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第九話

イオリア精霊魔術学園は、まるで絵本の中のお城みたいなところだった。時間にはまだ少し早かったせいか、誰もいなかった。ミールに渡された紙を見る。ミールは字は綺麗だったが、あまり絵は上手ではないらしい。真ん中に歪な丸い円があり、そこから細い線が延びて、その先に真ん中にあるよりは小さな丸がくっついている。その小さな丸のひとつが黒く塗られて、試験会場、と横に書かれていた。多分、この丸いのは建物のことで、細い線は目の前を延びる長い石畳でできた廊下のことなのだろうな、と僕は思った。


「あなた」


地図を見ていると、声をかけられた。振り向くと、そこには足元まで覆うローブのようなマントを着た女の人が立っていた。多分、これがここの制服なのだろう。女の人の後ろにいる人も同じような格好をしていた。



「あなた、試験を受けにきたの?」

「はい」


僕が持っていた地図を見やって、女の人が微笑んで言った。



「なら、あっちよ」

綺麗な金髪が、紺色によく映えていた。ありがとうございます、と僕は女の人が指示した方へと歩いて行った。











廊下の先に、最初に見たものよりは小ぢんまりとしていたが、お城が見えてきた。お城、というよりも、大きな教会のようにも見える。作りは石だが取っ手は木でできている重々しい扉を開くと、そこには、学生らしき人が何人かと、教師らしい人がいた。


「あ、来ちゃった」

「随分早いな」

「先生が来るのが遅いんですよ」


生徒ふたりが、教師らしき男を責める。そのきっかけになってしまった僕は、なんだか申し訳なくなった。迷って遅れては困ると早めに出てきたのがいけなかったようだ。


「すいません」

「ああ、いいんだよ。気にしないで」


教師らしき男は、およそ教師としての威厳が感じられなかった。黒と見間違えてしまいそうなほど濃い紺色の髪に、黄金色の瞳は猛獣のようにも見えた。ただし、満腹で昼寝をしている猛獣のようだ。ぼさぼさの髪をかきまぜながら、男は困ったように笑っていた。


「センセってば、そんなんで一年生に舐められないように気をつけてくださいよお」

「そこのあなた、こっちいらっしゃい」


たおやかな声で呼ばれ、僕はその女生徒の傍へ行った。


「ごめんなさいね、まだ準備が終わっていないのよ」

「すいません、わたしが早くつき過ぎたせいで」

「いいえ、本当ならもう準備は済ませているはずだったのに、こちらの不手際でごめんなさいね」


声の通り、たおやかな仕草手女生徒が告げる。小さな椅子が用意され、僕をそこに座らせた。


「準備がすむまで、ここで待っていてね」

「なにか手伝いましょうか」

「試験の準備だから。ないとは思うけれど、万が一不正があったりしたら困ります」


それもそうだ。僕はおとなしく座って待っていることにした。








「それでは、試験を開始します」


しまらない声で、男は告げた。落ち着きのない騒がしさの中で、僕はその頼りない男、トーイ・フィリップの説明を聞こうと耳をすませた。とりあえずの順番で座らされた長机には、用紙が置かれていた。


「終わった者から退出して、魔力計測の方へ行ってもらうようになります」


では、始め。そんな掛け声と共に、皆用紙をめくった。書いていることは比較的簡単だし、ちゃんと読めるが、如何せん文字を書く方に時間を取られる。最後まで書ききって周囲を見回すと、部屋の中には僕を含めてもう片手で数えられるほどしか残っていなかった。壇上にいるトーイに遅くなりましたと用紙を手渡す。


「大丈夫だよ。ほら、次も頑張っておいで」


どうにものほほんとした印象のトーイにそう言われると、なんだか気が抜けてしまった。僕は頭を下げ、重い扉を押して外へ出た。






魔力計測は、出てすぐの場所で行われていた。終わった者はすでに帰ってしまったのか、それほど人数は残っていなかった。とりあえず、数人生徒が並んでいるので、最後尾にまわった。

そして、僕の順番が来た。


「そこに手をかざして」

言われたとおり、大鍋のようなものの前に手を出した。大鍋の中から、精霊たちの呼ぶ声がする。掌がちりちりと熱くなってきた。ぶわっと風が大鍋からあふれてきた。


「よし。もう帰っていいよ」

「え?」


もう?と僕は首を傾げた。しかし、すぐ後ろにいた者に場所を譲る。その子どもが大鍋に手をかざすと、僕とは違って水があふれてきた。よし、と言われ、子どもは嬉しそうにどこかへと駆けて行った。本当にもう終わりらしい。


