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01:貧しい村の片隅で

 私が生まれたのは、カディア公国という国の、辺境にある小さな村だった。

 どうやら、私はまたよく似た異世界に生まれてしまったらしい。周りの大人たちにいろんなことを聞いた結果、「あれ? なんか聞いたことがあるような場所だわ」と思ったものの、年代や国の名前や王の名前が微妙に違ったから、限りなく近い、けれど別の世界だと気づいた。大体が一文字違いとかそんなところだったものだから、最初は同じ世界の過去に生まれてしまったのだと思って混乱したのだけれど。

 このカディア公国は、四季がしっかり分かれている国で、日本に近い農作物が生産されている。一つ前の人生では、よくこの国に似た国の作物を求めたものだった。


 かごの中でぼんやりと古びた天井を見上げながら、私はため息をついた。母親はすでに家のことをし始めていて、私は一人(といっても母親の眼が届く場所ではあるのだけれど)で布団を敷き詰めたかごの中に転がっている。


 何度も考えたけれど、生まれ変わった理由はわからない。だって、あの時の私に死ぬ要因なんてなかったのだ。

 ……なかった、はずだ。

 だってただの誕生日のお祝いの席だったんだもの。あの時の私は挨拶や幸せをかみしめるのに手いっぱいで、まだ何も食べていなかった。せいぜい乾杯の飲み物を一杯。毒かもしれないと考えたこともあったけれど、用意してくれた人たちはとても信頼のおける人たちだったからありえない。――聖女という身分と第三王子の妻という身分のおかげで、毒殺対策はばっちりだったし。

 本当に突然暗転をして、それから気が付いたら今の“母さん”の元に生まれていた。

 一つ前の人生では女神様の声を聴くことができたのに、今はどんなに祈ってもそれができなくて、生まれてこの数か月は不安でしょうがなかった。生まれ変わった理由もよくわからないというのが不安に拍車をかけて、しょっちゅう泣いて熱をだし、両親を困らせてしまっていたと思う。何故泣いているかわからない赤ん坊をあやすのは大変だっただろう。


 まあ、幸いといっていいのかわからないけれど、もう考えつくしてしまった今、やっとその理由を考えるのをあきらめた。

 だって、どう考えてもわからないのだ。それならば、とりあえず今を生きていくしかない。


 だんだんとお腹がすいてきた私は、そんなことを考えながら、母親を呼ぶためにゆっくりと泣き始めたのだった。




 ――それから、5年後。


「ただいま、母さん」

「…………早いわね」

「……ごめんなさい。夕食の支度、手伝おうと、思って」

「いらないわよ! 用がないなら部屋でおとなしくしてなさい」

「……はい、母さん」


 少しヒステリックに声を荒げた母さんに、私は目を伏せておとなしく部屋へと戻る。テーブルにそっと食べられる野草を置いておいたけれど、果たして使ってくれるかどうか。


 私は、最初の赤子生活で困らせてしまった分、いいやそれ以上に、できるだけここでの親の手助けをしたかった。だから私は、早く動けるようにと、焦ってしまった。一度大人の意識を持ったまま乗り越えた道だ、コツはわかっており、今回は前よりも早くその手順を踏んでしまったのだ。


 その結果、まず「早熟すぎる子供」というレッテルが張られた。ほかの子供たちよりもかなり早く歩き出し、しゃべりだした私に、両親の顔が引きつっていたが、その時の私は、それに気づけなかった。

 次に、周りの人たちから遠巻きにされていた。これは、聖女だった時の私の幼少期も、そもそも家族のほかは使用人ばかりでさほど近くに人がいなかったから、あまり違和感を感じていなかった。でも、同じ村の中に近い年頃の子供たちがいたというのに、一緒に遊ぶことがほどんどなかったというのはおかしかったと思う。気づかなかった私も大概だけれど。

 それでもこのころは、まだ両親が笑って接してくれる時もあったから、大丈夫だと思っていたのだ。


 けれど、私がもう少し成長して、一人で動き始めることができるようになってくると、次に張られたレッテルは、「気味の悪い子供」だった。

 生まれたこの村は、貧しい村だ。両親や周りの人たちを見ていると、みんなたくさんの苦労をしている。だから少しでも皆の役に立ちたくて、私はわからないことを次々親やその周りの大人たちに尋ねながら、さも今思いつきましたとでもいうようにさりげなさを装って、持っていた知識を披露した。時に近くの森で食べられる野草を摘んできたり、動物を捕まえるわなを作ったり、それからおいしい料理の方法を提案したり。

