ボッチの魔王と未来の電話
【前書き:論理の女王と、凍てつく空のデバッグ】
舞台は2019年12月。カレンダーが赤く染まり、世間が浮足立つ直前の横須賀の山中。
そこは、剥き出しの自然という名の、物理的負荷がダイレクトに襲いかかる全盛期のサバイバルフィールド。
あたし、黒木舞桜は、回避プロトコルの実行が遅れた結果、超仮設住宅『エアクラ』のフィールドテストという過酷なタスクにデプロイされていた。
熱伝導率0.014の遮断レイヤーを形成する二酸化炭素ブロック。
動かない空気の聖域を構築する内壁ブロック。
そして、あたしの気高い閃きが生み出した、断熱圧縮による「風熱ポット」と、防大組の筋力という名の生体ハードウェアを酷使した「壁暖房システム」。
「フューチャーフォン」という未来の予感と、法人税という名の国家による略奪、そして「近いから」という極めてローカルな進学理由が、なぜか文明の地殻変動を引き起こしていく――。
ピックアップトラックの荷台に構築された即席の露天風呂を舞台に、ヤンデレ王子・勇希の医学的な視線をデバッグしつつ、あたしたちの日常は、またしても非論理的で濃密な「最適解」へと帰結する。
当然の帰結よねッ!
あたしの知性が、この凍てつく山に、温もりという名の最強のセキュリティパッチを当ててあげるんだからッ!
2019年12月19日。カレンダーが赤く染まり始める直前、あたしたちは茅野が所有する山という名の、未開の実行環境にデプロイされていた。別荘や山荘なんていう生ぬるいパッチの当たった施設じゃない。剥き出しの自然。重力と寒気という名の物理的負荷がダイレクトに襲いかかる、全盛期のサバイバルフィールドよ。
「うっさいなー。トイレとシャワーが完備しているだけマシだろ?」
当然の帰結だと言わんばかりに宣う茅野。
「そうだよ。12月の星座は、なににも邪魔されずに綺麗に見えるんだよ。ね、舞桜」
無駄にテンションの高いバイタル信号を発信し続ける勇希。
「カレーのレンダリングだったら任せてくれよ舞桜。俺ら得意だからさ。野外演習という名のデバッグは、防大組の本領発揮だぜ」
拓矢をはじめとする防大組のスリーメンズが、手際よくフィールドをハックし始める。3回生の佐伯くんと、2回生の藤枝だ。藤枝は、勇希によって設定された強力なファイアウォールにより、あたしへの5メートル以内の接近が、物理的に禁止されている。勇希に。
ちなみに、女子はあたしと防大組の倉田琴葉ちゃんのふたりのみだ。サブリナこと、福元莉那と、経理の麒麟児である杉野香織は、この超仮設住宅『エアクラ』の試験運用という過酷なタスクから、全盛期の速度で逃げ出しやがった。あたしは、単に回避プロトコルの実行が遅れただけだ。
「拓矢ぁ、サブリナがダーリンと過ごすって言ってたけど、おまえじゃないの、そのダーリン?」
あたしは、からかうようなパケットを拓矢に投げ掛け、即席の竈の構築を開始する。
「ああ、推しのアニメキャラという名の、非実在バイナリデータらしいぜ」
拓矢はあっさりスルーして、石を積み上げ、物理的に完璧な燃焼効率を誇る竈を組み上げていく。佐伯くんが、鋭いナイフ捌きでジャガイモや人参の皮をパージし、藤枝は離れた位置から熱い視線という名のノイズを送りつつ、飯盒の火加減を全盛期の精度で調整していた。
その背後では、茅野と勇希が『エアクラ』のモジュールを連結させていた。
「二酸化炭素ブロックを外壁にデプロイ。熱伝導率0.014の遮断レイヤーを構築するぜ」
茅野が、透明な二重構造のテント布の間に、CO2ブロックを積み上げていく。
「内壁には空気ブロックをスタック。これで三層構造の断熱システムがアクティベートされるね。床からの冷気も、エアバッグ式の寝具で全消しだよ」
勇希が、電動ポンプを起動して、コンパクトに収納されていた寝具を全盛期の体積へと膨らませていった。
「温室効果ガスとはいえ、さすがに暖がないと寒いわね」
カレーをスプーンで掬う前に、あたしは『エアクラ』の内部へとログインし、その居住性をシリアルに検証する。この超仮設住宅は、本来なら公民館などの避難所内部での展開を主目的としたパッチだけれど、今は剥き出しの12月の山。エクストリームな環境下でのフィールドテストだ。
外装の二重テント布の間に、茅野がデプロイした二酸化炭素ブロックが、レンガのように整然とスタックされている。熱伝導率0.014という、空気より低い伝導率を誇るCO2の層。それが外気の冷たいパケットを物理的に遮断しているのが、肌に伝わる解像度で理解できるわ。普通のテントなら、今頃あたしのバイタルは低体温症のアラートを鳴らしているはずだけれど、この空間は、あたしたちの体温という名のリソースを、全盛期の効率で保持し続けている。
