第13話 囚われの嫁
四人はイケメンについていくことにしたが、お互い特に話す事が無いので静かだ。
なので、空気を読んでカイが話題を振る。
「なぁ、ノゾム!アニメってみたりするか?」
引きこもりのカイにとって、一番広げられる話題はこれしか無いのだ。
見てないと言われたらその時は諦めるしかない。
「まぁ、テレビをつけてやってたら見るくらいかな」
そう言うと、ユリとノユラが憐れむ様な顔で、こちらを見てくる。
何だというのだ、ちょっと娯楽を嗜むくらいなら別にいいじゃないか。
だが、カイはみんなとは裏腹に話の話題ができたことにホッとしていた。
「そうか、それは良かった。実はな、昨日夢の中でとんでもない体験をしたんだ」
アニメの話しと関係してるのか、一応気にはなるので聞いてみる事にした。
「俺にはな、あるアニメでめっちゃ好きなキャラクターがいるんだ」
「いわゆる俺の嫁ってやつだな」
そういう専門用語がある事くらいは知っている。
すると、またもや二人がこちらを見て、何か言いたげな顔をしている。
言いたい事が有るならしっかり言え!それをそのままカイに受け流してやるから。
カイには二人の顔が見えていないのだろうか。
「そう!それだ。でな、そのキャラが夢に出て来たんだよ」
そうか、カイは既に次元を超えてしまったんだな。
祝福すべきか、悲しむべきか。
「その子は、普段はメイドをやっているんだけど。夢の中のその子には、俺という者がありながら別にご主人がいたんだよ!」
それは心中お察しします。
「しかも、俺の夢だからご主人さまは俺の知り合いなんだよ‼︎」
救いようが無い恐ろしい夢だ。
「俺はな?その子を笑わせてあげようといろいろしたんだ。けどな?その子は愛想笑いしかしてくれないんだよ‼︎ご主人のつまらない話しには、楽しそうに笑っているのに‼︎」
なぁカイ、そんな悲しい顔をするなよ。
俺まで涙が出て来そうだ。
「そこで俺は目を覚ましたんだ。これ程夢であった事を嬉しく思ったのは初めてだったよ‼︎けど、起きたら起きたで俺は飯を食い損ねていたんだ」
泣きっ面に蜂、いや泣きっ面にサメだな。
「この体験をして分かった事が有る」
「改まってどうした」
カイの顔は、今まで見せた事が無いくらい真面目だ。
カイがカイじゃない。
「それは、アニメの美少女キャラは、現実世界に来ては行けないという事だ!実際にお目に掛かったとしても、俺のようなやつと関わってくれるとは限らない‼︎」
とんでもない極論だ。
顔から伝わってくる気迫も凄い。
確かにそれは、真理かもしれない。
当たり前の事だが、改めて考えるととても悲しくなってくる。
「他の男に取られるくらいなら、あの世界に囚われていてくれた方がまだマシだ‼︎」
今回は、カイに一本取られてしまったかもしれないな。
そういう自由な発想が出来るのもカイの良さかもしれない。
だが、先程からこっちを見ている人達については話が別だ!
憐れみの顔から、いつの間にか蔑みの顔に変わっていた。
「いい話だな、うんうん」
これでこの話は終わりにしようじゃないか。
ノゾムは下を向いているカイの肩をポンポンとたたき、二人で見えない空を見上げた。
ーーしばらく歩くと、突然横の壁から矢が飛び出してきた。
ギリギリ避ける事に成功したが、ここに来てから初めてのトラップだったので、油断していた者にとってはなかなか心臓に悪い。
「大丈夫でしたか?」
イケメンが爽やかに心配しているが、先頭を歩いていたお前がトラップを起動させてしまったに違いない。
なんと恐ろしいイケメンだ。
それからも、3分に一回位のペースでトラップに引っかかる。
無論、イケメンのせいで。
けれども、当の本人は微動だにしない。
これが、彼の言っていた幸運の理由だろうか。
あまりにタチの悪い能力だ。
彼はついに落とし穴のトラップを起動させてしまい、後ろを歩いていたノゾムとノユラが下の階に落ちていく。
オゥ…ノォーー
「ノゾムゥーー‼︎ノユラァーー‼︎」
「カイーーー‼︎くっ…そ」
差し伸べるカイの手に、ノゾムの手があと少しというところで遠ざかっていく。
もう少し腕が長ければな〜。
まぁそんなことを考えている間も重力というもには逆らうことなどできるわけもなく、ただただ真っ逆さまに落ちていく。
ガラガラと崩れゆくあしばと共に、二人がゆっくりと落ちていく様にカイとユリには見えた。
ーー下の階には奇跡的にも綺麗な泉があり、二人ともそこに落ちたおかげで無傷で助かる事が出来た。
ノゾムが水から上がり、ノユラを引き上げる。
水に濡れたノユラの服は少しだけ透けていて、目のやり場に困る。
「どうしたんですの?急にそっぽを向いて」
上目遣いをしている今のノユラを見る事は、ノゾムにとって刺激的なシチュエーションだった。
「あの、その…あれがあれで…」
チラチラとノユラを見ながら、服を指差し訴える。
早く伝わって欲しいような、伝わって欲しくないような。
ノユラはやっと今の自分の姿に気付き、頬を赤らめ胸を抑える。
「ちょっ、こっち見るなーー‼︎ですわ」
ですよねー。
強烈なビンタが炸裂し、ノゾムは再び水の中に落ちていった。
……なかなか上がってこない。
上がってくるのは、ぶくぶくと音を立てる泡だけ。
ノゾムが気絶している事に気付き、急いでノゾムを引き上げる。
意識が無い。
「フンッ‼︎」
ノユラの渾身の腹パンが繰り出される。
「ボベヒッ⁉︎」
まだ意識が無い。
今の一撃で、意識が更に遠のいた。
慌てふためくノユラが、ノゾムの顔に自分の顔をそっと近づける。
口先がプルプルと震えながら、ゆっくりと近づいていく。
すると、突然ノゾムの意識が戻り、はき出した水がノユラの顔にかかる。
我に帰り、急いで顔を引っ込める。
「いてて、アレ?どうしたノユラ、顔が真っ赤じゃないか。水に濡れて風邪でも引いたんじゃないか?」
ノゾムの手が、真っ赤になったノユラのおでこに当てられる。
「気安く触らないで下さる‼︎」
ノゾムの手を素早く振り払う。
「何だよ〜!心配してあげてんのに。でも良かったお前と一緒で」
「エッ⁈なっ、何でですの」
ノゾムの言葉に期待が高まる。
も、もしかして…
「だって、二人の力があれば何でも買えるし安心だな!って、え⁈どうしたノユラ!」
ノゾムの言葉を聞く前に、ノユラは仰向けで倒れこんだ。
その顔はとても真っ赤に染まっていたが、とても穏やかな表情をしていた。
「大丈夫かノユラーー!」
ゆったりとした時間がそこにはあった。