女王さまと下僕と知らねえオッサン
物理学において、真空とは「何もない空間」ではない。それは、あらゆる可能性が励起を待つ、最もエネルギッシュな戦場である。
あたし、黒木舞桜の脳内もまた、同じだ。
2019年、十月。
横須賀の夜風は、あたしの高貴な肌を撫でるには、あまりにもデリカシーに欠けていた。
国家の最高機密という名の「政治的な不純物」と、あたしを牝へと堕とそうとするケダモノたちの「卑猥な野心」。
それらをデバッグするために、あたしは再び、プラズマ級に加熱した知性を解き放つ。
深海の重圧を、氷の装甲へと変換し。
工作員の涙を、新たな命の「国籍」へと書き換える。
けれど、あたしの演算能力が唯一、致命的なオーバーフローを起こす瞬間がある。
それは、本郷にいる「あの男」に触れられない寂しさが、ネットの闇サイトから拾った「蹂躙」や「開発」という名のバグと連結してしまった時――。
当然の帰結よねッ!
あたしの気高い子宮が、とんこつラーメンの熱量で受胎(勘違い)してしまうほどに、あたしの世界は非論理的な熱狂に満ちているんだから!
横須賀から深海6000メートルへ。
戦うクールビューティーの、最も美しく、最も残念な「わからせ」の記録が、今ここに帰結する。
2019年10月中旬、横須賀防衛大学校の講堂にて。
全身を隙間なく締め上げるガムテープの無慈悲な感触が、あたし、黒木舞桜に絶望を叩きつけていた。
この粘着剤の層は、単にあたしの自由を奪うためだけのものではないはず。
抵抗を封じられ、無力な肉塊と化したあたしを……これから、あのおぞましい成人向けマンガで見かけるような、言葉にするのも汚らわしい方法で蹂躙するつもりなのだ。
冷たい鉄の台に寝かされ、異物を無理やり差し込まれ、中を無残に掻き回される光景が脳裏をよぎり、背筋に凍るような悪寒が走る。
「……なんのために、あたしをこんな破廉恥な姿で拘束して、拉致したんですか」
あたしは、冷徹な仮面を剥がれそうになるのを必死に堪え、佐々陸将たちへ震える声を向けた。
黒木柔道整体院の娘として、凛として生きてきた。
地元である横須賀の地で、これほど理不尽な暴力に晒されるなんて、思ってもみなかった。
この男たちの欲望に満ちた視線が、あたしの肌を舐め回している。
「そ、そんなに怒らないでくれ、黒木くん」
佐々陸将が宥めるような言葉を吐くが、それは獲物を油断させるための甘言だ。
「黙ってください、このケダモノ。早くこれを解きなさい。どうせ、あたしの身体の中に……あんな卑猥な棒状のものを突き立てて、滅茶苦茶にするのが目的なんでしょ!?」
あたしの放つ圧は、恐怖の裏返しゆえに、いつになく鋭利であった。
柔道の修行で鍛えられたあたしの筋力が、ガムテープの戒めを引き千切ろうと脈動する。
「舞桜、そんな目的じゃないから! 棒状のものを突き立てるって……それ、なんの想像だよ!」
拓矢が顔を真っ赤にして、壊れ物を扱うように怯えた手つきであたしを宥める。
「いいから、早く解いて。あたしに、なにをするつもり? まさか、多人数で代わる代わるあたしの尊厳を蹂躙して、快楽に溺れさせようっていう魂胆じゃないんでしょうね!?」
あたしは潤んだ涙目で、拒絶と恐怖の混じった視線を送った。
「……落ち着けよ。代わる代わるって、ここは防衛大学校の講堂だぞ? どんなエロマンガ脳なんだよ」
拓矢が佐々陸将に救いを求めるように視線を送ると、陸将は苦渋に満ちた顔で頷いた。
ベリベリという不快な剥離音とともに、産毛を毟り取るような痛みが走り、ガムテープが剥がされる。
ようやく自由を得たあたしは、すぐさま乱れた着衣を整えようとしたが、指先が小さく震えて止まらない。
目の前に立つ、自衛隊の最高司令官であるはずの総理大臣を、あたしは親の仇のように射抜いた。
「こ、この……ケ、ケダモノ……ッ! あたしを開発して、牝に堕とそうとしたって、そうはいかないんだから!」
あたしは潤んだ涙目で、男たちを睨みつけた。
「……開発って……総理に向かってなんてことを言うんだ。開発するのは国のインフラとかだろ、普通は!」
拓矢の必死のツッコミが響く中、一国の首脳は、美しくも苛烈な被害妄想を湛えたあたしの瞳と、あまりに飛躍した言葉に気圧され、ビクリと肩を竦めてたじろいだ。
「このオジさん誰なのよ、拓矢? てか、あんたたち常識って言葉、知ってるわけ?」
あたし、黒木舞桜は、解放された腕を抱えながら、容赦なく噛み付いた。
まだ身体の芯が震えている。
