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『セカンドステージ』(夢の世界でバトルや冒険をして、恋人だって作る。)  作者: 一天草莽


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5/5

05 紅谷さんの寝室へ

 その日の夜、いつもの夢の中。

 場所は、敵が出現するダンジョンとなっている紅谷さんの家の前。

 今回もまた再会することができた秋奈さんに対して、簡単に挨拶をした後で俺は自信を持って報告する。


「俺の予想だけど、ここのボスはおっきな幽霊だと思う。しかも、そのボスが待っている場所は二階にある寝室」


「それって勘? それとも何か根拠ある?」


 なかったら許さないよ、とでも言われている気がしてくるので対策は大事。

 当然、そう言うからには根拠があると答えてサムズアップする。


「昼に見た夢で聞いた」


「夢……」


 マジかよ、とでも言いたげな表情をされてしまう。

 言葉で表現するなら唖然、と言ったところか。

 まあ、普通は本気にしないよな。予知夢なんて簡単に当たるものじゃない。

 どんなに評判で凄腕の占い師が言っていても、夢を見た程度の占いを完全には信用しない。


「ちなみに、どんな夢?」


「それは――」


 どこまで本気かはともかく、ちょっとくらいは参考にしてくれるつもりらしい。

 ファクトチェックや信頼性の評価は自分でやるつもりなのか、ひとまず俺が知っている情報を教えるように言われたので、学校で居眠りして見た夢について簡潔に説明する。

 ただし、夢の中で会った紅谷さんのことは適当に誤魔化しておく。

 なんたって今の俺が好きなのは秋奈さんなのだ。

 こっちが勝手に片想いしていただけの紅谷さんとは付き合っていたわけではないから、浮気とは違って隠す必要はないかもしれない。だが、わざわざ中学生の時に告白して振られた相手であることを教える必要はないだろう。

 気まずさというよりも、恥ずかしさやみっともなさがある。

 よく知らない女子が出てきてさ――なんて説明しておけば大丈夫に違いない。

 最後まで聞いた秋奈さんが俺から顔をそらして、家を見上げる。


「……なるほどね。つまり、この家が彼女の家ってことね?」


「……まあ、そうなるね」


「でさ、この家に私を案内してくれたのは遠藤君だよね。それも、今日その夢を見る何日も前に」


「そうなるね」


「よく知らないクラスの女子って、本当?」


「えっと……」


 あれ? これ、あっさり嘘がばれてますね。

 とはいえ、一から十まで正直に言ってしまうのもどうだろう。ダンジョン攻略のためとはいえ、昔好きだった女子が住んでいる家の前に今の恋人を案内して、こうやって二人でいるのって良くない気がする。

 未練があるとか思われたら最悪だ。

 秋奈さんに対する俺の恋心を疑われてしまいかねない。

 まじまじと家を見上げていた秋奈さんが俺の顔へと視線を移す。


「私、嘘は嫌いなの。必要な嘘なら許してあげるけど、自己保身のために意味のない嘘をつくつもりなら恋人関係は完全に解消するね」


「わかった正直に言うよ。実は中学生のころに片想いしていて、告白して振られた人なんだ」


 紅谷さんっていうんだけど、と、観念して白状です。

 つまらない嘘が原因で恋人関係を解消されるのが嫌すぎて、全部言ってしまった。低レベルな尋問にも耐えられないであろう俺はスパイに向いていない。


「なるほどね。だったらまあ、ここがダンジョン化しているのもわかるかな」


「何が?」


「全部が全部そうってわけじゃないけど、こういうフィールドとかダンジョンは、それを生み出した人の意識とかイメージが影響していることがあるから。ファンタジーが好きな人は剣と魔法の世界を生み出すし、武士とか忍者が好きな人は戦国時代の戦場を生み出すことがあるの」


「へえ、つまり俺は趣味が少ないから工夫もなく実際に住んでる街を生み出しちゃって、トラウマみたいになっている彼女の家がボスのいるダンジョンになってるってこと?」


 うんうんと彼女がうなずく。


「そう思ってくれていいよ。厳密に言えば全然違う可能性もあるけどね。あくまでもそういう傾向が見られるってだけでさ、第二世界の全部が解明されているわけじゃないから」


「第二世界?」


 なんだそれ。世界史とか地理の用語か?

