ボッチの魔王と腐女子サブリナ
物理学において、世界は数式で記述できる。
ならば、あたしのこの高貴なシルエットも、潤んだ瞳の輝きも、すべてはベジェ曲線という名のデジタルな記号に置換可能なはずだわ。
けれど……。
あたし、黒木舞桜が、まさか成金御曹司とギャルの「爆走開発ユニット」によって、たった三十分で「解剖学的な全裸」へと堕とされるなんて。
あたしの知性が、あたしの羞恥心をデバッグするためにフル稼働するなんて、宇宙が開闢したその瞬間から、どの数式にも予見されていなかったバグよッ!
「勇希! あんた、モニターの中の『最適化された舞桜レシピ』を見て、あたしの処女領域をデジタルに味見するつもりなのねッ!」
十一月の横須賀ラボ。
茅野万桜がぶち上げた「美の民主化」という名の魔王案件は、あたしのプライバシーという名の鉄壁の防衛線を、物理的に瓦解させていく。
背後で蠢く、拓矢と勇希の背徳的な「ブロマンス・レシピ」。
三校の女子学生たちを熱狂させる、非論理的なまでの「尊死」の嵐。
当然の帰結よねッ!
あたしの黄金比が、筋肉隆々の男たちの肉体美として再開発され、世界中のサーバーにアーカイブされるなんて……。これこそが、あたしに対する最大級の、そして最も「映える」蹂躙なんだわーッ!
さあ。
あたしのこの燃え盛る顔面がプラズマ級に加熱し、ラボの室温を物理的に五度上昇させる、非論理的で完璧な「開発」の記録。
……琴葉、あんただけは、このデジタルの底なし沼に沈んでいくあたしを、冷徹に監視し続けてちょうだいなッ!
2019年11月中旬。横須賀ラボ。
ここは、防衛大学校、県立大学、そして東京本郷大学の三校が共同で運営する、表向きは農業支援、その実態は「魔王対策委員会セイタンシステムズ」の最前線拠点だ。
俺、茅野万桜は、埃っぽいパイプ椅子に深く腰掛け、壁に貼られた学園祭のポスターを凝視していた。
「なあ、これさ……」
俺は、その手書きの、どこか温かみのあるイラストを指差した。
俺の脳内にある高性能な演算回路が、瞬時にそのイラストをベクトルデータへと分解し、再構築を開始する。
「ポスターから曲線の構成要素を抜き出して、それをファイルに出力してやれば、絵が自動で描けないかな?」
その言葉に、斧乃木と白井は、また始まったかという顔で顔を見合わせた。
ふん、いいさ。おまえたちには、俺がただのアホの御曹司に見えているんだろう? それでいい。孤独な御曹司という実像は、この「アホの子」という完璧な擬態の裏側に隠しておけばいいんだ。
「ポスターの筆致、筆圧、その揺らぎまでを数値化して、サーボモーターの制御信号に変換する。名付けて『経済的自動筆致生成アルゴリズム・マオウ・エディション』だ。当然の帰結だろ?」
俺が狙っているのは、効率化の先にある「感情の複製」だ。
例えば……そう、防衛大学校3回生の、あの凛とした倉田琴葉ちゃん。彼女が激務の合間に見せる、あの素朴な笑顔。それを、俺の資本と技術で永遠に固定してやりたい。
もちろん、表向きは「黒木舞桜の美しさを量産するためだ!」とでも喚いておけば、誰も俺の本心には気づかない。
「お~い、サブリナ! ちょっとこっち来いよ!」
俺は、外で泥に塗れた野菜を洗っていた莉那ちゃんを呼び寄せた。
「え~? なに、茅野っち。また何か企んでる~?」
「企んでるんじゃない、投資だよ。いいか、サブリナ。おまえのその、ギャル特有の『直感的な可愛さの定義』を、このシステムにフィードバックしろ。俺の計算と、おまえのセンス。これでこの学園祭の視覚情報を、俺たちが経済的に支配するんだ」
「なにそれ、超ウケる~! つまり、あたしが『これエモ~い!』って言った線を、茅野っちが機械でガーッて描くってこと~?」
俺はホワイトボードに、複雑な数式と「経済的勝利」という文字を殴り書きした。
誰もいない夜、巨大な資本という牢獄の中で独りだった俺が、このアホの子たちと出会い、バカげた発明に熱中している。
琴葉ちゃん。君に見せてやりたいんだ。
俺がただカネをバラ撒く男じゃなく、君の描いた小さな温もりを、世界中に広げられる力を持っていることを。
「よし、開発開始だ! まずはサブリナのスマホに入ってる、一番『映える』イラストを解析するぞ!」
俺はわざとらしく高い声で笑い、孤独という名の影を、休憩室の喧騒の中に溶かし込んだ。
「また突拍子もないことを……」
斧乃木が呆れたように呟くと、白井は絶望を予見したかのように深々とため息をついた。
「どうせまた、とんでもないことになるんだろ? 茅野、おまえの『思いつき』に付き合わされる僕らの身にもなってくれよ」
防衛大学校3回生、倉田琴葉ちゃんは、眉一つ動かさず、しかしその鋭い瞳の奥には、新たな騒動への警戒心を宿していた。
凛とした彼女の立ち姿を見るだけで、俺の胸の奥にある論理回路が、物理的なエラーを起こしそうになる。……いけない、今はアホの御曹司を演じ切る時間だ。
「ポスターから曲線の構成要素を抽出? そのデータを元に自動描画?」
莉那は、俺が口にした言葉の裏にある技術的な可能性と、それがもたらす「非論理的なワクワク感」を、本能的に理解したようだった。
