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追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~  作者: 月城 友麻


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56. 限りなくにぎやかな未来

「え?」


 ゼノヴィアスの顔が、みるみる青ざめていく。


「こ、この前、愛を確かめ合ったではないか!」


 必死の形相で訴える。あの白い空間での熱いキスを思い出しているのだろう。


「へ? 何のことですか?」


 シャーロットは首を傾げ、きょとんとした顔を作る。


「夢でも見てたんじゃないんですか?」


 ツンと澄まして、またウーロン茶のジョッキを傾ける。

 でも、よく見ればその耳は真っ赤に染まっているのだが、ゼノヴィアスは気づかない。


「夢?! ほ、ほんとに夢?! そ、そんなぁ……」


 ゼノヴィアスの魂が、口から抜けていきそうになる。


「くぅぅぅ……」


 失意と悔しさと、そして燃え上がる闘志。

 すべての感情を飲み込むように、新しいピッチャーをガッと掴む。


 ゴクゴクゴクゴク!


 今度は怒りと悲しみを紛らわすような、自暴自棄な飲み方。


 そして――――。


 ガクッ。


 空になったピッチャーをテーブルに置くと、そのままうなだれて動かなくなった。

 肩が荒い息に震えている。


「おぉ、いい飲みっぷりだけど……」


 シアンは楽しそうに自分もピッチャーを空ける。

 頬がほんのりと赤いが、まだまだ余裕の表情。


「僕の勝ちね?」


 そう宣言しながら、次のピッチャーに手を伸ばす。

 勝者の余裕が、全身から漂っている。


「あぁ……ゼノさん……」


 シャーロットはそっと、うなだれるゼノヴィアスの広い背中に手を置いた。


 優しく、ゆっくりと円を描くように撫でる。


(ごめんなさいね、結婚よりも今はカフェなの……)


 背中を撫でる手には、確かな愛情が込められていた。



      ◇



「ゼノさん、大丈夫?」


 楽しかった宴もお開きとなり、店の前でみんなと別れた後。

 シャーロットは、少し顔色の悪いゼノヴィアスの腕をそっと取った。


 夜の恵比寿は、ネオンの光で優しく照らされている。

 どこかから流れてくる音楽と、人々の楽しげな声。

 日本の夜は、いつも生きている。


「お、おぅ……もう大丈夫だ」


 ゼノヴィアスは苦笑いを浮かべながら、額に手を当てた。


「あの大天使め……不覚を取ってしまった。申し訳ない」


 愛する人の前でぶざまに負けてしまったことに、五百年生きてきたプライドがきしんでいる。


「良かった。飲み比べなんかで勝たなくていいわ……」


 シャーロットは安堵の息をつき、そして――。


「せっかくだから、観光して帰りましょ? ふふっ」


 次の瞬間――――。


 ふわり。


 シャーロットの体が、まるで羽毛のように宙に浮かび上がった。

 白いワンピースが、夜風に優雅に舞う。


「へ?」


 ゼノヴィアスは目を丸くした。


「シャ、シャーロット……飛べたのか?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔。


「この間、教えてもらったのよ」


 シャーロットは得意げに微笑む。

 管理者(アドミニストレーター)としての能力。もう、ただのカフェ店主ではない。


「さぁ、行きましょ?」


 ぐぅんと体を傾け、一気に加速する。

 恵比寿の夜空へ、矢のように飛び上がっていく。


「おわぁ! 待ってくれぃ!」


 ゼノヴィアスも慌てて後を追う。



      ◇



「うわぁ……綺麗……」


 シャーロットは息を呑んだ。


 眼下に広がるのは、東京の夜景。

 いや、それは夜景などという言葉では表現しきれない、きらびやかな宝石箱だった。


 目の前にそびえる渋谷の高層ビル群――。


 ガラスの塔が天を突き、無数の窓明かりがダイヤモンドのように煌めいている。

 繁華街の光は、まるで地上に降りた天の川。


「お、おぉぉぉ……こ、これは……」


 ゼノヴィアスは、完全に言葉を失っていた。


 深紅の瞳に、無数の光が映り込む。

 生まれて初めて見る、人間が作り出した奇跡の光景。


「こ、ここは一体……?」


 五十階を超える摩天楼が林立し、その一つ一つが小さな街のような複雑な輝きを放っている。

 そして、地平線まで続く、果てしない光の海。


「ちょっと、私と縁のある異世界よ」


 シャーロットは優しく微笑んだ。

 前世の世界。かつて必死に生きて――、そして死んだ世界。


「さぁ、行きましょ?」


 ゼノヴィアスの手を取り、渋谷の中心へと導いていく。


「おぉぉぉ、す、凄い……」


 二人の真下を、電車が次々と走り抜けていく。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 山手線の緑のライン。

