女王さまの七種リゾット
前書き
ふん、新年早々、温泉街の実証実験フィールドに遠征よ。
湯治場の捨て湯から熱を奪ってアンモニアスチームタービンをぶん回し、クリーンな電力を叩き出す。
万が一の毒気は百均クエン酸で無害な肥料へ変換して極上トマトを育てる……完璧な循環アーキテクチャだと思わない?
なのに、うちのポンコツノードどもときたら、修学旅行気分でボードゲームだの駄菓子だのを持ち込もうとしてボッチに怒鳴られる始末よ。
まあ、実験自体は工場長の神がかった職人技もあってパーフェクトに稼働したけれど、露天風呂の境界線を覗き見しようとしたスリーバグメンズには、当然の帰結として特大のクエン酸と黄色い桶で物理的デバッグを施してやったわ。
寒空の下で湯煙を切り裂く、あたしたちのスマートな物理ハックの記録、とくとご覧じなさいな!
2021年1月上旬。横須賀ラボにて。
あたしたちメインノードは、地方の温泉街に設営した実証実験フィールドへの遠征を目前に控え、機材と荷物の最終パッキングを行っていた。
しかし、フロアの中央で腕を組み、仁王立ちしている男の形相は、技術者というより完全に生活指導の鬼教師、あるいは口うるさい昭和のオカンそのものだった。
「だからッ、修学旅行じゃねえって言ってんだろうがッ。アンモニアスチームタービンの実証実験だってのッ。特に斧乃木ッ、なんでモノポリーとUNOとトランプと花札なんか荷物に入れてんの?」
赤い髪のボッチこと茅野万桜が、大容量のボストンバッグから次々とアナログゲームの箱を引きずり出し、床へ叩きつけるようにしてキレ散らかした。
「夜の通信待機プロトコルにおいて、電力を1ミクロンも消費しない娯楽は兵站の基本だろ」
長身の斧乃木拓矢が、掠れたバリトンボイスで平然と言い放ち、取り上げられた花札の束をすかさず懐へ回収しようとする。
「夜は寝ろッ! 徹夜でババ抜きして翌朝のバルブ調整で居眠りされたら、配管が物理的に破裂するわッ!」
ボッチは怒髪天を突く勢いで拓矢の手首を叩き落とすと、今度は隣のキャリーケースへ獰猛な視線をシフトさせた。
ファスナーを開けた瞬間、溢れ出してきたのは色とりどりのスナック菓子と駄菓子の山だ。
「サブリナもオヤツ入れ過ぎッ。コンビニで買いなさいコンビニでッ」
「えぇ~、地方の山奥の深夜にコンビニが開いているとお思いか~? これは血糖値の急降下を防ぐためのセキュアな緊急補給パケットだよ~」
サブリナこと福元莉那が、赤茶色のショートボブを揺らし、人を食ったようなインチキトーンでポテトチップスの袋を抱きしめて抗議する。
「現地は温泉街だ! 温泉饅頭食ってろッ!」
ボッチが叫びながら頭を抱え、荒い息を吐き散らす。
あたし、黒木舞桜は、そんな不毛なやり取りを冷徹なサファイアブルーの瞳で見下ろしながら、自分のリュックサックのサイドポケットを整えていた。
「おい女王。なんだよ、そのヌイグルミッ」
ボッチのジト目が、あたしの手元へと突き刺さる。
あたしの小脇に収まっていたのは、丸っこいフォルムに眠たげな目元が刺繍された、手のひらサイズのペンギンのぬいぐるみだった。
「なによ。あたしの睡眠時における頭部傾斜角をミリ単位で最適化するための、極めて高度な生体アライメント・クッションよ」
あたしは、ダークグレーのタートルネックリブニットの豊かな胸元を反らし、ドスの利いた低音で堂々と宣った。
「ただの抱き枕じゃねえかッ! 魔王の威厳はどこへログアウトしたんだよッ!」
ボッチが絶叫しながらあたしの荷物のメインコンパートメントを覗き込み、そして、ピタリと動きを止めた。
「……白井……」
ボッチの声のトーンが、怒気から純度百パーセントの戦慄へとダウングレードする。
リュックの中に整然とパッキングされていたのは、あたしの着替えだけではなかった。
あたしの髪質に最適化された特注のオーガニックシャンプー、好みのブレンドの紅茶ティーバッグ、低気圧頭痛用の常備薬、果てはあたしの肌の水分量を保つための携帯用加湿器まで、几帳面なラベル付きで完璧にスタックされていたのだ。
