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第八話


学園に入学するためには、入学試験を受けなければならない。そして、試験は学園で年に一度だけ行われる。学園は王都にあり、シュタイン家がある町から馬車でほぼ一日で王都に入れる。いるものを詰め込んだ鞄を抱え、僕は馬車に乗り込んだ。馬車と言っても、バスのように停留所があって、10人くらいまでなら乗れる荷車を馬がひいているようなものだ。馬と言っていいのかもわからない、馬と牛をかけあわせたような生き物がひく荷台には申し訳程度の雨よけと、ベンチがついている。鞄を抱えながら僕は荷台に乗り込み、ベンチに座って、外を眺めながら、お尻痛くならないといいな、と思った。馬車までついてきてくれたミールが、心配そうに荷台に座る僕を見上げて、言った。


「気をつけて、怪我をしないように」

「はい。行ってきます」


朝も早いからか、馬車の荷台にあまり人はいない。ミールが手を伸ばしてきたので、僕もそちらへ手を伸ばす。ミールが僕の手をつかみ、口元に持って行って囁いた。


「どうかあなたに、精霊王のご加護を」






道は整備されていても石畳なので、ひどく揺れた。整備されていない砂利道は、砂ぼこりがひどい。痛むおしりを押さえながら、何度か大きな停留所で馬車を乗り継いだ。よくわからないときはミールに渡してもらった停留所名の書いた紙を、御者の人間に見せて、どれに乗ればいいのか尋ねた。御者の愛想はあまり良くなかったが、尋ねたことは親切に教えてくれた。きっと、何度も同じような質問に答えてきたのだろう。僕は馬車がいきかう様を眺めながら、どっちかといえば、電車みたいだなと僕は思った。そして乗り継ぐたびに、同じように大きな荷物を持った少年少女たちが増えて行く。王都につくころには、馬車にも、道行く人々の中にも、同じ年ごろの少年少女たちが目立つようになった。降りる停留所が見えて来て、僕が腰を浮かせると、荷台に乗っていた少年少女たちも同じように降りるために立ち上がり始めた。馬車を降りると、丸一日揺られていたせいで、おしりの感覚がなくなっていた。空は薄暗く、早く宿へ行こうと僕は荷物を抱えて歩きだした。ミールに書いてもらった地図の通りに歩いていくと、人波から外れてしまった。うらぶれた感じはしないが、人がほとんどいなくてさみしい感じがする。


「・・・ここ?」


明かりの消えた家の前で、僕は立ち止った。ミールの地図には、確かにここに留まるようにと書かれていた。でも、明かりがついていない。家人がいないのではないか、と僕は不安になった。とりあえず、荷物を足下に置いて、扉を叩いて、声をかけた。


「すみません、ごめんください」


しかし、返事は帰ってこない。やっぱり留守なのでは、とますます不安になった。路銀は十分持たせてもらっているけれど、今から宿を探すとなると、少し億劫だ。そう思っていると、扉の奥から人の気配がした。


「はい」


扉の向こうから、男が顔を出した。威圧感のあるいで立ちで、僕は一瞬固まってしまった。なんとか声を絞り出し、会ったら出すようにと言われていた手紙を差し出した。すると、手紙を受け取った男は、家の中に引っ込んでしまった。どうしよう、と閉まってしまった扉の前で立っていると、再び扉が開いて、男が顔を出した。そして、扉を押さえた。わけがわからなくて、僕が男をじっと見つめていると、男がぼそっと言った。


「入れ」

「あっ、は、はい・・・」


部屋の中に入ると、薄暗かった。

「暗闇を照らせ、光をともせ」

男の喚起呪文と共に、部屋の中に淡い光がともった。男が僕を振り返った。つやのある黒髪と、まるでエメラルドのような瞳。背は高く、手を伸ばせば簡単に天井に届いてしまいそうだった。


「試験の間は、うちに泊まれ」

「はい。ありがとうございます」


どうにか寝泊まりする場所は確保できたようで、僕はほっとした。男はシーアと名乗った。この家で、結晶石の売買をしている、と教えてくれた。看板がかかっていないし、どう見ても商いをしているようには見えないけれど、僕は余計なことは聞かなかった。その後、一緒に食事をとった。




















「好きに使え」

食事の後、案内されたのは二階の隅の部屋だった。古いがちゃんと手入れされているベッドや机があった。


「ありがとうございます」

「朝は、鐘がふたつ鳴ったら降りて来い」

「鐘?」


僕は、テレビで見たことのある除夜の鐘を思い浮かべた。


「・・・この王都では、朝、鐘が鳴る。夜明けにひとつ、朝日が城の屋根にかかればふたつ鳴る」

「そうなんですか」


僕がそう答えると、シーアは少し呆れたように、なにも知らないのか、と呟いた。


「すいません」

「・・・別に責めているわけではない。ミールにはなにも聞かなかったのか」

「ええと、ミールにはもっと別なことを教わっています」


そう、試験に向けて、文字と魔法の勉強ばかりをしていて、王都にはなにがあるのかなんて、聞こうとも思わなかった。


「・・・疲れているだろうから、今日は、早く寝なさい」

「はい。おやすみなさい」


本当は湯あみをしたかったが、確かに疲労の方が勝っていた。僕は下着だけになって、用意されていたベッドの中にもぐりこんだ。























ごわん、という、思っていたよりも重い鐘の音に、僕は目を覚ました。ひとつ鳴っただけで静かになった。ということは、まだ夜が開けたばかりなのだろう。もう少し眠ろうかとも思ったけれど、寝つけそうになかったので起き上がった。シーアがまだ眠っているかもしれなかったので、僕は足音を立てないようにそっと階段を降りようとしたが、建物が古いせいなのか少し体重をかけるだけで、ひどく大きな音がする。僕は風の精霊を呼び出し、浮いて移動することにした。喚起呪文を唱えなければいけない、と頭の片隅ではわかっていたけれど、宙に浮いていられるような強い精霊を呼ぶ喚起呪文を、僕はまだ知らなかった。

だから、僕はただお願いをした。


「お願いします、どうか、力を貸してください」


それだけで、風の精霊は僕の体を浮き上がらせてくれた。くすぐったいほど柔らかい風が僕の体を浮かせて、階下まで連れて行ってくれた。そのまま空中をふわふわ浮いたまま、裏口から出る。少し行くと、昨日教えてもらっていた井戸へ辿りついた。転がっていた桶を釣瓶で垂らし、顔を洗う。口をゆすいでいると、誰かがやってきた。早朝とはいえ、朝だ。誰も来ないわけがない。僕は桶を井戸の淵に置いて、立ち去った。


再び風の精霊の力で二階へ音を立てずに戻り、持ってきていた黒板に文字の練習をしていると、ふたつ鐘が鳴ったので、僕は階下に降りた。昨日夕食をとった部屋で、シーアが黒パンとなにかの乳を大きな器に入れているところだった。乳に浸したパンをちぎりながら食べる。シーアは無口だったし、僕も食事中は喋らない方なので、静かに朝食はすんだ。


「場所はわかるか」


試験会場である学園へ行こうと身支度していると、シーアが部屋にやってきてそう言った。


「はい、大丈夫です」


ミールに書いてもらった地図がある。それに、シーアにだって用事があるだろう。僕はひとりで行けます、と答えた。無愛想な割に、心配性な人なのかな、と僕は思った。シーアは、剃刀を当てていないのか、無精ひげが生えていた。そういえば、ミールは体毛が薄かったな、とどうでもいいことを思い出した。

扉をくぐり、僕はここまでついてきてくれたシーアを振り返った。


「行ってきます」

「ああ、気をつけて」







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