表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第一章・日常の不快指数



『会話がないのに、見つめてくる女性がいたらぜひ試して下さい。その女性が視線を外したら、貴方に惚れてる証拠です!』



 と、恋愛取説という非モテ男子向けの、何とも胡散臭い本を弟の部屋で発見した。



 俺の弟は、脱アイドルオタクをはかるために、アイドル監獄から脱獄する計画らしい。しかし、未だにそれは達成できず地下アイドルのサーヤンの追っかけをしている。つまり、脱アイドル作戦は三日坊主で計画がパアになった。



「なぁ、女が目線を外したら、その相手に恋してる証拠なのか?」



 リア充満喫中の前島に、何を血迷って聞いたんだと─────今思えば切腹したい気分だ。



「いや、いい。答えるな。」



 前島の凍りついた表情が、質問の内容に衝撃を与えたのは自分でも分かる。確かに、楓のことを考えてたから仕方ないかもしれない。が、よりによって何でコイツに聞くんだと、激しく後悔する。



「お前モテすぎて、発想が弟と同じ中二病になってないか?イケメンの思考回路が急速に破壊されてるぞ?」


「ああ、その中二病の弟の影響だ、気にするな。」



 ウォーミングアップ中にする話じゃないなと、自分に反省をする。それにしても、アイツは俺の事が好きじゃないのか?食堂で目線を外したのは、そういうサインじゃないのか?



「お前の場合は────────怖すぎて目線を外すという線もあるな。」


「目付きが悪いってことか?」


「ああ、幸恵は怖くて目が合わせないって言ってたぞ。」



そういうことか──────。って、お前の女の評価なんて聞いてねぇよ!と思わず前のめりになる。そこに、キャプテンが割り込んで話しかけてきた。いや、怒鳴りつけにきたのだ。



「おい、橘!やる気ねぇだろ!てめぇ!」


「す、すみません。」



 こういうときに怒られるのは、決まって俺のほうだ。前島は、知らぬ存ぜぬを貫き通す卑怯な奴。俺は前島に睨みをつけて、コイツも同罪だとアピールする。



「まぁ、いい。ところで、お前の別メニューなんだが、ガードの選手をつけてやるか?」



 外部から雇ってる監督が、他校へ偵察に行って不在であるため、俺はその間に別メニューをこなすよう指示を受けていた。理由は分かっている。安定したシュート率が維持できない、俺自身の為の強化メニューだ。



「あ、それなんですけど、1度だけ部員じゃない奴とやりたいのですが。」


「何でだ?」


「───迷いがありまして。」



 メンバーが変わると、途端にシュート率が下がる俺。これは、監督からも指摘をされてきたことだ。その理由を、自分で探せと言われたのはつい最近のこと。迷いの原因は俺自身なのか、それともメンバーのレベルが原因なのか。



「誰を入れるつもりなんだ?」



 これが、良い選択なのかは分からない。しかし、アイツのレベルを見てみたいと思ったのが正直なところ。



「虹羅─────。新しく今日から入るマネージャーの虹羅をつけて下さい。」


「─────彼女は経験者か?」


「はい、中学の時にバスケをしてました。ガードをしていましたが、かなり上手いです。」



 一瞬、考え込むように頭上を眺めるキャプテン。すると、予想もしない返事がきた。



「いいけど、1つ条件がある。」


「なんですか?」


「彼女にバスケを辞めた理由を聞いとけ。」


「は????」


「相良から頼まれてたのを思い出した。結果は相良に言ってくれ。いいか?」



 何で、女子バスケのキャプテンが楓のことを知ってるんだ?相良がバスケを始めたのは、確か高校に入ってからのはず。もしかして、勧誘するつもりなのか?



 あえて口を挟まず、頭の中にとめどなく溢れる疑問の泡を放置し、キャプテンの頼みに了承した。



「しっかりしろよ!」



 俺の思考回路を切断するかのように、背中を激しく叩いたのは前島だ。カチンときた俺が、反撃の蹴りをお見舞いしようとした時、前島が冷水を浴びさせるような一言を残す。



「お前、虹羅を舐めてると─────心臓を刺されるぞ?虹羅はお前に恋するような女達とは違うから、覚悟しろよ。」



 前島の忠告は、怖いぐらい的を射るから恐ろしい。何だか分からないが、食われるぐらいなら、食ったほうがいいなと勝手な解釈で勝負に挑むことを決めた。



 しかし、俺の完全な敗北で幕は閉じる。この俺が、女に負けるなんてあり得ない。そんな想いからか、ガンガンと脳天に響くような痛さが、怒りの感情と共に増してくる。怒りで思わず噛み締めた口の中に、銀歯が外れたのを取り出したのは、アイツのあの台詞を聞いた直後のこと。



