女王さまのオールドチャンプ
世間がクリスマスという名の非論理的な祭事に浮かれ、舞浜のリゾートパークでバイタル信号を無駄に消費している頃、あたし黒木舞桜はガレージという名の実行環境に籠もっていた。
あたしの愛車、オールドチャンプZ2。この子に「地層学」を応用した新たなレシピをデプロイし、全盛期の知性を注ぎ込む。
これは単なる整備ではない。時代を跨ぐ人工生命のビルドであり、あたしの気高いプライドが導き出した物理学的最適解なのだ。
鉄の心臓に新たなバイタルが宿る時、聖夜の横浜は、あたしという名のポインタが刺し込まれる巨大なソースコードへと変貌する。
2019年12月24日。
横須賀漁協組合横のガレージ。
あたしの愛車であるオールドチャンプZ2は、ここに駐輪させてもらっている。
あたし黒木舞桜は、ただ黙々と愛車の整備に没頭する。
他の女子がネイルの手入れをするように、全盛期の集中力でパーツをパージし、デバッグを繰り返す。
「あれ、舞桜ちゃん。今日はイブだよ? 勇希くんと遊びに行きなよぉ」
そう声をかけてきたのは、この漁協組合の組合長であって、市議会議員である白井泰造さん。
勇希のパパだ。
あたしは不機嫌さをバーニングさせて、イブを彼氏と過ごさない論理的な理由を提示する。
サブリナが生成した、勇希の戦国武将遊戯という名の汚染データについてだ。
「知らないわよッ!? 当然の帰結よねッ!?」
あたしは沸騰した顔面を振り乱し、物理的な断罪という名のスパナを握りしめた。
噛みつくあたしを前に、泰造さんはフューチャーフォンを手に取った。
「これ莉那の悪戯でしょ? もう許してあげてよ。ね?」
朗らかに笑って子供のケンカの仲裁をする、実質的極道のオーラをデプロイする泰造さんに、あたしは弱い。
あたしは口を尖らせて、バイタル信号を僅かに軟化させた。
「ちぇー。わかったわよぉ。勇希、今日はあたしに付き合ってもらうわよ?」
和解という名のパッチを適用した。
すると、物影から勇希が顔を覗かせ、眩いばかりの、ヤンデレ王子特有の「不純な諦念」を湛えた笑顔を向けてくる。
ここを愛車の駐輪場にする理由は明解だ。
盗難という名のバグに遭わない。
ガレージを取り囲む黒塗りベンツという名の鉄壁のファイアウォールを突破する馬鹿はいない。
それが、あたしの導き出した物理学的な最適解なのだ。
★ ◆ ★ ◆ ★
「ねえ、勇希ぃ……茅野のヤローがピックアップトラックを経費で落としたって言うじゃない? だから……」
あたしが言いかけたその時、ガレージの外から重量級のディーゼルエンジンの排気音が響いた。
運び込まれてきたのは、一台や二台のレベルじゃない。
オールドチャンプのフレーム、そして朽ちかけたZ2の残骸という名の、膨大な非実在バイナリではない物理的資材。
それらが次々とガレージという名の実行環境にデプロイされていく。
「ま、舞桜? どうするのさ、これ?」
勇希は、あたしが衝動買いでこれを購入したと思っているようだ。
そんなわけあるか。
「磨いて直して、全盛期に仕上げるのよ。それも新たな人工生命としてね」
あたしは潤んだ瞳を激しく明滅させ、錆びついたクランクシャフトを愛おしそうにスキャンした。
「手伝いなさい勇希。サブリナと拓矢は、今ごろ舞浜のリゾートパークで焼け爛れているでしょうけどね」
イブは、ケーキ食べる祭りに過ぎない。
浮かれてんじゃないわよ。
開発されてんじゃないわよ。
開発する日じゃないのよッ!
