第1話 豚汁を求めて
文章はそんなに上手くないと思いますが、世界観だけでも伝わればいいなと思って書いてます。
ーーマンションの屋上に、とても辛そうな表情をした女性が寂しげに立っている。
眼下に広がる無数の人影。
それに比べて周りには誰もおらず、声を発しなければ到底誰も彼女に気づかないだろう。
どのようにしてその場所に至ったのか。
などという分かりきったことではなく、大事なのはどうしてそこにいるのかということである。
彼女は周りを見渡し現状を理解した上で息を吸い、吸った分より多くの息を吐いた。
そっと目を閉じて前傾のまま何も無い空間へと片足を踏み出し、そして…
ある夏、雲ひとつ無いめまぐるしい暑さの中、それは唐突な一本の電話によって寒さへと一変した。
眠っている僕を叩き起こすかのように父親の声が部屋に響く。
「ノゾムっ起きろ‼︎今すぐ起きてくれ‼︎」
「うぅ〜ん」
僕は二度寝をスタンバイしながら、眠たそうに唸った。
朝日が眩しかったので毛布で顔を覆う。
「母さんが死ん…」
「は?」
これが今日僕の放った最初の言葉となった。
僕はすぐさま飛び起きはしたが、父が何を言ってるのかがまだ理解できていない。
別に、起きたばかりだから理解出来ないというわけでは無い。
きっといつ聞いたとしても反応は同じだろう。
混乱している父にとりあえず警察署に行くと言われ急いで準備をした。
警察署に着くまでは何も理解できなかった。厳密には今も理解できてはいない。
そうやすやすと理解出来る事では無かったし、出来れば理解したくはなかった。
だが、そんなことお構いなしにいつもとは少し違う母親がそこにはいたのだ。
台の上に横たわる母。
白い布で全身を覆われている。
その姿を見てあっという間に身体の力が抜けていく。
ゆっくりと手を伸ばし母の頬に触れると、魚のような感触と、それが人では無いと思うほどの冷たさ、一切の温もりが感じられなかった。
母の形をした母では無いもの。
「クッ…」
『それ』に触れて初めて全てを理解する事が出来た。
そして同時に、涙が流れ止まらなくなった。
父は僕の後ろで静かに立っていたが、下を向いていてどんな表情をしているかは見えない。
警察署を後にして外へ出ると、さっきまで澄み渡るように晴れていた空に厚い雲がかかり、まるで僕の心を汲み取ったかのようにポツポツと雨が降っていた。
まだ乾いたアスファルトが斑点模様に湿っている。
僕は傘も持たず、雨に濡れながら下を向いてノロノロと家に向かって歩いた。
髪に雨が滴り、頬を伝って涙と混ざり合い地面へと落ちる。
何度か立ち止まることはあったが早歩きになることはなかった。
家に着いた時、今までの思い出がよみがえり苦しくてしょうがなくなった。
枕に顔を押し付けてうわぁんうわぁん叫んだ。
昨日までは確かに普通に笑っていたのだ、泣いていたのだ、怒っていたのだ、優しくしてくれたのだ。
けれど、もう母の表情が変わる事は無い。
まだ、愛を感じていたい。
まだ、何も返せていない。
まだ、まだ…
『何故人間は失ってからではないと大切だった事に気付かないのか』
僕は生まれて初めて過去に戻りたいと思った。
「あぁ、あと一度でいいから母さんが作った世界一の豚汁を飲みたい」
それは、願うにしてはとてもちっぽけだがもし叶うのならば大きな願いであり、僕の全てだ。
そう願った。その時、突然目の前が真っ白になり僕は気を失ってしまった。
ーー『あなたは、毎日代わり映えのない当たりまえの日常を大事にしていますか?』ーー
ーー 目が覚めると、辺りが真っ暗になっていた。
何も見えないし、何も聞こえない。
目は開いているし体に触れれば感覚もある。