 すごいわね、ありがとう。すべてのことにそういわれるとは思っていなかったけれど、多少なりとも役に立てると思っていた私に向けられたのは、気味の悪そうな目だったのだ。


 言い訳をさせてもらえるなら、私が聖女だったころにはそれで大丈夫だったのだ。褒められて、優秀な周囲に拾い上げられて、喜ばれて。

 聖女だったころとの差に戸惑った私が、焦ってさらに知識を使って動いたけれど、ただただ気味の悪そうな視線が深まるだけだった。

 そこでようやく、私は失敗を悟った。そうだ、私は聖女だったころの始め、日本人だったころの記憶を使いすぎると「気味が悪い」と思われるだろうと慎重にしていたはずなのに、何をやっているだろう。それはもう一度転生した今だって同じだ。

 小さな子供が、大人のようにしゃべり、知るはずのない知識を語り、そして行動していたら。

 それは、とても異様に見えるのではないか。


 運が良ければ、「神童」と呼ばれるだけだった。聖女だったころの私が、そう呼ばれように。

 ……だけど、私はそうじゃなかった。

 この小さな村では、そんな風にしてはいけなかったのだ。ただでさえ、小さなコミュニティは異質を嫌う。それがそこで生まれたとはいえ村に入ったのが新参である子供なら、なおのこと。

 聖女だったころの人生では、周りがとても理解のある家族だったから何とかなったのだ。そのころの私は、日本人だったころの記憶も強く、排除されるのがセオリーだというのを知っていたから「異質であること」にもう少し慎重だったのもある。

 けれど聖女だったころの私は、時間をかけて自分の「異質さ」を周囲に理解してもらうことができ、なおかつ聖女として「異質であること」にこそ価値を持つことになってしまったため、異質である自分に慣れてしまっていた。

だからきっと、私はこうして村の中で孤立してしまったのだった。


 もちろん、自分の失敗に気づいた私が何もしなかったわけではない。せめて子供らしく振舞おうとしたことはある。いきなり変えることはできないものの、自分に素直に、それから周りの子供たちの様子を参考にしながら。

 だけれども、その結果は暗澹たるものだった。

 だって、母さんに悲鳴を上げて逃げられてしまったのだ。その後も、恐る恐るといったように接してきて、本当に心がえぐられたのを覚えている。それから私は、できるだけおとなしく、それほど目立たないように(といっても存在自体が悪い意味ですでに目立つものと認識されているのだけれど)して過ごすようにした。


 離れていくことに、ほっとしたように吐かれた息を背中で感じながら、私は自分の部屋に入る。いつの間にか、名前を呼ばれることもなくなった。母さんが付けてくれた、名前だったのに。日本人だったころとも、聖女だったころとも似た、エリザという名前。

私はばたんと閉じた扉に寄りかかって座り込み、そこから見える窓の外を見た。

 夕暮れの空。あかね色の、光。

 本来ならば暖かさを感じるはずのそれに、けれど私のこころは寒さを感じている。


 気味の悪い子供といえども、この貧しい村ではれっきとした戦力である。

 だから、食事を抜かれることも、寝床を取り上げられて村を追い出されることもなく、一人でも問題なくできる、差しさわりのない仕事を言いつけられる。野草罪だったり、水汲みだったり、雑草取りだったり。些細な仕事で、ほかの子供たちならば複数人で笑いながらやる仕事だったけど、私は一人でこなしていた。まあ、大人が気味悪く思って接している相手だ。それを見て育つ子供たちが、どう接するかなんて明らかだろう。

 直接的ないじめがないだけましだし、もともとさほど一人であることに苦痛は感じないタイプだったから、淡々と生きている。……それが余計に気味が悪いと思われているとはわかっているけれど、どうしたらいいのかわからないのだ。


 私は、息を吐いて膝をついた状態になってそっと姿勢を正す。夕陽に向かって顔を向け、目を伏せてそっと手を胸の前に組んだ。

 ゆっくりと、母さんに聞かれてしまわぬぐらいの声で、聖女だったころに覚えた祈りの言葉を紡いで、女神に祈った。


 どうか、どうか。どうして私がここに生まれ変わったのか、教えてください。

どうか、どうか。私を早く、幸せだったあの時へ、返してください。

 お願いします、女神様。


 夕陽が落ちきって、暗くなってしまった部屋の中。

 ああ、やっぱりと私は息を吐く。

 今日もまた、私は聖女に戻る(女神の声を聴く)ことができなかった。

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