンと大きな音を立てて開く。背筋が凍るような緊張。ぎこちなく振り返った先には、怒り心頭の男が一人。

 彼は持っているナイフを大きく振りかぶって――


「っぶねえ!」


 |空間≪空気≫が、奇妙に揺れた。


 その違和感を認識するよりも先に男がありえない勢いで吹っ飛ばされる。男は変なうめき声をあげてノックアウトされた。

 私が固まっていると、その横にはいつの間にかリオが来ていた。


「大丈夫か、エリザ」

「……う、うん。だいじょう、ぶ」


 ぎこちなく頷きながら、私はやっと今起きたことを認識した。

 リオが、この男を吹っ飛ばした。

 ……でもリオは、もっと離れた場所にいたはずだった。あのいくら火事場の馬鹿力を発揮したとしても、あのスピードはない。加えて、あの吹っ飛ばし方も、普通ならありえない。

 そして、あの時感じた揺れに、記憶のどこかが引っかかる。


 そんな私は、危機一髪な状況に怯えてしまっただけだととらえられ、なんだかんだでリーダーやリオに撫でられてその場はお祭り騒ぎに戻ったのだった。


 その後、予定通り身ぐるみを剥いで、素っ裸にした挙句、夜中にこっそり騎士団の詰め所の前にある大通りに放置した。ついでに「わたしはいたいけなこどもをくいものにしました」と書いた布を大事なところにかけてあげるという慈悲付きで。

 ……まあ、その後男どもは騎士団に捕まり牢に入れられることになったのだけれど。出てきたとしても多分、この帝都にはもういられないだろう。いろんな意味で。


「ねえ、リオ」


 撃退作戦が終わった次の日、男たちの身ぐるみから得た臨時収入で、宴(といっても、いつもよりもちょっと食べ物の量が増えて騒ぐだけだけど)をしている最中。

 私はちょっとだけ声を潜めて、リオを部屋の隅へと呼ぶ。リオは怪訝そうな顔をしながらも、ついてきてくれた。


「なんだ?」

「うん、ちょっと試してほしいことがあるんだけど」

「今度は何を思いついたんだ、エリザは」


 少しばかり呆れた様な口調なのは、私が調子に乗っていろいろなことを提案したからだろう。それでも馬鹿にせず次の言葉を待っていてくれているのは、それの多くが成功していたからだ。


「目を閉じて、昨日最後の男を吹っ飛ばした時のことを思い出しながら、この時計を握ってみてほしいの」

「これ、壊れた時計だろ? しかも意味の分からない記号が書いてあって、使えもしないガラクタの」

「……これ、ガラクタじゃないよ。壊れてはいるし、完全には修理できてはいないけど、貴族の子供が、魔法の力を使う練習のために、最初に持たされる道具なんだ」

「はあ?」


 私がゴミ置き場から発掘し、簡単に修理をしたその「魔法計具」を差し出すと、ますますリオは顔をしかめた。多分壊れてぼろぼろになったからと貴族の子供かもしくは道具やが捨ててしまったのだろう。仕組みがわからなければただの役に立たないガラクタだが、しかし聖女だったころの記憶がある私から見れば、かなりの宝物に見えた。

 貴族の子供が使うほど正確ではないが、魔法を使うと中の針が動くぐらいには直せたのだ、多分。残念ながら、今の私には魔法が使えないらしく、理論上は、という但し書きが付くけれど。本当だったら、魔法の量や性質によって中の針の動き方が変わるものだ。


「多分、リオ、あなた魔法が使えるんじゃないかしら」


 私が彼の眼をみてそういうと、「まほう? んなもん、お貴族様の特権だろ?」と彼は眉間にしわを寄せる。

 私は、重ねて「お願い、リオならできると思うの」と言った。

 あの時感じた空気の揺れは、聖女だったころに何度も感じたことがある。

 

「でも、多分できるよ、君なら」

「ふん、お貴族様に会ったこともねーお前に、何がわかるっているんだよ」

「いいから! 試すだけならただなんだし、ほら、試してみて。魔法が使えたら、多分この針が動くから」


 リオが、「ああもう、」とガシガシ頭をかいて、それからその魔法計具を握る。そして、絵を閉じて、ふわりと空気を揺らした。


「……うごいた」

「ほら!」

「うそだろ……」


 針は、彼の手の中で、きっちりと動きを見せて。


「魔法の才能があれば、きっと。もう少し大きくなった後にうまく売り込めば、騎士とか魔術師とか、もっといい仕事に就けるよ」


 リオの驚いた顔に、私はにっこりと笑ったのだった。



 ――「スラムの仔ネズミたちに手を出すな」というのが噂になったと聞いて、私たちがにんまりと笑うことになるのは、それからしばらくたった後のこと。






噂が広がって、『クヴィーク』の日常は、前よりも穏やかなものになった。まあ、普通の帝都の住民にとっての薄汚いガキであることにはかわいないけれど。

 穏やかな日常に反して、帝都はだんだんとぴりぴりとしてきており、物騒なうわさも聞こえてくるようになった。

 曰く、人さらいが活発になっている。曰く、小競り合いが絶えない。曰く、とある貴族が麻薬に手を出しているらしい。曰く、街の外れにある家では幽霊が出るらしい。曰く、この国の皇帝は無能である。……それはもう多種多彩だった。

