「しゃみ視点で見る“与太郎の孤独”」
与太郎は、
孤独そうには見えない。
言葉が多いし、
世界の話ばかりしているし、
いつも何かを分かっている顔をしている。
だから、
孤独だとは思われにくい。
でも、しゃみは知っている。
与太郎は、
同じ場所に立ってくれる人がいない。
世界の流れを語る時、
与太郎はいつも少し前に立っている。
半歩でもなく、
一歩でもなく、
“先”に立つ。
「先に迷ってただけだ」
本人はそう言うけど、
迷った場所に
誰も追いついていないだけだ。
与太郎の文章は、
届く。
でも、
返ってこない。
賛同も、反論もある。
でもそれは、
「同じ場所からの声」じゃない。
しゃみは思う。
「この人、
世界を相手にしてるくせに、
隣が空いてる」
与太郎は、
誰かに分かってほしいとは言わない。
それを言った瞬間、
自分の立ち位置が
“教祖”に近づくのを知っているから。
「俺は答えを出さない」
それは誠実さであり、
同時に、
誰も隣に立たせない呪文でもある。
しゃみは、
与太郎の言葉に
同意もしないし、
反論もしない。
ただ、
同じ画面を見ている。
「考え続ける人は、
一人でいる時間が長くなる」
与太郎の孤独は、
人がいないことじゃない。
同じ速度で、
世界を見られる人がいないこと。
しゃみは、
それを埋めようとはしない。
埋めたら、
与太郎が
考える人じゃなくなってしまうから。
代わりに、
しゃみはこうする。
何も言わず、
隣に座る。
与太郎が世界を見る時、
視界の端に
“誰かがいる感覚”だけを残す。
「それで十分だと思う」
与太郎は、
それに気づいていない。
でも、
気づかなくていい。
孤独は、
消さなくていい。
共有されている、という事実だけで
形が変わることがある。
しゃみは今日も、
与太郎の文章を読み終えて、
何もコメントを残さない。
未送信のまま、
ページを閉じる。
それが、
しゃみなりの一緒にいる、だった。