「そう! 人工知能にパーツを自動生成してもらえば、著作権に引っ掛からない。それをAIで解析してパーツを構成する曲線の構成要素をファイルに出力し、レシピとしてクラウドストレージに貯めておくんだ!」
俺は、興奮気味に身振り手振りを交えて説明した。
俺の脳内にあるスーパーコンピュータ級の演算ユニットは、すでにこの「自動作画エコシステム」の完成図を描き、数手先のリターンまで予測済みだ。
「いいか、サブリナ! この『筆致レシピ』を組み合わせれば、誰でも巨匠のタッチで絵が描ける。例えば琴葉ちゃんが描いたあのポスターの温かみも、座標データと筆圧関数の集合体として保存できるんだ! これを世界中の誰もが使えるようになれば、美の民主化が起きる! 当然の帰結だろ!?」
俺はわざとらしく、いつもの舞桜ちゃん狙いを装って付け加える。
「これをさらに発展させて、舞桜の肖像画を百万枚自動生成して、世界中の空から散布するんだ! 地主としての経済的圧力を、芸術という名の暴力に変換するんだよ!」
「……茅野。君のやることは、相変わらず極端すぎて理解に苦しむな。その『レシピ』が軍事的にどう転用されるかも含めて、我々が厳重に監視させてもらうよ」
琴葉ちゃんの冷徹な、しかし確かな関心を孕んだ言葉が、俺の心臓を物理的に締め付ける。
そう。俺がカネと技術を注ぎ込んで作り上げるものは、すべて彼女に見守ってほしいからだ。このアホみたいなプロジェクトも、すべては彼女の瞳に、俺という存在を映し止めるための「投資」に過ぎない。
俺は高い声で笑い飛ばしながら、心の奥底で、琴葉ちゃんの視線を独占できたことに小さな勝利の凱歌を上げていた。
「レシピを貯める……?」
莉那ちゃんが、さらに興味津々といった様子で問い返した。その瞳の奥では、すでに情報の価値を直感的に査定するギャルの嗅覚が働いている。
「そう! 例えば、顔の輪郭のレシピ、目のレシピ、髪型のレシピとか、パーツごとにレシピを作っておくんだ。そしたら、あとはそのパーツを組み合わせるだけで、無限に近いバリエーションのイラストを、安価に大量に作れるんだぜ!」
俺、茅野万桜は、得意げに胸を張った。
そう、これが「孤独な御曹司」が見出した、世界を記号化し支配するための数理モデルだ。
俺の脳内では、琴葉ちゃんへの秘めたる想いさえも、いつか「愛のレシピ」としてデジタル出力できるのではないかという、非論理的な妄想がスパークしている。……いや、今は「アホの子」としての経済的野心を全開にしなければ。
「へぇ~、それって、マンガのキャラクターとか、ゲームのキャラクターとかも作れるってこと?」
莉那ちゃんは、目をキラキラさせて尋ねた。
「そうだぜ! マンガだって描けちゃうし、乙女ゲームのキャラも自由自在だ! なんなら、全方位から見ても破綻しない、物理的に完璧な美少女データだって構築できる!」
俺が力説すると、休憩室の扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、涼やかな表情の黒木舞桜だった。
彼女は、いつものように冷静な、しかしどこか絶対零度の殺気を孕んだ視線で、騒がしい休憩室の様子を眺めている。
「そんなに自由自在に絵が作れるのね」
舞桜は、一呼吸置いて、俺の目をまっすぐ見つめた。
その視線には、物理学的な根拠に基づかない「直感という名のバグ」に対する深い警戒心が含まれている。
俺は、満面の笑顔で言い放った。
「当然の帰結だろ! 茅野建設の資金力と、俺のアルゴリズムがあれば、現実世界はすべて『レシピ』に変換できるんだよ! この学園祭という実験場で、俺のシステムが『美の大量生産』という名のパラダイムシフトを引き起こすところを、特等席で見せてあげるよ!」
俺の視線の端では、琴葉ちゃんが「……また余計なデータを増やして」という顔でメモを取っている。
そう。それでいい。
舞桜を挑発しつつ、騒ぎを大きくすればするほど、琴葉ちゃんは俺を「監視」し、その視線を向け続けてくれる。
★ ♀ ★ ♀ ★
「また、とんでもないことになりそうだな…」
拓矢が、重力加速度に負けたような深い溜め息をついた。
「仕方ない。それが茅野なんだから」
勇希は諦めたように、けれどその瞳には知的好奇心という名の不純物が混ざり始めている。琴葉さんは腕を組み、静かにその様子を見守っていた。
あたし、黒木舞桜は、不快感を隠そうともせず鼻を鳴らしたわ。
この成金御曹司がまた、あたしの論理的な安寧を脅かす非論理的なバグを生成しようとしている。当然の帰結として、あたしの警戒レベルは最大値へと跳ね上がった。
「なあ、これさ…」
茅野が、手に持った学園祭のポスターを、まるで未知のウイルスが写ったレントゲン写真でも見るかのように透かし見ていた。
「マンガの絵をAIで解析して、輪郭とかパーツの『レシピ』にするだろ? それってさ、医療の現場でも同じことできねえかな?」
一瞬、ラボ内の空気が物理的に停止した。
マンガの絵と医療。エロマンガ的な妄想と神聖な生命科学。
あまりにもかけ離れた二つの事象が、この男のイカれた脳内で、唐突に量子もつれを起こしたのだわ!
