第21話 野球の練習
走りこんでくる三人の敵に対して、なるべく均等に七人は散らばった。
敵は全員黒いローブを着ているので、誰が誰だか分からない。
出来ればアノ相槌をひたすら打ってくる奴とあたりたいところだが、おそらく誰かが喋らなければ一言も発してはくれないだろう。
ノゾムと杖持ちは仲間を置いて先に行ってしまった。
「待て‼︎ノゾム‼︎」
それぞれが位置に着き、カイが目の前の敵に向かって手に持ったフライパンで襲いかかる。
「そこをどけぇー‼︎」
その時、隣で戦っていたカケルとトム、それからクロが突然地面に突っ伏した。
カケル達が戦っているのが、例のあいつで間違いない。
つまり、今目の前にいる敵はハズレという事になり、どんなスキルを持っているか分からない状態にある。
それでも、攻撃続行で敵に向かって両手のフライパンを振り下ろす。
振り下ろす直前までスキルの発動は見られない。
決まった!生身の人間に対して、しかも初対面の人に対してフライパンで叩くのは、少し心が痛むがそんな事を考えている場合では無い。
だが、振り下ろしたフライパンは空を割き、いつの間にか自分の肩に知らない手が置かれていた。
「こんにちは」
そう言って、彼の無慈悲な右ストレートが俺の顔に直撃した。
「イッ!」
2メートルほど吹き飛び、何が起こったのか理解しようとするが、パンチの衝撃でしっかりと思考する事が出来ない。
倒れこんでいる俺に向かって、彼がゆっくりと向かってくる。
「離れなさい!」
それを止めるために、彼に対してノユラの爆弾が投げ入れられる。
彼は、ニヤッと笑い落ちてくる爆弾が目の前に落ちるまで全くの無抵抗で立ちすくんでいた。
目の前で爆発した爆弾によって土ボコリが舞う。
煙の中に人影見える。
「よしっ!当たったのか‼︎」
だが、中から出てきたのは服がボロボロになったノユラだった。
急いで、敵を探すため辺りを見渡す。
「なんでお前がそこにいる」
さっきまでノユラがいたところに、彼はいた。
瞬間移動のスキルか?いやそれだとノユラも移動した事につじつまが合わない。
「…そうか‼︎」
やっと分かった。理解した。
「もうバレちゃったか〜」
頭を掻きながら彼が笑っている。
「なんですのアレは!分かったなら説明しなさいですわ‼︎」
汚れた服を払いながらノユラが立ち上がる。
「多分あいつのスキルは、相手と場所を入れ替わる能力だ‼︎」
「正解〜!パチパチパチ〜」
手を叩きながら地面座りこむ。
立つまでも無いという、余裕の表れだろう。
「なんですの。それなら倒すのは簡単ですわ‼︎」
「え?」
ノユラの発言に驚いたが、それは彼も同じだった。
座ったばかりの体を急いで立ち上がらせていた。
それはもう凄い早さで。
「え、え?何?俺もう倒されちゃうの?」
凄い慌てようだ。さっきまでの威勢はどうした。
だが、いきなり勝利宣告をされたら誰でも驚きはする。
「で、どんな方法なんだ?」
ノユラが近づき、ゴニョゴニョと耳打ちをする。
それを頑張って聞こうと、彼が耳をこちらに向けている。
「よしっ!分かった!それでいこう」
「作戦会議は終わったかな?」
余裕ぶっているが、ビクビクしているのが見てとれる。
「それじゃあいきますわよ‼︎」
そう言うと、ノユラがこちらに向かって爆弾を投げる。
それをフライパンで敵に向かって打つ。
野球にある練習の要領だ。
「な〜んだ。それを打って俺に当てようって事だろう〜。それなら打つ前にお前と入れ替わればいいだけの話じゃないか」
彼はそう言うと、スキルを使ってカイと場所を入れ替えた。
そう。入れ替わればいいのだ。
そうすれば、カイが誤爆するかもしれないリスクを負ってまで打たなくて済む。
既に投げ入れられた爆弾は本来カイの方向に飛んで行っているのだから。
入れ替わったら誰に当たるか考えるまでも無い。
「あっ。やべぇ」
爆音と共に爆風が草むらを吹き抜ける。
見事に弾き飛び、真っ黒になった人の形が横たわっている。
「ノユラが爆弾を投げた時点でお前の負けは決まっていたよ。たとえノユラと変わっていても、俺があんな近くで外すわけ無いしな。可能性があるとしたらそれは、お前自身が自力で避ける事ぐらいだな」
「くっそー」
「あの場面でお前が慌ててスキルを使うのは分かっていた。スキルに頼り過ぎたお前の負けだ」
結局一度もローブの下にある彼の顔を見る事は出来なかったが、今となっては興味が無い。
「おーい!俺たち倒したから先行ってもいいかー?」
まだ奮闘している他の五人に対して了解を得ようとする。
「はい。こちらはなんとかするので、早くノゾムさんのところに行ってあげてください‼︎」
「分かった!後は任せだぞ‼︎」
カイとノユラの二人は戦場を後にした。




