04:スラム街の日常
「なあ、エリザ! これも使える?」
「んー、どれ? ……うん、少し直せば大丈夫よ」
「ねえねえ、これは?」
「それは……ダメね。使えないわ」
自分よりも少しばかり幼い子供たちがゴミの山の中から見つけ出してきた「お宝」を突き付けられて、私はそれぞれ批評しながら答える。
私も含め、ここにいる子供たちの服はどれもぼろぼろで汚い。場所がゴミ置き場であるのだから、それも当然と言える。それでも私は、笑みを浮かべることができていた。
この帝都に来たときは絶望しかなかったのに、今は村にいた時よりも過ごしやすいような気がしていた。
少年たちのグループに捕まった後、私はスラムにある彼らの根城に連れていかれた。根城はスラムの中でも隅にある廃墟である。『クヴィーク』を名乗った彼らは、そのエリアのストリートチルドレンたちをまとめているグループらしい。
上納金を要求するぐらいだからよっぽどの良くないグループか何かだと思っていたが、それだけではなかった。確かに帝都の人達から見れば不良グループだろうが、不良なりに面倒見がいいというか……、まとめるからには、ただ支配するわけではなくちゃんと面倒も見ていたのだ。弱い小さな子に関しては生き方を教えながら彼らなりの保護をし、仲間が病気をしたらできる限りの看護をする。生きるために群れている、といった方が正しいのかもしれない。
あの時、私に上納金を要求しながら声かけてきたのは、「なんか新しいちびっこがうろついてるからこっちで確保(保護)しておかねーとすぐに大人に捕まっちまう」という心配というか、彼らなりの善意もあったみたいだった。「体で払ってもらう」というのは、ただ単にグループの傘下に入ってそれなりに働いてもらう、という意味だったらしい。あと、ついでに最初に上下関係を軽い暴力で体に叩き込んでおこうというとても野性的な行動だったのだと、あの後私を捕まえていた少年――リオに聞いた。リオは『クヴィーク』の中でも副リーダー的な立場の少年だった。ちなみに、私に最初に話しかけてきた少年はリーダーである。イザークという彼は乱暴なガキ大将タイプだったが、最初に会った時に思ったほど、怖い人ではなかった。
この『クヴィーク』は、スリや盗みなどを主な収入源としていて、場合によっては物乞い、ゴミ漁り、なんだってだってやる。それぞれできることをやって力を合わせ、何とか糊口をしのいでいる状態だった。まあ、主だったスリや盗みをするのは比較的年かさの子供で、力のない小さな子供たちは物乞いをしたりゴミを漁って何とか使えそうな生活用品を手に入れるようにしていた。
暴れて多少体力や気力はあるとみられたようだったが、6歳で女の子の私は当然ゴミ漁りに回されることになった。
数人の子供たちと一緒に、街の隅のゴミ置き場を漁る。手は汚れるし、ゴミにはとがった物も多いから怪我をすることもしょっちゅうだ。それでも盗みやスリよりは安全である。住人に見つかると怒鳴られて追っ払われるし、悪ければ殴られるけど。ついでに、たまに我に返って、本当はこんなことしなくても生きていけていたはずなのに、わたしなんでこんなことしているのだろう、と物悲しくなるけれども。……住人たちにとっては、私はごみを荒らすカラスとか猫のような扱いなのだろう。
集める必要があるのは、食べ物、食器、それから服。お金が落ちていればもちろん拾うけれども、必要なのはそのあたりだった。どれもこれもかけたり破けたりしていてひどいものだけれど、ないよりはよっぽどよい。裁縫が得意な子たちが何とか継ぎ合わせてそれぞれが着るし、かけた食器は穴さえなければ使うのに不自由はあまりないから根城で使うことになる。食べ物も、よほど腐っているものでなければ、まあそれなりに何とかなった。
「……あれ、これ……?」