 それともアニメとかゲームのスラングか?

 聞き覚えのない単語を耳にして眉をひそめてしまえば、焦ったように彼女が顔の前で手を振る。ネットで配信中に失言してしまった配信者じゃあるまいし。


「あ……いや、何でもない。忘れて」


「わかった。忘れる。ピンポイントで聞かなかったことにしよう」


 どうせ夢だしな。しかも夢の世界を生み出しているのは俺だ。彼女の口から出てきた言葉の意味を追及したところで、その答えを考えているのは無意識の俺。自分の知識や才能を信頼してはいないので、納得できる解説をくれるとは限らない。

 たぶん全部適当だ。

 すべてのことに意味があるとは思わないほうがいい。


「さてと。それじゃあダンジョン攻略を始めようか。ベッドで金縛りされてる紅谷さんが待ってるかもしれない」


 学校で見た夢の中で約束したからには、できる限り早く彼女を助けてあげたい。

 たとえ俺が見ている夢に過ぎないとしても、だ。

 ところが、玄関に向かって足を踏み出そうとしたら秋奈さんに腕をつかまれた。


「待って。乗り込む前にスキルを確認しておかないと。また私が殺されちゃう」


「それもそっか。また殺しちゃう」


「だ、か、ら、殺したほうがあっけらかんと言わないで」


「ああ、くそ! また……俺が、殺して……!」


 劇団に入ったばかりの役者になったつもりで感情を込めて、全身を使って後悔を表現すると、腕をつかんでいた秋奈さんが手を下ろして一歩離れた。


「ちょっとウザめかも……」


「あ、じゃあ、やめるね。あっさりでも重めでもなく、これからは普通に振る舞うことを意識するね」


 このまま本気でウザがられると、恋愛対象から外されてしまう。

 たぶんまた馬鹿をやって注意されるんだろうけど、馬鹿をやる前に宣言しておくことは大事だ。

 ともあれ、まずはスキルの確認。大剣は昨日の段階でチェックできているので、今日は秋奈さんの背中を燃やしてしまった火の魔法の確認だ。

 家の前にある道路に立ち、誰もいない方向へ向かって左手を出す。

 そして力いっぱいに叫ぶ。スポーツの国際試合のキャプテンになってチーム全体を鼓舞するための声出しをしている気分だ。


「ファイア!」


 ちょっとだけネイティブに寄せた発音を意識してFireと叫ぶ。

 これはもうかっこよく決まったな。

 けれど訪れたのは数秒の沈黙。

 たぶんそうだろうと思ってはいたけれど、待てど暮らせど何も出ない。

 これは結構、恥ずかしいかも。手から炎が出てくる代わりに顔が赤くなる。


「遠藤君を疑うわけじゃないけどさ、本気でやってる?」


「それなりには……」


「だーめ。もっと本気でやって」


 おっしゃる通り。恥ずかしさを感じているのは本気じゃない証拠だ。これが部活だったら部長や顧問に呼び出されて説教を受けていた。

 昨日、狙ってもいないのに緑色の火の玉が出てきたのは、何かしらの魔法を本気で出そうとしていたから。

 だとすると、その時の方法を再現するのが一番いい。


「秋奈さん、大好き!」


 本人を前にしてプロポーズに挑んでいる覚悟で叫んでみれば、左手が熱くなって緑色の炎が飛び出した。

 ぴゅーんと数メートルほど飛んで行ったグリーンファイアボールは放物線を描いて地面に衝突、水風船が破裂したみたいに小さく爆発して消える。

 音で表現するなら、シュボッ、ヒュッ、ボンッ! って感じ。

 余計にわかりにくいか。

 ともかく成功。うまくいったので俺は喜ぶ。


「どう? ちょっと脇役感のあるグリーンファイアボール。昨日の最後に出た魔法はこれなんだけど」


