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勇者が来なかった村

作者: 黒咲かぐら
掲載日:2026/09/16

「三袋、足りない」


 レオン・ハルトは帳簿から顔を上げた。店の奥の塩袋は十二。帳簿には十五。


「トム。塩が三袋足りない」


「知らん」


「先週持ってっただろ」


「二袋だ」


「四袋」


「……三じゃなかったか?」


「増えたな」


 パン屋のトムは干しリンゴをかじりながら笑った。


「塩三袋くらい誤差だろ」


「足りなくなってから数えても増えない」


 帳簿に十五と書いてあっても、目の前に十二しかなければ十二だ。紙に書いた数字を眺めていても塩は増えない。


 そのとき、蹄の音が村へ飛び込んできた。


 青い外套の王国兵が馬から転がるように降りる。


「村長は! 魔王軍です。北東より六十前後!」


 村長ガルドが駆けつける。兵士は続けた。


「勇者カイル様の一行がこちらへ向かっています。ベルナを経由し、遅くとも三日後には到着します」


 村人たちが安堵する。


「王国の記録では、リーベル村は人口百八十七名。全周を木造防壁で――」


「百八十だ」


 レオンが遮った。


「今の人口は百八十。防壁も三年前の洪水で南東が流されてる」


「ですが、記録には……」


「いつの記録?」


 兵士は答えられなかった。


 ガルドは受領書に署名した。レオンが署名欄を指すと、「目の前で聞いたろ」とぼやく。


「王都の連中は見てない」


 レオンは店へ戻り、村の数字を書き出した。


《人口 百八十》


《戦闘可能 十六+一》


 元D級冒険者の自分を、十七人目と断言する気にはなれなかった。


 薬師のミリアが紙を覗く。


「老人十八、子供三十三……名前で書いて」


「人数を把握したいんだ」


「避難させるとき『老人十八人、こっち』って呼ぶの?」


 レオンは面倒そうに別紙の名簿を出した。


◇


 一日目、魔族は来なかった。


 村人は防壁を直した。レオンは北側の川を利用し、木材を東へ集中させた。食料配分ではトムと揉めた。


「働ける奴に多めでいい」


「腹減るのは子供だって同じだろ」


 結局、配給は作業量と年齢を見ながら調整した。


 夜、勇者は来なかった。まだ一日目だった。


 二日目、魔族の偵察隊が現れた。一人が村人の槍で死んだ。


 死体は異様に痩せていた。革袋は空。水筒もほとんど空だった。


 腰の小袋から木彫りの鳥が転がる。子供が削ったように左右の羽が不揃いだった。


 夕方、再び襲撃。村人二人が負傷した。


「あと一日だ」


 トムがパンを配った。


「明日には勇者様が来る」


 三日目。


 街道の端で少年ニコが木の棒を持っていた。


「勇者様、今日来る?」


「予定では」


「予定って?」


「大人が、たぶん大丈夫って言いたいときに使う言葉」


「ふうん」


「今のは忘れろ」


 昼になっても、夕方になっても勇者は来なかった。


 夜、食料庫に魔族四人が忍び込んだ。一人が転び、パンと干し肉と剣を落とす。


 追手が迫る。


 魔族は剣を捨てた。


 パンを拾って逃げた。


 レオンは地面に残った剣を見た。痩せた死体。空の革袋。パン。


「考えてる」


「ろくなことじゃなさそうね」


 ミリアが言った。


 勇者は、その夜も来なかった。


◇


 四日目。


 ガルドは「今日いっぱい待つ」と言った。


 レオンは反対した。


「待つのはいい。来ない場合の準備も始めよう」


「勇者様は来る!」


「来たら、そのとき喜べばいい。でも来なかったら?」


 食料は減る。矢も薬も減る。


「守るものを変える。村じゃない。村人だ。家も柵も畑も作り直せる。死んだ奴は戻せない」


 ガルドが問う。


「具体的には?」


「まだ分からない」