あたしは即座に、地層学の概念をバイクの駆動系に転用する設計図を脳内にレンダリングする。
車軸に二重筒のジェル層シャフトをインストールして、摩擦抵抗を極限まで全消しする。
この「硬・軟・粘」を使い分ける流体レイヤーに、水分を定期的に供給する。
植物性由来のカバーで覆われたそのシャフトは、年次でメンテナンスを行う「生きた相棒」へと書き換えられるのだ。
あれ、あたし……。
「開発してるじゃないのよぉーッ!」
あたしの非論理的な絶叫に、勇希と泰造さんがビクリと肩を竦ませたわ。
あたしの気高いプライドは、クリスマスの夜にバイクという名の人工生命を開発するという、全盛期の矛盾へと帰結してしまったのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「二重筒式・地層ジェル内蔵シャフト。どう、美しいでしょ?」
あたし黒木舞桜は、ピカピカに磨きあげたオールドチャンプに、全盛期の知性を注ぎ込んだ新型の摩擦抵抗軽減機構を実装させる。
別に、こんなクリスマスイブがあってもいいと思う。
「へー。ホンダのCBじゃん。オジさんの若いころのバイクだね」
泰造さんが、目を細めて懐かしそうにバイタル信号を揺らす。
まあ、バイクってそういうものよね。
車という名の巨大な閉鎖環境に比べて、バイクは剥き出しの全盛期。
四輪駆動の鉄の箱は、数年も経てば「中古車」という名の劣化データに成り下がるけれど、バイクは違う。
バイクがアホみたいに長く乗り続けられるのには、論理的な理由がある。
それは、構造が「人間」という名の生体ハードウェアに近いからよ。
車はパーツ一つを交換するのにも大掛かりなデバッグが必要だけれど、バイクは機能がモジュール化されている。
壊れたら直す。古くなったらパッチを当てる。
そのサイクルを繰り返すうちに、バイクは単なる工業製品という名のバイナリデータから、持ち主の人生と同期する「人工生命」へと昇華される。
車が「消費される資産」なら、バイクは「継承されるレシピ」なのよッ!
だからこそ、あたしの開発した地層ジェル内蔵シャフトが、この老兵に新たなバイタルをデプロイする。
二重筒の中に閉じ込められた「硬・軟・粘」のハイブリッド・ジェルが、車軸の摩擦という名の致命的なエラーを物理的に全消しする。
「……舞桜。君がバイクを語ると、なんだか生命倫理の講義を聴いている気分になるよ」
勇希が、磨き粉で汚れた指先をヤンデレ王子特有の仕草で拭いながら宣った。
「当然の帰結よねッ! あたしたちが死んでも、この子だけは全盛期の精度で走り続ける。そんなソースコードをあたしは今、ビルドしているんだからッ!」
あたしの気高いプライドは、聖夜のガレージに響く金属音と共に、時代を跨ぐ「究極の最適解」へと帰結したのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「見てよ、これ。あたしのライセンス・ポートフォリオという名の、全盛期のスキルツリーを」
あたし黒木舞桜は、ガレージの油の匂いの中で、複数の国家資格証をトランプのカードのように扇状に展開した。
当然の帰結よね。
防大組の拓矢たちから「実習のついでに、これもデバッグしておけ」と放り投げられた教材を、あたしが演算処理できないはずがないんだから。
「二級小型自動車整備士……特殊無線技士……危険物取扱者……。それに大型特殊免許まで?」
勇希が、あたしの資格リストをスキャンし、医学的な常識さえオーバーフローさせた呆れ顔で宣った。
「ついでに航空整備士のパッチも当てているところよ。防衛大学校という名の、巨大な資格取得ブートキャンプをフル活用しない手はないでしょ?」
あたしは、オールドチャンプのキャブレターを軍事的な精度で組み上げながら、不敵に微笑む。
「……舞桜。君がバイクを直している姿は、もはや外科手術というより、神殿の修復作業を見ている気分になるよ」
勇希が、あたしの横顔をヤンデレ王子特有の「信仰」に近い視線でサンプリングし始めた。