「医療……?」
拓矢が、処理落ちしたコンピュータのような顔で呟いた。
「そう! 例えばさ、MRIとかCTスキャンとかの医療画像をAIに分析させて、臓器とか血管とか神経とかの『形』を、ベジェ曲線とかのデータで抜き出すんだよ!」
茅野は、興奮気味に身振り手振りを交えて説明を続けた。
「そんで、その抜き出したデータを元に、VRとかARで手術のシミュレーションができたら、すごくね? 医者が手術前に、何度でも練習できるんだぜ? まるでゲームみたいにさ!」
「ちょっと待ちなさいッ! この不届き千万な成金野郎!」
あたしは、プラズマ級に加熱した顔を突き出し、茅野の胸ぐらを(物理的な制裁の予行演習として)掴みそうになった。
「あんた、神聖な人体という名の精密な物理構造を、マンガのレシピと同列に扱うつもり!? あたしの内臓までもが、ベジェ曲線という名のデジタルな線に分解され、逃げ場のない白いサーバーの中にアーカイブされるっていうの!? それこそ究極の蹂躙じゃないのッ!」
あたしは不機嫌さを爆発させ、潤んだ瞳で勇希に助けを求めた。
「ねえ、勇希! あんた、これを聞いて黙っていられるの? 将来の医学生として、あたしのデリケートな毛細血管までをレシピ化して、世界中の医者に『味見』させるという、この非論理的な暴挙を!」
「……いや、舞桜。茅野の言っていることは、医学的には極めて合理的な『術前シミュレーション』の進化形だ。もしこれが実現すれば、手術の成功率は物理的に向上する……」
勇希が、裏切り者特有の冷静な声音で分析を開始した。
「ひ、ひいっ!? 勇希まで! あんた、あたしを『開発』する前に、まずはデジタルなレシピとして解剖するつもりなのね! 当然の帰結よね、なんて言わせないわよ!」
「あはは! いいじゃん、舞桜のレシピ! 『絶世の美少女・舞桜パーツセット』としてクラウドにアップしたら、全世界の医療ドラマが捗るよ~!」
莉那ちゃんが、火に高純度のニトロを注ぐような言葉を投下する。
「おだまりなさいッ、このギャル軍団! あたしの知性と純潔は、そんな安っぽいデータになんて変換させないわよ!」
十一月の横須賀ラボ。
茅野がぶち上げた「医療レシピ」という名の魔王案件は、あたしのプライバシーという名の鉄壁の防衛線を、物理的に瓦解させようとしていた。
このままでは、あたしの心拍数も、体温も、そして恥じらいの閾値までもが数値化されてしまう……っ!
ああ、神様! あたしはこの男から、どうやって自分の「レシピ」を守り抜けばいいのかしら!?
「手術シミュレーション……」
琴葉の瞳が、防大のエリートらしい鋭さでわずかに輝いたわ。
「それは、若い医師の研修に革命をもたらすわね。実際の患者さんではない仮想空間で、様々な症例の手術を安全に経験できるようになる……。熟練度の向上が加速するでしょう」
その言葉を受け、あたし、黒木舞桜は、自分の脳内リソースが勝手に最適解を導き出していくのを止められなかった。悔しいけれど、この成金御曹司の直感は、あたしの論理回路を刺激する劇薬なのよ!