この場にいる全員が、あたしの純潔を虎視眈々と狙うケダモノに見えて仕方ない。
「え、えっと、総理大臣……かな?」
拓矢が疑問形で答えると、あたしは不快そうに鼻を鳴らした。
「……それで、なんのご用なんですか? どこのどなたか存じませんが、そこのオジさん」
あたしの不機嫌は、天蓋を突き破って成層圏まで到達している。
誰よ、このおっさん。
あたしは柔道整体院の手伝いや研究の管理に忙しくて、ニュースなんて見る暇もない。
目の前の男が国のトップだなんて認識、これっぽっちも持ち合わせていない。
ただ、あたしをガムテープで縛って、これから「わからせ」ようとしていた主犯格……という認識しかない。
「総理、謝って! 全力で謝って! 全力でごめんなさいして!」
佐々陸将が、現場の混乱を収めるために必死のフォローを入れる。
必死すぎて、陸将としての威厳が霧散していた。
総理はあたしの肩に、なだめるように手を置いた。
「反省! 総理、猛烈に反省! 怒っちゃやーよ!」
総理はあたしの殺気立った視線に押され、情けないポーズで即座に反省を表明した。
「……は? なにそれ、新手の精神攻め? そうやって油断させて、あたしの警戒心が解けた瞬間に、またあの卑猥な装置で中をぐちゃぐちゃにするつもりでしょ!」
あたしの圧は、かつてないほどに強まっていく。
「舞桜、装置ってなんだよ! 総理、泣きそうだから……その辺にしてあげて……」
拓矢が吐息をひとつ吐き、親友としての最低限のフォローを入れる。
あたしは再び不快な音を立てて舌打ちを響かせた。
「んで、なんの用なんですか?」
一刻も早く、この性的な罠が仕掛けられていそうな場所から離れたい。
「そんなに怒らないでよぉ~」
総理は、涙目のジト目をあたしに貼り付け返した。
このオジさん、泣き落としであたしを籠絡するつもりだわ。
あたしは周囲の大人たちを、汚物を見るような目で一蹴した。
「急に連れてきて、すまない黒木さん。君の知恵を貸してもらいたい」
総理大臣が、あたしの機嫌を伺うように言葉を紡ぐ。その隣では、佐々陸将がモニターに南鳥島沖合のデータを映し出し、希少土類の現状について説明を始めた。
「南鳥島の排他的経済水域内、深度6000メートルの海底には、莫大な希少土類が眠っているんだ。しかし、その採掘コストが非論理的なまでに高い。現在の技術では、引き上げるだけで赤字になる」
あたし、黒木舞桜は、冷徹な視線をモニターへと貼り付けた。
6000メートル。暗黒、低温、そして絶対的な重圧。
その過酷な物理環境を前にして、「コスト」などという人間界の脆弱な概念を持ち出す大人たちの思考回路に、あたしは心底反吐が出そうだった。
「……拓矢、通訳。このオジさんたち、さっきからなにをブツブツ言ってるの?」
あたしは不機嫌さを隠そうともせず、隣に立つ下僕に言語化を命じた。
「ひっ……! あ、ああ。えっとね、舞桜。今、アメリカと中国がレアアースの供給権を巡って、バチバチに争ってるんだよ。日本が自前で、しかも安くこれを手に入れられれば、世界のパワーバランスが最適化される。要は、日本が世界の中心になれるって話だよ」
拓矢が、あたしから放たれる殺気のような不機嫌さに肩をビクリと震わせながら、2019年のノイズを整理して伝えてくる。
「パワーバランス……。そんな政治的な不純物はどうでもいいわ。要するに、ただ泥を拾いに行くだけの話でしょう?」
あたしは、既存の工学が積み上げてきた無駄な設計思想を脳内で一掃した。
深海という極限環境を「敵」と見なすから、コストなどというバグが発生するのだ。
あたしの瞳には、すでに重圧を味方に変える物理の配置が、完璧な数式として浮かび上がっている。
「解決策なら、あるにはありますけれど。……そもそも、そんな大層なメカなんて、いらないのではありませんか?」
あたしは、空中に円盤状の輪郭を描いてみせた。
ビームでも出そうな鋭い視線が総理を射抜き、あたしは冷たく言い放つ。
「物理現象を理解していれば、答えは一つしかない。当然の帰結よね」
あたしの放つ威圧感に、拓矢は壊れ物を扱うような怯えた手つきで、あたしの次の言葉を待っていた。
「ドローンである必要さえないわ。中身が流体の『円盤状の機能体』で十分よ」
あたし、黒木舞桜の脳内では、すでに「物理の勝利」へのプロセスが爆速で走り始めていた。
「深度6000メートルの水圧になんて、中身を流体で満たして等圧に保てば勝てる。壊れるモーターや油圧シリンダーなんて、最初から排除すればいいのよ。そんなゴミを設計に組み込むから、あんたたちの頭はいつまで経ってもコストの泥沼から抜け出せないのよ」