内周に配置された空気ブロックも、動かない空気層として完璧な断熱レイヤーを形成しているわね。
「でも、やっぱりアクティブな熱源が欲しいわね……。パイプでお湯通して、ブロックを温めるってのはどう?」
全盛期の閃きを言葉に乗せてデプロイした。
「お湯……温水循環システムか。熱容量の小さいCO2ブロックの中に、シリコンチューブのバスを走らせるわけね?」
茅野が、あたしの提案を即座に脳内メインフレームでシミュレーションし、目を輝かせる。
「いいじゃねえの! それなら空気ブロックの層を『蓄熱レイヤー』に書き換えられる。焚き火の熱を水という名の熱媒体にエンコードして、壁面全体を床暖房ならぬ『壁暖房』としてアクティベートする。論理的に完璧な帰結だなッ!」
勇希も、あたしの言葉にバイタルを跳ね上げ、設計図のキャッシュを空中に描画し始めた。
「温水の循環には、小型の太陽光ポンプをデプロイすればいい。二酸化炭素の低い熱伝導率が、今度は『外に熱を逃がさない魔法の魔法瓶』として機能する。これ、被災地での精神的安定度を、全盛期の角度で跳ね上げるパッチになるよ、舞桜!」
拓矢たち防大組が、竈でグツグツと煮込むカレーの湯気が、冷たい大気の中で真っ白な放物線を描いている。
あたしは、この『エアクラ』という名の未完成のソースコードに、温もりという名の強力なセキュリティパッチを当てる方法を見つけ出し、全盛期の満足感と共に、ようやくカレーという名の高密度エネルギーへと手を伸ばした。
「忘れてるぜ女王さま。電源どうすんだよ? 壁暖房のポンプを動かすにしても、そもそもここはコンセントもねえ山の中だぞ」
茅野の至極真っ当な指摘に、あたしはスプーンを止めて不敵に微笑む。
「断熱圧縮でいいじゃん。空気をギュッと圧縮して熱を発生させる。その熱を直接ブロックの加熱リソースに回せば、電気に頼らずに温度をデプロイできるわ」
あたしがさらりと打ち返すと、茅野はジト目をさらに全盛期の角度で鋭くした。
「いや、コンプレスする動力がねえじゃん。その空気を圧縮するためのピストンを動かすエネルギーはどこからパージしてくるつもりだよ。魔法でも使うのか?」
「……物理学を魔法と一緒にしないで。拓矢たち、そこにいるじゃない」
あたしは、竈の前でカレーを飲み込もうとしていた防大組のスリーメンズを指差した。
「おまえらの有り余る筋力という名の生体ハードウェアを、この『手動コンプレッサー』の入力デバイスとしてアクティベートする。これが本当の『人力リソースの有効活用』よッ!」
あたしが言い放つと、拓矢と佐伯くん、そして藤枝が同時にフリーズした。
「待て舞桜。俺たちはカレーを食べに来たんであって、一晩中シリンダーをシコシコ動かす全盛期の労働に従事しに来たんじゃないぞ?」
拓矢が、カレーの皿を盾にするようにして反論プロトコルを走らせる。
「当然の帰結でしょ。いい、断熱圧縮で発生した熱をシリンダーの冷却フィンから水に転送する。それを『エアクラ』の壁面に循環させる。一度暖まってしまえば、二酸化炭素ブロックの圧倒的な断熱性能が、その熱を全消しさせずに保持してくれるんだから。最初の一時間、おまえらが全盛期のトルクで回せばいいのよッ!」
「なるほど……。人力で熱を生成し、それを二重壁構造の魔法瓶効果で保存する。論理的には、被災地での『燃料不要の暖房プロトコル』として完成されているね」
勇希が、あたしの暴論に近い最適化案をノートPCに高速で入力し、熱力学的な妥当性を検証し始める。
「あーあ。舞桜の女王様モードに火がついちゃった。防大組のみんな、ご愁傷様。今夜は星座を眺める暇なんて、全盛期になさそうだね」
茅野が、呆れ顔でコンプレッサーの図面をタブレットにレンダリングし始めたわ。
「てか、この時期って熊でないわよね?」
あたし、黒木舞桜は、ふと、この非論理的な状況に潜む致命的なバグに気づく。
夜の湘南、潮騒だけが響く砂浜。そこにいるのは、茅野、勇希、拓矢、白井、斧乃木の男子5名。そして女子は、あたしと琴葉ちゃんのふたり。
「あ、あんたたち! あたしと琴葉ちゃんにわからせようとしてないわよねッ!?」
あたしは不機嫌さを極限までバーニングさせ、プラズマ級に加熱した顔面を、怪しい野郎どもの集団へと向けたわ。
当然の帰結よねッ!