「当然の帰結よねッ! あたしは単なる乗り手じゃない。この子のバイタルを、全盛期の角度で跳ね上げ続けるための、専属のシステムアーキテクトなんだからッ!」
あたしの気高い知性は、クリスマスという名の非論理的な祭事の裏側で、鋼鉄の心臓に新たな生命のレシピをデプロイし続けていたのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「ねえ、勇希。保全学部保全学科って、卒業後に自衛隊に入らないといけないっていう、略奪的な縛りはないわよね? 県立大が合同でキャンパスを広げただけの、合理的なレシピよね?」
あたし黒木舞桜は、ピストンにジェルを注入しながら、ふと浮かんだ論理的な疑念をデプロイした。
タダで整備士や無線技士のライセンスをコンプリートできるなんて、そんな甘いソースコードの裏には、物理的な徴兵という名のバグが潜んでいるかもしれない。
ま、いっか。いざとなったら、あたしの演算能力で総理大臣を恫喝して、国家予算をあたしの研究リソースにリダイレクトさせてやるわッ。
「ゆ、勇希……舞桜ちゃん、怖いこと言ってる。注意しなよぉ」
泰造さんが、あたしの気迫に当てられたのか、全盛期の角度で引き気味に宣った。
あら、あたしの不敵な微笑みが、エスパー的な解像度で伝わってしまったのかしら。
「無理だよムリゲーだよ父さん。あと舞桜、声に出てるからちょいちょい」
勇希が、あたしの脳内ダンプが漏洩していることを指摘し、医学的な冷静さで呆れ顔をデプロイしたわ。
「舞桜ちゃん。オジさん極道じゃないのよ?」
泰造さんが困ったように笑うと、漁協組合のオジさんたちの間から、物理的に完璧なハモリで笑いが起こった。
「またまた御謙遜を」
あたしがジト目を向けると、泰造さんは「~」という波ダッシュのように眉を下げて宣ったわ。
「してないからね。謙遜。まあ、近しいものはあるけど、極道じゃありません。お酒は飲むけど、打ったり買ったりしてません」
泰造さんは、頑ななまでに実質的非極道プロトコルを維持している。
まあ、黒塗りベンツのファイアウォールに守られたこの環境を享受しているあたしとしては、そういう仕様だということにしてあげよう。
「うん。舞桜は大人だなぁ~」
勇希が、あたしの寛大な判断を全盛期の精度で肯定した。
「当然の帰結よねッ! あたしは単なる女子大生じゃない。この国の、そしてこのバイクという名の人工生命の保全を司る、全盛期のシステム管理者なんだからッ!」
あたしの気高い絶叫が、クリスマスのガレージにバイナリデータとして刻み込まれていく。
あたしの気高いプライドは、総理大臣への恫喝という名の「究極の外交プロトコル」を胸に、さらなる高みへと帰結したのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
その時、フューチャーフォンのコールが鳴った。
やっぱり、物理的なボタンと手に馴染む筐体を持つ携帯電話は、これが一番話し易い。
「サブリナ? おまえ、今ごろ舞浜で開発されてんじゃないの?」
あたし黒木舞桜は、潤んだ瞳を僅かに明滅させ、からかうようなパケットを送信した。
『なんの話よ? まあ、いいや。茅野がCEO権限でホテルディナーを奢ってくれるって。て言うか、経費の計上に貢献してってさ……場所は横浜ね……魔王、善きに計らえ』
そう言ってサブリナは、一方的に通信を切断した。
フューチャーフォンの液晶パネルには、クリスマスディナーの会場となるホテルの座標と、ドレスコードという名の鉄壁のプロトコルを守るための、ブティックの場所が提示されている。
あたしと勇希が、オールドチャンプをガレージにしまっていると、泰造さんが若い衆……じゃなくて、青年スタッフに声をかけて宣った。
「片しておくから行っておいで」
そう言って、あたしたちを全盛期の慈愛で送り出してくれる。
「……お言葉に甘えてしまおうかしら」
あたしたちは手を洗って、機械油の染み込んだツナギから普段着に着替えた。
着替えの最中、あたしは勇希にジト目を貼り付ける。
「いまさらでしょ?」
勇希は、医学的な羞恥心さえデリートしたかのように開き直っている。
