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炎鎖のアシェイラ ~剣の輪舞  作者: なりちかてる
序の章
1/21

剣戟の森

 エルカは歯を食いしばった。そうしないと、彼女の怒りは呪いの言葉となり、目の前にいる相手に向かって噴き出して来そうだった。

「リースヴェルト!」

 が、エルカはついにこらえきれず、男をにらみつけた。剣を握る手に力を込めた。

「何故だ! 何故、このようなことをする!?」

 リースヴェルトは数歩先の岩の上にいて、エルカを見下ろしていた。が、その顔に表情はなかった。恐れも嘲りも、憎しみすらもない。黒の瞳はただ静かで、エルカのすることを汚らわしいものでも見るように、見つめていた。それがさらに、エルカの怒りを増した。

 岩の上にいることが、リースヴェルトにとっては救いであった。そうでなければ、エルカは今すぐにでも彼を切り捨てていたはずだった。

「知れたこと」

 リースヴェルトはいつもの柔らかな、静けさのなかで鈴のように響く声で言った。

「こうなることは最初から、決められていたこと。わたしはただ、その決められていたことを実行しているに過ぎません」

「しかし!」

 エルカは怒りのあまり、自分の頭がどうにかなってしまいそうだった。言葉がなかなか、出てこない。

「どうして今さら、アシェイラを巻き込む?彼女はもう——」

「戯言は聞きません。エルカ、わたしは以前から貴方と、正面からやり合いたかったのですからね。その楽しみを奪わないでくださいよ」

 エルカは首を横に振った。

「……わかった。これ以上は、何も言うまい。だけど、わたしも全力を出させてもらうよ。アシェイラを守るためなら、たとえあんたでも」

 そこで、エルカは口もとを引き締めた。リースヴェルトを見上げる。

「……殺す」

 そのひと言で、エルカはふっきれたみたいだった。

 目の前にいる男は敵。彼女はそれだけを、考えた。剣を握る手に、かつての感覚が戻ってきた。——何人もの人間を死に追いやってきた、その感覚が。

「いやぁぁぁぁぁああ!」

 エルカは叫び声をあげながら、走った。リースヴェルトの立っている岩まで迫ると、手にした剣で足元を払った。

 リースヴェルトが跳んだ。後ろに下がる。

 エルカは舌打ちをした。岩を乗りこえると、リースヴェルトを追った。

 黄昏時を過ぎ、そろそろ日が落ちる頃といっても、森の中の暑気はまだ、完全に去っていなかった。葉を揺らす風も、湯につかっているように生暖かい。

 ——いた……!

 風の中を泳ぐようにして走りながら、エルカはリースヴェルトを見つけた。

 夕方の、煙るような日の光が地面の上に、まだら模様を作り上げているところだ。どういうつもりか、木を背後にしている。

「風の中を行く駿馬しゅんめは空界の諸々の道を駆ける。全天を覆う雲海すらも、風は吹き払う。曙光を地上に届けるがために。なれば——」 

 リースヴェルトが呪文を唱えはじめた。

 エルカは足を急がせた。

 ふたりの戦いに決着がつくのだとしたら、それは長々とした戦いの末ではない。剣による一撃か、呪文による攻撃か、そのいずれかが相手に叩きこまれた瞬間に決まる。

「はぁあああああ!」

 エルカは剣を振り上げた。切りかかる。

 ——かわされた!

 エルカは剣を振り下ろしたが、逃げられた。切っ先がリースヴェルトのローブを切り裂いたが、かすり傷を負わせた程度だろう。手ごたえがない。

 木のせいだ。剣が勢いで木に食いこまないように、力を加減してしまったのだが、リースヴェルトはそれを狙っていたのだろう。ふだんのエルカの力なら、剣はリースヴェルトに重傷を負わせていたはずだった。

「風の駿馬よ、雄々しきその力を我の前に示せ。いかずちが悪魔を撃ち据えるが如く」

 リースヴェルトの呪文が完成した。手をさっと振る。

 突然、風が吹きつけてきた。息ができないほどの風だった。その風にナイフもいっしょに舞っているように、エルカの体に傷が次々にできていった。痛みが全身に走る。

「が! あぁあああああ!」

 エルカは声を張り上げ、剣を振った。すると、風が止んだ。木の葉や枝、草をくっつけたままの土などがいっせいに下に落ちる。

 エルカは肩で息をした。リースヴェルトの呪文を払うのには成功したが、エルカ自身は立っているのがやっとの状態だった。

 鎧を身につけずに、リースヴェルトの呪文を正面から受けたのだ。見下ろさなくても、どれほどの怪我を負っているのか、エルカにはわかった。靴は血でぬるぬるとしているし、肩や背中、腕はちょっと動かすだけで鋭い痛みが突き抜け、チュニックも血を吸って重くなっていた。

