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第3話 推し本を語る

 放課後。


 旧部室棟のいちばん奥の部屋に、ひときわ大きなため息が落ちた。


「はあああああああああああ……」


 夢前いろはは、ソファの上で溶けかけながら、一枚のプリントを顔に乗せていた。


 プリントには、でかでかとこう書いてある。


 読書週間 読書感想文のお知らせ


「出たよ。毎年恒例、アホ殺しのイベント」


「自覚あるのか」


 窓際のパイプ椅子に座る九条湊が、カーテン越しの夕日を見ながらぼそりと返す。


 折りたたみ机の前では、甘利陸がコンビニ袋からスナックを次々出しながら、プリントをのぞき込んだ。


「『好きな本を一冊読んで、八百字以上で感想を書きましょう』」


「好きな本、ってところに罠を感じるよね」


 いろははプリントをはがして、ソファからずるりと滑り落ちる。


「ほんとに好きな本の感想書いたら、『もうちょっと真面目な本にしようか』って言われるやつ」


「被害妄想が具体的だな」


「違うの。前にさ、シオリがラノベで感想文書いたら」


 いろはの視線が、窓際から少し離れたパイプ椅子に座る黙栞へと向かう。


 栞は今日も文庫本を開き、静かにページをめくっていた。


「先生に『これ、アニメのやつだよね』って言われた」


 ぴたりと、ページをめくる指が止まる。


「事実ではある」


「でも、ちょっとだけショックだった」


 栞はそこだけ、ほんのわずかに口をへの字にした。


「本の話をしたかったのに、『アニメ』ってひとことでまとめられた」


「先生なりの会話の糸口だったんじゃねえの」


 九条が、教員側にささやかなフォローを入れる。


「でもまあ」


 甘利が、ポテチの袋をぱんと開けながら言った。


「ラノベを馬鹿にするやつは、今日のこの場から追放な」


「コンビニが珍しく良いこと言った」


「俺は毎日ここに来るからな。ラノベとスナックは味方だ」


「なんか説得力あるなあ」


 いろはは素直に頷いた。


「というわけで」


 いろはは、ずい、とソファの背もたれに肘を乗せ、標的を決める。


「読書感想文、シオリに全力で頼ります」


「雑な丸投げ」


「ここに、プロ読書家がいるので」


「プロではない」


 そう言いながらも、栞は文庫本にしおりを挟み、ぱたりと閉じた。


「でも、推し本はたくさんある」


「来た。語る気だ」


 九条が、少しおもしろそうに眉を上げる。


「じゃあ今から」


 栞はゆっくり立ち上がり、折りたたみ机の横に立った。


「黙栞の、推しラノベ紹介タイム」


「番組始まった」


「本日の提供は、A社製、海苔塩ポテトチップです」


 甘利が、スポンサーらしく袋を掲げる。


「シオリ、どんどんやってくれ。俺ら、ツッコミとスナック担当するから」


「ツッコミ担当にされるのは不本意なんだが」


 九条のぼやきを無視して、栞は鞄の中に手を突っ込んだ。


 がさごそ。


 そして、文庫本が三冊、机の上に並ぶ。


 どれも表紙はカラフルで、タイトルが主張強めだ。


「じゃあ、いろは用から」


「専用あるの」


「ある」


 栞は、一番左の一冊を手に取った。



* * *



「タイトル」


 表紙をこちら側に向けて、栞が読み上げる。


「『読書感想文代行屋さん、はじめました』」


「ちょうどいいとこ突いてきたな」


 甘利がくすっと笑う。


「サブタイトルは、『クラスメイト三十人分書いたら、自分の感想だけ書きそびれました』」


「何そのネタバレ気味なサブタイトル」


「でも、分かりやすくてよくない」


 いろはの目が、早くも輝き始める。


「内容」


 栞は、ページをぱらぱらとめくりながら、淡々と語り出した。


「主人公は、文章を書くのが得意な地味男子。ある日、友達一人の感想文を手伝ったら、クラス中に広まってしまう」


「ありそう」


「気づいたら、三十人分の感想文を請け負っていた」