そのグループに入ってしばらくしたある時、ゴミ漁りの最中、私はきらりと光る小さなものを見つけた。試しに手に取ってみれば、それは蛇系の魔物のウロコだった。独特の光沢をもつ大きなうろこが特徴のその魔物は、比較的おとなしく食用としても取引されている。味はさっぱりしていておいしいから、高級料理にも使われていたはずだ。おそらく飲食店から出たごみなのだろう。……でも確か、これって……。
声を上げた私をちらりと一つ年上の女の子が見て、それから何度かためらった後に口を開いた。……まだ入ったばかりになる私は、少しばかりなじめておらず、遠巻きにされがちだったのだ。こちらも正直、何を話せばよいのかわからないというのもあった。何しろ村でだって遠巻きにされていて、どんな話題をこの年頃の子供が好むのかさっぱりわからなくなっていたし。
「それ、キレイだけど何にも使えないの。持ってても固くてケガをするだけだよ」
「……そうなの?」
「うん」
彼女はちょっとぎこちないけれど笑みを浮かべて、うなずいた。
「……でも、これ、確か細工物の材料になっていたと思う。キレイに集めたら、細工師とかに売れないかな?」
そうなのだ。確か、綺麗な文様に加工して木の細工物に張り付けたり、金物に散らしたりして使ったものが、高級品として取引されていたはず。日本人だったころで言う、アワビ貝みたいなイメージがあった。
そして、聖女だったころの世界における帝国は、そういった細工物を得意とした国でもあった。この世界のこの帝都でも同じで、材料も同じかもしれない。……なら、二束三文の値段だとしても、多少のお金になるのでは。
保証はないけれど、と私がためらいがちにそう口を開けば、その子は目を見開いて「えっ?」と私が手に持つウロコを見た。
「……ついでに集めて、試してみても、いい?」
「……………………ちゃんと他の必要なものも、集めるなら」
――結果は、大成功と言えた。
私は必要なものを集める傍らにそのウロコを集め、根城に持って帰って綺麗に洗い、大きさごとにまとめて服にも使えないレベルの端切れを洗ってそれで包んだ。一度リオに相談して(呆れられながらも)許可を得た私は、それをリオに教えてもらった職人の元へと売りに行ったのだ。
まず身なりがぼろぼろの薄汚いガキの姿に追い出されそうになったが、それでも話をすれば驚かれながらも安いパンを数個帰る程度の金銭を得て、次はもっとこうして持ってこいといったアドバイスまでもらえたのだ。
「まあ、売りもんにはつかえねぇが、弟子どもの練習用にはちょうどいいだろ」
きちんとした売り物用に使うウロコは、もっと高い値段で取引をされており、かなり安く買いたたかれているのはわかっているが、元手がほぼゼロであることを考えると十分すぎるぐらいである。元ゴミを売り物に使えない、というのもわかるし。
その成果は、おおむね『クヴィーク』の面々には歓迎され、ゴミ漁り部隊には新たな任務が追加されることになったのである。
リーダーのイザークに褒められ、リオに撫でられた私は、思わず頬を緩めてくすぐったい気持を味わった。
スリや盗みは、捕まったり暴力を受けたりする危険が非常に高い。安い金額とはいえ、収入が増えればその分必要が減り、危険性が低くなるのだ。
やっと、役に立てたと思う。
ここでは、みなそれぞれの過去を詮索しない。故にその知識をどこで手に入れたかだなんて気にしないし、多少年齢よりも賢くても、大人びていても、境遇故にほかに大人びた子はたくさんいるから目立たない。
この世界に生まれて、初めてといっていいほど褒められた私は、調子に乗ってその後もいろいろと、ごみの中から使えそうなものを見つけ出し、多少の修理や工夫で二束三文程度だが売り物になる「お宝」として提案した。
おかげさまで、『クヴィーク』に入って二年ほど経った今、リーダーやリオの次ぐらいには中心的人物となって、居場所を得ている気がする。
……胸の中に、過去の幸せを求める気持ちがくすぶっていないわけではないけれども。
「エリザ! エリザ、ほら見て! こんなにキレイになった!」
「ほんとだ。偉いね、イェニー」