あたしの気高い肉体をサンプリングすることに慣れきった、ヤンデレ王子特有の「当然の帰結」という顔ね。
あたしは吐息をひとつ、苦笑をついて諦めたわ。
「いいわ。横浜の夜景という名の非論理的な光の海に、あたしのバイタルを同期させてあげる。感謝なさい、勇希」
あたしは不機嫌さを僅かにバーニングさせつつも、内心では新しいドレスの「レシピ」を高速でレンダリングし始めていた。
あたしの気高いプライドは、聖夜のガレージから、横浜という名の高密度な社交界へとデプロイされることを決定したのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
ホテルの駐車場にバイクを全盛期の精度で停めて、すぐ近くにあるデパートの中にあるブティックへと向かうと、そこにはドレスアップという名の完璧な装いをデプロイしたサブリナがいた。
拓矢もタキシードみたいなカッチリした服を着て、物理的に強そうな正装姿を披露している。
防大組の佐伯くんと杉野香織も、いつもの制服とは違う、華やかなレシピでめかし込んでいるわね。
もちろん、琴葉ちゃんと茅野もだ。
あれ、部屋の片隅に、4K解像度の哀愁を感じるバイタル信号があるわ。
藤枝もめかし込んでいるけれど、隣にパートナーという名の実行ファイルが存在しない。
「茅野……誰かいないの? あれ、パーティーの空気を非論理的に悪くするわよ?」
あたし黒木舞桜は、潤んだ瞳を僅かに明滅させ、小声で尋ねた。
「大丈夫だよ。俺たちだけじゃねえもん。誰かしら見つかるんじゃん」
茅野は不敵に宣い、ホテルの最上階を貸し切った、全盛期の熱量を誇る社交会のゲートをアクティベートした。
会場にログインした瞬間、あたしの網膜に飛び込んできたのは、資本主義のバグを煮詰めたような、圧倒的な社交界のレンダリングデータだった。
茅野が主催するこのクリスマスディナーは、単なる食事会じゃない。
横浜の夜景を借景にした、次世代のイノベーターたちによる、高密度な情報交換のプラットフォームだ。
ドレスコードという名の厳格なセキュリティパッチを当てた紳士淑女たちが、シャンパングラスという名のデバイスを片手に、優雅なプロトコルで交流している。
茅野の顔の広さは、もはや統計学的な予測を超えているわね。
「お、女王さま、お出ましだな。今日のドレス、熱力学的に完璧なシルエットじゃねえの」
茅野がニヤリと笑い、あたしと勇希をメインテーブルへとエスコートする。
会場のあちこちでは、フューチャーフォンの可能性について語る起業家や、保全学部の新しいレシピに目を輝かせる研究者たちが、全盛期の速度でパケットを交換している。
一人で佇んでいた藤枝の周りにも、いつの間にかサブカルチャーに造詣の深い女子大生たちが集まり、あたしの懸念したエラーは、即座に解消されていたわ。
「……舞桜。君の美しさが、この会場の平均輝度を全盛期の角度で跳ね上げているよ」
勇希が、あたしの耳元でヤンデレ王子特有の甘いノイズを囁く。
「当然の帰結よねッ! あたしという名の最適解が加わって、初めてこの社交会は正常終了へと向かうんだからッ!」
あたしの気高いプライドは、横浜の夜空に溶け出すピアノの旋律と共に、クリスマスの夜という名の最も華やかなメインループへと帰結したのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
豪華なシャンデリアが照らすホテルの最上階、横浜の夜景をバックにした最高級の社交会。
そんなラグジュアリーな空間で、あたしたちのテーブルだけは、全盛期の物理演算に基づいた「積み上げ作業」が進行していた。
あたし黒木舞桜とサブリナは、ドレス姿のまま、ひたすらご飯茶碗を垂直に積み上げていく。
空になった茶碗が、地層のように重なり、物理的な限界点を目指してスタックされていく光景。
「江戸時代の人間か。君らは?」
呆れ果てたパケットを投げてきたのは、大手ゼネコン茅野建設の社長、茅野淳二さんだった。
けれど、あたしとサブリナの手は止まらない。
お米は百回噛んで、消化という名の完璧なデバッグを行い、飲み込む。