自分の部屋でもなさそうだし、気絶している間に移動したのだろうか。
「真っ白の次は真っ暗。ココはどこだ⁉︎」
不思議と、このとんでもない状況に慌てずにいる事が出来た。
まだ、さっきまでの事が頭の中で混濁しているお陰かもしれない。
すると、相変わらず目の前は真っ暗なままだが、女の声が聞こえた気がした。
「誰かいるのか!お前は誰だ‼︎」
僕は声を荒げて質問した。
何も見えない闇の中に僕の声がゆっくりと消えていく。
「うるさいわね〜、聞こえてるからもうちょっと静かにしてくれるかしら?私は、あなたの願いを叶えてあげようと思ってココに招待してあげたのに!ちょっとは感謝しなさいよね‼︎」
真っ暗闇から聞こえるその声は、とても偉そうに返事をした。
「願い?招待?何のことだ!」
僕は何処にいるか分からないその声に向かって改めて質問をする。
まるで壁の向こうの人に話しかけているみたいだ。
「ココは人間が『何故人間は失ってからでは無いと大切だった事に気付かないのか』という事に、気付いたうえで願い事をすると招待されるボーナスステージみたいなものよ。それでもあなたは帰りたいの?」
声は質問に答えたうえで、またもや質問をしてきた。
「帰れるのか?」
バカバカしいとは思わなかったが、帰してもらえるなら今すぐ帰してもらいたい。
「けど、少なくとも豚汁は飲めなくなるわね」
全くもって珍妙な答えが返ってきた。
「は?豚汁?」
返事にもなってないし、はてながはてなを増やして返って来た。
「そうよ。あなたは豚汁を飲めるかもしれない権利を得たのよ。さっきそう強く願ったでしょ?」
つまりどういう事なのかと説明を求めた。
こいつがただ単にバカなのか、それとも本気で頭がおかしいのか確認する必要があるからだ。
「簡単にいうとゲームクリアするとあなたの願いは現実世界でも叶うってことよ」
どうやら嘘や冗談を言っているわけでも無いらしい。
ここまで堂々とぶっ飛んだことを言える奴に僕は会ったことが無い。
僕はさっきまでのテンションとは一変し、胸が高鳴ってしょうがない。
これが手のひらを返すということなのだとしたら、僕は喜んで自分の手首をねじり回してみせよう。
「ゲームクリアするにはどうすればいいんだ?」
それが分からないとまだ何とも言えない。
願いを叶えるのだから相当難しいに決まってる。
「そんなの簡単よ!あっちの世界の偉い人に直談判してくればいいのよ‼︎ね!簡単でしょ?」
「ちょっとまったーー‼︎⁇」
ビックリしすぎて鼻水が出そうになった。
残念ながら今の僕のポッケにティッシュは入っていない。
どうかこれ以上驚くことが無いよう願いたい。
「ちょっと何よー!ビックリしたじゃなーい」
声しか分からないので、驚いているかどうかすらも怪しいが。
もしもあちらも鼻水が出そうになっていたのなら、ここは痛み分けということにしておいてほしい。
垂れてしまっていたならすいません。
「ビックリしたのはこっちだ‼︎ゲームクリアの条件が直談判?僕にお母さんを下さいってか⁈第一、断られたらどうするんだ‼︎」
この状況に慣れつつあるのか、段々と僕の舌も饒舌になっていく。
「そしたらゲームオーバーよ。つまり現実世界のあなたも消滅ね」
とんでもないことをあっさりと言ってきやがった。
何となく予想は出来ていたが、改めて言われるととても恐ろしい事だ。
現実世界の僕はどの様に死んだ事になるのかも気になる。
だか、そんな事恐ろしくて聞けるはすがの無かった。
「ね!じゃねーよ‼︎何てことさせんだ‼︎」
僕はもう頭がおかしくなりそうだ。というか、もう既に頭がおかしい。
