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セカンドステージ ~夢の世界でバトルや冒険をして、恋人だって作る~  作者: 一天草莽


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3/6

03 スキル

 翌日、起きなきゃ遅刻する限界すれすれのタイムリミットを告げるスマホのアラームが、飼い主にかまってもらいたがる犬みたいにワンワン鳴いて、睡眠不足もあって寝ざめから最悪の気分だった。

 数億円単位の損害を生み出す規模の許されないミスを犯して、死刑囚扱いで無期懲役を言い渡された独房の中で目が覚めた精神状態だ。部屋を囲んでいる四方の壁がいつもよりも圧迫感を感じさせる。

 きっと天気も雨だろう。


「秋奈さん……かわいかったのにな……」


 しかも恋人にまでなれたのに。

 たった数時間とはいえ、同じ年頃の女子と二人で楽しく過ごせたのに。

 あろうことか、やる気が空回りした俺が原因で死なせてしまうなんて。


「うう……このまま落ち込んでいたいが、いつまでも布団の中に閉じこもっていたって仕方がない。親や先生に怒られる前に学校に行こう」


 救いがあるとすれば、すべては夢の中の出来事だったということか。

 バッドエンドを迎えるフィクション作品を主人公として体験しただけで、現実世界の俺が何かをしたわけではない。

 だからって、なあ……。


「そんなつらそーな顔してどーしたー?」


 学校、いつも通りに気配をひそめて無難に放課後までやり過ごそうと思っていれば、いつも以上に元気がない俺に気づいた永杉に声をかけられた。

 心配されるほどとは、よほどひどい顔をしていたらしい。

 かといって悩んでいる理由が理由であるだけに、あまり堂々と打ち明けられる話でもない。なんなら適当な嘘をついて隠しておこうかと思ったが、唯一の親友相手に隠し通せる余裕もない。

 口汚く責められるのを覚悟で、力なく首を横に振る。


「聞いてくれ、永杉。俺は罪人なんだ」


「おいおいー、いったい何をしたんだよー。出さなきゃいけない宿題を忘れたのかー? 悪いことしたなら親とか先生に謝れよなー」


「そんなんで許される次元の悪さじゃないんだ。人をね、殺しちゃったの」


「…………え?」


 一瞬、とんでもない冷気に当てられたのかカチンコチンに空気が凍る。

 さすがの永杉も殺人クラスの犯罪者が相手となると、簡単には励ます言葉が見つからないようだ。

 早とちりして警察に通報されても大変なので、一応は付け加えておく。


「夢でね」


「おーい、夢かよー。あんまり深刻だから本当かと思ってびびっただろー」


 本当だったら友達の縁を切ってる、と言われて、確かにな、と思う俺。

 夢でよかった。


「だけどすごくリアリティのある夢でね。ひどい悪夢を見たときに、思わず叫びそうになって起きたら寝汗がびっしょりで心臓がバクバクしちゃうことってない?」


「わからんでもないなー。逃げられない状況でスカイダイビングをさせられる夢とかなー」


「そうそう、それそれ。夢と現実の境界線があいまいになってるというか……」


「マジかよー、それー。よくない状態だなー」


 実際、よくない。

 しばらく前から毎日のように長時間の明晰夢を見ているからといって、それを現実と同等の当たり前のものとして受け入れるのは危険だろう。どっちも現実みたいなものだと思い込んでしまえば、寝ても覚めても夢見心地な夢遊病者の一員だ。無自覚なまま周囲の人間に迷惑をかけ続ける羽目になる。