「分からんのか」


「だから考える。勇者を待つだけなら考える必要もない」


 ガルドは長く黙ったあと言った。


「やれ。責任は俺が取る」


 レオンは白布を持って魔族の野営地へ向かった。


 隊長ザグは、折れた角を持つ大柄な鬼人だった。


「用件を言え」


「小麦を売る」


「我々はお前たちの村を襲う」


「知ってる」


「金はない」


「知ってる」


「なら何を取る」


「働け」


 ザグは奴隷になるつもりはないと拒否した。


 レオンは立ち上がる。


「襲うなら早い方がいい。こっちは毎日柵を直す。お前らは毎日飯が減る。村を落として何人死ぬ? そのあと怪我人を抱えて小麦袋を運ぶのか」


「脅しか」


「計算」


 帰り道、魔族の子供が木彫りの鳥を持っていた。死んだ魔族のものと同じ形だった。


 その夜、魔族の使者が村へ来た。


「隊長が、もう一度話を聞くと言っている」


 翌朝、二時間の交渉の末、契約が成立した。


 食料と薬を渡す。代わりに防壁修理、伐採、運搬、警備をする。互いに傷つけない。


 ザグが聞く。


「我々を信用するのか?」


「しない。だから契約する」


 魔族は六十一人いた。


 レオンは六十一人を追加戦力として数えかけた。


「戦えるのは三十一だ」


 ザグが言う。


「六十一いるだろ」


「あれが兵士に見えるのか」


 子供、老人、負傷者、熱を出した者。


 レオンは帳簿の《追加戦力》を消した。


◇


 共同作業は揉めた。


 人間の大工と魔族は丸太の置き方で怒鳴り合い、水桶を共有することすら嫌がる者もいた。


 トムも魔族へパンを焼くことを嫌がった。


「昨日まで食料庫を襲ってた連中だぞ」


「嫌なら俺が焼く」


「お前、パン焼いたことある?」


「ない」


「窯は?」


「使ったことない」


「触んな」


 トムは結局、六十一人分のパンを焼いた。


 レオンは能力だけを見て作業配置を組んだが、兄を魔族に殺されたハンスを魔族と組ませ、殴り合いが起きた。


 ミリアが言う。


「人は帳簿じゃない」


 翌日、レオンは配置を作り直した。何ができるかだけでなく、誰となら動けるかをザグや村人に聞いた。


 帳簿の余白に《一緒に作業可》という妙な印が増えた。


 五日目にも勇者は来なかった。


 六日目にも来なかった。


 いつの間にか、村人は勇者の話をしなくなった。


 ニコは街道ではなく、魔族の子供と川で石を投げていた。


「こいつ嫌い」


 魔族の子も何か言い返す。


 それでも二人で遊んでいた。


◇


 七日目。


 ザグが言った。


「来る。我々の元上官、バルガスだ。百ほど」


「話は?」


「通じる。聞かんだけだ」


 バルガスは村の食料を要求し、ザグに帰還を命じた。


「人間の餌を食って犬になったか」


「食えるものを食って何が悪い」


「恥を知れ」


「恥で腹が膨れるなら食ってみせろ」


 ザグは戻らなかった。


 レオンは逃走と防衛を比較した。老人や子供を連れて逃げれば追いつかれる。今は防壁があり、弓があり、人間と魔族を合わせて戦える者もいる。


「戦った方が、生き残れる可能性が高い」


 勝てるとは言わなかった。


 配置を決めた。


 敵は東から来ると読んだ。


 外れた。


 夜、西側で鐘が鳴った。


 油壺が飛び、防壁に火がつく。東からも鐘。南東からも叫び声。


 三方向だった。


「どこへ回す!」


 ガルドが叫ぶ。


 レオンは決められなかった。


 計画は始まって十分もせず崩れた。


 ガルドがレオンの胸を押した。


「東へ行け! 西は俺がやる!」


「人数が――」


「知らん! 村長は俺だ!」


 レオンは東へ走った。


 ザグが三人を相手にしていた。


「遅い!」


「予定と違う!」


「敵に言え!」


 レオンも剣を抜いた。肩を切られ、ハンスに助けられた。


