51. 小銀貨一枚です!
『いやまぁ、我々にはこんな作戦、思いつかないからねぇ……』
誠は苦笑いを浮かべた。
『上手くいくといいんだが……』
「ぜーーったい、上手くいきますって!」
シャーロットは力強く断言する。
「誠さんだって、トマトのない世界でしばらく暮らしたら、禁断症状出ると思いますよ?」
『あー、まぁ……食べたくはなるだろうなぁ……』
「ほらほら! ふふっ、【紅蜘蛛の巣】大作戦、開始ですよ!」
『オッケー! 俺たちは密かに監視してるから頑張って! グッドラック!』
「ちゃんと捕まえてくださいよ! グッドラック!」
やがて、フードコートに人が集まり始めた。
家族連れ、若いカップル、老夫婦――皆、祭りの雰囲気を楽しみながら、思い思いの屋台へと向かっていく。
しかし――。
「美味しいオムライスですよ~! 真っ赤なソースが美味しいですよ~!」
シャーロットがいくら声を張り上げても、人々の反応は冷たかった。
サンプルを一瞥して、顔をしかめる。
真っ赤なソースを見て、驚いて首を振る。
そして足早に通り過ぎていく。
(あぁ……)
シャーロットは口を尖らせた。
予想通りとはいえ、やはり寂しい。自慢の料理が避けられるのは、料理人として心が痛む。
「あのぉ……」
若い男たちが恐る恐る近づいてきた。
「これは何なの?」
「あ、これはですね」
シャーロットはかごに山積みにしていた真っ赤なトマトを一つ取り、最高の営業スマイルを浮かべる。
「この赤い野菜を煮込んだソースを使った料理なんです」
「何この野菜……、甘いの?」
男の一人が顔をしかめた。
「いや、甘いというよりは酸っぱい……かと」
確かに果物なら真っ赤になれば甘いものだが……。
「酸っぱいの!? ちょっとグロいね」
「まるで血みたい」
「俺、から揚げんとこ行ってるから」
「あ、俺もから揚げにしよ!」
あっさりと背を向けられる。
「まぁ、そうなるわよねぇ……」
シャーロットはため息をつく。
「狙い通りなんだけど、ちょっとムカつくわ」
シャーロットはキュッと口を結んだ。
◇
開場から二時間――――。
売り上げは、完全にゼロ。
周りの屋台が次々と料理を売りさばく中、シャーロットの屋台だけが取り残されている。
(くぅぅぅ……【黒曜の幻影】どころか、一人も来ない……。このままじゃ、カフェの店主に申し訳が立たないわ……マズい……)
意を決して、シャーロットは新たな作戦に出た。
「試食品を配りまーす! 美味しいですよぉ~!」
小さく切ったオムライスを、通りすがりの人々に差し出す。
「へぇ、ナニコレ?」
「何? 無料なの?」
恐る恐る、人々が試食品を口に運ぶ。
そして――。
「あら、美味しい!」
中年の女性が目を丸くした。
「見た目と違って、すごく美味しいわ! 一つちょうだい!」
「あ、ありがとうございます!」
シャーロットの顔が、パッと明るくなった。
「私にも一つ!」
「僕も!」
「美味しそうね、二つください!」
堰を切ったように、注文が舞い込み始める。
最初は怪訝そうにケチャップを眺めていた客も、一口食べれば表情が変わる。未知の美味しさに、驚きと喜びが広がっていく。
(そう、これよ!)
シャーロットは嬉しそうに、次々とオムライスを焼いていく。
『ひだまりのフライパン』の開店当初を思い出す。あの時も最初は苦戦したけれど、味で勝負して認めてもらえた。
そんな中――。
一人の若い女性が、静かに屋台の前に立った。
「オムライス一つお願い」
感情の読めない、平坦な声。
「はーい! 今焼きますね!」
シャーロットは笑顔で応じながら、心の中で緊張が走った。
何か、違う。
この女性から漂う、独特の雰囲気。
細心の注意を払いながら、シャーロットはオムレツを焼き上げる。
火加減、焼き色、ふわふわ加減――すべてが完璧。
チキンライスの上に、優しくオムレツを被せ、最後にケチャップをたっぷりと――。
「はいどうぞ! 小銀貨一枚です!」
「……どうも」
女性は無表情のまま代金を置き、オムライスを受け取る。
そして近くのテーブルへ――――。
シャーロットの視線が、さりげなく彼女を追った。
女性は慣れた手つきで、ケチャップをオムレツ全体に塗り広げる。
そしてスプーンを差し込み、一口――。
「おぉ……」
初めて、表情が動いた。
「美味い……久しぶりだなぁ……」
その瞬間――。
ビュンッ!
四方八方から、光のワイヤーが女性目がけて放たれた!
「ぐわっ!」
瞬く間に拘束具でぐるぐる巻きにされていく女性。
慌てて逃げようとするが、足はもつれ、その場に転がった――――。
「キャーー!」
「なんだ!?」
「うわぁ!」
フードコートは一瞬にして騒然となる。
しかし次の瞬間、ピタリと時間が――、止まった。