「どう? って聞かれてもね……。見た感じ、威力は弱そうなんだけど。私、これにやられちゃったの?」


「そうだと思う。でも威力は違ったかもね。昨日は秋奈さんに向けて出したから、たぶん本気のやつだったんだ」


「私に、本気……?」


 ゆっくりと言葉をかみしめた秋奈さんが軽く頭を抱える。


「もしかして私のこと嫌ってる? 殺したいってことじゃん」


「違う違う! 魔法を発動するときの掛け声が『秋奈さん、大好き!』だからさ、秋奈さんに向けて出す時が一番感情が乗るんだよ!」


「いや理屈はわかるけど。だったら治癒魔法とかそういうのにしてよ」


「できたらしてるけどな。……できるか試す? 右手が剣で左手がファイアだから、足とかで」


「やめて。三日連続で殺されちゃう」


 それもそうか。すでに二回の前科があるので、三回目を恐れる彼女の懸念はもっともだ。

 何が暴発するかわからないので試すのはやめよう。


「それじゃあ、そろそろ夢の世界のメインコンテンツであるダンジョンの攻略を始めようか。ボスを倒す前に朝になったら大変だ。強制ログアウトでまた最初からになっちゃう」


「そんなに急がなくてもいいとは思うけどね。慎重さだって大事だよ」


 まあ、死んだら終わりの現実ならそうするが。

 死んでも終わりじゃない夢の中なら無謀なチャレンジをしても平気というか、失うものは何もないように思える。

 いや、厳密に言うと秋奈さんとの関係が次の死をきっかけに失われてしまう可能性は十分にあるんだけども。こうして何日も続けて同じ登場人物と出会えているのは一種の奇跡だ。


「ほらほら、行くと決めたんなら止まってないで先に行って。今日は私、後ろからサポートするのに徹するから」


「後ろから? ……あ、そっか。じゃないと殺されちゃうもんね。俺に」


「だからね、そうやってあっけらかんと――」


「言うな、ね。おっけ、わかってるって。今日は秋奈さんを殺さないように気を付けるから」


「ほんとかなぁ……」


 ほんとだよぉ……と、口にすると逆に嘘くさくなりそうなので黙っておく。

 まずはノックもせずに扉を開けて、様子をうかがいながら靴のまま家に上がる。

 玄関から続く廊下に敵の姿はない。二日前に入った時と同じなら、どこかの部屋に幽霊みたいなモンスターが一体くらいはいるのだろう。


「昼に見た夢の話が事実なら、クリアするために向かうのは紅谷さんの寝室かな。詳しく聞いたことはないけど、何かの雑談の時に寝起きするのは二階の部屋とか言っていた気がするから、ここは階段を進もう」


「そっか、階段か……。学校のと違って狭くて急だから、敵の襲撃には気を付けてね」


 狭すぎて逃げるスペースはないし、戦うにしても窮屈だからな。


「罠とかあると思う?」


「ある時はあるよ。仕掛けられている可能性は……高くも低くもない。最悪、即死トラップみたいなのがあってもおかしくないね」


「そうなんだ。即死はやだな。エッチなトラップなら別にいいけど……」


 服が溶かされたりするやつな。

 特に考えずにそう言ったら、小言でも聞き逃さなかった秋奈さんの声が低くなった。


「ん? 今、なんて?」


「嘘です。冗談です。許してください。ハラスメントを自覚しています」


「反省してくれたならよろしい。あと、こっちだって本気で怒ってるわけじゃないよ。あくまでも遠藤君は夢だと思ってるんだろうからさ。けど、今見ているのが夢だからって何を言ってもいいわけじゃないからね?」