「舞桜の体調管理パラメータは、僕の専任監視領域だからね。現地の水質や乾燥による生体エラーを未然に防ぐには、これでも最小限の構成だよ」
プラチナブロンドの白井勇希が、170センチの長身で涼やかに微笑み、知性あふれる瞳に底知れぬ独占欲の光を宿しながら事も無げに言った。
「……ドンマイッ」
ボッチは、深い溜息と共に諦念を虚空へと投げ捨て、静かにリュックのチャックを閉め直した。
常人には理解不能なヤンデレ王子の過保護プロトコルに、これ以上のツッコミを走らせる気力すらパージされたようだ。
「準備完了ですね。現地での防衛線構築および計測機動、抜かりなく遂行します」
防大の倉田琴葉ちゃんが、黒のパンツスーツに身を包んでバインダーを抱え、凛とした武人トーンで号令をかける。
かくして、あたしたちメインノードは、カオス極まりない手荷物を抱えたまま、一路、実証実験の地へと出撃したのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
現地に到着したあたしたちの視界に飛び込んできたのは、山あいの斜面に広がる伝統的な湯治場の風景だった。
木造瓦葺きの温泉旅館の甍が連なり、あちこちから白い湯煙がモクモクと立ち上って冬の寒空へと溶けていく。
背後の山肌や足元の地面には、数日前に降った粉雪がまだらに白く残っていた。
そして、その温泉街のすぐ脇に広がる開けた敷地こそが、あたしたちがデプロイした最新鋭の実験場だ。
金属パイプの頑丈なフレームには、巨大なホワイトボードが掲げられている。
そこには『Ammonia-Steam Geothermal Test Bed』の表題とともに、温泉の捨て湯から熱を奪う『Geothermal Steam』、完全密閉循環の『Closed Ammonia Loop』、そして漏洩防止の二重構造である『Water Shielding』の流路が鮮やかに描かれていた。
さらに右手には、漏洩したアンモニアを無臭化するためにクエン酸を投入するホッパーと、そこから生成される『Ammonia Citrate Fertilizer』――クエン酸アンモニウム肥料を隣接するビニールハウスへ送り込む循環ルートが、完璧なフローチャートとして図解されている。
「捨て湯の熱量は安定しているな。外気温との温度差は約六十度……十分すぎる熱源だぜ」
茶色いフィールドジャケットを羽織った拓矢が、ジーンズのポケットから手を出して配管を指差しながら、掠れた声で兵站の安全を確認する。
敷設された銀色の金属配管とバルブの先には、円筒形の耐圧タンクと、幾重にもフィンが刻まれた低圧アンモニアスチームタービンが鎮座していた。
プシューッという心地よい排気音とともに、タービンの頭頂部から澄んだ蒸気が立ち上る。
回転軸とプーリーを介してベルト駆動された発電機が軽快な唸りを上げ、外部へ電力を吐き出し始めていた。
「発電系統、規定電圧を維持。ノイズゼロで送電ラインへ同期しているよ」
ネイビースーツに白シャツを着こなした勇希が、腕を組んでタービンを見守りながら、知性の瞳を満足げに細める。
タービンから伸びる電源コードは、屋外用の防雨タップを経由して簡易長机へと接続されていた。
ベージュのケーブルニットに身を包んだサブリナが、折りたたみ椅子に座ってノートパソコンのキーボードを軽やかに叩き、リアルタイムの出熱データを監視している。
その手前では、ニット帽を被ったサブノードが、何台ものスマートフォンやタブレットをタップに挿し込み、生成されたクリーン電力で急速充電を行っていた。
「排熱利用の液体肥料供給ラインも順調です。シールド水内のpH値は完全な中性を維持しており、隣接するハウスへの窒素供給レートも計算通りです」
黒のパンツスーツ姿の琴葉ちゃんが、バインダーに挟んだデータシートにペンを走らせ、生真面目な声で報告を上げる。