「ブラック企業かよ」


「でも、お礼はそれぞれ違う。クッキー焼いてくれたり、ゲーム貸してくれたり、家の蔵書貸してくれたり」


「蔵書貸してくれるやつ、俺の友達になってくれ」


 甘利が即座に名乗りを上げる。


「お前、本読むの」


「コンビニの雑誌コーナーで鍛えられた。立ち読みしすぎて店員に顔覚えられてる」


「それは読書家じゃなくて常連だろ」


「いろんな人の本を読むから、主人公が少しずつ、他人の『好き』を理解していく話」


 栞の声が、ほんの少しだけあたたかくなる。


「ホラーが好きな子は、怖いけど、守りたいものがちゃんとある、とか」


「青春してるなあ」


「恋愛小説が好きな子は、現実ではうまく言葉にできないから、小説の中で練習してる、とか」


「分かる気がする」


「で、最後に気づく」


 栞は、指で一枚ページを押さえたまま、いろはを見る。


「自分の感想文だけ、白紙」


「まさかの自爆オチ」


「締め切り前日の夜、三十人から『代わりに書いてあげる』ってメッセージが来る。主人公が何を好きか、みんなそれぞれ考えて」


 そこで一拍置いて、栞は結論を言った。


「でも、主人公は、そこだけは自分で書く」


「ちゃんとしてた」


「自分の言葉で、『俺は、誰かの感想文を手伝う時間が好きだった』って書く」


 部屋の空気が、ふわっとやわらぐ。


「何その、表紙だけだと軽そうなのに中身ちゃんとしてるやつ」


 九条が、ちょっと感心したように言う。


「ラノベ、だいたいそう」


 栞はきっぱり言った。


「表紙でちょっと笑わせて、本文でちゃんと刺してくる」


「文庫本界のツンデレだな」


 甘利の謎まとめに、いろははずっと表紙を見つめていた。


「それさ、感想文書きやすそう」


「主人公が感想文で悩んでるから、共感しやすいと思う」


「タイトルの時点で共感した」


「ボツが代行頼む側だろ」


 九条の冷静なツッコミは、聞こえなかったことにされた。



* * *



「次、コンビニ用」


「カテゴリがすでにおかしい」


 と言いつつも、甘利の視線は期待に満ちている。


「『学校の地下にコンビニ作ったら、ダンジョン攻略がはかどりました』」


「おお」


 甘利のテンションが一気に上がった。


「サブタイトル、『売り上げの一パーセントで世界を救います』」


「数字が具体的だな」


「舞台は、この学校によく似た学園。ある日、校舎の地下からダンジョンが発見される」


「わりと大事件」


「生徒たちは、放課後にダンジョンに潜りに行く。でも、途中でお腹空くし、ポーション切れるし、宿題終わってないし」


「最後のは自業自得だろ」


「そこへ現れたのが、主人公の作った『地下コンビニ』」


 栞は表紙のコンビニ看板をちょん、と指でさす。


「パンとおにぎりと、ポーションと、宿題代行サービスを売っている」


「最後の一つだけアウトだな」


「一応、『勉強のサポート』って名目」


「グレーゾーン攻めてくるな」


「ダンジョンに潜る生徒たちに、主人公が『今日はボス戦だから、糖分多めに』とか、『クラスメイトと仲直りするなら、このお菓子』とか、さりげなくアドバイスする話」


「なんか癒やし系だな」


「敵を殴って解決する話じゃなくて、必要なものを用意して送り出す話」


 栞が小さくつけ加える。


「主人公自身は前線に出ない。けど、みんなに『ここがないと困る』って言われる」


「それは、分かる」


 甘利が、少しまじめな声で言った。


「コンビニってそういうとこだしな。開いてると安心する」


「甘利が店長やったら、三日で店潰れそうだけどな」


「俺の経営力をなめるな。新商品コーナーだけは絶対充実させる」


「そこに全リソース突っ込むな」



* * *



「オチ用」


「待ってました感出すな」


 落合玲央は、相変わらずスマホを握ったまま、さっきから一言もしゃべっていない。


 ただ、栞が「オチ用」と言った瞬間、ほんの少しだけ、親指の動きがゆるんだ。