 学校では近い距離にいる友達として、自分が被害を受ける事態を憂慮しているのか、永杉もそれを心配しているらしい。


「悪いことをするのは夢の中だけにとどめておけよなー。でさー、現実で同じことをしないよーに気を付けるしかないんじゃねー」


「そうだね。そうする」


 結局のところ、そうするしかない。

 現実であれ、夢の中であれ、どんなに後悔したって過去を変えることは不可能だ。

 すでに起きてしまった過ちを二度と繰り返さないように気を付けながら、気持ちを切り替えていくしかない。


「それに、今夜また、何事もなかったかのように秋奈さんと再会できるかもしれないしな」


 これはほとんど独り言。すぐ隣にいた永杉も聞こえなかったらしく、秋奈さんって誰? とも聞いてこなかった。

 知りたがるほどの情報ではないだろうし、あえて説明するほどではない。

 心配かけてごめんね、と伝えた俺は休み時間が終わって次の授業に備えた。




 放課後、一人になった俺は普段とは違う経路を選んで家に帰ることにした。

 いつもよりも歩く距離を長くして、健康促進のために運動量を増やしたいのではない。

 理由は一つ。昨夜に見た夢の中の街で、秋奈さんと一緒に入ったダンジョンとなっていた例の家を見学していくつもりなのだ。

 もちろんそこは俺が住んでいない他人の家なので、中にまでは入らない。

 ただ前を通って、ちらりと全景を見ていくだけである。


「なつかしいな……」


 各駅停車しない快速列車のように素通りするだけで、スマホ片手に何でも撮りたがる見物客のように立ち止まるつもりはなかった。

 けれど、実際にその場所についたら思わず足を止めてしまっていた。

 ちゃんと目にするのは小学生ぶり、だろうか。

 この数年間の生活において、意識的にこの場所を避けていたのかどうか、自分でもよくわからない。

 少なくとも好んで近くを通りたくなかったのは事実だが。


「遠藤君……?」


「!」


 秋奈さんと過ごした昨夜の記憶に浸っていて、周囲に対して身構えていないところに名前を呼ばれたので、驚きのあまり声も出せなかった。

 振り向いて相手の顔を確認するまでもなく、その透き通った声だけで誰かがわかる。

 クラスは違えど同じ高校に在籍している女子、同じ学年の紅谷くれたにさんだ。

 こちらを警戒しているのかどうなのか、柔和な表情を浮かべている紅谷さんがちょっとだけ距離を置いて立ち止まる。


「高校の制服だから遠くから見て誰だろうって思ったけど、遠藤君だよね? 中学生ぶりだね。私の家の前で……何か用事?」


 顔を合わせて、きちんと声をかわし合うのは中学生ぶり。

 高校に入ってからは意識して避けていた。

 動揺しているのを悟られないよう、心の中だけで深呼吸をして答える。


「いや、別に用事は何も……。たまたま近くを通ったからさ」


 そうは言いつつも、アポもなく他人の家を眺めに来た後ろめたさを完全に隠すのは難しい。それにどうだ。友達でもない異性が自分の家の前に突っ立っていたら、俺だって何かあったんじゃないかと思って警戒する。

 しかし続けるべき言葉が見つからない。ぺらぺらと口早に言い訳をまくし立てるのは、多くの場合に逆効果だ。慌てて誤魔化すべき裏の目的があったように感じられるのは、いかにも不審者じみて困る。

 今の俺はあくまでも単なる通りすがり。何かを企んでいるような怪しい雰囲気を全く出さず、可能な限りのさわやかさで肩をすくめて見せた。


「たまたまなんだ。ふうん……」


 あなたの言い分を無理に納得して飲み込んでますよ、という雰囲気で、自分のプライバシーやテリトリーに踏み込もうとしてきた俺に対して文句や疑問の一つでも言いたそうな顔。