「うん、そうする。秋奈さんに嫌われたら死んだのと同じだもん」


「いやそれは同じではなくない? 遠藤君の命のほうが大事だよ」


「いやいや」


 と、お湯に突っ込んだ手を引っ込める速度で否定的に首を振ってはおくけれど、実際のところどうなんだろう。

 遠郷君のことが嫌いだと言われれば確実にショックなのは間違いないが、死ぬのと同じかというと……。

 嫌われても再び好きになってもらえるチャンスはあるが、死んだら終わりだもんな。


「……ま、凶悪なトラップが設置されていないことを祈りながら気を付けて行くしかない。慎重になり過ぎて、一歩に一時間かけていてもしょうがないし」


 手すりではなく壁に手をかけて、恐る恐る一歩ずつゆっくりと上っていく。

 外は夜だが、室内の照明は普通についているので視界は良好。

 結局のところ敵の襲撃はなく、懸念していた罠もなかった。


「もしかしてダンジョンも人手不足か? 妨害らしい妨害がないままボス部屋にたどり着けちゃうぞ」


「確かに、さすがに少なく感じるね。もしかしたらすごく初心者向けのダンジョンなのかも」


「ありがたいような、残念なような。せっかくだから、いっぱい戦ったり冒険したりしたいんだけどな。ゲームって難しくてもいやだけど、簡単すぎると刺激もないんだ」


「刺激がない? それ本当? 私はこのダンジョン攻略が始まって二回も死んじゃってるんだけど」


「それはほんとごめん。嫌わないでいてくれてありがとね」


「嫌いはしないよ。わざとじゃないのはわかるから」


「わかってくれて本当にありがとう。世の中、わかってくれない人も多いのに」


「はいはい、それはいいから。へらへらしてないで集中しよう。ほら、そこの扉。開けたらボスが待ってるんだよね?」


「たぶん。違ってたらその時考えよう」


 二階、おそらくここだろうと目星をつけた寝室の前に立つ。そう思った理由は単純で、扉には紅谷さんの名前でプレートが張り付けてあるからだ。

 ここが、彼女の寝室。

 現実の世界では一度として入ったことがないので、妄想でしかない夢の世界であってもすごく緊張してしまう。所詮は俺がイメージで作り出しているんだろうが、女子の部屋に入るのは初めてだ。