「『ゲームをやめたい幼なじみと、やめさせたくない俺』」


 栞は、三冊目のタイトルを読み上げる。


「普通っぽいの来た」


「サブタイトル、『ログアウトボタンが押せないまま、夏が終わりました』」


「急にエモい」


 表紙には、ゲーム機を持った少年と少女が、夏空をバックに座っている。


「主人公は、ゲームが好きな男子高校生。幼なじみの女子は、もっとゲームが好き。部活もバイトもせずに、家でゲームしてる」


「オチ、耳が痛くないか」


 九条の視線が、じりっと落合に突き刺さる。


 落合は、画面から目を離さないまま、小さく答えた。


「……別に」


「先生と親に、『そんなにゲームしてないで、外に出ろ』って言われる。でも二人は、『今、外より広い世界にいるから』って本気で思ってる」


「分からなくもないな」


「でも、だんだん、体力も落ちてきて、健康診断で引っかかる」


「一気に現実的な障害が来た」


「そこで幼なじみが、『夏休みの終わりに、ゲームをやめる』って宣言する」


 栞の声は淡々としているが、話の内容はやけにドラマチックだ。


「主人公は、止めたい」


「だろうな」


「でも、止める理由をうまく言えない。『一緒にゲームするのが楽しかった』って言うと、なんか軽い気がして」


「人の心の話だ」


「だから、最後まで普通に一緒にゲームして、エンディング見て、スタッフロールを黙って眺める」


 栞の指が、ページの端をそっとなでる。


「で、幼なじみが、『ここまで一緒にいてくれてありがとう』って言って、ゲームデータ消す」


「うわ、それは泣くやつだ」


 甘利が思わず口元を押さえる。


「健康診断で引っかかってゲームやめるの、普通に正しい判断だろ」


「そこじゃない」


「冷静に聞くと、ゲームしすぎて体壊したから辞めた話だよな」


「身も蓋もないな」


「主人公は、『また一緒に始めよう』って言えなかったことを、ずっと後悔するけど」


「けど、って何」


「エピローグで、十年後。結婚して、子どもと一緒に、そのシリーズの新作やってる」


「ちゃんと救われた」


「最後の一行が、『セーブしますか? はい』」


「うまいなあ」

 九条が素直に感嘆する。


「人生のセーブはできないけど、こうやって繋げてく感じ、いいよね」


 いろはも、じんわりした顔でうなずく。


 そこで、ぽつりと小さな声が落ちてきた。


「……それ、今度貸して」


 落合だった。


「オチが自分から本の話した」


「明日は雨だな」


「やめて。せっかくいい雰囲気なんだから」


 いろはが慌てて制止する。



* * *



「で」


 ひと通り本の紹介が終わり、スナックの袋が半分くらい空いたころ。


 九条が、現実に引き戻す係を買って出た。


「誰か一ミリでも感想文書き始めてるか」


「題名のとこにクラスと名前書いた」


 甘利が胸を張る。


「それ題名じゃない」


「でも十文字くらい埋まったぞ」


「八百字中の十字言うな」


「私は」


 栞が、プリントを取り出して見せる。


「まだ、どの本にするかで悩んでる」


「推し本多いとそれはそれで大変だな」


「悩む時間も含めて楽しい」


「読書ガチ勢の余裕だ」


「ボツは」


「私は、とりあえずプリントを四つ折りにした」


「それは進捗マイナスだろ」


「しまいやすくしたもん」


「しまいやすくすると、そのまま忘れるんだよ」


 九条の忠告を聞きながら、いろははくるりとプリントをひっくり返した。


 裏面は真っ白な余白になっている。


「ねえ」


「何」


「ここにさ。この部屋の感想書いちゃだめかな」


「そう来たか」


「だって、先生、『好きな本について』って言ったけど」


 いろはは、ソファの上であぐらをかき、部屋の中を見回した。


「私、今いちばん読むの楽しいの、この部屋だし」


「難しいこと言うな」


「毎日、新しい話が出てきてさ」


 プリントの余白に、いろはの鉛筆がちょいちょいと動く。


