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第一章・日常の不快指数



「楓、何してんの?」


「橘先輩は何しにきたんですか?」


「俺はお前の事が気になって会いにきたんだよ。」



 いいえ、これは決して恋人同士の甘い会話ではない。というか、この状況はいったい何なんだ?



 それは、本日の昼食時間に起きた。



 ─────ヤバイなぁ。これ、どうするよ。



 と、中間テストの自分の成績を、眉間にシワを寄せて眺めていた。特進クラスの私が、落ちこぼれな筈はないと何度も心の中で呟く。が、初年度の最初のテストがこんな成績では、二年になったら特進クラスから追放されるフラグを立てたようなもんだ。こんな風に何度も心の中で自問自答を繰り返し、必死に現実を受け入れようとしていたのだった。



 バスケどころではない。この学校を受験したのは、年収の少ない家庭に学校から特別支援を受けることができるから。一応、審査基準があり世帯主の収入に応じて受けられることになっている。私のようなシングルマザー家庭のケースでは、家族構成なども含めて何割か授業料が免除される事になっていた。それだけじゃない。特進クラスに入った場合は、更に免除額が高くなる。そんな魅力的な支援があり、かつ自宅から近いとなると迷うことなく受験したのだ。



  ─────ガシャン!!!!!



 教室のドアを開ける爆音と共に、ズカズカと歩く一人の女子生徒が目に入る。周りも何事かと、その人物に注目をしていた。彼女の焦った様子に、私もつい釘付けになって見つめている。しかし、予想だにしない事態が私の目の前で起こってしまったのだ。



「あなた!虹羅楓さんでしょう?」



 そう言うと、両手を奪いそのまま握りしめて、切羽詰まったように早口で喋り出す。



「お願い!私を助けて欲しいの!」



 教室中に広がる微妙な空気に、周りが次第にざわめき始めた。



「あの───────私、違いますけど?」


「ん?」



 どうやら、彼女はまだ気付いてない。私は、急いで彼女の側まで歩みより、一点だけ彼女の大きな間違いを指摘することにした。



「虹羅楓は、私ですけど?」


「きゃっ──────!!!!貴方だったんですか!」



 何なんだ、この大きな温度差。人違いを指摘しても、お構いなしに抱きつくなんて─────あり得ない。



「どうでもいいけど、話なら外でしたら?ここだと、悪目立ちなんだけど?」



 そう指摘したのは、私と間違えられた特進クラスの女子生徒だった。



「で、ですよね。────ほら、行きますよ?」



 何で私が嫌味を言われなきゃならないの?と、理不尽な女子生徒の物言いに腹が立っていたが、諸悪の根元であるこの人を一刻も早く教室から連れ出すことが最優先だと自分に言い聞かせる。



 私は、彼女と共に廊下に出て話をすることにした。



「で?何?」


「単刀直入に言うね。私を助けて欲しいの!」


「は?単刀直入すぎるんだけど。なに、新手のカツアゲか何か?」


「違う、違う!バスケ部のことで助けて欲しいの!」



 単刀直入に言ってないだろ!と言い返すつもりだったが、バスケ部の事でと言われたので、ここはグッと我慢をし、彼女の次なる一手を構えるように待った私。周りからみると、一触即発的な状況に見えるのかもしれない。ここでは目立ちすぎるなと一歩足を進めた時、不意に誰かに肩を叩かれる。



「かえ、何かあった?」



 その人物は、幸恵だ。お昼ご飯を毎日一緒に食べてるので、日課のように迎えに来てくれたのだ。



「あ、うん。それが─────。」



 教室に乗り込んできた女子生徒が、子犬のように目をウルウルさせて見つめてくる。あぁ────ダメだ。そんな顔をされたら、いたたまれなくなってしまう。



「あのさ、幸恵悪いけど今日は私抜きでお昼食べていいかな?私、この人と話をしたいんだ。詳しいことは後で話すから。」


「あ、うん。─────じゃ、また後でね。」



 幸恵は心配そうな表情を浮かべながらも、渋々とその場から立ち去って行った。



 ─────さて、どうしたものか。ここで話を聞くにしても、悪目立ちし過ぎてるなぁ。



「お昼食べてないよね?」


「うん。食べてない。」


「じゃ、中庭で一緒に食べながら話をするってことでいい?」


「あ、うん!!!弁当持ってくるから先に行ってて!!」



 そう言うと、目を見張るぐらいの速さで立ち去り、階段をかけ上がって行った。



 私は一旦教室に戻り、弁当を片手に中庭に向かう。どういう話かは予想もできないが、彼女が同級生じゃないことは理解できた。階段を登ったってことは、少なくとも同級生ではない。あの人は上級生だ。もしかしたら彼女も橘先輩と同様に、中学時代のバスケの試合で会ったことがあるかもしれない。