 偶然だなんて嘘をつけ! 何か思惑があったんだろ! なんて追求されても、弁明のために俺の手札にあるのは夢の話だけ。

 まともな人間として答えられることは何もない。

 逃げるが勝ち。


「じゃ、じゃあね。俺、あっちだから」


「あ、うん……」


 困惑する彼女を置いて、俺は逃げるようにその場を去るのだった。





 だらだらとしている間に時間は過ぎて夜が来た。

 いつもより浅い時間のうちに部屋の電気を消した俺は何かから逃げるようにベッドへと飛び乗って、首をひっこめる亀みたいにして掛け布団に潜り込む。

 もう寝よう。

 さっさと現実世界とはお別れだ。

 帰宅途中に立ち寄った場所で紅谷さんと気まずい鉢合わせをして、もうすっかり精神的に疲れたのもあるが、それよりも秋奈さんに会いたいという気持ちが上回る。

 一秒でも早く夢の世界の扉をノックしたい。


「ま、結局は寝付くまでに時間がかかってしまうわけだが」


 心地よい安眠も、心身をリフレッシュさせるための熟睡も、目を閉じて寝転がっているだけで簡単に手に入れられるものではない。普通の人にとっては息をするように当たり前のものだとしても、俺にとっては遠い世界の話だ。

 一時間、二時間、三時間。

 無限にも思える無駄な時間をやり過ごした結果、頭の中に爆発音が響いて夢の世界に入ることができたのは、草木も眠る深夜二時ごろだった。


「ようやく眠れた……」


 と、夢の中で覚醒して気づく。

 眠る前の状態と同じく横になっていたベッドの上で胡坐をかき、そのまま足を動かしてベッドのふちに腰を掛けて、座った状態で溜息をつく。

 いつもの部屋、窓の外に広がっているのは見慣れた夜の街。

 ああ、ここは俺の世界だ。誰にも邪魔されない俺だけの空間。

 さっきまでいた現実世界こそ夢で、むしろ今、ようやく目覚めた気さえする。

 寝る前はパジャマだったはずが、夢の開始とともに服装はラフな普段着になっている。すでに外出の準備ができているため着替える必要もなく、自室を出て、靴を履いたら家を出て、寄り道もせずに歩く。

 向かう先は学校や遊び場などではなく、昨夜の夢で入ったダンジョン。

 そこに、こちらを待っているようにして一人の人影が立っていた。


「あ、来た」


「秋奈さん……」


 いてくれたんですね、という気持ち。

 あんまり友達がいないので世間一般的な常識を知らないが、日にちが変われば夢の中の登場人物は変わりがちだ。場所だって変われば状況も変わり、ひどいときは自分の姿さえ違うものになっている。

 現実の知り合いに該当する人物がいないオリジナルな存在の場合、もう一度、全く同じ人物に会える確率は低い。

 だけど、どうにかして再び会えないかと期待していた秋奈さん。

 そんな彼女は昨夜見た夢と同じ姿のまま家の前で待っていた。

 白っぽいティーシャツにハーフパンツの元気な姿。俺の剣で切られた傷もない。

 嬉しくなって思わず笑顔が出る。


「よかった。また会えるなんて。これはもう運命だよね」


 笑顔と言いつつ、本音の部分では涙ぐみたいくらいだ。

 感動で声が震えているかもしれない。

 熱烈なハグをしたっていい。


「大げさだってば。たった二回会った程度で運命を感じないで。これから先、人生っていろんな人に会うんだよ」


「そんなことより聞いてくれる? もし秋奈さんにもう一度会えたら、その時はこれを言おうと心に決めてたんだ」


「ん、何?」


「好きです。付き合ってください。結婚もしよう」


「えっとー、それなんかのハラスメントじゃないかな」


「マジ?」


「まじ」


「……なるほど、マジなんだ。じゃあ次からは気を付けよう。ここが夢で助かった。現実におけるコンプラや法律は個人が見ている夢の内容までには適用されないんだ。表現は別として、思想については自由が保障されているから。寝言はギリセーフ。起きている状態で誰かに言えばアウトだけど」