「あんまり似てないわね? それと、ご飯が進むメニューばかりだからしょうがないじゃん」
あたしは大手の社長相手に、不機嫌さを僅かにバーニングさせつつ、礼儀正しい(?)返礼をデプロイした。
当然の帰結よねッ! この最高級の和洋折衷レシピが、あたしのバイタルを米へとリダイレクトさせているんだから。
「まあ、酒の肴ってそう言うもんやね。弟がお世話になっております。万桜の兄の淳二です」
あたしの人間スキャン――もし悪意があれば即座に勇希と拓矢が物理的な除染にやってくるはずのセンサー――が反応しない。
なら、この人は大丈夫だって、あたしの演算回路が断言できる。
「合同キャンパス保全学部保全学科2回生の黒木舞桜です。弟さんには、先日オッパイを鷲掴みにされました。セクハラです」
あたしは、ご飯を飲み込む速度と同じ実行速度で、保護者への苦情プロトコルを走らせる。
「弟さんには、先月、深度カメラでデータ的に丸裸にされました。陵辱です。弟さんには――」
「あ、兄貴……違うぜ。こいつ、あれだよ……カワイソーな……」
そこで、茅野の言葉は、全盛期の無音へと帰結した。
あたしがドレスの裾を翻し、ヒールのカカトという名の、物理的に鋭利な一点荷重をアイツの足の甲にデプロイしたからだ。
「楽しそうやんか。ええ顔してるで万桜。ええ仲間見つけたやんか。君らも万桜と仲良くしてやってな。あ、セクハラしよったらシバいてええよ」
茅野の兄ちゃんは、気さくなオッサンだ。
この、周囲の空気を自分色に書き換えてしまう圧倒的な権限。
あれだわ。泰造さんに近い、実質的ファイアウォールの強さを感じる。
「淳二さんは父さんの先輩だよ。ご無沙汰してます淳二さん」
勇希がそう言って、茅野の兄ちゃんに、医学的な礼節を保った挨拶を送る。
泰造さんの先輩ってことは、このオッサンも極道なのかしら。
「極道ちゃうよ? 経済マフィアや」
淳二さんは、不敵な笑みを全盛期の解像度で浮かべた。
そっか。だからダークスーツじゃなくて、その赤いスーツなのね。
全身を包む、攻撃的なまでのレッドカラー。
あたしの脳内データベースが、一つの名前を高速でヒットさせたわ。
「シャアだ」
「誰がシャアやねんッ!」
赤い社長は、物理的に完璧なタイミングでノリツッコミを炸裂させた。
あたしの気高い知性は、横浜の聖夜に響く経済マフィアの叫びを聞きながら、さらなる「おかわり」という名の最適解へと手を伸ばしたのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
「いい兄ちゃんじゃん」
あたし黒木舞桜は、横浜の夜景という名の非論理的な光の海を背景に、シャンパングラスに口をつけた。
あ、ヤベ。全盛期の勢いで飲んじゃったわ。
あたしは潤んだ瞳を激しく明滅させながら、隣の勇希に視線を向ける。
勇希は医学的な冷静さを保ったまま、苦笑して頷いた。
帰りのオールドチャンプの運転は、勇希で決まりね。当然の帰結よねッ!
「まあな」
そう言って、茅野も不敵な笑みを浮かべ、シャンパングラスを傾ける。
あれ、おまえも飲んでいるってことは、愛車のロメオはどうするのよ?
あたしの視線に気づいたのか、茅野は最高級ホテルのキーカードを、物理的な優越感と共に提示した。
「はっ……!」
あたしは驚愕という名のパケットを受信し、即座に勇希に視線を向ける。
すると、勇希もまた、ヤンデレ王子特有の「詰みの形」を完成させたような手つきで、キーカードを提示した。
「あ、あ、あたしを開発するつもりッ!?」
あたしは不機嫌さをプラズマ級にバーニングさせ、沸騰した顔面を振り乱したわ。
聖夜のホテルという名の、密閉された実行環境。
そこで一体どんな非論理的な「生体検診」が行われるというのよッ!
「……美味しい」
あたしは羞恥心という名のバグを誤魔化すように、シャンパングラスを再び傾ける。
この酒精という名のレシピが、あたしの演算回路を心地よく麻痺させていく。
あたしの気高いプライドは、横浜の夜に溶け出す酒精のパッチによって、最も熱くて、最もデバッグ不可能なクリスマスの夜へと帰結しようとしていたのよッ!
