第29話 優しい天使と爆殺の魔法忍者
いつのまにか荷車に乗っていた知らない女の子にノゾムが声をかける。
「誰だ君…」
「初対面のレディーに向かって誰とはしちゅっ‼︎…失礼なのね!」
噛んだな…一言目で威勢良く噛んだよこの子。
「君はいつのまに乗っていたんだ?さっきまでここにもう一人女の子がいただろう?」
とりあえず優しく接してみることにした。
「ルンは前からここにいたなのね!」
女の子はそう言っておもちゃの魔法のステッキを、仰向けになっている僕に突き出してきた。
とりあえず話し合うために、体を起こしてきちんと座った。
ルンと名乗るその子は長くて綺麗な黒髪に、真っ黒なシルクハット、そして黒紫色のいわゆるゴスロリを着ていた。
「えっと、名前はルンちゃんでいいのかな?」
「ルンの名前はルーセット・カニュッ!……コッホン‼︎ルンの名前はルーセット・カヌレ・エクレア・マカロン!端っこをとってルンなのね‼︎」
そう言ってまたもやステッキを突き出してきた。
またもや噛んだよ…しかも大事な自己紹介で。
「ルーセット・カヌレ〜えっとなんだっけ」
「ルーセット・カヌレ・エクレア・マカロン‼︎なのね」
噛まずに言えたことをとても喜んでいる。
「分かった。ルンちゃんね。それで、ここにもう一人女の子がいなかったかい?あと、できればそのステッキを収めてくれ」
「このステッキは魔法忍者プリンセスの変身ステッキなのね!」
誇らしげにステッキを掲げる。
魔法に忍者にプリンセスって要素盛り込みすぎだろ!
ってか、話がいっこうに先に進まん‼︎
「そのステッキのことは理解した。で、何度も聞くがここにもう一人女の子がいなかったかい?」
「それならルアのことなの」
「ルア?」
また聞き覚えの無い名前があがった。
「その子はどこに行ったんだ?」
「ルアならここにいるの」
「ここってどこにもいないじゃ無いか」
辺りをキョロキョロ見渡した。
「ルンとルアは二人で一つなのね!」
彼女はそう言うと、一回転してさっきの女の子に変わって見せた。
「うぉう‼︎急にさっきの女の子に変わりやがった!」
二人はあっけにとられた。
まさか女の子が女の子に変身するなんて…何言ってるか自分でも分からなくなってきた。
『どうなのね!驚いたのね‼︎だからルンとルアは二人で一つなのね!』
目の前の女の子とは違うところから声が聞こえてきた。
「どこから聞こえてるんだ?この声」
『ルンはルアのお姉ちゃんだから、ルアの状態でも喋れるのね!えっへんなのね‼︎』
なんと便利な…それならずっとルアの状態でいればいいのに。
「ねぇルン〜この人たち誰なのです〜」
初対面の二人に囲まれて、少し慌てている。
『さっきまでルアと一緒に乗ってた人達なのね‼︎どうしてルアはそうすぐに忘れるのね』
「だってルアが勝手に変わるから、覚えてないなのです〜」
実に異様な光景だ。
一人の女の子がなんか色々喋っているようにしか見えない。
「ルアはルンの時の記憶は無いのか?」
『ルアはルンの妹だからいない時の記憶はないのね!』
「なのです」
「その、入れ替わるのがスキルの能力なのか?」
あえてルアの方に聞いてみた。
「これはスキルじゃなくてルンとルアだからなのです」
全くもって意味がわからん。
説明お願いしますルン先生。
『ルンとルアはもともと多重人格なのね。しかも本来の人格はどっかに消えちゃったのね!』
ん〜。分かってきたようで分からん。
『それを探しにこの世界に二人で来たのね』
「つまり、元々の主人格が消えちゃったから、取り返しに来たってことだな?しかも姿が入れ替われるようになって」
『そうなのね!』
「なのです!」
やっと理解することができた。
「でもよノゾム、主人格がいなくなるなんてこと本当にあんのか?」
「うるさいな〜やっと理解できたんだからいいじゃんかよ!実際目の前にいるんだから」
『全くその通りなのね!静かにしてろなのね‼︎』
カイは納得できない様子でいた。
そうこうしてるといつのまにか目的地についていた。
「ほら、少し先に見えるのが王都ポカニョンじゃよ」
「王都の名前ポカニョンっていうのか?」
「お金の単位がポカニョンじゃろ?」
確かにそうだが…ダサいなー。王都ポカニョンって。
「わしはすぐそこの町に住んでおるからまた用があったいつでも来なさい」
「ありがとう。おじいさん。できれば名前を教えてもらえないか?」
三人は荷車を降りて、おじいさんと握手をした。
「わしの名前はヤギル。町の入り口の近くでコプタを育てておる」
「ありがとうヤギルのじいちゃん。達者でな。あとコプタもありがとな」
三人はヤギルと別れて、王都へと向かって歩き出した。
