52. 奇跡のオムライス
祭りの喧騒も、人々の動きも、風さえも。
すべてが静止した世界で、女性だけが必死にもがいている。
「くそっ! 万界管制局か!」
女性は拘束されたままふわりと宙に浮かび上がり、光の拘束を振り払おうと、激しく身をよじる。
この凍りついた世界で、動けるというのは――。
女性が管理者権限を持っている証しだった。
「させるかぁ!」
誠の咆哮が、静寂を破った。
あちこちの宙が裂け、その向こうから万界管制局の精鋭たちが、まるで忍者のように現れる。
手にしているのは、虹色に輝く特殊な装置。
それらが一斉に起動し、空間に幾何学的な光の紋様を描き出す。
ヴゥゥゥン……。
光でできた巨人の手が、アルゴを掴んだかのように見えた。
刹那――――。
ぐはぁ!
彼女の体が、凄まじい勢いで地面へと叩きつけられる。
容赦ない衝撃が、広場に響いた。
「今だ! 確保! 確保!」
号令と共に、特殊な拘束具を手にスタッフたちが四方から飛びかかる。
一人がアルゴの腕を押さえ「確保ぉ!」、
一人が脚を封じ「確保ぉ!」、
一人が胴体に覆いかぶさる「確保ぉ! 確保ぉ!」。
まるで統制の取れた狩人たちが、獰猛な獣を押さえ込むかのような光景。
「ぐぁぁぁぁ! 離せ! 離せぇぇ!」
アルゴは獣のような叫び声を上げた。
次の瞬間、彼女の体から黒い霧が噴出する。
「ぐはっ! 吸うな!!」「くぅぅぅ……」
アルゴの最後の抵抗であった。
しかし――。
「無駄だ!」
誠が新たな拘束装置を投入する。
それは生きているかのように、グルグルとアルゴの体に巻き付いていく。
腕に、脚に、胴体に――銀色の帯が、幾重にも幾重にも。
そして――――、まるでミイラ状になり、黒い霧も止まった。
「アルゴ!! ついに、ついに捕まえたぞ!」
誠が勝利を確信した声で叫ぶ。
「くぅっ!」
完全に身動きが取れなくなったアルゴ。
銀色の帯の間から覗く顔に、悔しさと諦めが入り混じる。
「うかつだった……」
力なく呟く。
「まさか、トマトで……こんな原始的な罠に……」
誠は腰のホルスターから、短剣のような装置を抜き出した。
刀身は透明な結晶でできており、内部で虹色の光が脈動している。
人格固定装置――管理者の最終兵器。
「悪く思うな」
誠は躊躇なく、その刃をアルゴの背中に突き立てた――――。
「ぐはぁっ!」
アルゴの全身に、激しい痙攣が走る。
そして――彼女の長い黒髪が、短く縮んでいく。
柔らかな顔の輪郭が、角張っていく。
女性的な体つきが、筋肉質な男性のそれへと変貌していった。
まるで、仮面が剥がれ落ちるように偽りの姿が消え、本来の姿が現れる。
最後に、アルゴは力なくうなだれ――意識を失った。
「やった!」
シャーロットの歓声が、凍った世界に響き渡る。
「やったわぁぁぁ!!」
屋台を飛び越え、エプロンをはためかせながら駆け出した――――。
「やったのよ! 本当にやったの!」
両手を天高く掲げ、まるで子供のように飛び跳ねる。
涙が、頬を伝って流れ落ちた。
「おう! 本当にやったな!」
誠はシャーロットに向け、手のひらを高く掲げた。
シャーロットはそれを目がけてぴょんと飛ぶと、パァン!とハイタッチ。辺りにいい音が響いた。
「トマトが! オムライスが! 世界を救ったのよ!」
シャーロットは両こぶしをグッと握り満面の笑みで叫ぶ。
プログラミングも知らない。
システムも理解できない。
でも――料理の力で、愛情を込めた一皿で、宇宙的テロリストを捕まえたのだ。
「これで……これで……」
シャーロットの胸に、熱いものが込み上げる。
ゼノさんに会える。
『ひだまりのフライパン』を取り戻せる。
あの温かな日々が、また始まる――――。
時間の止まった祭りの中。
シャーロットは喜びの涙を流し続けた。
トマトの香りが漂う広場で。
世界を救った奇跡の瞬間を、その胸に刻みながら。