 そんな事を考えながら中庭に到着すると、彼女が既にベンチに腰をかけて座っていた。と、いうかどう考えも速すぎだろ?と思いつつ、彼女の去り行く姿を思い出し直ぐに納得する自分。



 ────こいつ、見かけによらず足が速い。



 見かけは、昭和のアイドル。そんな感じを彷彿させる仕草を、彼女は遺憾なく発揮していた。幸恵とはまた違って、アイドル的な要素以外にも、諸突猛進的な熱意も感じられた。少しばかり警戒しつつ、声をかけてみる。



「お待たせしました。」


「あ、ううん。ごめんね。急に呼び出しちゃってぇ~。」



 ────本当にね。



 と心で相手に突っ込み入れつつ、本題に入る質問をした。



「先輩が私なんかに、どんな用事ですか?」


「あッ、先輩ってよく分かったね。そっか、同じバスケ部だから知ってるかぁ~。」



 ────知らねぇよ!!!!



 と、何もかもが突っ込み満載の彼女の台詞に、敢えて触れるのをやめる。面倒臭い人だなと、少しばかりか敬遠する自分。



「とりあえず、私の自己紹介するね。ほら、ご飯食べよ!」



 支離滅裂な事を言う彼女に、何だか話を聞く前から疲れてきた私。自己紹介が先なのか?それとも食事が先なのか?どっちだよ!と。



 そう思いつつも、手元にあった弁当箱を広げると「うわぁ、美味しそう」と、私の弁当の中身に釘付けな様子の彼女。



「何か食べますか?」


「え?いいの?」



 ────遠慮を知らないのかコイツは!しかも、私が大好きな唐揚げを勝手に取るなんて。



「あ!そうだった!えっ~と私は、女子バスケ部のキャプテンをしてます二年の相良純子(さがらじゅんこ)と言います。ジュンジュンって呼んでいいよ?」


「いえ、遠慮します。ところで話って何ですか?相良先輩。」



 こういった珍獣は、最初の対応が肝心だ。ジュンジュンなんて呼べるか!と思った直後に、私はある事に気付く。



「え?キャプテン?」


「うん。私がキャプテンだよ。」


「いや、キャプテンって・・・まだ、三年生がやってるはずなんじゃ?」


「うん。そうなんだけど、実わぁ─────。」



 相良先輩の話はこうだった。三年の先輩部員が新学期前に、なんと一斉に退部をしたらしい。



 理由は二つ。一つは、レギュラーメンバーの殆どが一年生で構成しており、進級前に退部を希望したとのこと。

もう一つは、神奈川でも有名なこの学校の名監督が辞めて、他の高校の監督になったことが理由らしい。



「ちょっと待って、一つ目の理由は何となく分かりますが、監督が辞めると分かったら、普通は先輩たちもレギュラー入り出来るチャンスだと思って辞めませんよね?」


「うん。色々とね、話はしたんだけど────その監督が行く学校が光明女子高なんだよ。」


「光明女子高────か。」



 この学校名を聞いたら、先輩達が辞めていった理由が何となく分かった気がした。つまり、それは─────、



「自分達は、絶対に光明女子に勝てないと思ったからですか?」


「うん、そういうこと。」



 何とも身勝手な先輩達だ。勝負もしてないのに、早々に敗北宣言ですか?聞いてる私すら怒りを覚えるのに、残された部員の気持ちはどうなんだろうと相良先輩の心中を察した。



「仕方ないよね。インターハイ予選・ウィンターカップ予選と、うちは光明女子に負けて全国大会を逃したからね。しかも、神奈川全国大会代表の、常連高である相模大野高校は優勝固いし、光明女子とうちが最後の一つの席を争って惨敗したからね。」


「────なるほど。」


「それだけじゃないの。光明女子には小塚中のレギュラーメンバーや三ツ川中のエースが入学することが分かったからなの。」



 恐らく、その情報は春休みに現地へ視察して拾得したんだろう。この高校である、城北でも同じようなことをしているのは前島先輩から聞いていた。新一年生を、春休みからの合流を積極的に推進し、一緒に練習させる事で早目に慣れさせる目的がある。それと入学間もない一年生が、インターハイ予選でレギュラー入りができるかどうか、メンバーの見極めも兼ねて参加を促しているのだ。



 しかし、そんな事はどうでもよかった。引っ掛かることは三ツ川中のエースのこと。私がよく知ってる人物でもあり、彼女が光明女子からスポーツ推薦を受けて入学していたのも知っていた。



「話の流れは大方分かりました。私に、用件って三ツ川中出身の生徒の情報ですか?」



 私の質問に、相良先輩は鉄砲玉を食らったような表情をする。用件ってこれじゃないのか?