暗闇、多勢に無勢、そして冬眠前の熊という名の野生の暴力。これらが組み合わさった時、あたしの純潔という名の観測領域が、非論理的な蹂躙に晒されるリスクは統計学的に無視できない数値に跳ね上がるわ!
「おいおい、女王さま。被害妄想が光速を超えてるぜ」
茅野が、砂を払いながら立ち上がった。その瞳には、孤独な御曹司ゆえの冷徹な知性と、それを「アホの子」という完璧な擬態で隠し切れない不純な野心が混ざり合っている。
「俺たちが『わからせる』のは、力による支配じゃない。経済的、かつ生物学的な『敗北のレシピ』の受容だよ。当然の帰結だろ?」
「お黙りなさいッ、この資本主義のバグを煮詰めたような成金魔王ッ! あんたのその『レシピ』という言葉の裏には、あたしを逃げ場のない白いサーバーにアーカイブして、デジタルに開発し尽くそうという卑猥な意図が透けて見えるのよッ!」
あたしは潤んだ瞳を激しく明滅させ、物理的な防衛線をさらに強固に構築した。
「……黒木さん。落ち着け。この時期、この近辺に熊が出没する確率は、私の演算では零点零三パーセント以下だ」
琴葉ちゃんが、凛とした空気で、しかし獲物を待つ猛禽類のような鋭い瞳で闇を射抜いた。
「だが、もしこの男子たちが不穏な動きを見せるというのなら……。一人につき三秒、合計十五秒で、全員の関節を物理的に『最適化』してやろう」
「「「…………ひいいっ!?」」」
茅野たちの悲鳴が、物理的に完璧なハモリを奏でた。
な、なによ。琴葉ちゃんのその、軍事的な精度に基づいた殺気……。これじゃあ、わからされるのは、あたしたちじゃなくて、この情けない男子たちの方じゃないのッ!
「い、いやぁ~、倉田先輩。そんな物騒なこと言わないでくださいよお。俺たちはただ、この湘南の潮風に含まれる塩化ナトリウムが、舞桜のしなやかな曲線美にどう作用するかを学術的に観測したかっただけで……」
茅野が、冷や汗を物理的な重力に逆らわせながら、高い声で笑って言葉を濁した。
「やっぱり蹂躙するつもりじゃないのよぉーッ! このデジタル覗き魔ッ!」
あたしは沸騰した顔面を振り乱し、勇希の腕を万力のような力で掴み取った。
「舞桜……。大丈夫だ。僕は、君の体温分布の変化を、誰よりも近くで……指先で、リアルタイムにサンプリングし続けると決めている……」
勇希の、医学的な理性すら放棄したヤンデレ王子のような視線が、あたしの左胸へと注がれる。
「な、なにを学術的な変態宣言をしているのよぉーッ! 結局、どっちを向いても蹂躙という名のバグに帰結するじゃないのーッ!」
あたしの羞恥心は臨界点を突破し、湘南の夜空に、あたしの非論理的な絶叫がベクターデータとして刻み込まれていったのよッ!