 成田エクスプレスの赤い車体。


 まるで光る蛇のように、レールの上を滑っていく。


 首都高速三号線は、真っ赤なテールランプの川。

 どこまでも続く光の帯は、この街の血管のよう。


「ふふっ、本当にすごいわね」


 シャーロットは懐かしそうに呟いた。


 眼下のスクランブル交差点は、まるで人間の万華鏡。

 信号が変わるたび、何百人もの人々が複雑な模様を描きながら行き交う。

 誰もがこの、大都市東京を楽しんでいる。


(こんなにすさまじい日本に、昔は住んでいたのね……)


 当時は気づかなかった。

 この狂気じみた美しさにも、圧倒的なエネルギーにも。


 ただ目の前のことに追われ、自分が何者かも分からず、そして――。


 ぶざまに死んでいった。


(可哀想な私……)


 でも――。


 シャーロットはそっと、隣で夢中になって景色を眺めているゼノヴィアスを見た。


 まるで少年のようにキョロキョロと見回し、新しい発見をするたびに目を輝かせている。

 五百年生きてきてまだこんなにも無邪気な顔をする魔王――――。


 クスッと笑みがこぼれる。


 あの苦しかった日々があったから、今がある。


 ゼノさんに出会えた。

 『ひだまりのフライパン』を開けた。

 そして今、二人で空を飛んでいる。


 シャーロットは、すっとゼノヴィアスを引き寄せた。


「ん? どうしたのだ……?」


 キョトンとする彼の顔が、月明かりに照らされて美しい。


 シャーロットは何も言わず、そっと柔らかく、唇を重ねた。


「んむ!?」


 ゼノヴィアスの体が一瞬硬直する。

 でも次の瞬間、優しく、そして情熱的に応えてきた。


 舌が絡み合い、お互いの温度を確かめ合う。

 吐息が混じり合い、鼓動が共鳴する。


 摩天楼がそびえ立つ渋谷の上空で。

 無数の光に見守られながら。

 二人は何度も、何度も、永遠のように口づけを交わした。


 やがて――。


 名残惜しそうに唇を離すと、シャーロットは悪戯っぽく微笑んだ。


「これも夢……だからね?」


 耳まで真っ赤になりながら、わざとそっぽを向く。


「夢かもしれんが……」


 ゼノヴィアスは優しく彼女を引き寄せた。


「正夢という奴だろう?」


 そして、深紅の瞳で真っ直ぐに見つめる。


「妃になってくれるな?」


 五百年分の想いを込めた、プロポーズ――――。


「え?」


 シャーロットは急に真顔になった。


「嫌ですけど?」


 氷のような声で、ばっさりと切り捨てる。


「え、な、なぜ……」


 ゼノヴィアスの顔が、みるみる青ざめていく。

 涙目になって、今にも泣き出しそうな表情。


 世界最強の魔王も、シャーロットの前では子猫のようだった。


「だって」


 シャーロットは幸せそうにクルリと回った。

 スカートがふわりと広がり、夜風に踊る。


「今は、カフェの方が楽しいんだもん!」


 その笑顔は、まるで太陽のように輝いていた。


 ゼノヴィアスは大きく、大きくため息をつく。


「まぁ良い」


 諦めたような、でも優しい微笑みを浮かべる。


「我は百年でも、二百年でも待ってやる」


 不器用だけど、真っ直ぐな愛の宣言。


「え?」


 シャーロットの瞳が、一瞬揺れた。


「そんなには待たなくてもいいかも……知れないわよ?」


 その時――。


 ビュゥゥゥ!


 強い夜風が吹き抜けた。

 二人の髪を激しく揺らし、大切な言葉を攫っていく。


「え? 今、何と言ったんだ?」


 肝心な部分を聞き逃したゼノヴィアスは、慌てて身を乗り出す。


「ふふっ!」


 シャーロットは振り返り、最高の笑顔を見せた。


「なんでもない!」


 そして、高く昇った満月を指差す。


「さぁ、帰りましょ? 私たちの地球へ……」


 言うが早いか、シャーロットは月に向かって一直線に加速した。

 白いワンピースが、まるで彗星の尾のように夜空に軌跡を描く。


「えっ! えっ!」


 ゼノヴィアスは必死に追いかける。


「もう一度! もう一度言ってくれぇ!」


 風を切る音に負けないよう、声を張り上げる。


「シャーロット! シャーロットぉぉぉ!」


 月明かりの中を、二つの影が追いかけっこをしながら飛んでいく。


 まるで永遠に続く、幸せな鬼ごっこのように。


 こうして――。


 カフェ店主と魔王様の、にぎやかな地球運営が始まる。


 プログラミングも知らない。

 システムも分からない。

 でも、美味しいオムライスは作れるカフェ店主がつかんだ奇想天外の未来。


 果たして結婚はいつになるのか――?


 答えは、シャーロットの胸の中にある。


 でも確実に、二人の距離は縮まっていた。


 東京の夜景が、祝福するように煌めいている。

 満月が、優しく二人を見守っている。


 そして『ひだまりのフライパン』は、また明日も笑顔であふれるだろう。


 とびっきり美味しいオムライスと共に――――。




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― 新着の感想 ―
一気見しました。 最後の一文がこの物語を締めくくるいい一文でした。
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