 あの男たちを捕まえるときに整えたチームとしての体制をそのままに、情報収取も継続していたから、余計にいろんな噂が入ってきていて。全員、気を付けるようにはしていた、のだが。


 でも、だからって。

 まさか、この帝都でクーデターが起きるだなんて、誰が思うだろう。


「逃げろ!」

「きゃあああああ!」

「誰か助けて!」

「向こうで火事が起きたぞ!」


 今日もゴミ漁りを終えて、集まったものを根城で加工したり、雑談をしたりながら、そういえば今日で10歳になるなあだなんて思って、少し笑みを浮かべた時のことだ。にわかに騒がしくなかったかと思えば、あちこちで火の手が上がり始めた。

 騒ぎに驚いて外に出れば、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていて、燃える炎や駆け回る人、火事場泥棒に武装をした人たち、そしてそれに応戦する騎士たちがごちゃ混ぜになって大混乱だ。

 根城にも人が入ってきて、火を放つ。幸いにも、逃走ルートは男たちを相手にした時に整えていたから、散り散りなりながらもみんなが逃げた。


「エリザ!」

「っ、リオ」


 私もいつの間にやら一人ではぐれ、右往左往する大人たちに押しつぶされそうになりながらもなんとか合間を縫って逃げていると、不意に後ろから腕を引かれてたたらを踏む。振り返れば息を切らしたリオがいて、私は少しだけほっとした。


「ほかのやつらは!?」

「みんな逃げた! バラバラになっちゃったけど、とりあえず大丈夫だと、思う」


 言いつつも、そう思いたいだけだった。すごい騒ぎで、火事も広がっている。あちらこちらで建物も崩れ、血の匂いも漂ってきている。この中、生き残れる子が何人いるだろう。倒れて動かない人も多く見えて、気持ち悪かった。


「……なら、いいが……。とりあえず、ほかのやつらも集めながら帝都の外に出るぞ! 中にいるよりは安全なはずだ」

「わかった。急ごう」


 私は、リオに腕を引かれて、一緒に走り出す。あちらこちらで戦闘をしていて、それに巻き込まれないように時折崩れかけた家の中に隠れたりもした。どこもかしこもぼろぼろである。

 走っていると、みな逃げていったのかそれとも死んでしまったのか、人通りがまばらになってくる。それに反して、建物の倒壊や火の手のまわりが強まっていた。頬を焼くような熱い風が撫でていった。


 街壁に近づいてきたけれど、ほかの仲間は見つからない。広い帝都で見つけるのは難しいのかもしれないが、それでも不安は募る。行く先々で、動かない人の中に子供が混じっているのを視界の端に捉えて、けれど足を止めたら次は自分がその仲間入りになってしまうと感情を押し込めて進み続けた。


「俺と一緒にいたやつらには、それぞれほかの子を探しつつ帝都の外に出るように言ってある」


 押し殺したような声をするリオも、多分同じような気持ちなのだろう。

 ああ、せっかく今日は10歳の誕生日で。お祝いも何もしないけれど、それでも少しばかり、特別な気持ちで眠りにつけると思っていたのに。

 どうして、私の誕生日は、こうも嫌なことばかりが続くのだろう。


 人の波に押しつぶされる心配もはぐれる心配もなくなったので、とりあえず互いに仲間を探しながら歩いていく。少し離れた場所の争いの音がうるさく響いていた。


「っ、エリザ!」

「……え」


 不意に声をかけられて、一瞬きょとんとしてしまう。が、すぐに自分の真上を、燃えた建物の柱が倒れてこようとしているのが分かった。


 悲鳴を上げる隙も無い。幸いなのは、リオが少し離れた場所にいて巻き込まれる心配がないことだろうか。

 ああ、間に合わない。


「逃げろ!」


 そう思った刹那、私は思いっきりリオに突き飛ばされていて。

 さらに次の瞬間、内臓がひっくり返るような感覚とともに、視界がぐりゅんと回る。そして、気づいた時には耳が痛いぐらいの静寂が広がっていた。

 喧騒なんてかけらも見えない、森の中だった。


 転移魔法だ。


 そう悟った私は、しばらく呆然として。

 それから、慌てて立ち上がって、帝都に戻りたい一心で歩き出す。

 正直、どちらが正しい方角かなんてわからない。それでも、少しでも進まなければ、せめて道か川に出なければ、戻りようがないはずだ。


 だからわたしは、とりあえず歩いて、歩いて。

 道にようやっと出た時には、しかしすでに力尽きてしまっていて、そのまま倒れこむ。


 ああ、ああ、女神様!

 なんであなたは、こうも私を、私たちを苦しめるんだ!

 せっかく、何とか生きていけるところだったのに。

 またしても、私から平穏を奪いやがって!!

 もう、女神様なんて、女神だなんて、信じてやるものか。


 そう女神を呪うようなことを思ったのを最後に、私の視界は暗転した。


 ――リオ。どうか、無事でいて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