「あ、いや。虹羅さんが三ツ川中出身ってことは聞いてたんだけど。」


「聞いてた?」


「うん。副キャプテンのさっちん、斉藤香苗(さいとうかなえ)ていう人がいてね、彼女が虹羅さんのことを知っていたのよ!んで、女子バスケ部に誘えって言われたのよね~。」



 ────ああ、つまり助けてくれってそういうこと?つまりこれは、勧誘ってことか。



「ハッキリ言いますが、私は、入部しませんよ。正直に言うと、今回の中間テストでも学年で40番台だったので。男子のマネージャーなんかやってる場合じゃないなと、頭をよぎったぐらいなんですからね!」



 こういうタイプにはハッキリと断ったほうが言いと、意気揚々と断った。しかし、その直後に彼女から言われた事は、私の予想を遥かに超えた。



「いや、私は勧誘にきたわけじゃないわよ。やる気のない人が入部されても嫌だし。そんなつもりはないから、安心して。」



 こんな、屈辱感って今まであっただろうか。確かに彼女の言うことは正論だ。やる気のない人が入部されてどうなったか。彼女だからこそ説得力のある台詞だ。でも、なぜ私はこんなにも酷く傷付いているんだろう。



「───────────っていうか、40番ってヤバくない?このままだと、来年の今頃は、特進クラスではなくなるね?」


「おそっ!!!んで、そこに突っ込みを入れますか?」


「ああ、ごめん。もしかして勧誘されたい?」


「いえ、遠慮します。」



  こいつ、キャラが強烈過ぎるッ!ダメだ────。幸恵を彷彿させるデジャブ感が、頭の中で警報が鳴り続ける。



 ─────カカワッテハ、ナラナイ。



「家庭の事情でしょう?橘君から聞いてたの。」


「ああ、そういう事ですか。」



 頭の中の警報が、何度も呪文のようにリピートする。しかし、どうやら彼女は幸恵よりは察しがいいらしい。それよりも、橘先輩にはバスケ部に入らない理由を正直に話したが、それをオブラートに包んで言った事が思いの外、嬉しい自分がいる。まるで、二人だけの秘密みたい──。



「あ、そうだ!ここから本題なんだけどね。一度さ、女子バスケを見てくれない?うちのチームの欠点を見てほしいんだよ。私ね、ポイントガードやることに───」


「お断りします!そういうのは、新しい監督がやればいいでしょう?」


「──────だって、監督不在なんだもん。」


「は???」



 監督不在なんて、んなこと現実に起こるのか?しかも、何なんだ。この子犬のような潤んだ瞳。私は、心に鬼を買ったように目線を外して威嚇した口調で話す。



「とにかく、私はそれどころじゃないので!では、失礼します。」



 ────冗談じゃない。男子のマネージャーだって大変なのに、私が女子バスケの欠点なんか探せるわけがない。



 私はこれ以上の会話は無駄だと思い、弁当箱を片付けて退散することにした。



「教えてあげましょうか?勉強。」


「は?」


「私ね、学年で5位以内から落ちたことない特進クラスの一人よ?いいの?貴方、落ちこぼれになったら生活に支障がきたすんじゃないの?」



 ─────カカワッテハ、ナラナイ。



 警報が更に、大きくなって鳴り響く。恐ろしく怖い人だ。完全に彼女を舐めきっていた自分。人は見た目じゃないと、この人から学ぶとは。



「──────取引ですか?」


「うん!出来上がり次第では、勉強を教える時間を長く持つわよ?」



 今、私の頭の中はこんな囁き合戦が始まってる。



『楓、ここは生活のために話を受けるべきよ!』


『楓、こんな面倒臭いことするべきじゃない。特進クラスじゃなくてもいいじゃん。』



 天使と悪魔の囁きは、私の冷静さを徐々に奪っていく。



「───────────1回だけですよ?」



 負けた───。誰にだ!いや、何もかもが負けたんだよ!じゃなきゃ、これはどういう事なんだ!



 こんな人物に、流されるなんて─────。己の学習能力の危機感のなさに激しく後悔する。神様、タイムマシーンがあれば、過去の自分に膝詰めで説教します。大好きな少女漫画を見る暇があったら、英語の単語一つでも覚えろって言いますから。せ、せめて、タイムマシーンを与えて下さい。




「お前も、現金なやつだな。相良ごときに落ちるとは。どれ、ノートちょっと俺に見せろよ。」



 そう言って、スルリと私の手元からノートを奪う彼。脱力感ってこういう事を言うのか。こいつも、内心は笑ってるのだろう。橘先輩が言った"相良ごとき"にという言葉は実に言い得て妙だ。



 ────相良純子 欠点→ポイントガード向きではない。



 私がノートに書き記した彼女の評価が、たったこの一行だった。


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