あたしは苛立ちを隠さず、ホワイトボードに殴り書きを始めた。チョークの粉が舞い、物理現象を支配する数式が次々と記述されていく。
「海底に着いたら、外壁の水嚢を液体窒素で固めて『氷の装甲』にする。超高圧下で結晶化した氷は、鋼鉄を凌駕する強度を誇るわ。あとは、中身の流体を吐き出し、代わりにレアアースを含んだ泥を詰め込むだけ」
そこには、普通の学者が一生かかってもたどり着けない、物理現象の鮮やかな配置があった。あたしの瞳は、もはやこの場にいる大人たちなど見ていない。ただ、暗黒の深海で氷が形成される完璧な論理だけを射抜いている。
「浮上はドライアイスの昇華を利用した、作用反作用のブースターよ。爆発的な浮力とガス噴射で、6000メートルのロープを一気に引き戻す。重圧を、そのまま推進力に変換する……。いい、拓矢。物理は戦うものじゃないの、味方にするものなのよ」
あたしの語る「氷とガスのコンビネーション」は、深海の過酷な圧力を、敵ではなく味方に変える圧倒的な論理だった。
「これでいいでしょ? 当然の帰結よね」
あたしはマーカーを放り投げ、早く帰らせろと言わんばかりに椅子に深く腰掛けた。
呆然と立ち尽くす総理と陸将、そしてあたしの不機嫌な圧力に震える拓矢を交互に見やり、冷たく言い放つ。
「藤枝海将、通訳」
総理大臣は、困惑した表情を隠しきれず、海上自衛隊の上層部に説明を求めた。
「承知いたしました。黒木くんの論理は、既存の潜水艦の設計思想を根底から破壊するものであります」
藤枝勇海将は、モニターに映る深海の高圧データを指し示した。
「深度6000メートルにおいて、氷は単なる凝固物ではありません。超高圧下で形成された氷は、分子構造が密に再配置され、鋼鉄を凌駕する圧縮強度を誇る『氷の要塞』へと変貌するのであります」
「ああ、わざわざ高い金払って、硬い鋼鉄の殻なんていらないわ。それに……」
あたし、黒木舞桜が言い掛ける言葉に被せるように、佐伯歳三一等海佐が身を乗り出した。
「失礼します! 黒木くんの真の狙いは、その氷の殻による『真空吸引』にあります。氷の装甲が完成した直後に中身の流体を一気に吐き出せば、内部に圧倒的な負圧が発生する。この凄まじい吸引力こそが、海底に堆積した希少土類を一気に吸い上げる物理的な掃除機となるのであります!」
あたしの眉間の皺が、限界まで深まった。
この男たち、さっきからあたしの言葉を奪い、挙句の果てに「バキューム」だのなんだのと下世話な表現で汚して。
あたしの沸点は、マイナス273度の絶対零度を通り越して、灼熱のプラズマへと変換された。
「……そのとおりよ。複雑な仕掛けは一切いらないわ。順番に仕掛けを起動できるように、時限式にスイッチを入れていくだけでいいの」
あたしはホワイトボードの図解を叩きつけるように繋ぎ合わせ、圧倒的な論理を叩きつける。
海底到達の時間になったら、外殻を氷で固化。
固化が完了したら、流体の放出。
気圧差を利用した吸引、最後に底面の固化、並びに希少土類の固化よ。
「内面に棒でも張り巡らせておけば、凍った泥が棒にしがみつくイメージね」
当然の帰結よね、と言い終わるより早く、隣の拓矢が呑気に呼吸をしようとした。
その瞬間、あたしの右腕は物理の法則を超越した速度で振り抜かれた。
「ぐ、ぎぃぁあぁっ!?」
拓矢が、音速を超えた絶叫とともに天を仰いだ。
あたしの右手が、椅子を貫通せんばかりの勢いで拓矢の股間を真下から鷲掴みにし、凶悪なアンダーアイアンクローを炸裂させたのだ。
「『さん』を付けろよ、フニャチン野郎ー!」
あたしの両目からは、涙など一滴も出ていない。
代わりに、高出力のビームでも放出しそうな鋭い視線が、拓矢の魂を焼き尽くさんばかりに射貫いている。
「……それから。高水圧下で液体窒素やドライアイスがそのまま昇華できると思っているの? 少しは頭を使いなさいな、オジサマがた。相転移の温度変化と圧力の関係を無視して、よくそんな席に座っていられますわね」
あたしは不意に、試すような冷たい微笑を浮かべ、女王様のように首を傾げた。
凍り付くような冷徹な知性が、部屋の温度を数度下げていく。
そのまま、あたしは拓矢の急所を万力のように締め上げた。
「舞桜……さん……。おま……物理的に……消滅する……」
「おだまりなさい! あたしの論理を遮っておきながら、気安く呼ぶなんて不届き千万! 当然の帰結よね!」
