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第一章・日常の不快指数



 今日もまた、不機嫌な顔で言わなくてはならない。新学期が始まってからこれで何度目だ?



 昼休みに入ったと同時に、中庭に呼び出された俺。目の前にいるのは、両手を胸に収めた少女。ありったけの想いをぶつけたのか、それともまだ何か言い足らないのか。その心中を計ることはできないが、特にそんなこと知ったことかと冷酷な自分がそこにいた。



「俺は、バスケにしか興味がない。それに、俺は君が思うような男じゃないよ。バスケが休みの日には、地下アイドルを追っかけるほどのオタクだよ。サーヤンを溺愛するのが、俺の正体だから。」



 告白してきた相手を断るにしては、かなり冷たい言葉を羅列に話す。目の前にいる、真新しい制服を身につけた少女の顔が、徐々に変貌した。これは、何度も見た光景。



「つまりだな、サーヤンとは─────。」


「いえ!もう、結構です!ありがとうございました!」



 一人取り残された俺の目線の先には"アイツ"がいる。人の色恋沙汰を眺めては、話のネタを収拾する爽やかな変態野郎。



「おい!お前はまた何でこんな所に隠れているんだ?」


「ハハッ、ばれてたか。」



 こいつの名前は、前島光(まえじまひかる)。同じクラスメイトであり、部活の仲間。茂みに隠れて、身を潜める能力が著しく低いコイツは、頭に花を咲かせたようにキラキラしている。



「で?何の用?」


「学食一緒に行こうと思ってさ。お前も来るだろ?」


「ああ、いくか。」



 コイツは、新学期早々からずっと浮かれている。聞くところによると、愛しい彼女が同じ高校に入学してきて、頭に何本も花を咲かせるぐらい幸せ絶頂期らしい。



「お前の頭の上に咲いてる花を折っていいか?」


「やめろよなぁ!オタクの種を蒔かれるのだけは勘弁。」



 思わず、後ろから羽交い締めにしたくなるようなこの感覚。それを止められる自分は、もう既に慣れてきた証拠なのか。いや、諦めてるというのが正解か。



「しかし、あれだけ変態オープンされても未だに告白されるなんて、お前のファンは情報共有してないようだな。」


「あのなぁ、俺は地下アイドルなんか好きじゃねぇよ。俺の弟が好きなだけ。サーヤンも最近覚えさせらただけだよ。しかも、無理やりに。」


「ところで、サーヤンって可愛いのか?」



 いや、全然可愛くない。むしろ、お前の彼女のほうが断然可愛いよと言いたい。しかし、そんな事を言ったら色ボケが始まりそうで、それはそれで困る。



「さあ、人の性癖なんて多種だからな。」


「おまえ─────アイドルを性癖の対象で──────。」


「だから!俺はアイドル好きでもねぇよ!至ってノーマルな性癖だよ!」



 コイツとは、未だに会話が噛み合わない。コイツだけじゃない、コイツの"彼女"とも噛み合わない。何度か話したことはあるが、喋らなければいいのにと思うような実に残念な女だ。



「ノーマルな性癖って、どんな?」


「知るかッ!少なくても、お前みたいな性癖じゃねぇよ。」



 コイツの変態話は何度も聞かされた。彼女の髪の匂い1つで敏感に反応したと、丁寧に報告してきたコイツ。その敏感に反応したのを、いかにディフェンスで応酬するかが紳士の極みだとか熱弁していた。



 その、ディフェンスの作戦がまた酷いのなんの。自分の母親の下着を思いだしては、紳士の役目を果す為の努力を日々怠らないとか───。



「だぁ!もう、爆発しそうだよ!制服姿とかマジヤバイって!」


「────お前、溜まってるだろ?」


「お袋の萎える下着も、限界が近づいてるな。妹の制服で堪えられるように、鍛え直すか。」


「やめとけ。それこそ、変態の道を歩みかねないぜ。精々、精進しろ!」



 こんな馬鹿げた会話を、二人で歩きながら繰り広げ、気付けば学食の食堂についていた。食券を買って、食事を手に席を探すと突然見知らぬ女子生徒に声をかけるコイツが、



「おい、お前も座れよ?」



と、勝手に指示をしてきたのだった。



 ったく、見知らぬ奴と何で一緒に食べなきゃならないんだよと、口には出さずともやんわりと断る。が、流石に食堂は満席状態。どうしようか迷った時に、ふと何かが記憶の中から呼び覚ます。



 ────にじら?