「紅谷さん、いる? 入ってもいい? 秋奈さんと一緒に助けに来たよ」


 礼儀知らずでデリカシーのない男子だと思われるのが怖いので、時間的には夜ということも加味して、控えめにコンコンとノックして声をかける。

 中からの返事は当然ない。金縛りにあっているのが事実なら、声も出せないはずなのだ。

 どうしようかな、なんて考えていると、秋奈さんがツンツンとつついてきた。


「遠藤君、ここはダンジョンなんだ。鍵がかかっているなら壊して入ろう」


「あ、いや、普通に開くみたいだよ」


 試しに手をかけると鍵は掛かっていなかった。

 そのまま右手で握ったドアノブを引いて、普通に扉を開く。

 その瞬間、内側からの攻撃で俺は吹き飛ばされて、すぐ後ろにあった廊下の壁に背中からぶつかった。


「ぶっふぇ! 痛くはないけど死ぬかと思った!」


「ボス部屋なのに油断したら駄目! すぐ立って! 戦闘だよ!」


「立たずに座ったまま魔法を打ってみる! ファイア! 秋奈さん、大好き!」


 立ち上がるよりも早く、床についていた左手を前に出す。

 目の前には、ドアが開いたままの寝室。

 暗くて様子がうかがえない室内へ向かって、少し距離を置いた廊下から魔法を発射する。

 ソフトボールくらいの小さな火の玉が数発、ぽんぽんとテンポよく飛んでいく。

 下手くそなテニスプレーヤーのスマッシュくらいで見るからに威力は弱いけれど、それでも魔法の炎は部屋の中で弱々しい爆発音を響かせた。

 小動物程度の小さな魔物ならともかく、これでボスが倒せたとは思えないが……。


「遠藤君を吹き飛ばした最初の攻撃の後、部屋の奥に引っ込んじゃったのかな。あちらから出てくる気配もないし、ここは勇気を持って中に入ろう」


「どっちが先に行く?」


「活躍したいなら先に行って。先に行かせるつもりなら、合図するまで遠藤君は入ってこないで」


 言外に邪魔って言われてるね、これ。


「よし、決めた。俺が先に行こう」


 そうしないと俺の出番がなくなっちゃう。

 部屋の入り口から目を離さぬまま立ち上がり、いつまでもファイアボールを打てるように左手を前に出したまま寝室に入る。

 他の部屋と違って電気が点いておらず、夜なこともあって中は暗い。

 部屋の奥の窓際にベッドが置いてあって、そこに誰かが眠っていた。遠くからでは顔の判別はつかないけれど、たぶん金縛りにあっている紅谷さんだろう。

 しかし、最初の一撃で俺を吹き飛ばしたはずの敵の姿はどこにも――。


「遠藤君、気を付けて! 上!」


「え?」


 上って何が? と思って見上げたら、やけに低く感じる暗い天井に何かがへばりついていた。

 その”大きな物体”が、侵入者である俺に向かって巨大な”手”を振り下ろす。


 ――つぶされる!


 そう思った俺はとっさに身をよじって、九死に一生を得る。

 何かがぶつかったのか、直後に寝室の床がバシィーン! と大きな音を立てて歪む。

 やばい。当たっていたら即死だった。


「これが、敵……確かに大きいな!」


 窮屈なのか狭苦しそうに腰をかがめてはいるが、まっすぐに立ち上がると天井に頭がぶつかるくらい大きな人影。実体がなかったガスみたいな雑魚モンスターたちとは違って、影みたいに全身が真っ黒なだけで、普通に実体がある。

 動き回るには狭いからか中には入らず、開いたままの扉のすぐ外に立っている秋奈さんが俺に声をかける。


「一人でやれる? それとも助けがいる?」


「まずは俺が一人でやってみる! そこで見ててくれ!」


 ダンジョン攻略は今回で終わりではなく、今後も秋奈さんと一緒にいろいろなことをやりたいんだ。

 何もできない役立たずの男子だな! なんて評価をされたら最悪だ。使い物にならないと見限られないためにも、ちゃんと戦えるってところを一度くらいは見せないといけない。

 それに何度だって言うけれど、これは夢なんだ。

 情けなく負けたって死ぬわけじゃない。どれほど怪我をしようが現実の俺が傷つくわけじゃないんだから、恐怖心を理由に立ち止まる必要はない。

 ……だけど、困ったことに現実の世界で俺は喧嘩さえやったことがない。

 こんな大きな敵を相手にして、どうやって戦えばいいんだ。


「悩んだってしょうがない、攻撃してみるしかないか! 食らえ、大剣!」


 ぶん殴るモーションで右腕を突き出すと、肩から巨大な腕が出てきて大きな剣を右から左へと水平に振るう。一般的にイメージされるものよりも長くて太い剣だ。壁に傷を付けながら本棚をなぎ倒し、中にあった本が床に散らばり、最後には反対側の壁にぶつかって止まる。