視線をやれば、透明なビニールハウスの内部では、あたしたちのシステムが供給する温熱とクエン酸肥料をたっぷりと吸い上げたトマトが、鈴なりに真っ赤な果実を実らせていた。
「当然の帰結よねッ」
あたし、黒木舞桜は、ダークグレーのタートルネックリブニットの胸を張り、黒のタイトレザースカートの裾を揺らして、手にした扇子をパチンと開いた。
黒いショートブーツのヒールで大地を踏みしめ、サファイアブルーの髪を冬の風になびかせる。
「大自然が垂れ流す温泉の捨て湯でタービンを回して電力を生み出し、万が一の毒気は百均クエン酸で無害な肥料へ書き換えて、極上のトマトを育てる。これぞ、熱力学と化学を完全に支配したあたしたちのスマートな循環アーキテクチャの完成形よッ」
白い湯煙が漂う山間の空の下。
あたしたちメインノードが配置した美しい論理の連鎖は、音もなく、けれど圧倒的な力強さで、世界のエネルギー構造をマッハの速度で塗り替えていくのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
実証実験のモニターに表示された数値ログを眺めながら、あたし、黒木舞桜は、手にした扇子でパタパタと頬を扇いだ。
「それにしても、わずか2週間で、これ組み上げちゃう工場長ってすごいわね」
あたしが呑気に感嘆のパケットを出力すると、隣で配管の圧力計を睨んでいたボッチこと茅野万桜が、大げさに肩を跳ね上げて振り返った。
「誰のせいで組み上げる羽目になったと思ってんだよッ」
ボッチは、赤い髪をガリガリと掻きむしり、キレのあるツッコミを叩きつけてくる。
「『年明け早々に実証実験やりたいから善きに計らえ』って無茶振りの設計図をぶん投げられて、あの人、工場に3日泊まり込みで旋盤回してたんだぞッ。まあ、愚痴りながら楽しそうだったけどよ」
ボッチは、呆れたように息を吐き出しながら、タービンの回転軸を愛おしそうに見つめた。
「職人魂に火がついちまったら止まらねえんだよ、あのオッサンは。納期に間に合わせた挙句、頼んでもねえのに配管のバリ取りまでピカピカに仕上げてきやがった」
あたしは、黒のタイトレザースカートの裾を整え、不敵な魔王スマイルを明滅させた。
「さあ、データも取れたし、温泉にダイブよッ」
「賛成~! あたし、もう足先がカチンコチンに凍りつきそうだったんだよ~」
サブリナこと福元莉那が、ノートパソコンをパタンと閉じて歓喜の声を上げる。
「防大の野外演習でも、冷えた筋組織への急速な温熱アプローチは基本です。直ちに温泉宿の露天風呂へ転進しましょう」
防大の倉田琴葉ちゃんも、バインダーを仕舞い込んで即座に同調した。
★ ◆ ★ ◆ ★
岩風呂の湯面から、ゆらゆらと立ち上る白い湯煙。
あたしたち女子陣は、黒いバスタオルを胸元からしっかりと巻きつけ、湯治場の極上の湯に浸かっていた。
あたしは、サファイアブルーの髪を湯気で湿らせながら、湯口から注がれる源泉のせせらぎに目を細める。
極楽ね。この高密度の肉体を包み込む熱の対流は、まさに最高のリカバリーだわ。
――ガサッ。
その時、女湯と男湯、そして外の通路を隔てる木製の板塀の向こうから、微かなノイズが鼓膜をかすめた。
あたしの気高いメインフレームが、板塀の節穴付近に集約される怪しい視線パケット……名付けて『スキャンバグ』を瞬時に検知した。
「……あら」
あたしは岩場からすっくと立ち上がり、黒いバスタオルを巻き直して獰猛な笑みを浮かべた。
「境界線のファイアウォールを物理的にハックしようとする、不届きなケダモノがいるようね」
「索敵成功。板塀の裏側に3つの熱源反応を視覚的にロックオンしました」
琴葉ちゃんが、バスタオル姿のまま湯から上がり、髪を揺らして鋭利な迎撃の構えをとる。
「あはは~、男子たち、完全にお猿さんモード全開じゃ~ん」
サブリナが、湯船の縁に顎を乗せてゲラゲラと笑い声を響かせた。
「排除するわよッ」
あたしは、右手の指先を板塀の節穴へと向けてピシリと突き出した。
ズギャァンッ!