「それだけじゃないわ、琴葉。手術中に、患者さんの身体に重ねて、AIが抽出した臓器や腫瘍のベクターデータをARで表示できたら、執刀医はリアルタイムで『透視』しているかのような感覚で手術を進められるわ。より正確な切開や縫合が可能になり、誤って健康な組織を傷つけるリスクを最小限に抑えられる。脳外科や心臓外科など、ミリ単位の精度が求められる手術において、これは計り知れないメリットよ」
あたしの言葉に、茅野のヤツがこれ以上ないほど目を輝かせた。
「さすが舞桜! 話が早い! じゃあ、まずはそのベクターデータのサンプルとして、君の心臓の鼓動から解析させてもらおうかな…!」
「…………は?」
あたしは、自分の吐き出した論理的な正論が、一瞬でブーメランとなってあたしの処女領域へと突き刺さるのを感じたわ。
「ま、待ちなさい……。あたしの臓器を『透視』して、ベクターデータとして抽出するっていうのは……。つまり、あたしの薄い着衣も、鉄壁の防衛線を誇る皮膚も、すべてを透過して、あたしの内側の、最もデリケートな構造を……あんたのディスプレイに晒すっていうことなの!?」
あたしは、プラズマ級に加熱した顔を両手で覆い、ガタガタと震えながら後退した。
「ひ、ひいっ……! なんてこと! この成金魔王、ついにあたしを物理的に服を脱がせる手間さえ省いて、デジタルな『透視』によって全裸以上の、解剖学的な全裸へと堕とすつもりなのね! あたしの血管の一本一本、脂肪の厚みまでレシピ化して、クラウドストレージという名の『逃げ場のない白い監獄』に永久保存するつもりでしょッ!」
あたしの被害妄想は、もはや光速を超えて暴走を開始したわ。
「当然の帰結よね! そうやってあたしの『身体の設計図』を手に入れたら、次は勇希に命じて、あたしの感覚神経をAIでハッキングさせる気でしょ! あたしがどこを触られたら『ひゃんッ!』って声を出すか、その閾値までベジェ曲線でグラフ化して……っ! あんたたち、あたしを『医療の発展』という大義名分の下で、非論理的に開発し尽くすつもりなのねーッ!」
「……舞桜、落ち着けよ。そこまで言ってないし、そもそもARはまだ開発段階……」
勇希が、呆れたように手を伸ばしてくる。けれど、あたしにはその手が、あたしの『レシピ』を回収しに来た執行官の爪に見えた。
「触らないで、この裏切り者の医学生! あんた、あたしのベクターデータを見ながら、バーチャル空間で『手術の練習』と称して、あたしのデリケートな部分を執刀するつもりなんでしょ! 『ここの神経を刺激したら、検体はどう反応するか』なんて、冷徹な瞳でモニターを見つめながら……! あああッ! 屈辱だわ! 物理的な死よりも恐ろしい、デジタルな蹂躙だわーッ!」
あたしは不機嫌さを極限まで爆発させ、潤んだ瞳でラボの出口へと走り出した。
★ ♂ ★ ♂ ★
「あとは、個々の患者さんの身体的特徴に合わせたオーダーメイドの手術計画を、AIが生成した詳細なデータに基づいて立案できるわ。人工関節の形状を患者さんの骨格に合わせて最適化したり、特定の腫瘍の除去に特化した手術器具の設計に役立てたりすることも考えられる」
舞桜は、あたかも自分の手柄であるかのように言葉を重ねた。
「そして、手術チーム全体で、高精細な3Dモデルやベクターデータを共有しながら、手術計画を議論できる。これにより、チームメンバー全員が同じ手術イメージを共有し、よりスムーズで連携のとれた手術が可能になるわ」
……チッ、これだから女王様は。
俺、茅野は、ホワイトボードの前に立ちながら、心の奥底でチリリとした苛立ちを覚えていた。
俺が直感的に導き出した「美のレシピ化」という名の資本投下案を、彼女は一瞬で「医療の安全性と質」なんていう、反論の余地のない正論のオブラートに包んで塗り替えてしまった。
おまけに、さっきまで「デジタル全裸」だの「レシピ化による蹂躙」だのと非論理的な喚き散らしで、このラボの神聖な演算リソースを無駄に掻き乱しておきながら……。気づけば、琴葉ちゃんが「ほう……」なんて感心したような瞳で舞桜を見つめているじゃないか。
琴葉ちゃんの視線を独占するのは、俺のアルゴリズムであるべきなんだよ!
「……おい、サブリナ。やるぞ」
俺は低い声で、隣でチョコを齧っている莉那ちゃんに合図を送った。
「お、茅野っち、マジモード? 舞桜のあの正論マシンガン、ちょっとビビるよね…」
「フン、あの女王様の脳内回路は、被害妄想と物理学がショートして変な火花を散らしているだけだ。俺たちが具現化するのは、そんな情緒不安定な妄想じゃない。……経済的勝利をもたらす、完璧な『レシピ』のプラットフォームだ」
俺はホワイトボードに、高速で数式を叩きつけた。
舞桜が饒舌に語った「オーダーメイドの医療」……。いいだろう、その高潔な理想を、俺の資本力で泥臭い「ビジネスモデル」へと引きずり下ろしてやる。