 リースヴェルトが右手を上げた。

「闇の王よ、が鍛えしはがねの魔力を我は呼ぶ。冷えたる黒鉄くろがねの力をいざ、示せ」

 リースヴェルトの手の中で、稲妻が光った。その稲妻が黒くなり、剣の形になるのをエルカは絶望的な思いで、見つめていた。

 彼が召喚した剣は上古の魔術師が邪神の落とし子と戦った時、その強大な魔力をもって封じた、伝説の武具だった。エルカはその剣のたったひと振りで、津波のように押し寄せてくる騎士団を全滅させたり、強固な砦の鉄の門を打ち破っているところを、実際に目にしていた。その剣が出てくれば戦いが終結することから、友軍からは終局の剣、敵軍からは呪われた殺戮剣と呼ばれていた。

 ——その剣を、このわたしが向けられるとはね。

 エルカは痛みを顔に出さないようにこらえながら、足を前に進めた。剣を構えなおす。

「ほう……」

 と、エルカは感心したように、灰色の瞳を細めた。口笛を吹くように、唇をすぼめる。

「魔術師のあんたが剣での勝負を挑んでくるとはね。わたしの得意技に跳びこんでくるってことは、わかっているんだろうね」

「今の貴方になら充分、勝負になると思いますが」

 ……すべて、お見通しってことか。

 エルカは苦笑した。それから、剣を頭上高く掲げた。

「甘く見るんじゃないよ。これでもわたしは、剣士だよ。どんなに優れた剣を使っていたって、剣はただの道具。それをどう使いこなすのか、見せてもらおうじゃないか」

 しかし、エルカが今言ったことはすべて、こけおどしだった。この状況をひっくり返せるような秘策はないし、剣を頭の上に構えていることだって、特に意味はなかった。

 ——それでも。

 エルカは歯を食いしばった。

 ——ここから先には行かせない。アシェイラを守るためにも。

 エルカの足の下で、木の葉がざりっと音をたてた。そのまま、ゆっくりと体重を移動させた。深呼吸をする。

 その時だった。背後から、だれかがこちらへと駆けてくる音がした。

「エルカ!」

 息が止まった。それは今一番、聞きたくない声だった。

「来るな! ……来るんじゃない」

 振り向かずにアシェイラにそう言うのが、エルカにできるやっとのことだった。

「エルカ! エル——」

 エルカからそう離れていないところで、アシェイラの足が止まった。見ないでも驚いているのが、気配から伝わってくる。

 リースヴェルトが動いた。切っ先をこちらに向け、エルカに走り寄って来る。

 考えるより先に、体が動いていた。剣を振り下ろす。

 が、それはリースヴェルトの肉体を捉えることはなかった。地面を叩く。

 悲鳴が聞こえた。視界が真っ暗になる。後ろに足をついた。

 エルカは目を開けた。と、剣が目に入ってきた。リースヴェルトの剣。それが、エルカの腹部を貫いている。

 痛みはなかった。苦しくもない。ただ、眠気を強く感じた。まぶたが今にも、落ちてきそうだった。

 目を上げると、すぐそばにリースヴェルトの顔があった。リースヴェルトは目を見開いて、彼女を見ていた。とどめを刺すでもなく、その場にじっとしている。

 エルカは自分の分身である剣を捨てた。からん、と乾いた音をたてた。

「リース……ヴェルト」

 抱きつくと、エルカは彼の耳元にささやいた。リースヴェルトが彼女を抱きとめようとしたが、エルカはそれに構わず、体を預けていった。共に倒れた。

「アシェイラ! 逃げろ」

 エルカは最後の力を振り絞って、そう叫んだ。リースヴェルトを逃がすまいと、しがみつく。

 返答はなかった。が、すぐにアシェイラがその場から駆け出していく音が聞こえてきた。 

 ——これで、いい。

 エルカは乱暴に、体が放り出されるのを感じた。目を開けても、もう何も見えなかった。指先をのばしてみても、感じない。

 アシェイラを最後まで守ってやれなかったのは悔いが残るが、それでもやるべきことはやった。

 エルカは意識を失う前に、遠く離れた故郷の小川のせせらぎの音を耳にしたような気がした。

どうも、はじめまして。趣味で小説などを書いている、なりちかてるです。もともとは、オフラインの同人サークルなどで作品を発表していたのですが、サークルがなくなるなどしてしまいましたので、「小説家になろう」に流れてきました。書いているジャンルはライトノベル中心ですが、その他のジャンルにも手をのばしてみようかな、と思っているところです。はじめは、以前サークルに投稿していたものや、サークルに中途まで投稿していたものが中心になると思いますが、読んでいただけると、幸いです。それでは、また。

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