あたしは完全にブチ切れ、戦うクールビューティーとしての真価を爆発させた。
「ひ、ひぃっ! 黒木さん! 猛烈に黒木さん! 総理も反省してますから、どうかその手を緩めてー!」
佐々陸将が、あたしの凄まじい剣幕に腰を抜かして這いつくばる。
総理大臣は、あたしから放たれる目に見えるほどの殺気に気圧され、もはや声も出せずにガタガタと震えながら、講堂の壇上から転げ落ちそうになっていた。
「これなら、可動部品を狙う高水圧というノイズを無視できる。機械を動かすんじゃなくて、現象を配置するだけよ。文句ないでしょ? そこのオジさん」
あたし、黒木舞桜は、再び総理大臣に冷たい視線を向けた。
この男の顔を見るだけで、あたしをガムテープで縛って「開発」しようとした淫らな計画が思い出されて吐き気がする。
ビームでも放出しそうなあたしの視線に、総理大臣はまた椅子をガタつかせて後退した。
「す、素晴らしい……。魔法ではなく、すべてが純粋な物理の連鎖なのか」
総理大臣は、あたしの提示した「移動と回収の合理性」に、感動を通り越して恐怖すら感じているようだった。
「理解したかどうかなんて知らないわよ、知らねえオジさん。拓矢、飯奢りなさい……それで流してあげる……」
あたしは椅子を蹴るようにして立ち上がり、出口へと向かう。
この場に一秒でも長くいたら、あたしの脳内にある最悪のエロマンガ的な展開が現実になってしまいそうだ。
「わかった、わかったから!」
拓矢は、大人たちへと視線を送り、承認されるや慌てて追いかけてきた。
「つか、用があるならテメエで来なさいよ。なんなのよ、あのオジさんは?」
国家の最高機密が、あたしの不機嫌な独り言によって解決の糸口を見出された瞬間であった。
講堂の重厚な扉が閉まった瞬間、あたしは反転した。
「おらああああッ!」
「ぶ、べらっ!?」
あたしの回し蹴りが、拓矢の脇腹に深く突き刺さった。
扉の向こうで震えている大人たちの分まで、あたしはこの男に怒りを叩きつける。
「なんなのよ、あの男たちは! あんな、あたしの中をかき回そうとするような卑猥な計画を聞かせて! しかもあんた、あたしを『さん』付けで呼ばなかったわね!」
あたしは倒れ込んだ拓矢の上に跨り、襟元を掴んで前後に激しく揺さぶった。
拳が風を切る音とともに、拓矢の頬を連続で叩く。
「舞桜……さん……。だから、あれは海底の泥を吸い出す話で……っ!」
「うるさいわよフニャチン野郎! あたしが拘束されている間に、あんたがどんな破廉恥な妄想をしていたか、全部わかっているんだから!」
あたしは潤んだ瞳に怒りの炎を灯し、戦うクールビューティーとしての本能を解放した。
「今度はあたしがあんたをボコボコにして、再教育してあげるわ!」
横須賀の静かな廊下に、拓矢の悲痛な叫びと、あたしの容赦ない打撃音が虚しく響き渡った。
当然の帰結よね?
★ ◆ ★ ◆ ★
横須賀駅近くの、獣臭い蒸気が立ち込める拳骨とんこつラーメンの店にて。
「おい……欠食児童か? おまえは……」
あたし、黒木舞桜は、4回目の替え玉を勢いよく啜りあげる。
拉致監禁による極限のパニックと、国家機密を数分で解き明かした脳の酷使。
その代償として、あたしの代謝は限界まで加速していたの。
「……それは、こっちのセリフだよ」
そう言う拓矢も、3回目の替え玉を啜り終えたばかり。
あたしたちの目の前には、空になった替え玉の皿が不自然なほど高く積み上がっているわ。
あたしは熱いスープで火照った唇を、湿った舌先でゆっくりと、執拗になぞり上げた。
湯気の向こう側で、あたしの瞳は潤んだ熱を帯び、無意識のうちに毒々しいほどの色香を店内に振りまいていく。
汗で額に張り付いた髪を、細い指先でそっとかき上げた。
大きく開いた襟元をパタパタと扇ぐたび、とんこつの獣臭さを塗り替えるような、あたしの甘い香りが周囲に漂う。
レンゲですくい上げた濃厚なスープを、吐息を漏らしながら官能的に喉へ流し込む。
その隙だらけで無防備な、けれど圧倒的に「トップレベルお嬢様」な色気が、狭い店内を支配していた。
「ねえ。あれ、サブリナと琴葉さんのブレンド娘じゃない?」
あたしは店の隅で不自然にこちらを伺う女性自衛官風の女を見やり、ポソリと呟いた。
「舞桜、おまえ、ハニトラのいい餌食じゃねえか?」
拓矢が、あたしの艶めかしい様子をからかうように鼻で笑った。
ハニトラ……? 美味しいトラさんかしら? それとも、あたしを甘い蜂蜜でコーティングして食べちゃうような、素敵なパーティーのこと?