「藤枝ぁ、僕の舞桜を汚染させた罪は重いよ」
白井勇希が、医学的な冷静さをヤンデレ王子という名の不治の病に侵し、サブカル供給源である藤枝を睨みつけた。
その瞳の奥には、舞桜の純粋な知性を歪めるバグを、物理的に切除せんとする狂気が宿っている。
「誤解だ。白井くん! お、俺はサブカルエバンジェリストとして、彼女のポテンシャルを解放しようとしただけで……っ!」
藤枝は、自分が踏み抜いた地雷の威力が、熱核兵器級であることを本能的に察知した。
「お黙りなさいッ! この汚物系エバンジェリストッ!」
あたし、黒木舞桜は、不機嫌さを極限までバーニングさせ、プラズマ級に加熱した顔面で藤枝へと突進したわ。
当然の帰結よねッ!
あたしの気高い脳内リソースに、あんたが吹き込んだ「淫らな設定の乙女ゲーム」だの「非論理的なBL漫画」だのという名の有害なスクリプトを流し込んで、あたしをどんな『レシピ』に書き換えようっていうのよッ!
「いい、勇希! こいつ、あたしの網膜をサブカルという名の毒素でハッキングして、あたしの処女的な感性を、デジタルな全裸へと堕とそうとしたのよッ!」
あたしは潤んだ瞳を激しく明滅させ、勇希の白衣の裾をぎゅっと掴んで訴えたわ。
「……そうか。藤枝。君が舞桜に与えたのは、ただの情報ではない。……君の卑猥な妄想という名のウィルスだ」
勇希の右手に、手術用メス以上の鋭利な殺意が宿る。
「医学生として、その汚染された情報源を根こそぎ除染……いや、物理的に摘出する必要があるようだね」
「ひ、ひいいっ!? 助けて、茅野!」
藤枝が、死に物狂いで成金魔王へと助けを求めた。
「フン、当然の帰結だろ? 藤枝」
茅野万桜は、高級なパイプ椅子に深く腰掛け、孤独な御曹司の冷徹な笑みを浮かべた。
「おまえが舞桜のレシピを不純な方向に書き換えたおかげで、俺が投資した『美のプラットフォーム』に、致命的なエラーが出たんだよ」
茅野は、資本主義の魔王としての実行速度を最大限に発揮し、すでに手元の端末で「藤枝追放レシピ」を生成し始めている。
「おまえのサブカル資産は、今この瞬間に俺が買い叩いた。おまえはもう、逃げ場のない白いサーバーの中の『不要データ』として、永久にアーカイブされる運命にあるんだ」
「やめなさいッ! その『不要データ』の山に、あたしの恥ずかしい読みかけの漫画を混ぜるんじゃないわよーッ!」
あたしは沸騰した顔面を振り乱し、藤枝と勇希と茅野が三つ巴で引き起こす非論理的な爆発に、全力でツッコミを入れ続けたのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「てかピックアップトラックって。おまえロメオはどうしたのよ。ロメオは?」
あたしは、荷台に積まれた野営資材の山を物色しながら、不機嫌さを極限までバーニングさせた。
イタリアの至宝たるロメオを捨てて、この燃費という名の論理性をドブに捨てたようなアメ車に乗り換えるなんて。
「経費で落として、この日のために買いました。てか、おまえ、このフューチャーフォンの可能性に気づいてねえのかよ?」
茅野は、まるでコンビニでガムでも買ったかのような軽さで宣った。
「け、経費ぃ!? あんた、車……それもこんな巨大なV8エンジンを積んだ化物を経費で落としたっていうのッ!?」
あたしの理解力は、この成金魔王の脱税……じゃなくて節税スキームの前に、完全にオーバーフローを起こした。
あたしは潤んだ瞳で、隣にいた勇希にしがみついた。
「勇希ぃ、あたし、この借金のカタに風呂に沈められるの……ッ!?」
あたしは怯えた声音で尋ねた。
あたしの気高い純潔が、泡と共に消えていく非論理的なディストピアが4K解像度で脳内に投影される。
「拓矢ぁ、おまえ舞桜にVシネ貸したぁ?」
勇希の、普段は爽やかな高音が、地獄の底から響くようなドスを纏った。
「かかか貸し貸してねえッス! マジッス!」
拓矢が、顔面が遠心力で飛んでいきそうな勢いで首を振り、必死の否定プログラムを実行する。
「拓矢のお薦め『浪速、闇金道3』で、ヒロインのセクシーアイドル(サブリナ似)が沈められそうになってたわ……」