「ここが夢、ねえ……」


 早口で続けた俺の熱弁を半分くらい聞き流して、思わせぶりにポツリとつぶやく秋奈さん。

 まるで「この世界は夢なんかじゃないよ」とでも言いたげだ。

 まさか本当に? なんて信じたいけれど、まあ、都合のいい展開を望んでいる俺の深層心理が彼女にそう言わせたがっているんだろうな。こうして目の前に立っていても、彼女は一人の人間として実在しているわけではない。

 自分でも認識することができない俺の見えざる手が、無意識に動かしている人形遊びだ。

 でも楽しい。

 ごっこ遊びは子供のころからの趣味の一つである。高校生になった今でも右手と左手を使って怪獣バトルをやったりする。利き手である右手が有利なので、敵役になりがちな左手にはいつも頑張ってもらっている。

 家だけじゃなく学校でもやったりするので、先生やクラスメイトの誰かに見られてなければいいが。


「それより秋奈さん、ここで俺の到着を待っていてくれたってことは、今日もダンジョン攻略を一緒にするって流れでいいのかな」


「いいよ。暇だし」


 暇だからって、一緒にやるにしては危険な遊びだ。

 なのに特に嫌がるでもなく、手を後ろに組んでうなずく秋奈さん。

 かわいい。


「デートだぁ……!」


「だとしたらすごく物騒なデートだよ。付き合いたての恋人たちはデートの最後をキスで終わらせるかもだけど、私なんて昨日は最終的に殺されちゃったよね、君に」


「それはほんとごめん」


 というか秋奈さん、見た目や基本的な人格が同じなだけで、記憶を中心とした内面がリセットされた別の存在かと思えば、ちゃんと昨日のことを覚えてるんだ。喜ばしいだけでなく、ありがたい。きれいさっぱり前日の出来事を忘れているなら、一から関係性を構築しなければならないところだった。

 もっとも、彼女の記憶も夢の主である俺の記憶をもとにしてるんだろうから、覚えているのも当然かもしれないが。

 ともあれ、ガッツポーズ。やったね彼女は同一人物で確定。


「いや笑顔。感情が伴ってないなあ。しでかしたことに対して反省が軽いよ。これがリアルだったら、幽霊になって加害者の君をたたってた」


「なにそれ怖い……と思う反面、とりつかれたいと思う自分もいる。いつも一緒にいられそう」


「幽霊でいいって、本当? 手を握れなくても?」


「確定」


「何が?」


 いつか手を握れるのが。

 しかしどうだろう、この結論は我ながら支離滅裂な印象がある。

 秋奈さんのほうから「幽霊になった私と手を握れなくてもいいの?」と俺に聞いてくるということは、「幽霊じゃなければ手を握れるかもしれないのに?」という意図の質問を含んでおり、つまり今の関係性を続けていれば将来的に俺たちって手を握れるのが確定なんだよ、という都合のいい結論――。

 そんなことを懇切丁寧に説明しても理解をもらうのは難しいだろうから、たとえ冗談であっても詳しくは言葉にせず、とっとと話を進める。


「なんでもないから気にしないで」


「こっちが気にしなくてもいいことを二人きりの時に言わないで。私だけが会話の相手なんだから、せめて私には伝わるように何かを言って」


「……ん? まあ、さてと、それじゃあ早速、昨日の続きといこう」


「会話が下手すぎて逆に安心しちゃうよ、私」


 そうそう、だから下手くそな会話を切り上げてアクティビティに移行するのだ。

 二人っきりのデート……もとい、二人でのダンジョン攻略だ。

 今日こそはボスを倒してダンジョンをクリアするぞと、難しいゲームに挑むプレイヤーになったつもりで意気揚々と足を踏み出す。


「待って」


 ところがどっこい、一緒のペースで足を踏み出してくれなかった秋奈さんに冷静な声で待たされた。

 だけど俺のテンションはダンジョン攻略に向けて高まっている。何か話があるならダンジョンの中で聞くよと答えて立ち止まらなかったら、無理にでも足を止めさせるためなのか、後ろから肩をつかまれた。