 その途中で巨大な影を上下二つに切断するはずだったものの、その巨体には似合わぬ速度で飛び上がった影は天井にへばりついた。

 俺のスキルの一つ、巨人斬りは威力は高いが欠点がある。動作が遅いのだ。

 ほとんど動かない敵には有効だが、素早い敵を仕留めるのには経験と技術がいる。

 いったん巨人斬りを諦めて、左手を天井に向ける。


「秋奈さん大好き! 超好き! 結婚しよう!」


 叫び声に応じて、ポンポンポンと三連続で火の玉が出る。フラッシュをたいたように部屋の中が緑色の光で明るく照らされて、すぐに暗くなる。

 すごく近い距離にいる巨大なターゲットを狙うのは簡単だ。

 しかし三つとも命中しても、勝利につながる気配はない。

 ひるんだ様子を見るにダメージが全くないわけでもなさそうだが、衝撃は小さく、吹き飛ばすほどの威力はなかった。

 やはり、ボスともなれば強力な一撃を食らわせるしかないのか。


「火の玉でけん制しつつ、隙を狙って剣の一撃を当てるとするか! 秋奈さん、大好き!」


「その呪文は変えて!」


「ファイア! ボール! グリーン!」


 嫌がっている秋奈さんの気配を察して素直に変えてみれば、ちゃんと火の玉は出てくれた。

 きちんと魔法のイメージができていて、気合が入るのなら、口にする呪文は何でもいいらしい。この感覚でいけば、練習すれば無詠唱でも大丈夫なのかもしれない。

 さすが夢だな。ご都合主義だ。これからもやっていけそう。


「また来るよ! 注意して! 集中!」


「そうだな、集中! うわ、あぶねえっ!」


 考え事をやめて敵の動きに集中した瞬間、天井から飛び降りてきた影の攻撃から転ぶように逃げる。

 危うくやっていけなくなるところだった。

 秋奈さんがいてくれて助かったね。


「狙うなら着地の瞬間だ! すかさず巨人斬り!」


 無理な体勢ではあったものの、なんとか巨人斬り。

 タイミングは悪くない。けれど直撃はしなかった。

 巨体に似合わず軽快にジャンプした影が攻撃を回避する。再び天井に張り付くんだな、と思って気を緩めて見ていると、そうはならなかった。

 ジャンプから着地した瞬間、いきなりこちらへ向かって突進してきたのだ。


「うわ、またあぶねえっ!」


 正直、今度ばかりはうまく避ける余裕がない。運動不足で鍛えてもいない俺は自分が見ている夢の中でさえ、どんくさいのだ。

 みっともなく後方へ転がるように逃げる。廊下だ。さっきまでそこに立っていた秋奈さんも驚いたように飛び下がっている。

 もう駄目かもしれねえ、そう思って顔を上げれば、こちらへ突っ込んでいた影の動きが直前で止まった。

 ドォオオオン!

 という音を立てて、ぶつかったのだ。普通の人間よりも大きいせいで、廊下につながる扉をくぐれなかったのである。


「死ぬかと思った」


「でも死んでない」


「もしかしてこれ、ここから魔法を使って攻撃し続ければ安全に勝てるんじゃない? 部屋の外には出れなそうだからさ」


「本当にそう思う? 倒す前に朝が来ちゃうんじゃない?」


「それは……そうかも」


 命中率は高いようだが、俺の火の玉はちっちゃいからな。百回くらい食らわせても倒すには至らないだろう。

 ダァン! ダァン!

 部屋の中にいる影は外に出ようとして何度も体当たりを試みている。夢の中の壁がどれくらいの衝撃に耐えられる強度を持っているのかはわからない。

 これでは俺のファイアボールで倒す前に壁が壊されて敵が出てくるかもしれない。


「威力が高い巨人斬りで倒せればいいんだけど、この剣も大きいから部屋の外から攻撃するのは難しいな。かと言って火の玉だけでは倒せないし、見ているだけでも意味はない。だからといって壁ごと壊すと、一撃で倒せなかったときに敵が外に出てきちゃうし……」