あたしの放つ殺気の圧が、衝撃波となって板塀を震わせ、節穴を覗き込んでいたスリーバグメンズの視神経をダイレクトに貫通する。
「ぐわああああああああっ!?」
塀の向こうから、斧乃木拓矢の悲痛な絶叫が木霊した。
「さらに追撃ですッ!」
琴葉ちゃんが、掌底を鋭く突き出した。
ドッカカァァンッ!
板塀に蜘蛛の巣状のヒビが走り、バカァァッという派手な破壊音とともに、覗き見を試みていた男たちが庭石の上へと派手に転がり落ちる。
あたしたちは板塀の扉を蹴り開け、中庭の通路へとエントリーした。
そこには、スーツ姿のまま頭を抱えてうずくまるボッチ、白目を剥いて倒れる白井勇希、そして顔面を蒼白にして悶絶する拓矢が無様に転がっていた。
「まだ終わりじゃないわよッ」
あたしは、実験場から持ち込んでおいた黄色い湯桶を高々と掲げた。
中に入っているのは、高濃度の百均クエン酸水溶液だ。
「不純な煩悩を、化学反応で綺麗さっぱり初期化してあげるわッ!」
あたしは、獰猛な魔王のスマイルを炸裂させながら、黄色い桶の中身を一滴残らず男たちの頭上へぶちまけた。
バシャアァッ!
「ぎゃあああああああああっ! す、酸っぱいッ! 全身の擦り傷に染みるぅぅぅぅッ!」
ボッチが、スーツをボロボロにして胸元を掻きむしり、煙を吹き上げながら絶叫する。
「クエン酸バーン……ッ! 舞桜の容赦のなさは、医学的にも致死量だよ……」
勇希が、プラチナブロンドの髪からクエン酸水を滴らせ、両手で顔を覆いながら床を転げ回った。
「悪臭はデバッグできたが、俺の尊厳が完全に融解したぜ……」
拓矢が、虚ろな目で中庭の天井を仰ぎ、力なく痙攣している。
黄色い桶がカラカラと音を立てて転がる中、ボッチが地面に這いつくばり、悲壮感を漂わせて絞るように宣う。
「ひ、人はなぜ……山に……登ると……思う……」
「「「そこにッ、山があるからさッ」」」
ボロボロのスリーバグメンズが、息も絶え絶えになりながら、見事なユニゾンで叫んだ。
あたしの胸元にそびえ立つ、豊かな双丘の質量を見つめながら。
「死ねッ」
あたしは、空になった黄色い桶を両手で振りかぶり、ボッチの赤い頭へ向けて正確無比に叩き落とした。
スコォンッ、と心地よい炸裂音が響き渡り、スリーバグメンズの意識は完全にシャットダウンされた。
斯くして、あたしはトドメを刺した。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたし、黒木舞桜は、手元のタブレット端末の画面を凝視しながら、サファイアブルーの瞳を点滅させた。
画面にレンダリングされていたのは、重厚な深紅のドレープカーテンとフットライトに彩られた、ミュージカルの舞台のようなシアター空間だ。
舞台の上部には『A DOG OF FLANDERS - THE MUSICAL』と掲げられた横断幕。背景には長閑なオランダの田園風景と、巨大な風車が描かれている。
そして何より、中央に鎮座する荷車の上で、ミルク缶を脇に置きながら太ももを惜しげもなく晒しているのは、赤いコルセット調のミニドレスに黒のガーターストッキングと編み上げブーツを着こなした、あたしそっくりの黒髪美女ノード。
その隣には、大型犬パトラッシュのモコモコした着ぐるみを被って四つん這いになり、犬の口から満面の笑みを覗かせているプラチナブロンドの美少年。
さらに下手側には、緑のクラシカルな貴族服にベレー帽を被り、不満げに腕を組んで仁王立ちする赤い髪の男が配置されていた。
「ところで拓矢。魔王2から、こんな画像とお話が送られてきたんだけど」