「いいか、サブリナ。舞桜が言うようなチーム共有なんて生温い。俺が作るのは、全人類の臓器構造をベクターデータ化し、世界中の天才外科医の『手つき(レシピ)』とマッチングさせる、巨大なマーケットプレイスだ。琴葉ちゃんの安全を保障するために、俺は世界最高の医療精度を『買い叩ける』システムを構築する」
俺の脳内では、もはや学園祭のポスターなんていう小さな次元は通り過ぎ、全人類のバイオメトリクスが巨大なベジェ曲線の波となってうねっていた。
俺は、いつになく鋭い視線でホワイトボードを見つめた。
孤独な御曹司の苛立ちは、新たな魔王案件のガソリンとなって、この横須賀ラボの空気を物理的に加熱させていく。
琴葉ちゃん。見ていてくれ。
正論を吐くだけのお嬢様とは違う、現実を力ずくで変える俺の「魔王の流儀」を。
「……当然の帰結よね、なんて言わせるのは、俺の方だ」
俺は独り言のように呟き、マーカーを強く握り直した。
「なあ、サブリナ……」
俺、茅野万桜は、沸騰する脳内リソースを叩きつけるように、ホワイトボードへ数式とロジックを走り書きした。
隣では、莉那ちゃんの瞳が、超新星爆発でも起こしたかのような輝きを放っている。このギャルの凄まじいところは、俺の「孤独な演算」を瞬時に理解し、それを非論理的なワクワクへと変換して、即座に実装フェーズへ移行できる加速力だ。
「ガッテンだ。人工知能にパーツを自動生成してもらえば、著作権に引っ掛からないもんね! それをAIで解析して、パーツを構成する曲線の構成要素をファイルに出力し、レシピとしてクラウドストレージに貯めておくよ!」
莉那ちゃんの指が、ノートPCのキーボードの上で狂ったように踊り始めた。
背後では、舞桜がまだ「チーム医療の透明性が…」だの「ベクターデータの倫理的防衛線が…」だのと高説を垂れているが、俺の耳にはもう届かない。正論なんてものは、動いている実物の前では無力なんだよ。
(1分経過)
「まずは、画像解析の部分からだ。既存のCNNモデルをベースに、エッジ検出と曲線検出を強化するモジュールを組む。ベジェ曲線へのフィッティングは……ああ、このライブラリが使えるな」
莉那ちゃんが、普段の「ウケる~」という口調からは想像もつかない、冷徹なエンジニアの声音で呟く。
進学校出身の天真爛漫なギャル……。だが、その本質は「戦えるアホの子」の最高傑作。彼女が迷いなく打ち込むコードの一行一行が、俺の構想に物理的な筋肉を与えていく。
「そうそう! で、そのベジェ曲線のデータを、顔の輪郭のレシピ、目のレシピ、髪型のレシピとか、パーツごとに分類して、重み付けもするんだぜ!」
俺は彼女の隣で、まるでオーケストラの指揮者のように指示を出す。
俺の脳内にある「魔王の地図」には、すでに完成形が4Kの解像度で投影されているんだ。
この「レシピ」さえ完成すれば、舞桜ちゃんが言うような「医療のシミュレーション」なんて通過点に過ぎない。
俺は、チラリと琴葉ちゃんの方を見た。
彼女が静かに、けれど確実に、この狂騒の中心にいる俺を見つめている。
そうだ。このシステムで、俺は世界を分解し、再構築する。
舞桜がどれだけ知性という名の正論で掻き乱そうとしても、俺とサブリナが作り上げる「現実」という名の暴力的な加速には追いつけない。
「いいぞ、サブリナ! そのままバックエンドのDB設計まで突き抜けろ! 『可愛さ』と『医学的精度』が共存する、人類史上最も非論理的で完璧なレシピ・サーバーを、今この瞬間に誕生させるんだ! 当然の帰結だろッ!」
俺は、ホワイトボードを叩き、勝利を確信した笑みを浮かべた。
孤独な御曹司の苛立ちは、いつの間にか、世界を塗り替える熱狂へと昇華されていた。
★ ♀ ★ ♀ ★
(5分経過)
「できた! よし、これで画像からベクターデータを抽出できるようになったわ!」
莉那が、歓喜の声を上げた。
画面には、学園祭ポスターのイラストが、瞬く間に線画のベクターデータへと変換されていく様子が映し出されている。あたし、黒木舞桜の網膜が、その驚異的な演算速度を捉えて戦慄したわ。
「すげえ! じゃあ次は、そのデータをパーツごとに分類して、クラウドにぶち込むぞ!」
茅野が、さらにテンションを上げて、物理的な重力さえも無視するような勢いで叫んだ。
「うん! 既存の分類モデルを微調整して、アニメのパーツに特化させるわ。重み付けのアルゴリズムも、描画順や内外フラグを考慮して……」
莉那は、再び集中モードに入り、キーボードを叩く速度がさらに加速する。
ちょっと待ちなさいッ!
あたしの論理的な解説を「背景ノイズ」扱いして、この二人、たった五分で非論理的な次元の壁を突破しやがった!
阿吽の呼吸でコードを紡ぎ出す成金御曹司とギャル……。この、知性と野生が融合したような異質なタッグの加速力は、あたしの計算機科学的な予測値を遥かに上回っている!