あたしは、震える声でその有害なサブカルチャーの摂取ログを暴露した。
「のぉぉぉッ!」
勇希のアイアンクローが、拓矢の顔面に物理的な衝撃荷重として炸裂した。
「そんなことにはならないよ。安心して舞桜……。ちょっと拓矢くんとお話してから説明するね……」
勇希は、白目を剥いて吊り上げられた拓矢を引きずりながら、静かなる御曹司という名の修羅に変貌して茂みへと消えていった。
あたし、黒木舞桜は、茂みの奥から聞こえてくる拓矢の「アガガガッ!」という物理的な悲鳴を、遠い銀河のノイズとして処理することにした。
当然の帰結よねッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「てかフューチャーフォンってなによ? フィーチャーフォンでしょ?」
あたし、黒木舞桜は、設計図を片手に、茅野を睨みつけた。
目の前には、鉄製のパイプとピストンが転がっている。
この「風熱ポット」という名の非論理的な発明品を形にするには、あたしの気高い知性が必要不可欠なんだから。
「フューチャーフォンさ。例えばこれにクラウドコンピューティング上の人工知能システムである魔王システムに、ビジネスメールの作成を依頼する」
茅野は、ピックアップトラックの荷台に腰掛け、不敵な笑みを浮かべて宣ったわ。
「メールの文面を俺が確認する。魔王システムにウェブアプリでメールを送らせる。全部口頭での指示だ。操作する必要はねえ」
あたしは、直径2センチの鉄製パイプを手に取り、その内部にピストンを滑り込ませた。
35センチの空気を一気に5センチまで圧縮する。
圧縮比は7倍。
一回の圧縮で、空気の温度は摂氏367度まで上昇する計算よ。
「表計算ソフトの書類作成も口頭ベースで指示する。プレゼン資料の作成もだ」
茅野の言葉を脳内の演算回路で反芻しながら、あたしはピストンを力強く押し込む。
断熱圧縮によって発生した熱が、周囲の1.5リットルの水を効率よく温めていく。
ここまで言われれば、あたしにも見えるわ。
フューチャー・電話の可能性が。
さすがは、横浜常盤台国立大学の秀才ってところね。
当然、あたしの圧倒的な演算能力には及ばないけれど。
「企業用に展開すれば、ビジネスとして成立するわね」
あたしは、約48回の圧縮作業を完璧なリズムでこなし、湯気と共に立ち上がる「最適解」を見つめた。
どうやら風呂に沈められる心配はなさそうだ。
沈まねえけど。
あたしの気高いプライドは、この「風熱ポット」から生み出される熱気と共に、さらなる高みへと帰結したのよ。
「社員ひとりひとりに、秘書とバックアップチームが付くようなものだわ……これ法人税がヤバいじゃん……」
あたし、黒木舞桜は、フューチャーフォンがもたらすであろう莫大な利益と、それに付随する納税という名の「国家による略奪」をシミュレートして戦慄した。
まあ、いっか。実務という名のメンドクセー処理はすべて茅野に丸投げすればいい。
すると、茅野はあたしに底なしの沼のようなジト目を貼り付けた。
「そうね。どうしようね法人税……。おい女王さま、どうしてくれようね法人税……」
な、なにを言っているのよ、この成金魔王は。
あたしの気高い演算回路は、アイツの嘆きの周波数をノイズとして処理した。
「いや、払えばいいじゃん。税金と死からは逃げられないのよ?」
あたしが真理という名の最適解を宣うと、茅野はさらにジト目を深めた。
「おまえ、お湯沸かしたよね?」
それがどうしたっていうの。
あたしが「風熱ポット」を完璧な物理学的アプローチでデバッグし、コーヒーを淹れるための熱エネルギーを生成した事実に、なんの不純物があるっていうのよ。
「それが?」
小首を傾げて問い返すあたしに、茅野はどこか遠くの銀河を見るような瞳で言葉を継いだ。
「うん。防大、県立大学、東京本郷大学、そんで横浜常盤台国立大学がスクラム組んで結成されるわけだよ。保全学部保全学科。……うん。どうしようね法人税」
あたしはさらに深く小首を傾げる。
四つの大学が連携して、このフューチャーフォンという名の聖域を保守し、世界を再定義する。……素晴らしい「レシピ」じゃない。
「払いなさい」
