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わんこと異世界  作者:
1章
4/6

帰りの会が終わって、子どもたちが一斉に外へ飛び出していく。


「さよなら、せんせー!」


「おう。気を付けて帰れなー」

子供たちは、今日の放課後に遊ぼうね、だとか、また塾で会おうね、だとか、そういったことを話しながら教室を出て行く。


そして最後に、教室から走り去るその幼い背中を見送ると、俺はなんとなく、いつもはしないのだが、誰もいなくなった教室をゆっくりと見渡した。


なんだか、懐かしい様な、でも、それでいて心をかき乱すかのような、激しい衝動が静かに湧き上がった。


落ち着かない。ここが自分の居場所であるのに、まるで場違いな場所にいるような感覚に襲われる。


そんなはずはないのだ。そんなはずは…。


一度目は確認。二度目は自分に言い聞かせた。


もう一度。教室を見渡した。


きれいだな。と、思った。

ユリの花だった。

最初は、暢気にもそんな感想しか思い浮かばなかった。


いや、この花さっきはあったか?

次は、見当違いな指摘をしてみる。


この花の本質はそこではない。


瞬きをする。


その刹那の瞬間に、一輪の花が、花束に変わっていた。


ん?

自分の目がおかしくなったことを疑い、瞬きを2,3度繰り返す。


すると、その瞬きをするごとに、景色が二転、三転した。


今度は、目の前に墓標があった。

そこは、墓場だった。


足元を見る。


ユリの花束が供えてある。


その墓石を、ただの好奇心で眺める。

「佐藤 幸四郎」そう書いてある。


そう。クラス1のやんちゃ坊主で、サッカーが大好きで、頻繁に宿題を忘れてくる、俺にとって愛くるしい児童の名前だ。


同姓同名?

いや、さっき元気いっぱいに教室を飛び出していったところだからな。

でも…。


そう思い悩んでいると、後ろから子どもたちの笑い声が聞こえてきた。


振り返る。すると、目の前に大型トラックが迫ってきていた。


逃げろ!!


----⁉︎……あれ?


それまでの景色が一変し、俺は周りを見回した。そこには、想像した惨劇などまるで存在していなかった。


もう一度辺りを見るが、どこを見回しも、子どもたちの姿も、トラックの影もないことに気づき、深い安堵とともに、今の自分の現状を再び認識することとなった。いや、事態は少し進展していた。


そして、自分が、何者かによってこの、馬車に乗せられていることを把握せざるを得なかった。

そして、その何者かは、俺の背中を優しくそして慈しむように撫でてくれていた。


俺は、悪夢から覚めた安堵からか、この姿になって人に初めて出会ったためかはわからないが、少しの安心感と少しの幸福感、そして、心にぽっかりとした喪失感を感じた。


事故で死んだ…。


喪失感を感じるのは、きっと、俺はもうあの愛おしくてたまらない子どもたちに、人生の半分は捧げたと自信を持って言える存在たちに、もう会うことはできないと、感覚として認めてしまっているからだろう。

もう授業をすることも、一緒に遊ぶことも、共に笑うこともできなくなってしまったのだ。


あぁ。なんでこんなことになったんだろう。

もう、わけがわからない。


学校はどうなるのか。

これからどうするのか。

明日は、明後日は、どうするのか。


考えなければならないことは、山のようにあるが、今は何も考えたくはなかった。

気持ちを落ち着けるために、時間が必要なのだ。

そうこうしている間も俺の頭から背中にかけた部分を撫で続けているであろう、その人を確認したいとも思わなかったし、この場所から走り去って、逃げてしまおうとも思わなかった。

目を覚ましたであろう自分自身が、果たして今の現状にどれくらいの真実があるのだろうかと問いかけてくる。

犬になってしまったことも、事故に遭ったことも、子どもたちに会えなくなったことも、誰かに拾われていることも、全てが夢なのではないかと思えた。


次の授業は、なにをしようか。

子どもたちに、なにを伝えようか。

明日はなにをしようか。

あれ?今日はなにをしたっけな?思い出せない。

まずいなー。今日やったことを基にして、次の授業をするのに、明日はなにをすればいいんだろう。

明日はなにがあったっけ?

今日は…今日は…。

えーと。なにを最初に考えればいいんだ?

最後はどうなっていればいいんだ?

今、何をしていたんだっけ?

えーっと。えーっと。…。

あー。眠いなぁ。

明日考えよう。

そして、明日は…。


考えなければならないことは、思い浮かぶが、それに対応する記憶が思い浮かばなかった。

脳が麻痺してしまったかのように、思考した考えや思いを、端から解いて無に戻し行くようだった。

それに、妙な安心感があった。それは、誰かに拾われて、撫でてくれているその手の温もりを感じたからかもしれないが、それだけが理由ではなかったと思う。

俺は、そうやって、普段の生活と同じように、学校のことを考えることで、現実から逃げていただけなのだ。

眠ることで、現実から目を背けたかっただけなのだ。

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