 どうせなら手を握ってよ、と言いたげな顔をして振り返る。


「何? もしかして俺と――」


 ――パン。


 いってらっしゃいのキスでもする? などと、ふざけて口にする余裕もなく彼女が手を打ち鳴らす。

 セクハラを断罪された上司の気分。


「いーい、遠藤君? まずはスキルを確認しておこう。でないとまた殺されちゃうでしょ、私」


「それもそうか。でないとまた殺しちゃうか」


 忘れていたわけでもないけれど、昨日はそれで探索者ごっこが終わったんだっけ。

 自分のスキルを理解しておかないと、いざという時に力を加減できないしな。


「殺したほうがあっけらかんと言うな」


 こら、と冗談っぽく怒られる。

 かわいい。


「でもさ、スキルってどうやって確認するの? 手を前に突き出してステータスオープン! とか言えばいい?」


 ステータスオープンというのはあれだ、簡単に言えば「筋力」や「素早さ」や「魔力」なんかの項目を具体的な数値で表してくれて、その時点における自分の能力を確認できる不思議な術みたいなものだ。

 VRゲームとか異世界転生もののアニメなんかでの知識な。自慢じゃないが俺は詳しいんだ。

 あくまでも暇つぶしに触れていただけで、履歴書の趣味の欄に書けるほど熱心に嗜んではいないので、ちゃんとしたファンや有識者にはにわかと馬鹿にされそうだけど。

 ともあれ、そっち方面の知識はないのか秋奈さんは小首をかしげた。


「ステータスオープン?」


「あれ、違うの? スキルの一覧とかは?」


「何言ってるのかわかんないけどさ、そういうのは自分で把握するしかないよ」


「あ、そう……」


 ゲームでよくあるステータスウインドウみたいな便利な機能はなく、何ができて何ができないのか、いちいち自分で実際に確認するしかないらしい。

 当たり前っちゃ当たり前だけど面倒だな。俺の夢は不親切。将来はゲームデザイナーとかプランナーとか、そういった職業には就かないほうがいいかもしれないと思えてくる。

 まあ、いい。無料で遊べるゲームだと思えば安いものだから、とにかくやってみよう。

 昨日ダンジョンの中で発動した技を、もう一度ここで使ってみるのだ。


「それじゃあ、そっちの誰もいない道路に向かってスキルを使ってみて」


「わかった。何が起こるかわからないからね。秋奈さんも誰もいない、安全な方に向かって使ってみるよ。よく見ててね」


 よし、いよいよ俺の力を見せつける時が来た。頼りになるね、すごいね、と彼女には思われたいので、ぜひともかっこつけたい場面だ。

 とはいえ親切なチュートリアルも取扱説明書も俺の手にはないので、やってみるったって、いったい何をどうやったらいいんだろう。

 これが迷路だとしたらゴールどころかスタート地点さえわからない状態だが、とりあえず昨日と同じようにやってみるしかないか。

 正拳突きの要領で、誰もいない道路に向かって右手を突き出す。


「えいやっ!」


「出ないね」


「それ!」


「出ない」


「ハアッ!」


「ただのパンチ」


「ふぅ……!」


 何回やっても出ませーん。

 これじゃ無意味なシャドーボクシングだ。


「ひっ! ふっ! ほっ! はっ! いち! に! さん!」


「ない! ない! ない! ない! で! な! い!」


 それから何度か右手や左手でのパンチを繰り返していると、いつまで経っても展開のない試合を見守る観客の気分になったのか、見かねた秋奈さんが顎に手をやって難しそうな顔をする。


「君のスキルが何かはわからないけどさ、形が悪いんじゃないと思う。腕や腰の動きとかじゃなくて、本気度が足りないんじゃないかな。すぐそこに敵がいると思ってやってみて」


