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「くろみちゃんは、分かってる」

夜。

与太郎は一人、部屋で酒を少しだけ飲んでいた。


音楽は流していない。

北欧メタルも、インダストリアルも、今日はなし。


代わりに、

机の隅に置かれた くろみちゃんの小さなフィギュア を眺めている。


「……」


くろみちゃんは、

相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。


「なあ」


誰に言うでもなく、与太郎が呟く。


「世界って、

 割とどうしようもないよな」


くろみちゃんは答えない。

でも、その顔は、


「今さら?」


と言っているように見える。


与太郎は、

それが好きだった。


励まさない


正解を言わない


希望を押し付けない


ただ、

分かってる顔をしている。


「しゃみはさ」


与太郎は、

ふと思い出したように言う。


「ちいかわのうさぎが一番好きらしい」


くろみちゃんの耳を、

指で軽くつつく。


「……お前とは真逆だな」


うさぎは、

何も説明しないで生きている。


くろみちゃんは、

全部分かった上で、拗ねている。


与太郎は、

その違いが好きだった。


「世界が優しくないって、

 最初から知ってる顔」


「それでも、

 やめない顔」


くろみちゃんは、

悪役のフリをしているけど、

本当は途中で投げ出さない。


与太郎は、

グラスを置いた。


「……俺も、

 こういう顔してたのかもしれないな」


成功も、

救いも、

保証されていない世界。


それでも、

見ないふりはしない。


そのとき、

ドアの向こうから声がした。


「師匠」


しゃみだ。


「にゃむ?」


「まだ起きてるか」


「ああ」


しゃみは部屋に入ってきて、

机の上を見る。


「くろみちゃんにゃむね」


「悪役だ」


「違うにゃむ」


しゃみは、

即答した。


「覚悟役にゃむ」


与太郎は、

その言葉で、少し黙った。


「……なるほど」


「この子、

 世界に期待してないにゃむ」


「してないな」


「でも、

 世界を嫌いきってもないにゃむ」


しゃみは、

くろみちゃんを見つめて言う。


「師匠が好きなの、

 分かるにゃむ」


「理由は?」


「希望を信じない優しさにゃむ」


与太郎は、

小さく笑った。


「お前、

 たまに鋭すぎる」


「にゃむ」


しばらく、

三人(?)で黙る。


くろみちゃんは、

相変わらず不機嫌な顔。


でも、

倒れもしないし、

去りもしない。


「なあ、くろみちゃん」


与太郎が言う。


「世界、終わると思うか」


くろみちゃんは答えない。


でも、その顔は、


「終わっても、私はここ」


と言っているようだった。


与太郎は、

それで十分だった。


その夜、

与太郎は音楽を流さず、

ブログも書かなかった。


代わりに、

机の端に一行だけメモした。


「希望を信じない者が、

一番長く立っていることがある」


しゃみは、

部屋を出る前に言った。


「師匠」


「なんだ」


「くろみちゃん、

 隣に座れるタイプにゃむね」


与太郎は、

少し考えてから答えた。


「……ああ」


くろみちゃんは、

今日も不機嫌な顔で、

世界を見ていた。


それが、

与太郎には心地よかった。


おわり


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