 あの後、歯の傷みなのか、感情の傷みなのか分からないほど、苛立ちを隠せなかった俺。自分でもコントロールできないほど酷かった。まるで思春期の少年が、怒りをコントロールできずにもがく姿みたいだったと、そんな風に俺を揶揄してきたのは前島だ。



 そんな少年に、躊躇もせずに叱り飛ばしたのはキャプテン。その瞬間、ホッとするような安堵感が胸に広がり、思わずニヤけてしまった。



「お、お前─────ひとりで片付けてこいよ?後、あまり考え込むな──────。」



 楓、俺は少なくとも信頼できる人がいる。それは前島だったり、キャプテンだったり。こうして、片付けを言いつけるのも先輩なりの優しさだって事ぐらい分かってる。



 だから、お前が言ったことは当たってないと、その時は必死にそう何度も言い聞かせていた。





 ベッドの上で死体のように横たわる俺。頭の芯が痺れるような快感と、何もできないもどかしさが、闇の世界へと誘ってくれない。



 天井のシミを無駄に数えても、思い出すのは部活後の出来事。



 歯医者が20時にしか取れず、一人で自主練をしながら時間を潰すことにしたのだった。保健室で貰った鎮痛剤がききはじめ、眠気も襲い始めた俺は、コートの中に大の字になって天を仰ぐ。



 己の未熟さと脆弱さに、苛立ちを押さえることができなかった。



「クソッ!」



 楓が放った爆弾が、前島の一言で爆発したのは言うまでもない。俺は、たった1つだけ尋ねただけだ。



『俺って、このチームの弱点なのか?』



 ロッカー室に漂う微妙な空気。お前は何を言ってるんだ?と言いたげそうな前島に、俺は暫しの猶予を与えるべく、歯医者に予約の電話を入れた。



「ちょっ、お前!ぎ、ぎ、銀歯が取れたから、イライラしてたの?マジ、ウケるんだが。アハハハハハ!!」



 まぁ、歯医者に予約を入れる時、症状を伝えないといけないからバレるのは当然なんだが。ロッカー室には、俺に気を使った部員が早々と退散し、残ったのは俺とコイツだけ。だから、別に笑われようが構わないが。



「─────さっきの話なんだけどさ、変化球と直球どっちがいい?」



 こういうときに、変化球でお願いしますと言いそうになる俺は、ガラスの少年のようなハートを持ってるんだと実感する。が、そんな事を悟られた日には、コイツの餌に使われそうだから直球をお願いした。すると、



「お前の無駄な動きは、チームの最大の弱点だよ。周りがお前に言わないのは、お前が最大の武器だってことには間違いはないからだ。」



 と、何故か清々しく堂々と答えた前島。これだけでは、終わらない。俺の反論時間を与えんばかりに、間髪を容れず続けて話し出す。



「お前は、ベスメン以外のメンバーが入ると、途端にオールラウンダーに近い動きをするよな?そういう時のお前は、ボールしか見てない。ま、相手からしたら楽な相手だよ。」


「何が言いたい?」


「───潰せばいい───だけだからな。」



 その一言で、楓を瞬時に思い出す。



「それ、楓に言ったのはお前か?」



 半ば、八つ当たりに近い俺の物言いに、ロッカーの扉を力強く閉めたのは前島。その音がけたたましく鳴り響いていることが、アイツの怒りのバロメーターが振り切れたのだと認識する。



「虹羅に言われたからって、俺に八つ当たりするのは間違いだろ?さっき、言っただろ?虹羅を舐めてるなって。」



「───じゃ、俺は体育館に戻る。」



 このままだと、掴み合いの喧嘩になりそうな予感すらした。それは、お互いにとって良くないこと。俺は、僅かに残る理性を必死に保ちドアノブに手をかける。



「中3の決勝戦の前にな、お前を潰せばいいと教えてくれたのは────」



 理性の崩壊の前に外に出て良かったと、思い出しながら冷や汗をかく。あの時、微かに聞こえた最後の前島の台詞。



 ───虹羅だよ。



 楓はもしかしたら、俺を覚えてないのかもしれない。しかし、今日の別メニューで感じたこと。本当は、プレーに迷いがあったわけじゃない。どんなメンバーでも、俺はやっていけるようになりたかった。



 どんなパスをされようが、どんなディフェンスをされようが、フィジカルをもっと強化すればガス欠なんかなくなるはずだと。それと、一度でいいからアイツのボールを受けて見たかった。きっと、練習もしてない錆び付いたパスになっているに違いないと。



 でも、それは的外れな思い込みだった。最初のボールを受けた時に感じる違和感。錆び付いているどころか、タイミングが異常に早い。次のボールを受ける違和感。タイミングが今度は異常に遅い。流石にバスケから離れただけあるなと感じながらも、いつしか"合わせてやる"と意識を集中する。