「あー終わったあ~」


トーイが大きく伸びをしながら先ほど筆記試験が行われた部屋から出てきた。


「ん?君も、終わったの?」

「はい」

「そっか~。じゃ、気をつけて帰んなさい」

「あの」

「うん?」

「学校の中を見学、とか、できないでしょうか?」

「いいんじゃない?好きに見てまわりなさい」


あっさり告げるトーイは、教師というよりも、なんだか駄目な先輩みたいだ。僕はそう思ったけれど、さすがに口に出せなかった。頭を下げて、学校の中を見学することにした。














ミールに書いてもらった地図の小さな丸ひとつひとつまわって行こうかな、と思っていると、お腹がくうと鳴った。袋から干した果物を取り出して、口に含みながら歩いた。結構広いので、夕方までには帰らなくてはと僕は思った。入学試験があったところから地図で見れば一番近い丸まで歩くのでもけっこう距離があった。学園の周囲は森で覆われている。見たことのない鮮やかな鳥が飛んでいく。


――ミールと一緒にいた森みたいだ。

あの森も、不思議な見たことのない鳥や獣や虫たちがいた。聞いたことがないような鳴き声がしていた。


「あ」


森の入り口付近に、見たことのない花が咲いていた。淡い桃色だと思ったそれは、近づいてみてみると、濃い桃色になっていた。不思議だな、と思っていると、再び淡い桃色に変わった。


――なにこれ、すごい。


しゃがみ込んでじっと見ていると、森の方でがさりと木の葉のこすれる音がした。僕がそちらを見やると、ミーアがいた。尻尾は二つ。真黒いきれいな毛並み。僕がそうっと近づいていくと、ミーアは逃げもせずにそこにいた。撫でようと手を伸ばしたところで、逃げられてしまった。しかし、少し行った先で、じっとこちらを見ている。でも、近づくのは良くても、撫でようとすると逃げられてしまう。それを何回か繰り返した後、ようやく頭を撫でることに成功した。若干迷惑そうな目で僕を見上げていたが、逃げ出さなかった。僕は嬉しくなってミーアを抱き上げた。二本の尻尾を揺らしながら、ミーアは鈴を鳴らすような声で鳴いた。

――かわいい。

毛並みと同じ真黒い大きな瞳が、光彩だけ輝かせて僕を見上げている。耳の先がぴるぴると震えている。その耳を撫でながら、僕は森の中を進んで行った。色の変わる花だけではなく、発光する木の実、葉も幹も真っ青な木。迷っているうちに、少し開けた場所に出た。巨木を中心に木が避けるように開けている。こんなところもあるのか、と思い、巨木を見上げると、赤いなにかが見えた。花か、木の実か。僕が見極めようと見上げていると、ミーアが腕の中から逃げ出した。


「あっ」


思わず大きな声をあげてしまった。すると、人が降ってきた。今度は驚きすぎて声もあげられなかった。上から降ってきた人の腕の中には、先ほどの真黒いミーアがいた。


「お前のか」


その声に、僕は聞き覚えがあった。


――気をつけろ。


花祭りの時に出会った、あの少年の声だった。なにより、印象的な赤い髪。しかし、少年は僕のことは忘れてしまっているのか、そう言って、僕にミーアを差し出した。首を掴まれたミーアは僕の方へ飛びかかってきた。落ちそうになり僕の体をよじ登ろうとするミーアに爪でひっかかれながら、どうにか腕の中に抱きこんで、言った。


「あ、その、さっき、そこで見つけて・・・」

「そうか」

「あの、」

「なんだ」

「その、花祭りで・・・」

「“ミール” とは会えたのか」


――覚えていた。


「はい、あの、あの時はありがとうございました」

「別に、かまわない」


ふ、と笑ったその目は、琥珀色をしていた。光の加減でオレンジ色にも見える。


「名は?」

「レイです」


僕が答えると、少年は僕の腕の中にいるミーアに手を伸ばした。指を引っ掻かれながら、言った。


「俺はリーヤだ」





リーヤは、イオリア精霊魔術学園の隣に立つ騎士養成学園に在籍しており、この森の、この巨木の上で昼寝をするのが好きでよく来るそうだ。


「もし、試験に受かったら、また会いにここへきてもいいですか」

「別にかまわない」

「ありがとう」

「・・・別に礼を言われるようなことではない」



リーヤはそう言ってそっぽを向いた。







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