よくわからないけれど、その言葉に含まれた「からかい」のニュアンスだけは、あたしの天才的な本能が感知した。
「……ぐ、がはっ!?」
直後、拓矢の顔面から血の気が失せた。
カウンターの下で、あたしの右手が拓矢の股間を真下から鷲掴みにし、本日何度目かの強烈なアンダーアイアンクローを炸裂させたのだ。
「『さん』を付けろよ、フニャチン野郎!」
あたしは丼に顔を伏せたまま、地を這うような低い声で囁いた。
あたし、難しいことはよくわからないけれど、あんたがあたしを馬鹿にしたことだけは理解しましたわ。
ビームが出そうなほど鋭い視線が、悶絶する拓矢の眉間を射抜く。
「舞桜……さん……。ハニトラどころか……物理的に……消滅……する……っ」
「おだまり。あたしは今、脳がエネルギーを求めていて大変なんですの。あんたは黙って、あたしの替え玉の分までお財布を出しなさいな。当然の帰結よね」
あたしは再び流れるような所作でレンゲを手に取り、濃厚なとんこつスープを一口、官能的に啜った。
「やっぱり、車で送るよ、舞桜……」
拓矢が、この包囲網を突破するための、幹部自衛官候補生として至極真っ当な提案をする。
あたし、黒木舞桜は、その言葉に含まれた下劣な「送り狼」のニュアンスを瞬時に嗅ぎ取った。
「断固拒否よ! 拉致した挙句、車内という密室であたしを無理やり剥き出しにして、野蛮な肉のドリルで突き貫くつもりでしょ!? 次そんなことしたら、マジで戦争ですからね!」
あたしは噛み付くように即答した。
講堂で受けた屈辱と、これからあたしを待ち受けているであろう「わからせ」の恐怖を思い出し、ビームが出そうなほどの鋭い視線に殺意を宿らせる。
「舞桜……おまえ、普通の送迎をどんなエロマンガのシチュエーションに変換してんだよ。突き貫くドリルってなんだよ、物騒な!」
拓矢が顔面を蒼白にして、周囲の視線を気にするように声を潜めた。
その時、あたしの「突き貫く」という不穏かつ扇情的な叫びに、店内の男性客たちが一斉に箸を止め、あたしたちを凝視した。
「……おい、今の聞いたか?」「ドリルで、突き貫く、だと……?」
男たちの下劣な想像力が、あたしの被害妄想に呼応して膨らみ始める。
あたしは潤んだ瞳で彼らを射抜き、不快感を隠さずに鼻を鳴らした。
「つか、おまえさっきのオッサンが何者かって気づいてねえの?」
そんなあたしへと、拓矢は別の呆れを投げ返す。
あたしは5杯目の替え玉を、唇を艶めかしく湿らせながら啜り込み、冷たく返した。
「ソウリさんって言ったかしら? お大尽ってことは、金持ちなんでしょ。あたしを開発する予算があるなら、食事代くらい全額たかっておけばいいじゃない」
一国の首脳を、単なる「あたしを狙う金払いの良さそうなパトロン」としか認識していない。
「違う、そうじゃないんだ! 皆さん、忘れてください! こいつ、ちょっと物理学の用語を卑猥に解釈する病気なんです!」
拓矢は店内の客たちに必死に頭を下げながら、店員に4回目の替え玉をハリガネで注文した。
深い吐息を吐く拓矢の横で、あたしは次の「性的な罠」を警戒し、横須賀の夜に潜むハニトラの影を睨みつけた。
あたしはレンゲを口に運び、このケダモノたちに囲まれた不条理な夜を飲み込んだ。
満腹になったあたしたちが店を出ると、アイスの雫に群がる蟻のように監視網が動き出す。
横須賀の湿った夜風が、とんこつの脂で重くなった胃袋を撫でる。
「お迎えにあがりました黒木さん」
そこへ見知った声が背中に投げられた。
セイタンシステムズ、東京ラボ所属の柳寧々だ。
あたし、黒木舞桜と拓矢は、互いの顔を見合わせた。
「……今はどっちの寧々さんなんです?」
あたしは、瞳を鋭く細め、戦う視線で尋ねた。
寧々が合理性を追求する研究者なのか、それとも利権を狙う組織の犬なのか。
あるいは、あたしの下僕である拓矢を誘惑し、そのままあたしまで「苗床」にしようとする偽物なのか。
国外勢力のフュージョン娘たちが跋扈する状況下では、挨拶一つとっても論理の精査が必要だった。
「……どうせあたしたちを、あのエロマンガのような、逃げ場のない白い部屋へ連行するつもりなんでしょ!?」
あたしは、湿った夜風に震える肩を抱き、身を強張らせた。
暗い車内で、怪しい薬物をかがされ、意識が朦朧としたところで、無慈悲な開発が始まる。
そんな被害妄想が脳内を埋め尽くし、あたしの心拍数は限界まで跳ね上がる。