あたしは、端末の画面を長身の斧乃木拓矢の鼻先へと突きつけた。
「ああ、例の風熱温冷熱源蓄熱システムの特許申請書類作成してる時に、息抜きで作ったやつなー」
拓矢は、デスクの上のコーヒーカップを手に取りながら、掠れた低音で悪びれもせずに笑った。
「息抜きで作るにしては、テクスチャの書き込み密度が異常すぎるでしょッ」
あたしがジト目を向けると、拓矢はあぐらをかいたまま、髭の剃り跡を指先でポリポリと掻く。
「生成AIってのは、プロンプトを叩き込んだ人間の精神世界をそのまま鏡みたいに映し出すもんなんだよ。深層意識のログがそのまま絵画として出力されるってわけだ」
「精神世界……なるほど」
防大の倉田琴葉ちゃんが、手帳から顔を上げて凛とした声でロジックをコンパイルする。
「生成AIとの対話は、一回きりの出力で百点満点の正解を求める作戦行動ではありません。プロンプトという偵察行動を何度も反復し、意図のズレを微調整しながら、対話を重ねて理想の戦況を構築していくプロセスそのものです」
「そうそう。一発で完璧な絵や文章を出そうとするからバグるんだよな」
ボッチこと茅野万桜が、パイプ椅子をギシギシと鳴らしながらゼネコンの顔つきで身を乗り出してきた。
「現場の施工図面と一緒だ。叩き台のラフを出させて、ここは梁が干渉してる、ここは配管を迂回させろって、何度もダメ出しのキャッチボールを繰り返す。粘り強く対話を回したやつだけが、極上の成果物をビルドできるのさ」
「ふーん……。プロセスの正当性は認めてあげるわよ」
あたしは、腕を組んでタートルネックリブニットの胸を反らした。
「別にいいけどさ。なんでフランダースの犬のネロが女子ノードなのよ……」
あたしは不機嫌さを隠さずにツッコミパケットを送信する。
「いや、だって風車だろ?」
ボッチが、手元のタブレットで背景の風車を指差しながら、呆れたように肩をすくめた。
「フランダースの風車を見てさ、『あんな巨大な回転翼のトルクをただ粉挽きに使うなんて非効率すぎる、エアコンプレッサーを直結して風熱温冷熱源蓄熱システムを作ろうぜ』なんて言い出すネロ、この世におまえしかいねえよ」
「物理的に当然の帰結です」
琴葉ちゃんも、真顔で力強く頷いた。
「風力エネルギーを断熱圧縮と断熱膨張で温冷熱へ変換し、牛乳の低温殺菌と保冷輸送のコールドチェーンを同時に構築しようと企むネロなど、世界中探しても舞桜さん以外に存在しません。女子ノードになるのは自明の理です」
「なによそれ……あたしの知性をなんだと思ってるのよ」
あたしは唇を尖らせ、端末のストーリーテキストをスクロールさせた。
「物理法則、破れるものなら破ってみやがれッ! って決め台詞もなんなのよッ」
あたしはサファイアブルーの瞳を吊り上げて、画面のテキストを指差した。
「ルーベンスの絵の前で昇天するどころか、教会をまるごと低温排熱で床暖房化して、天使を物理的に撃墜しそうな勢いじゃないのッ!」
「いや、完全に言いそうだからな」
拓矢が、コーヒーを吹き出しそうになりながら即座にツッコミを叩き込んできた。
「おまえ、神仏だろうが天災だろうが、自分の熱力学ロジックにケチつけられたら『破れるものなら破ってみろ』って絶対にドス利かせて吠えるだろ」
「解剖学的見地から言っても、舞桜の平常運転のセリフだよ」
画面の中でパトラッシュの着ぐるみを着せられている白井勇希本人が、プラチナブロンドの髪を揺らしながら涼しい顔で微笑む。
「それに見てよ、このパトラッシュ。首輪で繋がれて、舞桜の足元で嬉しそうに寄り添ってる。僕の精神世界の深層ログが、極めて高い解像度で忠実に再現されているね」