★ ◆ ★ ◆ ★
ふう。シングルならシングルって言っておいて欲しいわよね。
あたし黒木舞桜は、ホテルのバーで二杯目のブラッディメアリーをあけている。
トマトの甘みとタバスコの刺激、それに塩味が混ざり合った、全盛期のカオス。
勇希は、お酒を飲むと泣き上戸という名の深刻なシステムエラーを引き起こすから、部屋で大人しくバイタルの自己診断をしているはずよ。
そこに、寝つけないのか茅野が、ほろ酔いのバイアスをかけた足取りでバーに顔を出した。
あたしは今日の研究テーマを魔王を通じて、アイツに連携する。
「いい、茅野。バイクっていうのはね、乗り手という名の生体ハードウェアを、そのまま大気へとデプロイする最も純粋なインターフェースなのよッ!」
あたしは不機嫌さを心地よくバーニングさせ、酒精によって最適化された理論をぶちまけた。
「車軸のジェル層シャフトが、路面からのノイズを全消しして、あたしの神経とエンジンの爆発をダイレクトに同期させる……。それはもはや移動手段じゃなくて、全盛期の自己拡張なのよッ!」
「はっ、相変わらず極論だな女王さま」
茅野は琥珀色の液体を揺らし、資本主義の魔王らしい不敵な笑みで応戦してきた。
「車ってのはな、外部環境を完全に遮断した『移動する聖域』なんだよ。防音、空調、極上のオーディオ……。四輪という名の鉄壁のファイアウォールの中で、最高のレシピを完食しながら時速100キロで巡航する。この略奪的なまでの快適さこそが、文明の最適解だろ?」
「甘いわねッ! そんな密閉された実行環境で、なにが人生のデバッグよッ!」
あたしは潤んだ瞳を激しく明滅させ、カウンターを軽く叩いた。
「バイクはね、風という名の生のパケットを全身で受信し続けるの。雨が降ればバグに打たれ、寒ければバイタルが下がる。でも、だからこそ、生きてるっていう実感が全盛期の速度で脳内を駆け巡るのよッ!」
「過酷な環境を根性で処理するのが全盛期かよ。Mっ気があるんじゃないのか?」
茅野がニヤリと笑う。
「俺は、その『環境』すらも経費と技術で支配したいんだよ。ラグジュアリーなシートに身を沈めて、指先一つで世界をコントロールする。ピックアップトラックで泥を跳ね上げようが、ロメオで夜を切り裂こうが、俺が中心であることに変わりはないんだ」
「なに言ってるのよッ! あんたの車愛なんて、所詮は『箱』の中の独裁に過ぎないわ。あたしのバイク愛は、世界という名の巨大なソースコードに、自分という名のポインタを直接刺し込む、最も気高いアクセス権限なのよッ!」
あたしと茅野の、酒精という名の加速装置がかかった議論は、横浜の夜空に火花を散らす。
「……まあ、そのバイクに『地層ジェル』なんていう変態的なパッチを当てるのは、世界中で舞桜、おまえだけだろうけどな」
茅野が呆れたように、でもどこか楽しそうにグラスを傾けた。
「当然の帰結よねッ! あたしの愛車は、あたしの知性という名のパッチが当たって初めて、完全体として帰結するんだからッ!」
あたしの気高いプライドは、横浜の深夜、成金魔王との非論理的で熱い「機械論争」によって、さらなる全盛期の高みへと書き換えられていたのよッ!
お疲れ様。あたしの全盛期の知性を詰め込んだ今回のログ、正しくデプロイされたかしら?
2019年の冬、横須賀の潮風と機械油の匂いが、この物語のバイナリデータを通じて皆さんの脳内にリダイレクトされたなら幸いよ。
「地層学をバイクに転用する」なんていう非論理的に見えて超論理的な発想、あたし以外には不可能だもの。
物語はここで一旦、正常終了へと向かいますが、あたしたちの人生という名のメインループは止まらない。
次回の更新という名のパッチが当たるまで、あたしの美しさと知性をサンプリングし続けて待っていなさいッ!




