飢えた地下室
コツ、コツ、コツ・・・
石段を降りる靴音が洞窟内に響く。
蝋燭の炎の揺らめきに合わせて、二人の影も奇妙に揺らぐ。
光は足元をわずかに照らすが、その先は暗闇が支配している。
「ねぇ、貞夫・・・やっぱりまずいんじゃない、勝手に入っちゃ」
恵美は、つとめて平然さを装って言った。
「大丈夫さ、ここは神社の敷地内だけど、まぁ公園みたいなもんだし」
先に立って歩く貞夫は、いつもの調子で気楽に言った。
ふぅ・・・こいつに繊細な感覚を求めても無駄か。
なんで自分ばっかりこんなに心配しているんだろう。
恵美はだんだん腹が立ってきた。
「しっかし、なんで蝋燭なのよ。懐中電灯ってもんがあるでしょっ」
「蝋燭はどうやって燃えているか知っている?」
「どうやってって、火をつけたから燃えているんでしょ?」
「火は酸素がないと燃えないんだよ。こういう地下とか密室では、鉄が錆びたりして空気中の酸素を奪い、酸素が極端に少なくなっていることがあるんだ。だから、こうやって、ちゃんと酸素があることを蝋燭の火で確認しているんだ」
「ふ~ん、一応考えてはいるんだ・・・さすが部長だね。あたしは、また、雰囲気を出そうとしてワザとやってんのかと思った」
「まぁ、我々第一高校探検部としては、こういう演出も活動の一環みたいなもんだし、女の子と二人で探検するんだから、下心がないとも言えないけどね・・・ごふっ」
恵美のチョップが貞夫の脳天を直撃した。
探検部と言っても、部員は貞夫と恵美の二人だけ。
普段は、古代遺跡の文献調査なども、たま~にやることもあるが、漫画を読んでたりすることの方が多い。
しかし、たまには探検部らしい活動をしようと、神社の裏山の洞窟に踏み込んだのだ。
「ねぇ、知ってる?このあたり、昔墓地だったって・・・」
「ああ、江戸時代だかに、大飢饉があって、大勢亡くなったんで、このあたりに埋めたらしいね」
「ひょっとして、ここ、そのための墓地だったりして・・・」
「地下の墓地、西洋で言うところのカタコンベというやつか。うん、その可能性はあるかもね」
「やだなぁ・・・」
恵美は、半べそをかいている。
「まっ、昔のことだからね。でも、人骨でも発見したらニュースになるかな」
貞夫はお気楽そうだ。
しばらくすると、二人は広い空間にたどり着いた。
「ここらでちょっと休憩するか」
そう言って、貞夫は背負っていたリュックを下ろした。
「早く帰ろうよぅ~・・・って、あんた何をするつもりなの?」
貞夫は、リュックから携帯コンロと鍋を出して、水筒の水を入れるとコンロに火をつけた。
「何って、ハイキングとか遠足に来たら、お弁当食べたり、オヤツを食べたりするじゃん」
そう言って、貞夫はリュックからインスタントラーメンの袋を取り出した。
「それ、ここで作って食べるの? あきれた!」
「探検部は、いかなる時もサバイバル精神を持って行動するのさ」
貞夫は得意そうだ。
インスタントラーメンが出来上がると、洞窟内に美味しそうな匂いが充満した。
「・・・美味しそうね」
「だろ? 恵美の分もあるからね」
そう言って、貞夫は二つの器にラーメンをよそり分けた。
「うまそうだな・・・」
「だから、恵美の分もあるって・・・」
「あたし、何も言ってないよ?」
顔を見合わせる二人。
・・・
「腹減った。食わせろ~」
肩を叩かれ振り向いた二人の目の前に骸骨が口を開けていた・・・その時、蝋燭の火が消えた。