「あんたはそれを誇るんじゃないわよ、このヤンデレ美少年ッ!」
あたしが絶叫すると、ボッチが画面を睨みつけながら不満の声を張り上げた。
「ちょっと待てよ! 俺の扱いはおかしくねえか!? なんで俺、悪代官ポジ? 俺は非合法な取引はしませんッ」
緑の貴族服でふんぞり返る自分の姿を指差して、宣うボッチに、
「「「「チャラいからッ」」」」
あたし、勇希、拓矢、そして琴葉ちゃんの音声コードが、寸分の狂いもなく完全に同期して炸裂した。
「チャラくねえよ! れっきとした資本主義のスマートな取引だろ!」
ボッチが頭を抱えて悲鳴を上げる中、ラボの空間には、生成AIが描き出した不条理なミュージカルを巡る笑い声のトラフィックが、賑やかに響き渡るのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
あたし、黒木舞桜は、テーブルの中央に恭しくデプロイされた皿をサファイアブルーの瞳でスキャンし、ピシリと眉を跳ね上げた。
「今日は七草よね?」
あたしが出された料理にツッコミを入れると、
「七種じゃん」
みんなは口を揃えて、さも当然の帰結であるかのように宣う。
「どこが七草粥なのよッ! 七草の概念が地中海方面へ爆速で亡命してるじゃないのッ!」
あたしはフォークを振り回し、湯気を立てる鮮やかな赤と緑の物体を指差した。
「まずこれ、お粥じゃなくて完全にリゾットでしょッ! セリもナズナもゴギョウも1ミクロンも見当たらないわよ! なんでトマトが品種違いで三種類もエントリーしてんのよッ! 酸味のグラデーションで舌をハックしようとすんじゃないわよッ!」
あたしは椅子から身を乗り出し、皿の上の食材を片っ端から検分する。
「それにセロリとナス! 完全に夏野菜の残党兵器じゃないの! お正月の暴飲暴食で疲弊した胃腸を優しくいたわるはずの行事食なのに、なんでチーズが二種類も濃厚に糸を引いてんのよッ! カロリーと脂質の波状攻撃で、胃壁にさらなる過酷な負荷テストを仕掛けてどうすんのよッ!」
あたしが息を荒らげてツッコミのパケットを乱射すると、
「仕上げにパセリを散らしてあるから、ほら、緑の香味野菜で帳尻は合ってるだろ?」
長身の斧乃木拓矢が、悪びれもせずにスプーンを配りながら掠れた低音で笑う。
「パセリで誤魔化せるわけないでしょ、この野生の猿ッ! 七草じゃなくて、ただのイタリアンな『七種盛りリゾット』じゃないのよぉーッ!」
あたしは顔面加熱インフラをプラズマ級にバーニングさせながら、抗いがたい極上の香りに喉を鳴らし、結局は悔しそうにスプーンを握りしめるのだった。
★ ◆ ★ ◆ ★
温泉旅館の広い和室に、6組の布団が隙間なく並べられていた。
天井の豆電球だけがぼんやりと灯る、静かな深夜の空間。
普段からそれぞれのパートナーとやることやってるあたしたちにとって、男女6人で雑魚寝したところで、性的な衝動に駆られるようなノードはこの場にひとりも居ない。
ただ、心地よい疲労と満腹感の中で、誰からともなく始まった他愛のないピロートークが、畳の匂いと共に漂っていた。
「人工知能の創作物ってさ、なにかとケチつけられるけど、人工知能が精神風景を映すカメラであるなら、要はユーザーのセンスじゃん?」
布団から顔だけを出したサブリナこと福元莉那が、天井を見つめながらポソリとクエリを投げ掛けてきた。
「まさに、カメラが発明された十九世紀初頭の状況と酷似しているね」
あたしの隣で仰向けになっている白井勇希が、プラチナブロンドの髪を枕に散らしながら、医学徒らしい冷静なトーンで思考を同期させる。