 そこでようやく、戦うより見る方へ戻った。


 弓兵を屋根へ上げる。荷車を倒して隙間を塞ぐ。ザグを動かし、射線を作る。


 それでも全部がレオンの指示ではなかった。


 大工が勝手に防壁を塞ぎ、魔族の女が勝手に屋根へ上がり、ハンスが槍兵をまとめた。


 計画どおりではない。


 その方がよかった。


 西ではトムたちが火を消していた。


 昨日まで口を利きたくもなかった魔族と水桶を渡し合う。


「遅え!」


 魔族が何か怒鳴り返す。


「何言ってんだ!」


 言葉は通じなくても、水桶は通じた。


 トムが次の桶を取りに走ったとき、倒れた柵から敵兵が入ってきた。


 トムの手に武器はなかった。


 空の桶を投げた。


「誰か!」


 剣が動いた。


◇


 レオンが西へ着いたとき、トムは倒れていた。


「……トム?」


 返事はない。


 パン屋の前掛けをつけたままだった。


 レオンはしゃがみかけた。


「レオン! 東だ!」


 ガルドが叫ぶ。


「でも」


「今は行け!」


 レオンはトムを置いて走った。


 そのことを、あとで何度も思い出した。


◇


 夜半、バルガス自身が東門へ出た。


「ザグ! 戻れ!」


「どこへ」


「我らのところへ!」


「戻る場所などないと言ったのは、お前だろう」


「人間に飼われるか!」


「飯をもらった」


「同じだ!」


「代わりに働いた」


「誇りを売った!」


 ザグは少し考えた。


「小麦より安かったぞ」


 バルガスが突っ込んだ。


 ザグとバルガスがぶつかる。


 周囲の敵兵がザグへ向かう。


「行かせるな!」


 レオンが叫んだ。


 自分がバルガスを倒すことはできない。


 ザグが一対一で戦える場所を作る。


 それだけだった。


 ハンス、ガルド、村人、魔族が敵を止める。


 最後、バルガスが血と泥で足を滑らせた。


 ザグは逃さなかった。


 斧が入った。


 バルガスが倒れた。


 敵兵が逃げ始める。


「追うな!」


 レオンとザグが同時に叫んだ。


 ザグが言った。


「真似するな」


「そっちだろ」


 戦いが終わった。


◇


 朝。


 家が三軒焼けた。納屋が二つ。羊が十一頭死んだ。


 怪我人二十六。重傷七。


 死者は村人三人、魔族四人。


 レオンは名簿を開いた。


 エド。


 マルク。


 トム。


 そこでペンが止まった。


 昨日までいた。塩を四袋持っていった。本人は三袋だと言っていた。倉庫から二袋しか見つかっていない。


「……どこやったんだよ」


 返事はない。


 レオンはトムの名前を消さなかった。死亡欄に名前を書いた。それだけにした。


 パン屋へ行くと、窯の火が残っていた。


 昨日トムと水桶を運んでいた魔族の若者が薪を入れている。


 レオンを見ると、気まずそうに立ち上がった。


「それ」


 レオンは窯を指した。


 魔族は何か言った。言葉は分からない。


 火を指す。


 魔族が頷く。


 消さなかった。


 ただ、それだけだった。


「……ありがとう」


 通じたかは分からない。


 魔族はまた薪を一本入れた。


◇


 昼前。


 街道に五騎の人影が現れた。


 先頭は汚れた白い外套。背中には聖剣。


 勇者カイルだった。


 誰も歓声を上げなかった。


 カイルは村の入口で馬を降りた。左足を引きずり、外套の下は包帯だらけだった。仲間たちも同じだった。


 壊れた柵。焼けた家。人間と魔族が一緒に瓦礫を運んでいる。


 カイルはそれを見てから、ガルドへ深く頭を下げた。


「すまない。遅くなった」


 ガルドが聞いた。


「何があった」


「ベルナだ」


 レオンは伝令の言葉を思い出した。


「五日前、魔王軍約三百がベルナを襲った。町の守備隊だけでは持たなかった」