 困ったな。ゲームとかの経験も乏しいからボスを倒す作戦も思いつかない。


「諦めるのは早いよ。今は右から左に振ってるだけじゃん」


「え?」


「だからさ、横に振るんじゃなくて前に突けばいいんだよ。それなら扉の外からでも攻撃できるんだから」


「確かに……でも、どうやって?」


 肩から出てくる巨大な腕が剣を振るうのは決まって右から左、しかも一度振ったら剣も腕も消えてしまう。左肩からは出てきてくれないし、上から下に振り下ろすのもできない。

 俺としては出すタイミングを選んでいるだけで、敵の位置や動きに合わせて自由に巨人の腕を動かせるわけではないのだ。


「イメージだよ」


「イメージ?」


「そ、イメージ。ちゃんと想像するんだよ」


「なるほど」


 彼女のアドバイスはもっともだ。そんなに戦っていないこともあり、今までは「巨人斬りを出す」で思考が止まっていた。

 本当はその先、出現した剣をどう動かすかまで考えなければいけない。

 具体的には練習するしかなさそうだが、ひとまずは自分の右腕が巨人の右腕だと思って動かしてみるとしよう。

 ダァン! ダダァン!

 懲りずに体当たりを繰り返す影の音が響く。


「あんまり時間はなさそうだね。遠藤君、大丈夫そう?」


「まあ、見ててよ。ちょっと本気でやってみる。今後のことを考えると、自分のスキルは自由自在に使えたほうがいいしね」


 いつまでも馬鹿みたいに大振りするだけじゃ活躍はできない。特大のホームランを打ちたいからって、基礎練習をおろそかにして目をつぶってフルスイングするバッターはいない。

 スキル任せにするのではなく、自分がスキルを使うんだという強い当事者意識を持って右手を構える。

 視線はまっすぐ、開いたままのドアに何度も体当たりしている影を見据える。

 あとはタイミングよく突きを繰り出すだけ。


「行くぜ! 巨人突き!」


 自分の手で剣を握ったつもりになって、鋭くシュッと右手を前に出す。

 すると巨人の腕が肩から出現して、その手が握っている大剣を前方へと突き出した。

 廊下から扉を抜けて、部屋の中にいる巨大な影を一突きにする。

 グギャアアアアアアッ!

 苦しそうな叫び声とともに、大剣に胸を貫かれた影の巨人がジタバタと大暴れ。

 慌てて右手を引いて剣を引き抜くと、その傷口から煙みたいな血が大量に噴き出した。

 直後、プシュウウウウウ……! と、消滅する影。

 戦いは終わったようだ。


「こ、これで、やったのか……? ボスが死んでくれたってことは、ダンジョン攻略も終わり?」


 想像以上にあっけない幕切れとはいえ、最初に挑戦するダンジョンとしてはこんなものか。多くのゲームでもチュートリアルとして簡単なミッションが用意されているし、いきなりボスが強すぎても駄目なんだろう。


「お疲れ様。これが本当に最後なら、どこかに宝玉があると思うんだけど……」


「宝玉? 何それ?」


「うまく説明するのは難しいけど、一言で言うなら”可能性の塊”かな。ボスを倒したら手に入るドロップアイテムだと思えばいいよ。普通、探索者は宝玉を手に入れるためにダンジョン攻略をしていくものなの。簡単なダンジョンには小さなものが、難しいダンジョンには大きなものがありがちだね。運が悪いと落ちてないけど」


「へえ。とにかく中に入って探してみるか」


 夢の中で拾っても金になるわけじゃないから本気で探す気にもなれないけれど、面白そうではあるからボスがいなくなった寝室へと足を踏み入れる。ドロップアイテムだとすれば、ボスが消えた場所の近くにあるだろう。

 そう思って一歩足を踏み出した時、部屋の奥にあるベッドで寝ていた誰かが身を起こした。

 電気が消えている寝室は暗くても、外の星明りが窓から差し込んでいる。


「おはよう、紅谷さん」


 部屋に居座っていたボスが消えたことで、金縛りが解けたらしい紅谷さん。

 へっ、と嬉しそうに微笑んだ。


「おはようって、どこがだ? 夜じゃねえか」

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