「なるほど、本気度か。確かに遊びでやってた」


 どうせ死にはしないしな、という舐め腐った感情。目の前のこと、というか、ダンジョン攻略そのものについても本気では取り組めていない。

 だってここ夢じゃん。

 怠惰で甲斐性のない俺だけじゃなく、誰だって夢に見る物語を真正面から全力で努力しようとはしないだろう。

 どうせ頑張るなら、普通は現実を頑張る。

 夢は休む場所だ。


「うーむ……」


 でも、本気か。

 遊びだからこそ全力で挑んでみるのも面白いかもしれない。

 一生懸命に挑戦して大失敗したところで、ここは俺だけが見ている夢の世界。冷笑主義がはびこる現実世界と違って、誰に笑われるということもあるまい。いくらでも恥をかき放題だ。


「……よし!」


 やると決めたらやる。

 ありったけの想像力をめぐらして、すぐそこに架空の敵を思い描く。

 姿は……昨日の幽霊みたいなやつと同じでいいか。強さもあれくらい。

 素早く動き回るのではなく、ぼーっと突っ立っている幽霊みたいな敵。

 どうせ夢なんだから、ターゲットにするのにちょうどいいスライムみたいな雑魚敵が一匹くらい出てきてくれてもいいんじゃないか、と思わなくもないが。

 ともかく、攻撃。


「死ねえっ!」


 剣道部の「めーん!」くらい大声で叫びながら、腰をひねって繰り出す渾身の右ストレート。


 ――ブシュウウウウウン!!


 ボクシングジムに入ったばかりのアマチュアボクサーみたいな俺の動きに合わせて右肩から出てきた巨大な腕が、常人には握れない図太い剣を振り回す。

 ドローンを使って真上から見たら攻撃範囲は中心角が九十度くらいありそうな扇形で、前方を水平に横薙ぎ。

 巨人の右腕によるフルスイングの威力は甚大で、想像上の敵も真っ二つです。

 まさか本当にできるとは。理想通りにうまくいったな。

 俺、かなり強いんじゃね?

 そう思っていたら背後から声がする。


「今のはよくないよ」


「え、どこが? ちゃんとスキルが発動したじゃん。威力もありそうだったし、すごくよかったと思うんだけど」


「いやスキルじゃなくて。言葉」


「言葉って……ああ、死ねって言っちゃったからか」


 何かと思えば言葉遣いである。死ねとか殺すとか不適切な言葉を検知してBANするAIみたいだ。ここがゲームならアカウント停止処分で俺の物語は終わったな。

 たとえ夢の世界での冒険を続けられるにしても、一緒にいてくれる彼女に嫌われてはつまらない。言葉には気を付けよう。


「とはいえ黙ってるってわけにもいかないし……せっかくだから何か技の名前でも考えて、スキルを使うときにはそれを叫ぼう」


「そうして。できればあんまり物騒じゃないやつね。じゃないと私、遠藤君とは一緒にいたくない」


「んー、そうだなあ……。巨人斬り、とか?」


「ああ、攻撃が終わった瞬間に消えちゃったけど、遠藤君の右肩から出てきたのって巨人の腕みたいだったもんね。君がよければそれでいいんじゃない? ほかに案があるなら別だけど」


「ほかにあるかなあ……どうせだったら声に出して叫びたい技名がいいよね?」


「そりゃそうだ。東京特許許可局みたいな早口言葉の技名だったら失敗しそうだもん」


「東京特許きょきゃきょく……確かに。どんな状況でも言いやすくて、何度でも声に出したいやつがよさそう……あ、そうだ! だったら技名はこれで決まり!」


 体の向きを変えてから構えて、誰もいない空間に向かって右腕を突き出す。


「――秋奈さんを守る勝利の剣!」


 ――ブウン!


 うおりゃあああ! とか死ねえ! とか叫んでいた時とは違って気持ちが乗っているからか、さっきよりも鋭さが増している感じがする。

 スキルの威力が上がったんじゃね?