「本当にうるさいわね〜!願いを叶えるんだから当然でしょ‼︎あ、言い忘れてたけどあなたの隣にもう1人いるわよ」
「あっ、どうもこんにちは。」
突然隣りから男の声がした。
何も居ないと思っていた所からいきなり声がすると、驚きも倍増だ。
「うぉぁぁ‼︎ビックリさせんなよ‼︎」
僕はさっきからビックリしすぎてそろそろ目ん玉が飛び出そうだった。ちなみに、今回は流石にちょっと股のあたりが温かくなってしまった。
このタイミングで言ったのには悪意があったとしか思えない。
「はいはい、驚くのはそこらへんにして、契約に移るわよ〜」
女の声はとても面倒くさそうに話しを次に進める。
この女には空気を読むという事は出来ないのか。
「おいおい‼︎勝手に話しを進めるなよ!」
「じゃあ、あなたは挑戦しないのね、豚汁君!」
ここでの豚汁君とは、おそらく自分の事を指して言っているのだろう。
「いや、挑戦しますけど〜。てか、豚汁君って何だよ‼︎」
「…じゃあ、とりあえずスキルを決めまーす」
声は僕の素晴らしいツッコミをスルーして話しを続けたが、僕にはスキルというカッコイイセリフが気になって内心テンションが上がってしょうがない。
そんな特典ついてくるとは聞いていなかったが、今そんなことをぐだぐだいうのは実に男らしく無い。
「はい、じゃあ二人でこの赤、青、緑、黄色の箱のうち一個づつ選んで下さ〜い」
目の前に箱が四つ現れた。
真っ暗なのに、その箱だけは何故か見る事が出来た。
そんな事が出来るのならば、隣の人も見える様にしてくれればいいのに。
僕は黄色い箱を選択し、隣の人は青色の箱を選んだ。
「じゃあ、スキルを言ってくわね〜!まず、豚汁君のスキルは……」
僕は今までないくらいワクワクしていた。
「クローー」
その時、女の声をかき消すように隣の男がくしゃみをしやがった。
「へっ!くしょん‼︎‼︎」
声はそのまま隣の男のスキルを発表し始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ‼︎もう一回言ってくれ‼︎」
「無理で〜す。やってればそのうち分かりますよ」
「はははっ、すいません」
隣の男が申し訳なさそうに謝った。
が、許すつもりは毛頭無い。
「ってことで、もう一人のスキルを発表しま〜す。スキルは調理器具降臨でーす。パチパチ〜」
「どんなスキルなんですか?」
スキルの名前だけを言われても、いまいちピンとこない。
「このスキルはどんな調理器具でも呼び出せる便利なスキルでーす。やったね!」
「それは強いのか?」
隣の男は納得出来ないような声で言った。
「それで、豚汁君には招待者一万人目ということで、もう一つスキルをあげたいと思いまーす」
「「エッ⁈」」
二人同時に驚いた。特に隣の男はさっきのことが気に入らなかったのか、本気のエッ⁈だった。
「じゃあ、豚汁君のもう一つのスキルを発表しまーす」
声は、僕らを待ってはくれない。
「スキルは自動販売機降臨」
「また降臨系かよ‼︎」
「言っとくけどコレはちょーレアなスキル何だからね!何処でもジュースを飲めるのよ⁈お金はかかるけど。ププッ、名前が貯金箱ってプププッ」
女の声は、若干笑いながら言った。
オイこのやろー…
スキル名をマネーボックス、つまり貯金箱にしたやつを絶対に許さない。
「はい、これで契約は済んだことだし。さっそく行ってらっしゃーい!ポンポンピューン‼︎」
声が呪文を唱えると二人の体は浮き上がり、足が着かないのでジタバタしている。
もともと床が見えないので、あって無いようなものだったが。
「ちょっ!もう少し説明とか…って。えっ⁈うわぁーーーー‼︎」
「バイバーイ‼︎」
二人は前が見えないまま何処かへ飛ばされて行った。