「資本が国庫で死蔵されるわッ! アホンダラッ! てか、おまえなんで県立大!? ウチでも東本大でも行けたじゃんッ!?」
茅野が突然、プラズマ級に沸騰して絶叫したわ。
な、なに? もう、すぐ怒る人、嫌いですぅ~。
あたしは潤んだ瞳で、茂みの奥で拓矢をデバッグしているはずの勇希の帰還を心から切望した。
「近いから? なによ? あたしがなにしたって言うのよぉッ!?」
あたしが直球ストレートで、自らの通学の合理性を主張すると。
「文明のシフトだな。佐伯ッ! 藤枝ッ!」
琴葉ちゃんが、凛とした軍事的な美しさを湛えながら、防大組に周囲の警戒を命じたわ。
あたしの「近いから」という極めてローカルで論理的な選択が、日本の、いや世界の知性の地殻変動を引き起こしている事実に、あたしの演算回路だけがまだ気づいていなかったのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
茂みの奥から戻ってきた勇希と拓矢は、まるで大型犬にでも引きずり回されたかのような、物理的にボロボロのバイタル状態だったわ。
泥にまみれた白衣、乱れた髪。
あたし、黒木舞桜は、その無残な演算結果の理由を、あえてアーカイブせずにデリートしてあげることにした。
当然の帰結よね。
知らなくていいバグもある。それが大人の女が持ち合わせるべき、略奪的なまでの優しさなんだから。
「斧乃木。敵は……」
琴葉ちゃんが、軍事的な警戒態勢を解かぬまま、下僕の拓矢に戦況報告を求めた。
その鋭い視線が闇を射抜き、非論理的な緊張が現場を支配しようとしたけれど。
「琴葉ちゃん。お風呂入らない?」
あたしは、その殺伐としたプロトコルを強引に遮断していざなった。
敵、なんていう物騒なノイズが存在しない、あたしたちの「日常」という名のクローズドな聖域へ。
「勇希ぃ、覗いたらわかってるわよね?」
あたしは、プラズマ級に加熱した顔面を勇希へと向け、釘を刺した。
深々と。
あたしの気高い肉体が、医学的なサンプリングという名目で蹂躙されるのは、あたしの許可プロトコルを通った時だけなんだからッ!
もし一ピクセルでも盗撮しようものなら、あんたのその優秀な視覚野を物理的に初期化してあげるわよ。
「……ああ、わかってる。……舞桜。……僕は、君が湯気に包まれて、その……体温が上昇していく推移を、心のMRIに焼き付けるだけで……我慢するよ……」
勇希は、ボロボロになりながらも、その瞳にヤンデレ王子特有の「不純な諦念」をデプロイさせたわ。
ピックアップトラックの荷台に構築された、あたしの「レシピ」による露天風呂。
あたしは、戦いを終えた(?)勇希たちのバイタルエラーを背景に、琴葉ちゃんと共に、非論理的な安らぎへと帰結することに決めたのよッ!
【後書き:文明のシフトは、一回のピストンから】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の舞台は、十二月の凍てつく山中。
本来なら過酷なだけのサバイバル環境を、舞桜は「風熱ポット」と「エアクラ」の多重断熱レイヤーによって、物理的に快適な聖域へと書き換えてしまいました。
特に注目していただきたいのは、茅野が提示した「フューチャーフォン」の概念です。
単なる通信端末を超え、クラウド上の魔王システム(AI)にすべてを口頭で指示するインターフェース。操作を必要としないその仕組みは、デジタルデバイドを解消する「全世代への最適解」として、舞桜の知性によってピンクメタリックの筐体へと封じ込められました。
一方で、勇希と拓矢の「茂みでのデバッグ作業」や、舞桜の「近いから」という極めて現実的な進学理由が、国家レベルの知性(保全学部保全学科)を動かしてしまう不条理。
舞桜の羞恥心が臨界点を超えれば、それは周囲への物理的な制裁へと帰結し、最後は露天風呂という名の安らぎでパッチを当てる。
「税金と死からは逃げられない」と嘯く舞桜が、次にどのような非論理的な地雷を踏み抜き、それを最強のレシピへとコンバートしていくのか。
全盛期の速度で走り続ける彼らの物語、次回のアップデートもぜひ網膜に焼き付けてください。
当然の帰結よねッ!