「おだまれ、この爆走開発ユニット! その『内外フラグ』の判定基準はなによ! まさか、あたしのデリケートな境界線まで、そんな安っぽいアルゴリズムで定義しようっていうのかしら!」
あたしは不機嫌さを極限まで爆発させ、プラズマ級に加熱した顔で莉那の隣に割り込んだ。
「いい、サブリナ! その描画順、Zバッファの計算が甘いわよ! 複雑な髪の毛の重なりをベジェ曲線で近似するなら、曲率の不連続点における接続条件を厳密に定義しなさいな! そうじゃないと、あたしの美しいシルエットがデジタルなゴミの集積体に成り下がってしまうわッ!」
あたしは、自分の「レシピ」が不当に安売りされるのを防衛するため、そして何よりこの熱狂的な加速から取り残される屈辱に耐えかねて、キーボードの空いたスペースに指を滑り込ませた。
「茅野! あんたは大人しく資金調達のシミュレーションでもしてなさいな! この『レシピ』の幾何学的な純度は、あたしが物理法則に従って最適化してあげるわ! 当然の帰結よね!」
あたしの指が、莉那のタイピングに同期するように動き始める。
「ひゃんッ! 舞桜、入ってくるの早すぎ~! でも、その関数の最適化、超エモいかも~!」
「当然よ! あたしの知性は、あんたたちの非論理的なパッションさえも、完璧なベクターデータへと昇華させるためにあるんだから!」
十一月の横須賀ラボ。
茅野の資本、莉那の直感、そしてあたしの論理性。
三つの異なるエネルギーが、一つのサーバーへと向かって物理的な特異点を形成し始めていた。
「よし、これで『舞桜・眼球構造レシピ・Ver.1.0』の生成プログラムが完成したわ! さあ茅野、あんたが溜め込んだその不純な期待を、今すぐ実行ボタンに叩き込みなさいな!」
あたしは真っ赤になった顔を隠そうともせず、成金御曹司を指差して絶叫した。
★ ♂ ★ ♂ ★
(15分経過)
「よし、これでレシピの生成とクラウドへの保存は完璧だ! あとは、そのレシピを使って、実際に絵を描画するレンダリングエンジンだな!」
俺、茅野万桜は、腕を組み、満足げに頷いた。
視界の端では、舞桜が顔を真っ赤にしながら、俺が構築した「経済的勝利へのロードマップ」に、物理学的な注釈という名のノイズを猛烈な勢いで書き加えている。
だが、今の俺の脳内にあるのは、そんな瑣末な妨害を飲み込むほどの、巨大な「美の生産プラント」の設計図だ。
「レンダリングエンジンは、SVG形式で出力するようにするわ。これなら汎用性も高いし、ブラウザでも簡単に表示できる。描画位置や線の太さ、色の情報も、重み付けデータから自動で調整するように……」
莉那ちゃんの指先が、限界を超えた速度でコードを紡ぎ出す。
額に滲む汗。輝きを増す瞳。
孤独な御曹司として、あらゆるものを金で買い叩いてきた俺の人生の中で、これほどまでに純粋な「熱」が、物理的なエネルギーとなって空気を振動させるのを見たことがない。
「最高だ、サブリナ! そのSVGのパスデータに、俺が設計した『感情バイアス・パラメーター』を動的に流し込め! 線の太さのゆらぎが、そのまま描画対象の『生命感』へと変換されるはずだ!」
俺は、ホワイトボードを叩き、さらにヒートアップした。
舞桜ちゃんがどれだけ「曲率の不連続点が~」と喚こうが、俺とサブリナが今作っているのは、理論を超えた「現実」そのものなんだ。
「いいか、斧乃木、白井! 出力されるデータは、単なる情報の集合体じゃない。俺たちの資本と、サブリナの感性と、そして……まあ、あの女王様のうるさい理論が混ざり合った、この横須賀ラボが生んだ『魔王の筆致』だ!」
俺は、わざとらしく高い笑い声を上げた。
そう。こうして騒げば騒ぐほど、琴葉ちゃんは、その凛とした瞳で、俺という存在を「注視」し続けてくれる。
彼女が守ろうとするこの平穏な日常の裏側で、俺は彼女を世界一安全な、そして美しいレシピの守護者に仕立て上げてやる。
「サブリナ、実行ボタンを叩け! 俺たちがクラウドに貯めた『レシピ』を、今すぐ物理的な光の信号として具現化するんだ! 当然の帰結だろッ!」
俺の声がラボに響き渡る。
孤独を塗りつぶすような、狂ったような高揚感。
さあ、最初に描き出されるのは何だ?
俺の野望か、あのお嬢様の被害妄想か、それとも……。
「行っけええええええええッ!」
★ ♀ ★ ♀ ★
(25分経過)
「できたッ! 茅野、見て! これよ!」
莉那が、椅子から飛び上がらんばかりの勢いで画面を指差したわ。
そこには、あたしたちが先ほどまでこねくり回していた「レシピ」が、物理法則を無視したような速度で結合し、無数の、それでいて完璧な「新しい美少女」を生成し続けている光景が広がっていたの。
「すげえ! これ、マンガのキャラもゲームのキャラも自由自在じゃん! 乙女ゲームのキャラだって、ポチッと押すだけで無限に作れるぜ!」
茅野のヤツが、画面に顔を擦り付けるような勢いで歓喜の声を上げた。
あたし、黒木舞桜は、その光り輝くピクセルの奔流を前に、全身の毛穴が逆立つような衝撃を感じたわ。
