憂鬱の濁流を、ベッドの上で
毎日、朝起きて「眠り続けてしまえたら良かったのに」と心の奥の冷えた部分で思っている。
私の朝はギャンブルだ。目が覚めて、身体が重くても心が凪いでいるからギリギリ動けてしまえる日はあたりの日。体も心も沈みきって、泣きたいのに涙が出ない、頭がぐるぐるして胸が苦しくてたまらない、そんな最悪な目覚めの日は外れ。身体も重くなくて気分も明るい爽やかな目覚めの日は大当たりだけど、これはめったに無い。ちなみにこれを書いているのは外れの日だ。
さて、外れの日だが基本的にこの日はベッドから1歩も動けない。ただただ、スマホの画面をじっと眺めスクロールし続けることで時間を潰すか、眠気と憂鬱、希死念慮の波に身を委ねながら目を閉じてうつらうつらするかが基本の過ごし方だ。開き直って休んでしまえば良いのに休むことに罪悪感がある性質なせいで其れも上手いこと行かない。波という言い方をしたけれど、個人的には濁流と言っても良いのだろうと思っている。心の中にあるどす黒い苦しさに息が詰まり、其れが一気に押し寄せて心がどんどんどす黒く染まっていく。こうなってしまうと、好きな音楽もろくに聞けなくなるから、ただ静寂の中を一人で濁流に流されながら、意識をまどろませて過ごすことになる。控えめに言って苦しい。このまどろみの先で眠れたとしても其の睡眠もさほど気持ちいいものではないし、気分がどん底に沈んでるときは、この鬱の濁流が一生続くのではないかと錯覚して、無間地獄のように感じられるから。
この鬱が限界を超えると、逆に動けてしまうのだが、それは終わりを意味すると思っている。せっかく動けるのに行うのは、全てに自暴自棄を起こした故の自傷行為だから。
普通じゃ手を出さない量の食事をただ胃に詰め込んで、其れをひたすら吐き出して。自分の腕をひたすら殴りつけて、切りつけて。死ぬ度胸なんてありゃしないのに、首を吊ってみて苦しみと恐怖で辞める無為な行為を繰り返してしまう。そしてそれらをあらかた終えた後、気分は沈んだまま頭だけ少し冷静になってまたベッドに沈み込む。そしてそのまま、「ああ、先までの自分は他人から見たら人の形した化け物みたいなんだろうなあ」とかっこつけて思いにふけりながら眠るのだ。こんな状態になるのが鬱が限界突破して動けた日なので、個人的には動けない方が都合良いなと思ったりしている。動けなくても腕は殴っているので大して変わりは無いのかもしれないのだけれど。
この憂鬱の濁流はしっかりと病名がついているもので、ありがたいことに私は診断もいただいている。SNSで、その病名を検索して仲間を探して波を乗り切ることもある。ただ声はかけたことがない、人見知りを極めすぎているので。それに新しく交流を増やそうという気力も残念ながら自分ではもてないので。
でも、私が幸いだったのは友人に恵まれるという運はとても良かったことである。むしろそこで運を使い切ったまである。日常生活で私はことごとく運が悪いが、ちゃんと休めと言ってくれる友人に出会ったことはとても恵まれているし、ありがたいし申し訳ないなと思う。その結果、憂鬱の波の中で連絡が取れそうな友人に手当たり次第に連絡して少し電話をしてと頼んで回る化け物と化した訳なのだが。人に休んでも良いと言われてようやっと胸を張って休めるので、安心して、ここでようやく健全に眠れるのだ。毎度付き合わせて本当に申し訳ないとは思っている。この場を借りて謝罪しよう。いつもありがとう、マジごめん友人達。
健全な眠りについて、起きて、もし少しお腹がすいていたら冷蔵庫を漁って少し胃に物を入れる。無かったら潔く出前を取ることにした。何日か食べなくても死なないので別に食べなくても良いかと思うんだけど性根が食いしん坊なので結局なにかは食べている。食欲が完全に死滅し何日か食事がとれなかったときですらゼリー飲料は飲んでいた。まあ、何も食べないよりは良いのかもしれない。
寝て、少し食べて、できそうだったら気力を振り絞り家のモップかけと洗濯をしてまた寝る。
外れの日が続くとずっとこの繰り返し。
寝付けない頭を無理矢理寝かせて夜眠り、深夜に目覚めてしまってからも、ベッドでひとしきりもがいてまた眠る。
どうせ明日も朝起きたら憂鬱の波が来ているのかな、何もしたくないな、死にたいな。
眠ってしまえて、そのまま目が覚めなくて、そしてみんなから忘れられて、誰にも迷惑かけずにふわっと消えてしまえたら良いのにな。
そんな叶わない願いのような、弱虫の泣き言を吐きながら、憂鬱の底で眠るのだ。




