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第三話

野宿を何度か繰り返しようやく辿りついた町は、それなりに大きく、人であふれかえっていた。僕が人の多さに目を丸くしていると、ミールが今時期は花祭りですから、と言った。


「花祭り?」


どこを見回しても、人、人、人。この世界に来てこんなに人を見たのは初めてだ。人並みに流されてしまいそうなレイに気付いたミールがかばうように腕の中に抱き込んで、街灯の傍まで移動した。

「そうです。精霊の花は知っているでしょう?」

「はい」

薄い紫の、花弁が千枚ある、小ぶりな花だ。咲いているところは見たことがないけれど、本で読んだ。

「精霊の花は、作物のそばに植えれば、実りをもたらしてくれると信じられています。――豊穣の祭りのようなものです」

うちの畑にも植えていましたが、まだ咲いていなかったでしょう?とミールはレイを見下ろし微笑んだ。そう言えば、これは雑草ではないから抜かないようにと言われた草があった。あれのことか、と僕は思った。

「ああ、あれですね」

ミールが指さした先に、荷車に積んだ大量の花が見えた。薄淡い紫を手に、店主が花を売っている。

「綺麗ですね」

「ええ。一輪、買いましょうか」

よくよく見て見れば、周りの人間もあの紫の花を手に持っていたり、女性なら髪にさしたりしていた。僕が答えないでいる間にミールはさっと荷車に近づいて、店主から花を買って戻ってきた。

「どうぞ」

ミールは僕のかぶっていたマントを脱がせて、左耳の上に花をさした。

「ありがとう、ございます」

「似合っていますよ」

正直、複雑だった。見た目は今は女かもしれないけれど、少なくとも十数年、男として暮らしてきたのだ。似合っている、と言われて素直に喜べなかった。けれど、せっかく買い与えてくれたものに嫌そうな顔を浮かべているわけにもいかず、しかし笑みを浮かべることもできず、結局微妙な顔をしていたと思う。ミールはそんな僕に気を悪くした様子もなく、行きましょうと背を向けた。僕はその背中を追いかけようとして、前から来た酔っ払いに肩を突かれた。よろけて石畳の上に転んだ。ズボンの下の膝をすりむいたのか、じんと痛んだ。顔をしかめながらも顔を上げると、ミールがいなかった。


「ミー・・・」


人ごみの中を灰色のマントを探してみるが、それらしい後姿はなかった。





――どうしよう。こんなところで迷子だなんて。















路地裏のようなところは危険だから絶対に近づくなと言われていたけれど、お金を持っていないので、足を休めるために店に入ることもできない。この町ではまだ宿を取っていないから、落ち合うような場所もない。オーソドックスに迷った場所に戻ろうかとも思ったけれど、歩きまわったせいでどこだったのかわからない。


――不注意すぎる。


ひとりじゃなにもできないくせに。ひとりでざわめきの中に立っていると、気が遠くなってきた。人ごみが一層過密になってきて、息が苦しい。


「ミール、」


手を煩わせることしかできないのか。転んだりした自分が悪い。どうしよう。こんなところで精霊を呼びだしては人目を引くし、混乱して探し人の呪文を今すぐ思い出せない。結局、闇雲に歩き回るしかないのか。

わっ、と歓声が上がった。驚いて体がはねる。人々がある方向に向かって手を上げ、声を上げている。なんだろうと僕もそちらを見やる。けれど人が多すぎてなにが起こっているかわからない。パレードのようなものだとしたら、人々が手を振る方向になにかが通っているのだろうか、と、頭上になにか降ってきた。てのひらをかざすと、花弁が手の甲についた。真っ赤なそれを指でつまむと、次の瞬間目に痛いほどの色彩が、人だかりの上に降りそそいだ。


イエロー、オレンジ、ブルー。


とにかく目に痛いほどの華やかな色が宙を舞い、人々の上に降り注ぐ。暫く僕もその光景に見とれていた。


どん、と僕の前に立っていた人間に押され、僕は体が後ろに飛ばされた。転ぶ、と思ったけれど、背中を誰かが支えてくれたおかげで転ばなかった。とっさにミールを思い浮かべた。


「ミール!」


振り向いてその人間にすがりつくと、ミールとは違う腕だった。誰、と顔を上げると、茶色のマントをかぶった少年だった。




年頃は僕より五つくらい上に見える。目を引いたのは、今までこちらに来てであったりすれ違った人間のほとんどが西洋風の顔立ちをしていたのに対し、少年が僕と同じく亜細亜風の顔立ちをしていたからだ。しかし、マントから零れて見えた髪は、燃えるような深紅だった。

「す、みません・・・」

「いや」

少年の腕に支えてもらっていた体を起こす。顔が熱い。学校の先生をお母さんと間違って呼んでしまうくらい恥ずかしい。・・・そもそも生まれてこの方、誰かをお母さんなんて呼んだことないけれど。

「気をつけろ」

言うだけ言って、少年は去って行ってしまった。少し行った先で、誰かに声をかけられ、その人物と連れ立って人ごみに見えなくなってしまった。


「あ」


見えなくなってから、ありがとうと言い損ねたことに僕は気がついた。





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