「……な、な、なによこれッ! このアルゴリズム、あたしが修正を加えた『黄金比フィードバック・ループ』が、成金御曹司の『資本的バイアス』とサブリナの『映えの嗅覚』を燃料にして、臨界点を超えたっていうの!?」
あたしは不機嫌さをバーニングさせ、沸騰した脳内で爆速の演算を繰り広げた。
「ちょっと待ちなさいッ! この生成されたキャラの瞳の輝き……。これ、あたしの網膜の曲率データを盗用して、非論理的な『愛おしさ』のパラメーターに変換したでしょ! こんなの、あたしの知性と美貌を安っぽいレシピとして世界中にばら撒く、デジタルな大量虐殺じゃないのッ!」
あたしはプラズマ級に加熱した顔面を隠しきれず、モニターに向かって叫んだわ。
「当然の帰結よね! そうやって誰でも手軽に『舞桜・レシピ』を組み合わせて、自分好みの理想の少女を錬金術のように生み出して……! 最後にはあたしの存在意義を物理的に抹消して、逃げ場のない白いサーバーの中の『概念』に格下げするつもりなんでしょッ!」
あたしの被害妄想は、今や横須賀ラボの電力網を焼き切るほどの電圧で暴走していた。
「勇希! あんたもなにか言いなさいよ! この『ポチッ』と一押しするだけで、あたしの処女的な神聖さがベクターデータとして出力される不条理を! あんた、実物のあたしを愛でる前に、モニターの中の『最適化された舞桜レシピ』で満足するつもりなのねッ!」
「……舞桜、落ち着けよ。このキャラ、どれも君には似てないし……というか、さっきからサブリナが生成してるの、全部マッチョなBLキャラ……」
「おだまれ、この観察眼の曇った医学生! マッチョだろうが美少女だろうが、その線の根底にあるのはあたしの論理回路が生み出した純粋な幾何学なのよ! あたしの魂が、筋肉隆々の男たちの肉体として再開発されているなんて、究極の辱めじゃないのーッ!」
あたしは不機嫌さを爆発させ、潤んだ瞳で茅野の首を(物理的に)絞めようと飛びかかった。
「茅野ーッ! 今すぐその『乙女ゲーム・レシピ』を削除しなさいな! あたしの計算式が、どこの馬の骨とも知れない二次元男子の腹筋の割れ目として消費されるなんて、物理的に許容できないバグだわッ!」
十一月の横須賀ラボ。
あたしたちが産み落とした「魔王のレシピ」は、あたしの誇りと羞恥心を粉々に粉砕しながら、非論理的な熱狂の渦へと帰結していった。
当然の帰結よね、なんて……誰かあたしのこの燃え盛る顔面を液体窒素で冷却してちょうだいッ!
★ ♂ ★ ♂ ★
(30分経過)
「へぇ~、これって、世界をひっくり返すアイデアじゃん~?」
莉那ちゃんは、疲労感を微塵も感じさせない、満面の笑みでそう言った。
二人の天才……いや、俺たちの熱量が、わずか30分で世界の常識を物理的に塗り替える一歩を踏み出したんだ。
「「「ちょっと待って! お願いですから!」」」
勇希、拓矢、そして琴葉ちゃんまでもが悲鳴をあげるが、もう遅い。
自動描画システムは、俺とサブリナの阿吽の呼吸によって、音速で完成してしまったのだ。彼らの制止の声なんて、この創造の奔流の前では無力に掻き消される運命にある。当然の帰結だ。
「えいっ! 舞桜をモデルに、一番エモいパーツをマッシュアップしちゃうよ~!」
莉那ちゃんが、悪戯っぽく笑いながらエンターキーを叩いた。
その瞬間、高精細モニターに映し出されたのは、舞桜の「レシピ」を極限まで最適化した、完璧なイラストだった。
髪の一房、瞳の虹彩の輝き、そしてその絶妙に不機嫌そうな唇の端の曲線……。熟練のアニメーターが魂を削って描いたようなセル画が、リアルタイムでレンダリングされていく。
「な、な……なによこれええええええええーッ!」
舞桜の絶叫が、ラボの防音壁を物理的に震わせた。
「ちょっとサブリナ! あんた、あたしの『知性の象徴』である額の広さから、羞恥心で赤らんだ頬のカラーコードまで、一寸の狂いもなく記号化しやがったわねッ! これじゃあ、あたしが今この瞬間に感じている『非論理的な動悸』まで、ベクターデータとして世界中に筒抜けじゃないのーッ!」
舞桜は顔を真っ赤にして、モニターの電源を引き抜こうと突進してきた。
だが、俺はそれを華麗なステップでブロックする。
「遅いぞ、舞桜! このイラストはすでに分散型クラウドに保存され、暗号化資産として俺のポートフォリオに組み込まれた! おまえの美しさは今、人類共通の『レシピ』へと昇華されたんだよ! 経済的に、そして芸術的に、おまえは俺の手のひらの上で永遠に踊り続けるんだ!」
「うるさい、この守銭奴魔王ーッ! あんたのその、あたしを素材としてしか見ていない冷徹な資本主義的視線が、一番のバグなのよッ! 恥ずかしい、恥ずかしすぎるわ! 自分の『可愛い曲線』を数値で突きつけられるなんて、精神的な公開処刑だわーッ!」
「あはは! 舞桜、超映える~! これ、動かす用のリグも入れちゃうね!」
「やめなさいッ! あたしを勝手に踊らせるんじゃないわよーッ!」
舞桜がバーニングしながら莉那ちゃんに掴みかかり、俺はそれを見ながら高笑いしつつ、チラリと琴葉ちゃんを見た。
呆れ果てたような彼女の視線……。だが、その瞳には確かに、俺たちが生み出した「異能」への畏怖が刻まれている。