みてみて、と誇らしげに磨いたウロコをこちらに見せてくる女の子の頭をなでる。彼女、イェニーは私よりも後にこのクヴィークに入った子だ。五歳ぐらいで、私を含めて擦れた子が多いここでは珍しく無邪気なところがあって、かわいがられている。
ゴミ漁りは、朝の早い時間が本番である。昼間は人が多いし、夜は暗くて物騒だ。幼い子たちが動き回るのに朝早い時間はつらいが、しかし人は少なく安全な方である。
大体午後ぐらいには根城に帰ってきて、こうして戦利品のウロコを磨いたり、使えそうなもののメンテナンスをしているのが日課。
因みに、盗みや戦利品をメンテナンスして売れるようにしたものの売り出しをするのは昼間、年かさの子たちの仕事であるから、今の時間は不在で、こうして根城にこもってのんびりしている。……少しでものんびりできる余裕と根城があるのは、スラムの中でも、少し恵まれている方だった。
……だから、こういう日が来るかもしれないことを、私はきちんと理解しておくべきだったのだ。
「ここかぁ! 生意気なガキどもがうろちょろしているってとこは!」
「オラオラァ! ため込んでるもの、上納金として全部出しな!」
ばぁんっ、と扉がけ破られて、男が数名、根城に押し入ってきて、小さな子供たちが悲鳴を上げる。かくいう私も、思わず声を上げた。
男どもは乱暴に棒を振りまわしてから、根城を見回して舌なめずりをする。
「へェ、本当にガキしかいねえ」
「そのくせ、ほら見ろよ、俺たちよりも飯を食ってるみてぇだぜ?」
「そりゃあ、生意気ってもんだな」
「ああ、その通りだ。キチンと年上を敬って、金を差し出すのが筋だよなァ?」
好き勝手なことを言いながら、中のものを物色しだす男ども。
私は、悲鳴のように「みんな逃げて!」と声を上げた。
「誰か、リーダーたち達にも知らせて、」
「きゃああああ!」
「っ、イェニー!」
私の声を聞いて、はじかれたように逃げまとう子供たち。と、同時に「うるせぇガキどもだ」と男の一人がイェニーを捕まえた。
「イェニーを離して!」
「あん? なら金を寄越しな」
私がその男に飛びついてイェニーを取り返そうとするが、男はなんてことないように私を振り払う。もうすぐ9歳になるとはいえ、軽い体はあっさりと投げ飛ばされて地面にたたきつけられた。
「ほらほら、早くしないとこのイェニーちゃんが大けがしちまうぞー?」
「っ、い、いま出すから!」
ナイフを持った男が、イェニーの頬をぺちぺちとナイフの腹で叩く。イェニーは、目に一杯の涙を浮かべながらも、怖すぎるのか震えることしかできていない。
私も痛みを抑えながら立ち上がり、根城の隅に隠してあったお金を差し出した。
「ここに、あるのは、これで全部よ。早くイェニーを離して!」
男は「すくねぇなあ」と言いながらも、ほらよっとイェニーを投げる。地面を転がったイェニーは、途端に大声で泣き出した。慌てて駆け寄った私に、男どもは嘲笑を含んだ声で、「また来るぜ」と言う。
「それまでにまたため込んでおくんだなァ?」
「ひひ、いい収入源ができたぜ」
立ち去っていく背中を、キッとにらみつけるが、小さな女の子一人がにらんだところで何もなく。
ただ、無力感と悔しさをかみしめるしかできなかった。
ああ、でも。
残念ながら、本来こんなことは、スラムでは日常茶飯事なのだ。
弱い子供は搾取される。出る杭は打たれる。
……私が、余計な口出しをして、余裕ができるように、してしまったから。
役立たずな子供から搾取したって意味がない、と思われていたから見逃されてきただけだったのに。
「うまみがある」として、この|クヴィーク≪居場所≫に、大人たちの眼が向いてしまった、から。
「エリザっ!」
「この馬鹿! 大丈夫か」
しばらくして、誰かからこのことを聞いたのだろう、リーダーとリオがかけてくる。
それを視界の端に入れながら、男たちが去っていた路地をにらみつけて、祈る。
――ああ、女神様。
どうしてこんなにも私からいろんなものを奪うの。
どうして、せめてもの平穏を壊してしまうの。
さすがに、これは、恨めしい。