「舞桜さん、落ち着いて。寧々さんはそんなことしないから。あと、白い部屋とか開発とか、なんの話だよ!?」
拓矢が顔面を蒼白にして、あたしの妄想を必死に否定する。
「おだまり、このフニャチン野郎。あんたは、あたしが蹂躙されるのを、隅で指をくわえて見ていればいいわ!」
あたしは怒髪天を突き、ビームが出そうな視線で拓矢を射抜いた。
そのまま、カウンターでの続きと言わんばかりに、拓矢の股間へ右手を伸ばす。
「ひ、ひぃっ!? だから『さん』は付けてるだろ! 物理的に、俺の大事な部品が爆発するーッ!」
拓矢の絶叫が横須賀の夜に響き、あたしの指先には更なる万力のごとき力が込められた。
当然の帰結よね。
「……あ、あの……カオリン。出てきてください。話が進みませんから」
寧々は引き攣った顔で苦笑し、物陰に隠れていた杉野香織に声を掛けた。
「わたしたち女は、国という家に身を捧げません。彼女たちがハニトラ要員に加担するのは、自分の家を持つためです」
柳寧々さんは、静かに、しかし断固とした理屈を口にして、慈しむように自分の腹部をさすった。
その仕草に含まれた、生命の重みを直感したあたし、黒木舞桜は、隣の拓矢と顔を見合わせた。
「え、えっと、そのぉ……」
あたしは、物理法則では説明できない事象を前に言葉を詰まらせた。
「3カ月だって~。相手は西郷くんだってさ」
沈黙を破り、杉野香織がとんでもない爆弾をぶっちゃけた。
西郷……。あの、あたしの記憶が確かなら、キモヲタで脂ギッシュなチビデブの……!
「……っ、そんな! 寧々さん、なんてお労しい……!」
あたしの脳内では、最悪の成人向け漫画的なシチュエーションが超高画質で再生され始めた。
「あの脂ぎった肉塊め……。寧々さんを逃げ場のない白い部屋に拘束して、その醜い脂肪の下に隠された、ヌルヌルと蠢く触手のような『ナニか』で蹂躙し尽くしたのね!? 抵抗も許されず、苗床として刻印を刻まれるなんて……! 国家の謀略より、その肉欲の重圧の方がよっぽど非論理的ですわ!」
あたしは潤んだ瞳に激しい同情を宿し、寧々さんの手をギュッと握りしめたわ。
「舞桜さん!? 西郷は触手なんて生えてないし、そもそも今のあいつ、寧々さんのケアのおかげでシュッとした普通の好青年になってるから! 脂ぎってもないから!」
拓矢が顔面を蒼白にして、あたしの肩を激しく揺さぶるわ。
「そーだよ黒木先輩! 先輩の脳内図鑑、情報が古すぎ~! 触手とか蹂躙とか、どこの闇サイトの読みすぎですかぁ~!? 寧々ちゃんがドン引きしてるからやめたげて!」
香織も全力でツッコミに回り、あたしの妄想の防波堤になろうと必死に叫んでいるわ。
「あの……黒木さん? 西郷さんは、その……とても清潔感のある方ですし、触手も……ありませんでしたが……」
慈母のような微笑みを浮かべていたはずの寧々さんが、あたしの凄まじい被害妄想に気圧され、数歩後ずさって引き攣った笑顔を見せたわ。
「嘘をおっしゃい! 男なんてみんな、隙あらばあたしたちを開発しようとするケダモノなのよ! 西郷のあの隠された触手、間違いなくあたしのような純真な学徒を搦め捕るための兵器ですもの!」
あたしは不機嫌さを爆発させ、ビームが出そうな鋭い視線で拓矢を射抜いたわ。
「……拓矢。善きに計らえ。おなかの赤ちゃんを保護するために、国家のリソースを全力で投入させなさい」
「へいへい」
拓矢は深い吐息をついて、佐々陸将へと連絡をとったわ。
横須賀の夜、あたしの天才的な合理性は、一人の女性が抱く「家」という名のミステリアスな覚悟によって、美しく塗り替えられてしまったのね。
「勇希とサブリナには、あたしから頭下げるよ」
あたし、黒木舞桜の言葉に、拓矢は深い嘆息を漏らしたわ。
拓矢は寧々さんの出自について、この世から完全に消去し、偽装するように佐々陸将経由で総理大臣へと依頼する。
それは、あたしが国家機密を解き明かした報酬としての、絶対的で不可侵な取引だった。
「ようこそ、魔王対策委員会セイタンシステムズへ」
あたしたちは、寧々さんたちを自分たちの懐に入れることを即決したの。
寧々さんと香織は、しばしの間、事態の急転にキョトンとしていたわ。
けれど、拓矢の会話の内容から、すべてを理解したようね。
「く、黒木さん……よ、よろしいんですか?」
寧々さんの瞳に、大粒の涙が滲む。
国家の思惑に翻弄され、居場所を失いかけていた彼女にとって、この「不合理な救済」がどれほどの意味を持つか、あたしには痛いほど伝わってきたわ。