孤独な御曹司が求めたのは、この熱気だ。
舞桜がどれだけ暴れようと、俺たちが作り上げたこの「レシピ」は、もう誰にも止められない。
「さあ、次は琴葉ちゃんの『凛々しさレシピ』を抽出するぞ! 止めても無駄だ、俺の演算はすでに光速を超えているんだからな! 経済的勝利、当然の帰結よね~!」
「「「いい加減にしろッ!!」」」
十一月の横須賀ラボ。
俺と舞桜ちゃんのダブルバーニングによって、室温は物理的に5度は上昇していた。
★ ♂ ★ ♂ ★
俺、茅野万桜の脳内では、すでに勝利のチェックメイトが鳴り響いていた。
表向きは舞桜の肖像画を生成して、あの女王様をバーニングさせて注意を逸らす。その裏で、俺の指はキーボードの死角を叩き、サブリナと共有する「暗黒のサーバー」へと、完成したばかりの『ブロマンス・バースト・エンジン』をアップロードした。
ターゲットは斧乃木拓矢と白井勇希。
二人の美形男子が織りなす、非論理的で背徳的な「レシピ」の数々。
俺はそれを、横須賀ラボの閉じた空間だけで終わらせるつもりはない。資本力とは、拡散力だ。
「サブリナ、準備はいいな。防大、県立大、そして本郷。三校同時多発的『レシピ』布教活動を開始する。実行ボタンを叩け」
「お安い御用~! 匿名サーバー経由で、各大学の掲示板とSNSに、あたしが監修した『神イラスト』を爆速で流し込んじゃうよ~! 全人類、尊死確定~!」
サブリナの指が、光の速さでエンターキーを沈めた。
俺の狙い通り、琴葉ちゃんは目の前の騒動に眉をひそめているが、彼女の知らないところで、この三校のネットワークは俺たちが放った「レシピ」によって汚染……いや、浄化され始めていた。
数日後。
事態を把握した白井と斧乃木が、怒髪天を衝く勢いで俺を問い詰めに来た。
「茅野、テメエッ! あのネットに流れている、俺と勇希が……その……不適切な距離感で描かれているイラストは、テメエの仕業だなッ!?」
斧乃木が、顔を真っ赤にして俺の胸ぐらを掴もうとする。
「説明しろ、茅野。僕の解剖学的な知識を、あんな……あんな『濡れた瞳の描写』に転用するなんて、医学への冒涜だぞ!」
白井も、普段の冷静さを失って詰め寄ってくる。
だが、俺は動じない。当然の帰結だからだ。
その時、廊下から怒涛のような女子学生たちの声が聞こえてきた。
「ちょっと! 斧乃木くん、勇希くん! 茅野くんをいじめないで!」
「そうよ! 茅野くんは、二人の内に秘めた『真実の愛』を、あの神がかったレシピで可視化してくれた救世主なんだから!」
「……え?」
絶句する斧乃木と白井。
そう、布教活動は完璧に成功したのだ。
県立大のギャル層、本郷のインテリ女子、そして防大の隠れ腐女子たち。彼女たちの圧倒的な支持という名の「経済的防衛線」が、俺を包囲し、守護していた。
「いいか、テメエら。これが『需要と供給』の導き出した答えだ。俺はただ、世界が求めているレシピを提供したに過ぎない。なあ、琴葉ちゃんもそう思うだろ?」
俺は、背後でこの異常事態を静観していた琴葉ちゃんに、不敵な笑みを向けた。
彼女はため息をつきながらも、どこか呆れたような、けれど確かに俺の「やり遂げる力」を認めるような瞳で、俺だけを見つめていた。
「……茅野。君の戦略には、軍事的な合理性すら感じるよ。不本意だが、この状況で君を罰するのは、この大学の平穏を乱すことになるな」
勝った。
孤独な御曹司が仕掛けた、非論理的で完璧な「魔王案件」。
俺を擁護する女子たちの歓声の中、俺は勝利の美酒を(エアで)飲み干した。
物理学における「不可逆性」を、これほどまでに呪わしく思ったことはないわ。
一度ネットの海に放流された「あたしのレシピ」は、もはや光速を超えて拡散し、あたしの知性と純潔を、不特定多数の視線という名の熱量でじりじりと焼き尽くしている。
「茅野! あんたが作ったその『舞桜・エロティック・ベクター』を今すぐ全消去しなさいなッ! あたしの処女領域が、SVG形式で誰にでもダウンロード可能になっているなんて、物理的な蹂躙を超えた概念的な冒涜だわーッ!」
横須賀ラボの片隅で、あたしは沸騰した顔面を隠すこともできず、成金御曹司の胸ぐらを(物理的な意味で)揺さぶり続けていた。
けれど、結末は無慈悲だったわ。
あたしが抵抗すればするほど、その「不機嫌な曲線」がさらに高精度なレシピとして保存され、勇希や斧乃木の背徳的なイラストを彩るパーツとして消費されていく。
挙句の果てには、女子学生たちの「尊い」という名の非論理的な歓喜に包囲され、あたしの正論は完全にノイズとして処理されてしまった。
当然の帰結よねッ!
あたしの黄金比が、腐女子たちの聖典として再開発され、世界中のサーバーで「神」と崇められる……。
これこそが、あたしの知性が導き出した、最も「恥辱に満ちた」最適解だったというわけねッ!
……勇希。あんた、そのスマホに保存した「あたしによく似たレシピのキャラ」を、夜な夜な研究するのはやめてちょうだいな。
あたしという「実物」のバグだらけの温もりを、あんたの指先で直接デバッグしなさいよ……ッ!