 この名前に、聞き覚えがあった。正確には"かえで"という下の名前もセットで覚えている。その名前の主の顔を見ていると、お互い視線を外さずマジマジと見つめあっていた。



 呼び覚ました記憶が目の前にあり、それが正しいのかどうかも分からず、暫く目線を外さない俺。



 ────ヤバイ、もしかして惚れられたか?



 こんな感情が同時にこみ上げ、これは彼女が視線を下に向けたら黒だなと妙に確かめて見たくなった。さあ、落ちるか?



「あッ!!!!!! どうぞ。私は構いませんので。」



 勝ったな─────と、意味不明な精神勝利に酔っていた俺を彼女は知るよしもないだろう。ほんのり色付いた彼女の頬は、俺に対する気持ちの現れだろ?悪いな、俺はお前みたいな顔はタイプじゃないと、心で好意を断った。ん?俺のタイプってどんなタイプだ?



 しかし、それよりも確認しなくてはならないことがある。そうだ!あの記憶を────。



「────俺が聞いてるのは下の名前。」


「楓です…。」



 記憶のピースがカチリと音を立ててはまる。間違いない。こいつは中学時代に、バスケの試合で見たことがある。しかも、俺が高校になって後輩の応援に行った時にも──────見た。



 それだけで、嬉しかった。こいつが、この学校に来たことも一緒にバスケをすることも。



 この時は、そんな近い未来を想像し、ほんの少しだけ浮き足だっていたのかもしれない。そう、彼女がマネージャーになると聞かされるまでは。



 この後、俺は皆の会話に入ることはなかった。もしかしたら彼女には、不機嫌に見えたのかもしれない。



 不機嫌なんかじゃない。少なからず、ショックを受けたんだよ。ボロボロだった俺を救ってくれた目の前の少女が、あの輝きをなくしていたことが───────心が焼けるような想いが俺を無口にしたのだった。





 彼女との幸せな時間を過ごして、頭に花を何本も咲かせていた前島に、徐に尋ねたのは学食から教室に戻る道すがら。



「虹羅ってさ、何で女子バスケやってないの?」


「え?虹羅のこと知ってたの?」



 さっき、知ってるような事を口走ったけどなと思いつつ、続け様に尋ねた。



「ポイントガードしてたよな?かなり、上手かったはずなんだが?」


「ああ、そうだね。」


「何で、女子バスケじゃないんだ?もしかして───────。」



 怪我をしたから辞めたのかと、言う前に



「そういうのは、本人に聞いたら?」



 と、アッサリと答えを拒否される。コイツは、時々こうやって冷たく突き放すことが多々ある。今がそんな感じだ。これ以上の詮索は、やめろと忠告しているのか?黙り混む俺に、前島は痺れを切らしたように話す。



「────────悪いな、俺も知らない。ま、何かがあったとは思うけど。それだけは、言っとく。」


「ああ──────そう。」



 会話の終わりを告げる台詞に、これ以上話すことはないなと思った時、



「──────怪我の可能性もあるのかもな?気になるなら───確かめて見たら?」



 と、思いもよらない提案を持ちかけてきた前島。その提案の返答は保留しつつ、違う角度から攻めてみた。



「お前の彼女と結構仲がいいのか?」


「うん、幸恵の親友だよ。そっちからの情報だと、家庭の事情と本人から聞いてるらしい。けど、俺にはそれだけが理由じゃないと思ってるんだよね。勿論、彼女もね。」


「───────思い当たる事があるのか?」



 自分が最後にした質問が、堂々巡りになると思ったので、「やっぱいい。」と言って前島の返答を避けることにした。



 5時限目は、視聴覚室で英語のヒアリングの勉強。ヘッドホンに流れてくる英語に飽きてきたのか、ふと窓辺に目を向け、もの思いにふける。



 さっき前島に聞いたのは、ほんの些細な疑問だった。かつての彼女が、そこにいない現実。それが、俺自身に何か強く変化するわけじゃないと分かっている。ただ、記憶の片隅に残っていたあの出来事が、俺の心を突き動かしたのかもしれない。



 戦う事を諦めた俺に、仲間を信じることが出来なかった俺に、カッコ悪くてもチームの為に健気にコートを走り抜けた君を見て、こんな傲慢な俺に初めて思わせてくれた感情。



 ───逃げないで下さい!