 なのに背後からは否定的な声。


「やめて」


 俺は素直だ、やめる。


「じゃあ違うやつにするか……よし、決めた」


「何?」


「秋奈さん好きだ! 愛してる!」


 ――ブウン! ブンッ!


 これもいい。

 戦いながら何度でも秋奈さんに告白できるじゃん、と思っていたら、ぽんぽんとなだめるように肩を叩かれる。


「それはスキルを使うとき以外で言って。できれば二人の時に。敵と戦ってるときは邪魔」


「確定」


「何が?」


 俺にもわからん。

 ひとまず技の名前は巨人斬りでいいか。ギガントスラッシュとかジャイアントブレードとか、それっぽい横文字でつけるのもいい。

 他にいいのが思いついたら変えるにしても。


「とにかく強そうなスキルが使えることがわかって安心したよ。普通に殴ったり蹴ったりするだけじゃあ、強い敵が出てきたときに苦戦するからね。ただ、欲を言えばもう一つくらいスキルないかな。物理攻撃じゃなくて、火とか水とか魔法みたいなやつ」


「あるかもよ」


「ほんと? いや、まあ、秋奈さんに聞いてもわかんないんだっけ? 自分で適当に動いて確かめてみたほうが早いか」


「今からやるの?」


「やる」


 ためらう理由もないので、即実行。

 その場でキックやパンチ、歩いたり走ったり、ジャンプにスキップ、呪文っぽいのや詠唱っぽいの、いろいろと試してみる。

 だけど二つ目のスキルはまったく発動しない。

 ドタバタと一人で騒いでいるだけだ。


「最初は面白かったから黙って眺めてみたものの、すぐには見つからなそうだね」


「いつまで付き合える?」


「正直……これが恋人との初デートだったら帰ってる」


「あぶな……これが二回目のデートで助かった」


「助かっては……まあ、言うほど私も誰かの友達とか恋人をうまくやれてるわけでもないしね。そういう人だってわかってきたし、馬鹿にしても帰りはしないか。ここで待ってるから君の気が済むまでやってていいよ」


「…………」


「何? 急に黙って」


「いや……」


 なんか、本当に好きだなあ……と改まって思ったら、声が出なくなった。

 どうしてこれが夢なんだろう、なぜ現実世界のほうに秋奈さんがいてくれないんだろう、そう考えずにはいられない。

 だから、彼女の顔を見る。

 目が覚めた時に、彼女のことを忘れずに済むように。


「だから、何? もう終わったの?」


「うん……そうだね。いつまでも待ってもらうのも悪いから、そろそろ攻略を始めよう」


「ん、わかった」


 そう言ってからこちらに背を見せて、秋奈さんがダンジョンの入り口に向かう。

 寄り道をしてしまったけれど、いよいよ攻略の始まりか。昨日は一ミリも活躍できなかったので、今日はちゃんと役に立ちたい。

 であれば、最後にもう一つくらい試したい。

 たとえばそうだ、回復とか強化魔法が使えればすごく役に立ちそうじゃないか。

 パーにして開いた左手をなんとなく彼女の背中に向けて、少し離れた場所からスキルを発動させる感じで声に出す。


「秋奈さん、大好き!」


 攻撃力の強化とか、何かしらのステータスをアップさせる効果が彼女にかかれ!

 そう思って叫んだら、何か出た。


 ――ボカァン!


 俺の左手が熱くなって、緑色の火の玉みたいなのが発生したかと思ったらまっすぐ飛んで行って、秋奈さんの背中にぶつかって爆発アンド大炎上。

 いきなり背後から爆撃を受けた秋奈さんは前のめりに倒れて地面に伏した。

 倒れた背中がメラメラと燃えている。

 やばそう。


「あ、秋奈さん! ごめん! 大丈夫!?」


「いや、君の愛、熱すぎ……」


 その言葉を最後に、今夜もまた彼女は死んで消滅してしまうのだった。

 最悪なことに、またしても俺のスキルが原因で。

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