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わんこと異世界  作者:
1章
3/6


いったい、どうなっているんだ。

犬?

ふざけるな。人間が犬に生まれ変わった?

ありないだろ。

だいたい、何もかもが理解できない。わからない。

どうしたらいい?

何をすればいい。

学校はどうなるんだ。

俺の生活は?家は?子どもたちは?家族は?

家に帰りたい…。このわけのわからないのを、どうにかしたい。

もう!なんなんだここはっ!どこなんだよ!


そうやって、自分以外のことに考えを巡らすことができるようになったのは、あれから随分と時間が経った頃だった。

とりあえず、落ち着こう。そんなことは、幾度となく自分に言い聞かせたが、できる話ではなかった。


とりあえず、歩こう。人を見つけて、話を聞こう。


自分の状況を無視した結論にたどり着くが、自分が考え抜いて出した答えを、疑うことすらできなかった。


それだけ、心の中で決まると、四肢に力を入れ立ち上がる。

不思議と4本足で歩くのには、困らなかった。最初から歩き方が分かっていたのかのように、違和感なく右前足、左後ろ足、左前足、右後ろ足、の順にスムーズに動いた。


なぜ。どうして。その答えが知りたくて、夢中になって走った。

何か思い出せそうな気がするが、犬になってしまったこのショックが大きすぎて、そのかすかな光が陰ってしまっていて、原因が見えそうでいて、でもどれだけ思い出そうとしても見えてこなかった。

頭を過るのは、このまま犬の姿のまま過ごさなければならないのか、人間の姿に戻れるのか、ということ。そして、子どもたちのこと。


もし、人間に戻れなかったら?

もし、誰も俺がこんな姿になっていることに気付かったとしたら?

もし、もう二度と子どもたちの笑顔を、守ることができなくなったとしたら?


考えれば考えるほど、最悪な方向へと嵌っていった。


動悸が激しいのも、その恐怖のせいで手足が痺れているのも、関係なくただ走っていた。

ときどき、苦しくて立ち止まるが、それもほんの数秒で、ほとんど休む間もなくただ走った。


その方向が、家に続いているのかすらわからない。当然、スマホなんてものは落ちていなかった。太陽も沈みかけている。

でも、現実は残酷で、いくら走っても、人を見つけることも、森の中から抜け出すことすらできなかった。


このまま、この道がどこにもたどり着かず、どこまでも歩かなければならないのかと考えると、それは恐怖でしかない。太陽もほとんど沈み、辺りの景色は、その様を大きく変え、闇を濃くさせた。


ただ走った。前だけを見て走った。足が痛む。血が出てるかもしれない。目が霞む、限界はとっくに越えていた。

いつの間にか休むことも忘れ、獣のようになって、ただ我武者羅に走った。


「はっ、はっ、はっ、はっ――」


息が上がって、のどが焼けるように痛んだ。

びっしょりと汗をかき、耳の中まで湿っている。汗が滴り、目に入る、目が染みる、鼻に入る、息苦しい。

それを確かに感じているはずなのに、気にならない。それらはもう、些細な問題でしかなかった。


瞬きすらしなくなり、目じりから涙が滴る。呼吸がだんだんと浅くなり、頭が痺れる。

でも、足は止まらない。


視界がぼやけ、焦点が合わなくなった。

それでも、ぼやけた視界を頼りにして、走った。


彼を突き動かすものは、恐怖心だけだった。


あれ?

そう思った時には、体が地面にぶつかり、もみくちゃになって、宙に投げ出された。


それでも、身体は前へ進もうともがく。

足が宙を掻く。


やがて、視界が黒くそまり、暗黒の世界がぐるりと回転するような、天地がひっくり返るような感覚と共に、意識が遠のいた。


その時、俺は分かってしまった。

もう、元の生活には戻れないんだと。

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