「ってなんでルアも普通について来てんだよ‼︎」
「ルアも王都に用があるなのです〜」
「そっかー。じゃあ一緒に行こうかルアちゃん」
カイがそう言ってルアの手を繋ぐと、いきなりルンに入れ替わった。
「急に入れ替わるなよ!…ってなんだよ、ずっとこっちを見つめて。もしかして俺と一緒に歩きたかったのか?」
「3…2……」
ルンがカイを見つめたまま、何やら数字を数え始めた。
「なに、なんだよ!怖いからやめてくれよ」
「…1」
「待て待て‼︎待ってくれー」
「爆殺‼︎」
ーーズドォォォォォォォォォォォォン‼︎‼︎
ルンの声と共に、カイの体が爆発した。
それはもうすごい勢いと爆音で。
ルンとつないだ手の先に、黒焦げになったカイがいた。
「その汚い手でルアに触れるななのね!」
彼女はカイの手を素早く振り払った。
「そこまで…怒んなくても…よくねーか?ガクッ」
黒焦げはそのまま地面に倒れこんでしまった。
「今のがルンのスキルなのか?」
「そうなのね!これこそルンのスキル爆殺なのね。一撃必さちゅ…一撃必殺のちょー強い魔法なのね!」
噛んだことをなかったことのようにして、誇らしげに胸を張る。
「確かに一撃必殺だったな。発動条件は敵に触れることか?」
「ムカついたり、汚い手でルアに触れたりするアホに三秒触ってドーンなのね!」
三秒でドーンか…気をつけよ。
「じゃあ、僕たちはここでおさらばするよ。二人で仲良くしろよ!それじゃ」
黒焦げになったカイを引きずって颯爽とココから立ち去ろうとした。
「待つのね!こんなか弱い女の子を置いてどこに行くつもりなのね‼︎」
ノゾムの袖を掴んで立ち去るのを無理やり止めた。
「待て待て。その掴んでいる手をとりあえず離せ」
すぐさまルンの手を振り払って後ろに退く。
「何がか弱いだ!俺のことを殺そうとしやがって!」
黒焦げが必死に抵抗する。
「まだ生きてたのね。安心するのね、すぐに楽にしてあげるのね」
「待て待て、これ以上なにする気だ!おいノゾム!早く俺を引きずってこの悪魔から逃げろ!!」
「了解」
勢いよくカイを引きずりながら、全速力で王都に向かって走る。
「待つのね!ルア出番なのね‼︎」
「よく分かんないけど頑張るなのです〜」
またもやルアに入れ替わり、逃げた二人を追いかける。
「このスピードなら追いつけないはずだ!あと少しで王都だ‼︎」
「待つなのです!言うことを聞かないとこうなのです‼︎落とし穴‼︎」
ーーボコッ‼︎
「はぁ⁈嘘だろ!」
走っていると突然足元の地面がなくなり、そのまま3メートルほど落下した。
「いってて…今度はなんだよ!そんなの聞いてないぞ‼︎」
落ちた時にお尻をうったらしく、めちゃくちゃ痛い。
『言うわけないのね!言ったら落とし穴の意味がないのね‼︎ざまーみろなのね‼︎』
「なのです‼︎」
落ちた二人を見下ろすように落とし穴の淵までやってきた。
「「くっそ!ムカつくー‼︎」」
「見てないで早く引き上げてくれよ!」
上を見上げると太陽がめっちゃまっぶしい。
「それが助けてもらう態度なのね?さぁ早く仲間にして下さいって言うのね‼︎」
いつのまにかルンに入れ替わり、そこら辺の石を穴に向かって蹴り飛ばした。
「わかった!分かったから石蹴んないでくんね。あと、早く引き上げてくれ〜」
「しょうがないのね。引き上げてあげるからこれに捕まるのね」
魔法忍者プリンセスのステッキを二人に向かって突き出した。
短い…そのステッキ短すぎるよ‼︎しかもその小さな体でどうやって僕たちを引き上げるんだよ!
「あのさぁ、それじゃさすがに無理だと思うぞ」
「いいから早く捕まるのね!魔法忍者に不可能はないのね!」
とりあえずステッキに捕まってみた。
「それじゃあ引っ張るのね!」
ほんのちょびっとだけ体が浮いた。
まぁ上出来だろ。
さてどうやって上がるか。
そんなことを考えていると…
ーースポッ‼︎
なんとステッキの先が抜けてしまった。
「あぁぁぁ‼︎手裏剣を出す部分が抜けちゃったのねー‼︎」
魔法じゃなくて手裏剣が出てくんの⁉︎
それをこっちに向けんなよ!
「なんかごめん」
「あーあ。もう助けられないのねっ」
「諦めんのはやっ‼︎他に方法は無いのかよ」
「しょうがないのね。ルアの出番なのね」
渋々ルアに入れ替わる。
「またまた登場なのです!」
ポーズをつけて可愛く登場。
『ルア!二人を助けるのね』
「分かったのです!」
ーーボコボコボコ‼︎
落とし穴の深さを微妙に変えて、階段状に穴を作った。
「「やっと出れたー!」」
『次逃げたら弾け飛ばすのね‼︎』
「「了解しました‼︎」」
弾け飛ばすって…ルンならやりかねないな。
ーールンとルアが仲間になった。