「シオリの推し本紹介とか、コンビニの新作レビューとか、オチの『あ、死んだ』とか」


「最後だけ感想文じゃないだろ」


「クジョーのツッコミも、だいたい固定文だけど味があるし」


「誰が固定文だ」


「それ、読書感想文じゃなくて、放課後感想文だな」


 甘利が、ポテチを一枚つまみながら言う。


「まあ、宿題とは別枠で書くならアリだろ」


「そうそう。先生に出す用はちゃんと本で書くからさ」


「そこは守るのな」


「でも、本の感想ってさ。自分のことも書いちゃうじゃん」


 いろはは、プリントの端に小さく字を書きながら続けた。


「『この登場人物が、自分たちに似てると思いました』とか」


「よくあるな」


「だったら最初から、自分たちのこと書いてもいいかなって」


 九条は少し考え、肩をすくめた。


「まあ、誰かに読ませたいなら、何書いてもいいんじゃね」


「読みたい」


 栞が、即座に手を挙げる。


「ボツの書いた放課後感想文、読みたい」


「俺も」


「俺も」


 甘利と落合も、順番に言った。


「オチはさ」


 いろはは、プリントの端っこに「読者」と書いて、四人の名前を小さく並べた。


「読んで、感想文書いてよ」


「感想文の感想文」


「二次創作だな」


 九条が楽しそうに笑う。


 落合は少しだけ迷ってから、静かにうなずいた。


「……検討する」


「検討するって言った」


「前向きってことでいいなそれ」


「多分。たぶんね」



* * *



 窓の外の空は、すっかり群青色に変わっている。


 教室の隅にある古い電気ケトルが、かちりと音を立てた。誰かが無意識にスイッチを入れていたらしい。


 しゅん、という小さな湯気の音が、部屋の静けさにまぎれる。


「じゃあさ」


 いろはが、プリントを鞄に雑に突っ込みながら言った。


「今日のまとめ」


「まとめるのか」


「ラノベは、ちゃんと本。感想文にも使える」


「それはそう」


 栞がうなずく。


「でも、先生の反応も考えて、選球眼は必要」


「それもそう」


 九条もうなずく。


「で、ボツの感想文は」


 甘利がポテチの袋を折りたたみながら、期待の視線を向ける。


「締め切り前日に泣きながら書く」


「未来が見えた」


「そのときは代行屋さん呼べ」


「いないんだよなあ、現実には」


「いるよ」


 栞がひそっと言った。


「ここに」


 いろは、九条、甘利、落合。


 四つの視線が、一斉に栞に集まる。


「ちょっとは助ける」


 栞は、照れもせずにさらりと言った。


「ただし、ラノベの話を五分聞かせることが条件」


「高いんだか安いんだか分からない報酬だな」


「安い。五分でいいの」


「ボツ、やるな」


「ボツ料金、お得プラン」


「やめて、その呼び方」


 笑い声が、また一度、天井にぶつかってはね返った。



* * *



 誰もいなくなったあと。


 古いソファと、たたまれたポテチの袋と、机の上に積まれた三冊のラノベが、取り残される。


 机の端には、いろはがふざけて置いたメモ用紙。


 そこには、丸っこい字でこう書いてある。


 放課後感想文

 題材 この部屋


 その下の行は、まだ空白のままだった。



* * *



次回予告


九条の声が、どこからともなく届く。


「次回、ボツが『たまには真面目に勉強会しよう』と言い出す」


いろはの声が重なる。


「いいじゃん。テスト前だし、みんなでワイワイやれば楽しく覚えられるって」


「いや、お前が一番覚えないタイプだろ」


「じゃあラノベのタイトルで歴史年号覚える会とか」


「頭に一生残りそうだからやめろ」


そこへ、栞の落ち着いた声が落ちてくる。


「次回、『勉強会は五分で解散しました』」


「解散早すぎない」


 いろはの悲鳴が、今日も旧部室棟のどこかで虚しく響いた。

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