後編
闘技場の外でアレクを待っていたエレーナは、ガリア砦での紛争制圧に手間取っているため援護に向かう第1師団の話を聞き、思わず師団長のクライヴへ駆け寄った。
エレーナはこの国の王女であったが、身分を隠し、多くの軍人を輩出しているバンクレイン伯爵家の一員として騎士団に所属し、精霊の力を借りて魔法を駆使する第4師団、通称魔団の師団長となった。
「クライヴ様、これからガリア砦へ向かわれるのですか?」
「あぁ、ガリア砦の多くの兵士は遠征中で守りが薄い。今から何名か連れて向かうところだ。」
声をかけられたクライヴはエレーナに目を向けた。エレーナは一瞬彼に目を奪われたが、何とか冷静さを取り戻した。
漆黒の髪にブラウンの涼しげな瞳、9頭身の完璧なスタイルは全ての人を惹きつける。
「あの砦までは馬を飛ばしても約2時間はかかります。転移魔法を展開するので、私も同行させてください。」
「…第1師団の精鋭5名とアレク、エリックを連れて行く。頼めるか?」
クライヴは口数が多くない。だがエレーナは彼が自分に信頼を寄せてくれているのが良く分かっていた。
「もちろんです。アレクは今用事でいないので私が戦います。精霊を使役するので晩御飯はご馳走してくださいね。」
冗談目かしてそういうと、クライヴはふっと笑った。
「ルメア騎士団の花である伯爵令嬢殿は華奢なのに大食いだったな。では行くぞ。」
エレーナの転移魔法により、ガリア砦へついた一行は、ものの30分程で紛争を制圧した。
制圧した後、クライヴ達は事後処理に追われ、エレーナは怪我をしたガリア砦の兵士に治癒魔法を施していた。
(くっ…。力を使い過ぎたかも。)
立ちあがる際に目眩に襲われ倒れそうになったところを力強い腕に支えられた。
「大丈夫か?」
「クライヴ様…ありがとうございます。」
まだ騎士団に入る前、王女として振舞っていた際彼に助けられ今度は彼を支えたくて騎士団へと入団した。
例え彼が、そのことを覚えていなくてもーーー
(私は、この国とこの人を守る。例え、命を削るとしてもーーー)
「お前のおかげですぐにここへ来ることができ被害が少なく済んだ。感謝する。」
クシャクシャっと頭を撫でられて一気に顔が赤くなった。
「も、もうっ私は子供じゃないんですから!」
真っ赤になりながら髪型を直して文句を言うと、楽しそうにクライヴが笑った。
それは、殆ど見ることが出来ない彼の本当の素顔だった。
その笑顔にまたドキドキしたエレーナが話を逸らそうとした時ーーー
「エ、エレーナさまぁぁぁーーーー‼︎」
空から悲鳴のような情けない叫び声が聞こえ、地面に直撃するかの如く猛スピードで突っ込んでくるドラゴンがいる。
ドッスーーーン
ドラゴンは地面に突っ込んで何とか止まったが、この辺一帯に土埃が舞い上がって前が見えない。
「あれ、お嬢の下僕のアレクじゃん。」
事後処理を済ませた第2師団長のエリックが面白そうにこちらへやって来た。
「下僕じゃないですってば。…アレク、大丈夫⁈なんで高所恐怖症なのにドラゴンに乗って来たの?まさか兄様が…」
ドラゴンの下敷きになっていたアレクを引きずりだしヒソヒソと声をかける。
アレクがエレーナの護衛であり彼女の兄達に雇われていることは王家とアレクの実家以外には隠しており、そのためアレクはルメア騎士団の高嶺の花と呼ばれるエレーナに思いを寄せてる残念な男と思われている。
「いえ、今回は俺が悪いんです。ゴホッ。あぁ、精霊の力をかなりお使いになって。殿下達が心配しております。俺なんて眼だけで殺されるかと…あ、いや眼が心配を物語ってましたよ。ゴホッ。」
心配そうに俺を見つめるエレーナ様は本当に美しい。
例えあのシスコン兄達にいびられようが、彼女の笑顔があればまだまだイケると思うのはMの気質があるんだろうか。
その時、ぞくっと寒気がして恐る恐る振り返ると、不機嫌そうなクライヴ様と面白そうにこちらをみているエリック様の姿が見えた。
(今なんか、すごい殺気が…)
ぶるぶるっと震えると、温かな光に包まれ傷が癒えていった。
「転移魔法を使うから今は簡単な治癒魔法しかかけられないけど。」
「いえいえ…って転移魔法で来たんですか?!じゃあ帰りは…」
「アレク、お前は1人でドラゴンで帰れ。エレーナ、王都まで転移魔法を頼む。」
「えーーーー‼︎」
一緒に帰れないなら確実に、あの兄達にヤられる…!
「アレクごめんね。ドラゴンは転移魔法嫌がるから一緒には帰れないの。心配しないで。兄様達のところには一緒に行くから、先に王都で待ってるね!風神の加護を授けるから。これでドラゴンのスピードも2倍、帰りも半分の時間で帰ってこれるよ。」
コソッとそう言うやいなや、転移魔法を展開し、一行はは消えてしまった。
加護を授けるため、チュッと頬にキスをされてぼーっとしてしまったがアレクは瞬時我に返った。
「って俺は高所恐怖症なのにーーー!」
ドラゴンと、王都に帰ってからの事に憂鬱になりながらも何とか帰還したのだった。