「女の嘘に騙されるのが男、らしいよ~」
あたしが、無理をしていつものように拓矢をからかうようにそう言うと。
「……ッ、痛っ!」
拓矢の、容赦のないデコピンがあたしの額に炸裂した。
弾かれた衝撃で、あたしの思考が一瞬だけ真っ白になる。
「いい加減にしろ。アホ舞桜…」
拓矢の声は、いつになく真剣で、静かな熱を帯びていた。
その騒がしいやり取りの傍らで、寧々さんの喉の奥から、せき止められていた感情が溢れ出したわ。
彼女は崩れ落ちるように膝をつき、まだ膨らみの目立たない腹部を、壊れ物を扱うように両手で抱え込んだ。
それは、ただの「機能体」としての生存戦略じゃない。
一人の女性が、ようやく手に入れた「家」という安らぎに対する、魂の震えだった。
「……当然の帰結よね」
あたしは、額の痛みを押さえながら、潤んだ瞳を夜空へと向けた。
物理も、経済も、国家の謀略も。
この涙の温度の前では、すべてが等しく、ただの背景に過ぎなかった。
「ああ……っ、うあ、ああ……っ」
言葉にならない嗚咽が、夜の横須賀に響く。
これまで、生まれてくる子供に背負わせるはずだった「影」という名の呪縛。工作員として、あるいは「名もなき道具」として生きるしかなかった自らの血筋。それが今、あたしの不遜なまでの合理性と、拓矢の誠実な交渉によって、真っ白な「日本国籍」へと塗り替えられた。
「この子は……この子は、お日様の下を、歩けるんですね……。自分の名前を、胸を張って名乗って、生きていけるんですね……」
寧々さんは地面に額を擦り付けるようにして、激しく肩を震わせた。涙がアスファルトを濡らし、彼女がこれまでひとりで耐えてきた孤独な戦いの終焉を告げていた。
「……重てえよ。物理法則より、はるかに重てえよ」
あたし、黒木舞桜は、鼻の頭を指でこすりながら、居心地悪そうに空を見上げた。
母、か。
あたしは、まだ見ぬ自分の未来に、ふと意識を飛ばした。
もし、あたしが誰かの母になる時が来たら。あたしのこの歪な知性ではなく、ただ一人の女性として命を繋ぐその時……あたしは、隣に立つ下僕、拓矢へと視線を送った。
当然、コイツはあたしに付き従い、一生あたしの靴を舐め、あたしと子供に生涯を捧げる家畜として飼い慣らされるべき存在だわ。そう、あたしたち「支配階級」を支える、頑丈な礎としての役割。そう考えれば、この重さも……。
……。
……えっ、ちょっと待ちなさい。
今、あたしの中で戦慄の論理が連結したわ。
あたしは今日、このフニャチン野郎に拉致されていた。意識が混濁していた時間もあったわ。
その間に……コイツ、あたしの神聖な身体を、国家の実験台にするついでに、自分の「遺伝子情報の苗床」として開発したのではないかしら!?
この胃のあたりの不自然な重み、そして膨満感……。とんこつラーメン5杯分の熱量が、あたしの体内でコイツの未知なるナノマシンと化学反応を起こし、すでに「バグ」として受胎しているというの!?
「……っ、この、外道がッ! 拉致している間に、あたしをどんなエロマンガ的な手順で蹂躙したのよ! このお腹の重み……これが、あんたが勝手に植え付けた、あたしを奴隷に堕とすための『刻印』なのね!?」
あたしは突如、顔面を蒼白にして、自分の腹部を両手で押さえながら拓矢を指差した。
「なんてこと……! あたしの気高い子宮が、下僕の種で上書きされているなんて……! これが、国家が仕組んだ真のハニートラップ、いえ、ブリードトラップだわッ!」
あたしは潤んだ瞳に、絶望と「開発された学徒」としての屈辱を宿して絶叫した。
「いろいろ台無しだよ。黒木先輩」
香織が、絶対零度よりも冷ややかな声で、あたしの妄想を真っ二つに切り裂いた。
「それ、さっき食べた替え玉4玉分の質量です。生命の神秘じゃなくて、単なる消化器系の悲鳴ですから。……っていうか、拉致されてたの、あたしたちも一緒でしたよね? どの隙に先輩がそんな薄い本みたいな展開になるんですか。……斧乃木先輩、この残念な魔王を早く隔離してください~」
「……当然の帰結よね。あたしの身体が、コイツの低俗な遺伝子を拒絶反応として排出しようとしているだけだわ」
あたしは真っ赤になった顔を隠すように、拓矢の股間へと「再教育」のアンダーアイアンクローを叩き込んだ。
「ぎ、ぎゃあぁぁっ! 冤罪だ……っ! 俺、一回も……触れて……ない……ッ!」
拓矢の悲鳴をBGMに、あたしは己の尊厳を守る戦いを再開した。