「何人いる町だ」


 レオンが聞く。


「千二百ほど」


「助かったのは?」


 カイルは少し黙った。


「千百七十三人」


 二十七人は死んだ。


 でも千百七十三人は生きた。


 レオンは壊れた柵とトムのパン屋を見た。


「じゃあ、そっちへ行って正解だったんだと思う」


 カイルが何か言おうとする。


「ただ、だからって俺たちが怖くなかったことにはならないけどな」


 カイルは口を閉じた。


「……すまない」


 それだけだった。


 誰が悪かったのかを決めても、トムは帰ってこない。


「それ、本物?」


 ニコが勇者の聖剣を指していた。


「これか?」


「うん」


 カイルは自分の剣を見る。


「たぶん」


「勇者なのに?」


「勇者でも分からないことはある」


「ふうん」


 ニコはすぐ興味を失い、魔族の子供のところへ走っていった。


 カイルがその背中を見る。


「……あれは?」


「魔族」


「それは分かる」


「なら聞くなよ」


 説明は長くなりそうだった。


◇


 勇者一行は二日滞在した。


 怪我人の治療を手伝い、柵を直し、焼けた家を片付けた。


 聖剣で丸太を切ろうとしてザグに止められた。


「そんな物で木を切るな」


「よく切れるぞ」


「そういう問題ではない」


 結局、大工から斧を借りた勇者は「下手くそ!」と怒鳴られていた。


 三日目の朝、カイルたちは出発することになった。


「この村を守ったのは、あなたなんだそうだ」


 カイルがレオンに言う。


「違うよ。俺一人だったら二日目くらいで死んでる」


 レオンは村を見る。


 大工。ミリア。ハンス。ガルド。ザグ。魔族たち。


 そしてパン屋。


 トムの妻と娘が窯に立ち、昨日の魔族の若者がひどい形の生地を作っている。


「俺がやったのは数えただけだ。人と、飯と、使えるもの」


「それで村が救えるのか」


「救えてないだろ。三人死んだ。魔族も四人」


 カイルは黙った。


「だから、救ったとか言われると困る。生き残っただけだよ」


「それでも、すごいことだ」


「じゃあ、みんなに言ってくれ」


 カイルは笑った。


 出発前、ガルドが言った。


「今度は三日と言わずに来い」


「努力する」


 勇者一行は村を出ていった。


 今度は何人かが手を振った。


◇


 生き残ったあとの方が面倒だった。


 家がない。柵は穴だらけ。薬も小麦も減った。


 そして魔族がいる。


「いつまでいるんだ」


 村人から当然の質問が出た。


 レオンはザグに聞いた。


「いつまでいる?」


「知らん」


「行く場所は?」


「ない」


「じゃあ探す?」


「どこを」


「知らん」


「役に立たんな」


「お前に言われたくない」


 村全体で話し合った。


 三時間かかった。


 最初の一時間はほとんど怒鳴り合いだった。


 結論は中途半端だった。


 魔族はひとまず村の南側に住む。空いた土地を使う。働いた分の食料を渡す。畑を作るなら土地を貸す。問題が起きたら、その都度考える。


 ミリアが言った。


「最後、全部『その都度考える』じゃない」


「起きてない問題の答えなんか分からん」


「あなたらしいわ」


 翌日から南側で家を作り始めた。


 人間の大工と魔族は、また怒鳴り合っていた。


 仲良くはなっていない。


 それでも同じ家を作っていた。


◇


 十日ほどして、王国の役人が来た。


 勇者から報告が届いたらしい。


 役人は村の魔族を何度も見た。


「これは……捕虜ですか?」


「違う」


 ガルドが答える。


「では傭兵?」


「それも違う」


「では何なのです?」


 ガルドがレオンを見る。


 見るな。


 レオンも分からない。


「住んでる」


「はい?」