 すると、あの違和感は一体どこに隠れたのかと思うほど、どんなボールでも俺がタイミングよく合わせられるようになっていた。



 ────呼吸が…重なる。



 そんな感覚が身体全身で感じられ、動きが軽くなっていく自分に、1つの答えが導いた。



 合わせたのは俺じゃない────────────楓だ。



 監督から聞いたことがあった。良いポイントガードほど、チームの強みを頭にたたきつけ、そこに導くようなゲームプランを作り出す。苦しい時にエースが打開するようなことをあてにしたら、チームの積極性を失うことにも繋がる。つまり、良いポイントガードこそ、エースにボールを集めたりしないとのこと。むしろエースには切り札の一つとして考え、プランを作るとのことだ。



 楓は、自然と俺のプレーに合わせてきたのだ。緩急をつけて、走らせたり、減速させたり。俺の弱点を見抜き、強みを生かそうと動かしていた。俺の弱点は人に合わせようとして、無駄に動きすぎること。



 前島の忠告がこれだと思い知る。どんなエースでも、楓の手にかかればただの人。そうだ、俺はチームの為の犠牲心なんて持ち合わせてなんかないのだ。ただ諦めずに、必死にボールを追いかければいいと思っていた。だが、それはチームにとって最大の弱点。俺の動きが分からないメンバーは、必然的にボールから離れようとする。つまり───俺の邪魔にならないように。

 


 楓に言われようが、銀歯が取れて苛立ちを募らせようが、俺にとって楓の言った爆弾が最大の弱点だと想い知る。仲間を信頼していないのかと聞かれたら─────恐らくしてない。だから監督は俺に、色んなメンバーと組ませることで、ひとりで戦ってるわけじゃないと教えたかったのかもしれない。チームをもっと、信頼しろと。



 シュート率をあげる為の練習ではなかったんだと悟ったのは、楓に言われた後だ。思わず奥歯を噛んだのは、原因が俺にあるんだと分かり、その事をバスケから逃げたガキに言われたから余計に腹が立った。前島に聞いたのは、最終的な確認みたいなもの。なのに、奴の余計な一言で俺の理性は崩壊する。



 ────何で、俺は昔と何も変わらずに今もそこにいるんだ。



 仲間を信頼できずに、諦めた決勝戦。第3クォーターで突如出された俺に対するダブルチーム。一人のオフェンスに対して、ディフェンスが二人ついて守ることだ。



 ガス欠寸前の俺に対する厳しい守りが、孤独のような戦いに思えて逃げ出したい気持ちに追いつめていく。それでも、がむしゃらに走りだすことしか出来なかった。いや、がむしゃらなんて良い言葉ではない、言わばやけくそのような状態だ。仲間を信頼することすら出来ずに、不本意なファールを立て続けに出して退場した俺。



 審判にファールを指摘された俺は、スポーツマンシップに乗っ取り素直にファールを受け入れ、片手を上に挙げる。頭上に挙げた手は、いつしか何の躊躇もせずに素早く挙げるようになっていた俺。



 ベンチに下がった時に感じたこと────早く時間が過ぎろと、ただそれだけを願っていた。



「ま、その直後に楓を見て、そんな脆弱な自分に嫌気がさしたっけ?」



 今日、奈落の底に落とした俺を、また君が救ってくれた。君の体重の軽さを肌で感じ、こんな青臭いガキに何を教えられたんだと自分に叱咤する。



 楓の意地っ張りな性格も、俺は随分昔から知ってるような気がした。君が影で泣いてた姿に、心を動かされた俺。



 だからこそ、何度でも見たいんだ。あのコートに戻ってきた一年後の楓の強さ。だから──────



 何があったんだ?あの決勝戦、ラスト30秒足らずのタイムアウトに何かがあったんだろう?俺には分かるよ。お前はバスケが好きだってことが。でも、タイムアウト後お前の顔から笑顔が消えていた────そんな違和感は俺の思い込みだったのかなぁ。君にいつか伝わるといい。君のひたむきな姿が、またあのコートに戻るなら何度でも言うよ。



 楓が嬉しそうに、仲間のプレーを喜ぶあの笑顔が────俺は好きなんだ。



 と、今はひとまず内緒にしとこう。それよりも、俺はもっと仲間を信頼し、明日にでもメンバーに俺のプレーについて少し聞いてみようではないか。今度こそは、諦めたりしない。辛い時こそ、仲間を信じることが大事だ。



 とりあえず、朝イチで前島にはお礼をしなきゃな。謝るぐらいなら、礼を言おう。



 前島、どうせお前が楓に何かを言ったんだろ?ありがとう。そして、何もできないもどかしさで寝付きの悪いお節介な先輩を、許してくれよと楓の笑顔を思い浮かべながら闇に落ちて行く。



 橘圭吾16歳。ほんの少しだけ、生意気なガキの後輩が仲間に感じた夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