 あの時は、俺に対する叱責なのかと思ったぐらいだ。歯を食い縛り、ルーズボールに必死に取りにいく姿勢。そんな君を、始めはどこか見下して見ていた俺。力の差が明らかなのに、カッコ悪いことをよくできるなと。



 そんな傲慢だった俺の鼻を、君は意図も簡単に軽々と折って見せた。あれは、第2クォーターが終わったハーフタイム。点差は20点差もつけられ、疲労困憊がチーム内に漂っていたのは、直ぐ側で見ていた俺には分かった。



 諦めてたチームメイトに、不撓不屈の精神を掲げた一人の女戦士。



『ジョウダンジャナイ…みんな…私は、諦めたくありません!!!笛が鳴るまで、絶対に諦めない!信頼してきたこのチームで後悔はしたくない。このコートに…後悔だけは残したくありません!!逃げないで下さい!』



 この俺が、魂を揺さぶられた瞬間だった。



 固く握りしめられた手とは裏腹に、肩を震わせながら真っ赤な横顔の君を見ていると、どれだけの勇気が必要だったことなのか痛いほど分かる。チームメイトも驚きの表情を隠せず、会場に一瞬の静寂が訪れた。



 そんな君が恥ずかしそうにベンチに腰をおろした時、チームの雰囲気がガラリと一気に変わる。これが、20点差をつけられた劣勢したチームだとは到底思えない。



「可哀想…必死にやっても、もう遅いのにね。」



 囁かれた戯れ言が耳に入り、俺は怒りに拳を震わせた。



 ───何でだよ!何が可哀想なんだ?必死にやって何が悪いんだ!笑うなよ!



 しかし、そんな周囲の雰囲気の中に、ついさっきまで俺がそこにいたことにも腹が立つ。そんな気持ちから同じ学校の女子チームではなく、君のチームを俺は応援したんだ。いや、正確には"君"だけを応援した。



 結果は、劇的な展開で終わる。40分でも決着はつかず延長までもつれ、最後は力尽きて結局は12点差で負けてしまった。が、会場は決勝戦に相応しい盛り上がりに包まれたのだった。



 ───かえで走れ!



 何度も聞いたチームメイトの声に、俺も一緒に叫んだと言ったら君はどう思うかな?



 試合直後の君は、チームメイトが泣いていても一人だけ泣かずにコートを去った。なんて、可愛いげのない女子だと笑いつつ、俺はその固く握りしめられた震える拳を見逃すことはしなかった。



 ───まさか悔しい訳じゃないよな。お前は頑張ったんだから、誰よりも達成感があるはず。震えた拳は疲れか?それとも、涙を我慢して意固地になってるだけか?



 彼女に対するマークが厳しくなった延長戦は、うちのチームの戦術勝ちのようなものだ。速攻に強い君の足を止める為には効果的な手段だし、何よりも君をガス欠まで追い込んだところまでが戦術だったのは明白。それでも、君の勢いは俺らの学校のチームにとって、脅威だったのは間違いない。流れを呼び寄せたのは、他ならない君だ。



 それに比べて俺は、悔しいという感情すらコートに捨ててきたのかと笑うしかない。俺も、君のように後悔しない戦い方をしてみたかった。そんな身勝手な俺の思い込みが間違いだと分かったのは、閉会式の直後。



「何で─────何で足が止まるの?」



 会場の片隅で下を俯く君を、通りすがりに見かける。その震える声が泣いてるのだと確信した瞬間、立ち止まり体を潜めて眺めてみた。



「─────自分に負けるなんて、情けない────チームの信頼に応えなきゃならなかったのに。」



 そんな言葉を地面に叩きつけては、嗚咽まじりの声が次第に大きくなる。そんなに肩を震わせて泣きじゃくる君に、一人でも慰めにくるチームメイトはいないのか。



 そう思うと足が1歩前に進み、出した1歩を元に戻してその場から立ち去った。



 ───こんな脆弱な俺に、君に何を言ってあげれると言うんだ?君はよく頑張ったなんて言うつもりだったのか?



 あんなに必死にやって、ありったけの勇気を総動員しただろう、チームへのあの叱咤激励した光景。が、尚も自分に負けたなんて反省するのか。どうして、俺はそこまで必死に頑張れなかったんだろう。コートに忘れたのは後悔だけじゃない。仲間を信頼することができなかった俺の懺悔の塊が、大きくそこに鎮座する。



 願わくは、君が前に進めてボールを追いかける姿を祈りつつ、俺自身も前に進めるように願ったあの日。



「これで、授業は終わります。」



 終業時間のチャイムを知らせる音と共に、視聴覚室から出て一人で教室に戻った。これが、虹羅楓と言う人物に、3回目に再会を果たした午後の出来事。俺は、懐かしい記憶に胸をジーンと熱くさせていたのだった。


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