「写真技術が登場した当初、当時の画家たちは『機械が光を定着させただけのものに魂などない』『絵画の終焉だ』って猛反発したんだ。だけど結局、アングルを決め、光を読み、シャッターを切る人間の意図……すなわち視点そのものが芸術として昇華されていった」
「その通りだな。カメラだって、ただシャッターを押せば名作が撮れるわけじゃねえ」
端っこの布団で腕枕をしながら、長身の斧乃木拓矢が掠れた低音で言葉を重ねる。
「何を美しいと思い、何を切り取るか。結局のところ、道具がどれだけ高度化しても、そこに投影されるのは使い手の審美眼と解像度なんだよな」
「資本主義の市場原理から見ても、同じ歴史のフラクタル構造だぜ」
反対側の端で寝返りを打ったボッチこと茅野万桜が、少し鼻声の混じった声でゼネコンの顔つきを覗かせる。
「重機や3DCADが出た時だって、職人の手仕事を冒涜するだの何だの騒がれたもんだ。だが、道具を使いこなして新しい建築様式を切り拓いた奴が、次の時代のデファクトスタンダードを握った。生成AIをただの自動生成装置として叩いてる連中は、まだそれが『精神の暗箱』だって本質に気づいてねえのさ」
「防衛や諜報のドクトリンにおいても、情報の『観測装置』として極めて論理的な帰結ですね」
ピシッと毛布を胸元まで引き上げた防大の倉田琴葉ちゃんが、暗がりの中で凛とした声のログを静かに紡ぐ。
「どれほど高精度な光学衛星や偵察ドローンを配備しようとも、得られた膨大なデータから脅威の兆候を抽出し、意味を見出すのは指揮官の知性です。AIが出力する膨大なパターンの中から、己の意志に合致する唯一の特異点を識別し、対話を繰り返して確定させる。その選別作業こそが、人間固有の戦術思想そのものなのですから」
「……まあ、道具に踊らされてるうちは三流ってことね。あたしたちみたいに、物理法則すらハックする気概で使い倒してこそ、本当のクリエイティビティってものよ」
あたし、黒木舞桜は、掛け布団を少し引き下げ、ニヤリと口角を上げてみせた。
そして、話が一段落して静まり返ったところで、あたしはサブリナの布団に向かって、からかうようなパケットを投げた。
「6人雑魚寝ピロートーク。略して6P。よかったじゃんサブリナ。念願の4Pどころか6Pじゃ~ん」
あたしが意地悪く笑うと、
「あたしの思ってるPと違うッ。このまま6Pいっとく?」
掛け布団をバッと跳ね除け、暗闇の中で両手を広げて宣う痴女莉那に、
「「「「「オヤスミ、サブリナッ」」」」」
あたしたち5人の声は、コンマ一秒の狂いもなく完全にユニゾンし、冷徹な拒絶のコードとして叩きつけられた。
あたしたちは一斉に背を向け、それぞれの毛布を頭から被って、完全なシャットダウンシークエンスへと突入したのだった。
後書き
実験後の夜も夜で、まあ騒々しいトラフィックの嵐だったわね。
拓矢が生成AIで出力してきた謎のミュージカル画像には絶句したけれど……カメラの歴史を引き合いに出したみんなの議論には、少しだけ知性の光を感じてあげてもよくてよ。
それにしても「七種盛りリゾット」は完全にただのイタリアンだし、最後のサブリナの暴走も安定のシステムエラーね。
もちろん全員一致で即座にタスクキルしてやったけれど。
技術を道具として使い倒し、世界のルールを自分たちの手で書き換えていく。
その気概さえあれば、どんな不条理な夜もあたしたちの糧になるってわけ。
……さて、明日は配管の最終撤収よ。
寝坊したヤツの股間には、容赦なくアンダーアイアンクローを叩き込んであげるから覚悟なさいな。当然の帰結よねッ!