「ここに」


 役人は手元の紙を見て、村を見て、また紙を見る。


 どこかで見た動きだった。


「王都へ人口、被害、戦死者、家屋、家畜、それから魔族について報告をお願いします」


「明日までに作る」


◇


 夜。


 雑貨屋の机で帳簿を広げた。


 焼失家屋三。納屋二。羊十一。


 村人死亡三。


 魔族死亡四。


 村人は百八十から百七十七。


 魔族は六十一から五十七。


 レオンは書いた。


《村人 百七十七》


《魔族 五十七》


 ペンが止まった。


 計算は合っている。


 百七十七と五十七。


 合計二百三十四。


 塩三袋のときとは違う。


 数字は間違っていない。


 それでも、何か違った。


 外で声がする。


 店を出た。


 南側で人間の大工と魔族が家を作っている。


「だからそこじゃねえ!」


「ではどこだ!」


「こっち!」


「最初からそう言え!」


 その横をニコと魔族の子供が走っていく。


「返せ!」


「嫌だ!」


 魔族の子が覚えた人間の言葉らしい。


 パン屋ではトムの娘が窯からパンを出している。魔族の若者が一つ取ろうとして手を叩かれた。


「まだ!」


「一つ」


「駄目!」


「小さい」


「駄目!」


 普通に喋っていた。


 レオンは店へ戻った。


《村人 百七十七》


《魔族 五十七》


 二本の線を引いた。


 新しい王国指定の報告書を出す。


 村名。


 リーベル村。


 被害。


 死亡者。


 負傷者。


 最後。


 人口。


《現在の生存者 二百三十四名》


 書いた。


 それだけだった。


◇


 翌朝。


 ガルドに書類を渡した。


「確認して」


「また書類か」


「村長だろ」


「お前が村長になれ」


「絶対嫌だ」


 ガルドが読み進め、最後で止まった。


「二百三十四?」


「ああ」


「数、違わないか」


「合ってる」


「村人は百七十七だろ」


 レオンは帳簿を見なかった。


「昨日まではな」


 ガルドが顔を上げる。


 窓の外ではザグが丸太を担ぎ、その後ろから大工が怒鳴っている。


 ガルドが鼻で笑った。


「揉め事が増えそうだな」


「もう増えてる」


「食料も足りん」


「畑増やす」


「家もいる」


「作ってる」


「王国が何と言うか分からんぞ」


「そのとき考える」


 ガルドはため息をつき、ペンを取った。


 レオンが指差す必要はなかった。


 署名する。


「これでいいか」


「ああ」


 書類を受け取る。


 ガルドが店を出ようとして、振り返った。


「レオン」


「何」


「塩の件、どうなった」


 一瞬、分からなかった。


 思い出す。


「まだ一袋足りない」


「トムの倉庫は?」


「全部見た」


「じゃあどこ行った」


「知らない」


 ガルドが笑った。


「帳簿係が聞いて呆れるな」


「うるさい」


 ガルドが出ていった。


 レオンは棚を見る。


 あれから塩は何袋も使った。もう最初の数字なんて意味がない。


 帳簿を開く。


 トムの名前がある。


 そこだけ少し見た。


 消さない。


 死亡欄には記録した。


 でも、元の名簿から線を引く必要はないと思った。


 帳簿を閉じる。


 外へ出た。


 朝だった。


 壊れた柵を直す音がする。


 パンの匂いがする。


 人間の声。


 魔族の声。


 喧嘩する声。


 笑っている声。


 全部、同じ村から聞こえてくる。


 三日だけ耐えればいいと言われた村。


 勇者を待っていた村。


 勇者が来なかった村。


 そこには今、二百三十四人が暮らしていた。



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