「西郷のヤツに、YONAKI強制参加だって伝えておきなよ……。てか、ちゃんと籍入れなよ」
あたしはそう言って、寧々さんのことを視線で香織に丸投げした。
寧々さんは、アスファルトに膝をついたまま、嗚咽を漏らして震えている。そんな彼女の肩を、香織は優しく抱き寄せ、その背中をゆっくりと一定のリズムで叩いた。
「ウチに任せてよ寧々ちゃん。ウチ、赤ちゃんのオムツ替えプロだからさ~」
香織の明るい声が、寧々さんの張り詰めた心を解きほぐしていく。
「大丈夫だよぉ。黒木先輩が『対夜泣き決戦サービスYONAKI』っていう、凄まじい計画を立ててるんだから。生まれてくる赤ちゃんを、みんなで守るための準備は万端なんだよ」
二人が温かな空気を作り出している傍らで、あたしは一人、夜風を浴びて不機嫌を装っていた。すると、背後から拓矢がマジトーンで詰め寄ってくる。
「てか、おまえのその被害妄想ってどっから来るの? ……あれか? 勇希が本郷で独り暮らし始めて寂しいんか?」
「なっ……!?」
あたしは、喉の奥まで出かかった暴言を飲み込んだ。
勇希……。最高学府である東京本郷大学の医学部に通う、あたしの、その……彼氏。
あいつが遠く離れた本郷で一人暮らしを始めて、あたしに触れる時間が物理的に減少したのは事実だ。
「……寂しくなんて、ないわよ。あたしの知性は孤独を愛するように設計されているんだから」
あたしは潤んだ瞳を逸らし、唇を噛み締めた。けれど、拓矢のあまりに真剣な、兄貴分のような心配の眼差しに、あたしの「氷の要塞」が内側から崩壊を始める。
「……だって! あいつがいない夜、脳内の計算リソースが余っちゃうのよ! 空いた隙間に、ネットの闇サイトで見た『蹂躙』とか『開発』とか、そんなエロマンガ的な妄想を無理やり流し込んで、わざとパニックにならないと……あたし、寂しさの不具合で爆発しそうなんだもん!」
あたしは両手で顔を覆い、女子モード全開で激白した。
「本当は……勇希に、あんなことやこんなこと、実験台にされるみたいに激しく蹂躙されたいって……。そう思っちゃう自分の非論理性が怖くて、全部あんたのせいにして逃げてるだけよッ! 当然の帰結よね、この変態フニャチン野郎ー!」
「…………」
一瞬の静寂。
香織と寧々さんは、示し合わせたように無言で、じりじりと距離を置いていく。
「あ、寧々ちゃん、向こうのコンビニで温かい飲み物買おっか~」
「そ、そうですね。……黒木さん、お大事に……」
二人の気配が遠のき、深夜の横須賀の路上に残されたのは、あたしの赤裸々な「開発願望」を真正面から浴びた拓矢だけだった。
周囲に潜む「監視者」たちの、ドン引きしたような視線が、逃げ遅れた拓矢に集中砲火のごとく突き刺さる。
「……舞桜……さん……。おまえ……それは俺に言っちゃダメなやつだろ……」
「うるさい! フニャチンヤロー!」
あたしは真っ赤になった顔を隠しながら、もはや狙いも定まらないまま、拓矢の股間へと虚空を切るアイアンクローを乱れ打った。
物理学の世界に、絶対的な「静寂」なんて存在しない。
どんなに冷徹な真空の中にも、量子的なゆらぎという名の、小さな、けれど確かな「熱」が宿っている。
横須賀の路上で泣き崩れた寧々さんの背中に、あたしは国家の利権なんていう不純物じゃない、もっと物理的に重たい「何か」を見たわ。
一人の女性が、命を繋ぎ、家を守るという覚悟。
それは、あたしがホワイトボードに殴り書いた深海の数式よりも、はるかに強固で、はるかに非論理的な、愛の結晶体だった。
……あたしも、いつか。
この高貴な知性を、誰かのために……いえ、あの本郷にいるヤンデレ王子のためだけに、使い果たす日が来るのかしら。
もしそうなったとしても、当然の帰結よね。
あたしの人生という名の不確定なレシピは、あいつという名の最強のバグによって、すでに完璧に書き換えられているんだから。
十二月のラボへ続く、これはまだ、ほんの序章に過ぎないけれど。
あたしの胃袋に溜まった五杯分のラーメンと、胸の奥に溜まった少しの寂しさは、横須賀の夜風に吹かれて、ゆっくりと甘い熱量へと変換されていったわ。
……あ、ちょっと! 拓矢!
いつまで呆けた顔して見てるのよ、このフニャチン野郎!
あたしの「寂しさの解析結果」を、一ピクセルだって勇希に漏らしてみなさいな。あんたの股間を、レアアースごと氷の要塞に封印して、物理的に消滅させてあげるんだからーッ!




